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第55話 世界へ贈る、ちょこれーと


 シャルの屋敷のチョコレート工場はさらに洗練されていった。

 カカオ豆の種類ごとに、温度管理と時間管理をしっかりと決めている。


 人の手を加える部分と、魔工具に任せる部分で区分けされ、チョコを製作する効率の良い導線を整えてあった。


 メイド達が楽しそうにカカオ豆を厳選し、チョコレートの元を魔工具から魔工具へ移し変え、できたチョコレートの液体を器に移し固め、完成したチョコレートを包装している。


 俺一人では決して到達できない高みが目の前に広がっていた。


「本当にすごいな」


 感嘆していると、シャルが飛び跳ねた。


「エル君っ! これだっ!」


 シャルが持ってきたのはミルクチョコレート。

 カカオ豆の濃さが薄まり、やさしい色合いをしている。

 口の中にいれるとやさしいくちどけ。風味と味が広がっていく。


「うまいなぁ。本当にうまいぞ。シャル」


 両手でシャルの頭をぐりぐりする。

 シャルは両手でその手をつかみ喜んでいた。


 シャルの隣にはエイラがいて、その光景を眺めている。

 酔っていないエイラはビシッとしていた。それでいて穏和な雰囲気を持っている。なるほどと思う。完全にシャルの好みのタイプど真ん中。


 大学では、きっと安心して研究に励んでいたことだろう。

 なぜかエイラがメイド服を着ていることが気になったが。


「あの、その節は、大変失礼しました……」

「いえ、あれから何度も屋台に足を運んでいただけてますし、こちらこそエイラさんがうちの店に足を運んだ奇跡に感謝しなければなりません。何よりシャルが生き生きとしている」


「そんなっ。私の方こそ……なんです。今、すごく楽しくて。それなのにお給金までもらえて。いいのかなって思う自分もいます」

「正当な対価だっ、です!」


 さきほどまでビシッとしていたエイラはシャルの言葉に目を潤ませる。

 シャル様~と叫んで、顔を覆って魔工具の方へ駆けて行った。

 研究仲間じゃなくてメイドになっている気がしたのだが、気のせいか?

 相思相愛。

 それはとてもすばらしいことのように思う。

 

