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ほんの少し先の話

 家庭用の人型ロボット(アンドロイド、ヒューマロイドという場合もある)が発売されてからもかなり時間が経っている。俺は家庭用ロボットのバグを修理するエンジニアをやっていた。

 そんなものはAIに任せればいいじゃないかという人も多いだろうが、それがなぜかAIにはバグとして認識されないから、困ったもんだ。


 ただ、その仕事もこの春で退職した。

 

「どうして私のアンドロイドは動いてくれないの!?」

「全然、このロボット、使えないじゃないか!」

「重くて下敷きになってしまった」

 客が使い方を99%間違えている。

 バグの修正とは言うものの初期化しているだけで、2年後には同じ症状を繰り返す。新しくしても、問題は人間の方にあるのだから意味はない。

 果たして我々人間は、ロボットに仕事を奪われ、思考をAIに任せて、何を得たのだろうか。物言わぬ機械に尋ねても、ポジティブな回答が返ってくるだけ。

 だいたい一般的な人間の生活でAIを使うタイミングもロボットが作業する時間も限られている。今のところ誰もライフスタイルを確立できていないだけだ。どれだけ技術の進化はできても人間は進化できていない。


「はぁ……」

 思わずため息を吐く回数も増えた。

 働けば働くほど仕事のやりがいは失われていった。


 結局、今春で退職。

 叔父叔母の家に住むことになった。

 叔父のベンと叔母のモリーだけは、就職や資格取得のときにお祝いをしてくれたりする仲だった。実際、俺はベンの足が義足だったことがきっかけで、エンジニアを目指し、家庭用ロボットの研究しているゼミを受けていた。

 その間に、二人は都会の生活を捨てて田舎へ引っ越した。


「わたしたちがいなくなったら、家も土地もあげるからね」

 

 そう言われても、固定資産税とかかかって大変なんじゃないかと思っていた。ところが、彼らが亡くなって2年ほど経つが、ほとんど税金は取られていない。そもそも本当に俺に残してくれるなんて思ってもみなかった。


 飛行機とバスを乗り継ぎ、20時間。良く言えば自然豊かな街、悪く言えばクソ田舎にたどり着いた。


 バス停から、ガソリンスタンド兼コンビニを通り、更に森の砂利道を抜けていけば、ようやく我が家だ。コンビニで食料品を買い込むと、店員のロボットが「天気がいいですね?」と聞いてきた。

 

「まぁ、悪くはないってところだな。明日は雨かい?」

「この辺りは、しばらく雨は降りませんよ。なにかお困りのことがあったらお申し付けください」

「ないよ」


 おそらくほとんど初期のまま、このロボットは更新されていない。ネット環境が悪いのか、それとも店主が面倒なのか定かではない。


「店主はどこへ?」

「近くの少年野球を見に行きました」


 ピッ。


 もちろんキャッシュレスだが、田舎なのでもしかしたら金が必要かもしれないと思って下ろしてきていた。意味はなかったな。

 自分で食料品を袋詰して、そのまま出ていく。


「じゃあな、相棒!」

「じゃあ、また来てよ!」

 お決まりの挨拶だ。ちゃんと会話AIは機能しているようだ。


 森を抜けて叔父叔母の家に行ってみると、かなり老朽化が進んでいた。

「人間、最後に残された趣味、リフォーム天国になりそうだな」


 鍵を開けて、照明のスイッチを入れた。が、電気が通っていない。つまりインターネットも通っていない。水道は、沢の水を汲みに行くらしい。ガスはないので電気湯沸かし器か薪で温める。


「へっ、最高だぜ!」


 電力会社の工事が来るまで、キャンプ生活だ。なんて思っていたら、普通に屋根には太陽光発電があり、近くの川で水力発電をしているらしい。


「おじさんがちゃんとノートに書いてくれているな。夜来なくてよかった」


 明るいうちに太陽光発電のスイッチを入れて充電。水力発電の方も見に行ったら、枯れ葉で発電機が埋まっていた。納屋の作業着と軍手をして、枯れ葉と枝を取り除いていく。

 タービンが回るのを確認して、充電されているのを見たら、少し安心した。ただ、充電が溜まるのはものすごく時間はかかるようだ。


「まぁ、いいか。人間らしいことをしよう」


 枯れ枝を拾い集め、広すぎる庭で焚き火をする。雑草だらけで虫が寄ってきていたが、蚊取り線香をつけると一切姿を現さなくなった。


「何とか間に合ったな」


 西の山に落ちていく夕日を見ながら、薪に火を点けた。


 森が周囲に広がっているから、明かりは焚火と夜空に輝く星だけ。ガソリンスタンドの明かりもほとんど見えない。

 忘れていた子どもの頃の記憶が蘇ってくる。キャンプに行って、魚を釣り、名も知らぬ友達と遊んでいた。どうして子どもの頃はすぐに仲良くなれたのに、大人になると警戒心が出てしまうのだろう。

 答えはすぐに出た。病気、暴力、金。しがらみが増えるとそれだけ人間関係は複雑になる。


 面倒なことはAIに頼む現代社会で、無駄なコミュニケーションに関わるだけ、人生の損失になると考える大人は多い。

 

 ウイスキーの小瓶を開けて、カップに入れようとしたところで、庭のすぐそばにある藪からガサゴソと、何かの気配がした。

 コヨーテがかつてはいた場所だが、今はほとんどいない。ただ、時々熊は出るらしい。ライフルでも持ってくるべきだったか。とにかく、長い棒を探し、スコップを引っ掴んだ。

 

 ガサ……。


 来るなら来い。


「さあ、パーティーの始まりだぁあ!」

 藪の中から出てきたのは、鉄の胸に鉄の顔、カーボン素材の腕と足が生えた古い型の家庭用ロボットだった。


「迷いロボか……?」

 とりあえず、スコップでぶん殴らないでよかった。


「あれ? ベンは? モリーは天国に行った日から一週間後までは覚えているんだけど……」

 ベンおじさんはモリーおばさんが亡くなった一週間後に追いかけるように亡くなった。つまり、このロボットは二年も藪の中で眠っていたらしい。


「ああ、二年前に亡くなった。二人ともね。俺は甥っ子のアルフレッドだ。アルって呼んでくれ」

「アルってAI研究者でロボット整備工をしている? よく二人が自慢していた。そして、二人が死んだということは、君が新しいご主人になるんだね。よろしく」

「よろしく。いいね。肩肘張らずに行こう。とりあえず、水力発電は復活させた。太陽光パネルは掃除しないといけないかもしれない。明日にでも確認してみよう。充電は足りているのか?」

「いや、2%だ。すげーギリギリと言っていいね。直接コンセントを指したまま充電していたって……。充電してください……」

 普通に喋れていたが、唐突に機械的にお願いされた。


「わかった。ちょっと待ってろ」


 持ち上げようとしたが、重くて持ち上がらなかった。意外と古い年式なのか。


「お前重いな。ところで名前は?」

 充電が切れて、返事はない。夜空を見上げたまま、固まっている。

 ただ、胸には『レトロと』書かれたシールが貼られている。


「レトロか……」

 言われてみると、アンドロイドと言うか、前世紀にあったロボットのおもちゃのような見た目をしている。


「いい名前だ」

 俺は母屋から延長コードを繋いで、レトロと一緒に空を見上げた。

 パチパチと枯れ枝が爆ぜる音を聞きながら、星を眺めた。都会の煩わしさから離れ、完全に自由を手に入れた心地がする。


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