 シャルに手をつながれた。

 そのまま、ぐいっぐいっと引っ張られる。

 その先には他の魔工具とは、少し違う材料が準備されていて。

 作る工程と、出来上がったものを見る。


 驚きの光景だ。

 シャルは心の奥底の情熱に突き動かされるように、別の開発を続けていたのか。


 完成するものは、厳密にはチョコレートではないのかもしれない。

 だが、そのうつくしいお菓子はチョコレートに由来されるものからできるもので。


 シャルが頬を真っ赤にさせている。


「インパクトが大事だからっ」


 シャルがふんふんと情熱に燃えていた。


 それはチョコレート作りに対する思いではないようだ。

 たった一人に捧げるシャルロッテのチョコレート。

 シャルロッテの幼馴染を包み込む、この世で一番やさしいお菓子。


 きっかけを作るための想いを込めた料理か。


「はは」


 俺は笑ってしまう。


 これはセシリアの心を奪う、シャルのお菓子大作戦だ。

 チョコレート好きがこれを食べたら、話をせずには、いられないから。

 シャルだからこそ到達できる、渾身(こんしん)の秘策。


「直接、話がしたいっ。もう一度っ」

「本当にすごいぞ」


 俺はどこまでもやさしい女の子の頭をなでた。

 現実に打ちのめされて悲しむ少女の姿は、もうなかった。

 自分の持てるすべてで現実を打ちのめす、勇者にしか、俺には思えない。


……。


 セシリアの方はシャルに任せればいい。

 後は婚約発表の社交場をチョコレートでぶん殴るだけ。


 今日はミスティがどうしても見たいというので、連れてきていた。


 リッタとミスティが魔工具の周りをうろうろしている。

 人間の作った知恵の結晶が竜達の興味をそそっているのだろう。


「よく考えたものでごぜぇーますね……シャル偉いでごぜぇーますよ」


 リッタがよしよしとシャルの頭を撫でている。


「へぇ★」


 ミスティが艶やかな唇をなめた。

 彼女の色っぽい仕草は少し苦手。なぜだろう。

 ミスティとは長く一緒にいたはずなのに、要所要所の記憶が抜けていた。


「悪い顔しているぞ」

「エルちゃん、この子面白いこと考えるのねぇ★ これを使えば、アリシアちゃんを救えるかもしれないわぁ★」


「そうか、それは……嬉しい誤算だ」

「検証と改良の繰り返しが必要になるけど★」


「いや、一歩進むことができるのなら。それは希望だ」

「けれど、これじゃあ誰かに悪用されちゃうわねぇ……隠ぺいの魔法陣を考えておくわぁ★」


「さすが呪いの竜王でごぜぇーますね」

「愛★」


 ミスティが笑顔を浮かべる。

 いや笑みを張り付けていた。


「リッタ、何を言っている。水と愛の竜王ミスティだ」

「きゃ~★ エルちゃん、わかってるぅ★」


 ミスティに抱きしめられる。

 当然二つの大きな胸に包まれて。


「や、やめてくれ。性癖が、歪むっ。歪んでしまうっ」

「やめやがれでごぜぇーますっ! ニーソ好きの業を背負っているのにっ、手の付けられない化け物が生まれてしまうでごぜぇーますっ!」


 ミスティを押しのけようとするもびくともしない。

 リッタが何とか引き離そうと必死でいてくれるのが救いだった。


「エル君、もう性癖、歪んでいるよ」


 シャルの声が胸に突き刺さった。


……。


 チョコは美味しい料理の数々に使われるだけではない。

 芸術にも使われる。

 そして、才能を爆発させたメイドが一人いた。

 彼女の感性と器用さはチョコレートと抜群に相性がいいようだ。


 メイドたちの歓声があがっている。


「ユキネ! ユキネ! ユキネ!」


 その中心でユキネがいじられ……。

 愛され、称賛されていた。

 ユキネは真っ赤な顔をしている。


「本当にすごいでしょう? 私の妹は」


 ユキナが俺の傍らで、満足げな表情をしている。


 その視線の先にはチョコレートの芸術。

 ヴァイオレット家の情熱の象徴、セレニアムの花を模した、うつくしいチョコレートがある。

 ユキネの手から、次々に生み出されていく花々。

 固形化できる、加工しやすいチョコレートだからできる、魅惑の芸術。


「はは」


 乾いた笑いがでる。

 これを呼ばれていない社交場に送るつもりか。


 貴族にとってそれがどういう意味かは分からないが。

 宣戦布告にふさわしいものなのだろう。

 ヴァイオレットの力と美しさを誇示するのに、これ以上のものはないだろう。

 それはセシリアを奪うために丁度いいようにも思える。


 どうせやるのなら、やりきった方がいい。

 これは単なる喧嘩じゃない。

 チョコレートへの情熱をかけた戦いだ。

 世界への己の情熱を問う戦いでもある。


 皆のやる気は満ち満ちていた。

 夜更けに近づいているというのに、屋敷から活気が失われることはない。

 魔工具は動き続け、メイド達は研究を続けていく。

 シャルとエイラの熱意に染められて。


 その活気は復讐の色が一切なかった。

 楽しい笑顔が広がっている。

 きっとシャルの仲間たちだからだろう。

 彼女が笑顔を望んでいるから。


 目的はやられたらやり返せを地でいく復讐劇であるというのに、作っているのは、しあわせのチョコレートで。


 メイド達にとって、チョコレートは手段であり、目的が復讐であった。

 だが、チョコレートに関わったら、その魅力で復讐がいつの間にやら、手段になってしまう。

 いまや目的はしあわせのチョコレート開発。


 おいしいチョコに笑みを浮かべ、うつくしいチョコに歓声をあげる。


 こんな復讐ならいいのではないか、と思ってしまう。


 手を叩かれたらチョコレートを差し出せ。

 心に情熱を。両手にはチョコレートを。


 我々の武器はチョコレートのみ。

 みなの心にあるのは、シャルが馬鹿にされ続けた、お菓子への愛だけだ。


 不条理な世界よ、震えて待て。

 渾身のチョコレートでぶん殴ってやる。


 笑われ続けた情熱をむき出しにしろ。

 己のチョコレートへの情熱を。

 その価値を。

 世界に問いただせ。


 これはただの復讐ではない。

 シャルロッテという情熱の天才を知らしめる戦いだ。


 そして世界中を笑顔に変える戦だ。


 世界の笑顔こそが我々の勝利だ。


 世界へ贈る、ちょこれーと。


 全ての人にチョコレートを。

 そして大切な人にもチョコレートを。


 そんなやさしい女の子に祝福を。

 どうか、幸せな結末を。


 これは嘘偽りのない皆の願いだ。 


 俺は異世界レシピを起動し、料理に取り掛かる。情熱の末席に参加するために。

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