第50話 悪役令嬢
顔をあげたセシリアの赤い瞳がシャルを真っすぐ見返す。
決意を宿した強い瞳で。
「盗作をして何が悪いのですか?」
それはシャルが盗作をしていることを示しているのではなく、セシリアがシャイロックに情報を流していることを示していて。
はぁ、とため息をつきもう一度セシリアが繰り返す。
「何が悪いのかしら」
ネルとクラリッサが言う。
「セシリア様っ! 本気で言ってるのっ? 悪いに決まってるよっ!」
「そうですよ~みんなで頑張ってきた成果じゃないですか~」
セシリアと仲の良いはずの二人が、厳しくセシリアを断罪し始める。
エイラが教師として、彼女達のやり取りを止めようとする。
「ちょっと二人とも落ち着いて、セシリアさんも煽ってはいけません! 事情を、情報を整理しましょう。きっと何か理由が……」
「事情も何もありませんわ。わたくしはシャイロックの人間ですから」
セシリアは差し伸べられた手を跳ね除ける。息をするように悪を語っていく。
「金の卵を産む技術が無造作に置いてあったら取ってしまうのも無理はないでしょう?」
セシリアは止まらない。
「大体、ここにいる人たちは馬鹿ばかりですわ。この魔工具の、魔術回路の偉大さに気づいていないなんて……チョコレートの開発? 馬鹿なのかしら。もっと大きな事に利用できるってなぜ思わないの?」
「馬鹿ってなにさっ!」
ネルがセシリアを睨み上げる。
「そうですよ〜いつもいつも自分だけが有能って態度、直した方がいいですよ。貴族だからって見下しているといつか〜痛い目にあいますよ」
クラリッサも人格を否定するようなギリギリの言葉を吐き始める。
エイラは大人として止めようと必死だった。だが断罪は止まらない。セシリアに反省の色が見られないから。
シャルはこんなこと望んでいなかった。
いつだってお菓子は人をしあわせにするものだから。そのために創り出されてきたのだ。人を不幸にするなんて、信じたくはない。
「せ、セシリーは何も悪くないよっ!」
シャルは叫んだ。
「何か理由があったんだよねっ! またがんばろっ!」
それどころか一からまた頑張ろうとみんなに声をかける。
おいしいチョコを作れば何とかなる。
みんなを幸せにするにはまだ、おいしさが足りなかった。きっとそうだ。
盗作の疑惑だって、世界で一番おいしいチョコを作れば無かったことになる。クレープの時と一緒だ。本物は偽物に絶対に負けない。
魔術協会の精査だって、何も悪いことをしていないのだから、堂々としていればいい。
今自分にできることを信じて突き進むしか、方法を知らないから。
だからシャルは呼びかけた。
懸命に。
もっとおいしいチョコを作ろうと。
「ね? お願い、セシリー、もう一度一緒に。お願いっ!」
セシリアにもまた一から頑張ろうと声をかける。
セシリアは目を伏せてシャルの言葉を聞いていた。
「いい加減にしてください……」
「……あ、ご、ごめんね。でも、でもね。もっとおいしいちょこれーとがあれば――」
突き飛ばされた。
シャルはよろよろと後ろに後退しテーブルにぶつかる。派手な音が鳴った。テーブルの上に乗っていた皿や器が落ち割れる音が響く。
痛みは少なかった。
それ以上に突き飛ばされたという事実に、シャルの意志を離れ、涙が瞳に浮かんでいく。
一瞬の静寂。
「利用されたって、いい加減気づきなさいよ」
「――え?」
ネル達からの非難が殺到するが、セシリアは堂々としていた。何も悪いことはしていないと。
赤い瞳で真っ直ぐシャルを見下ろしている。
エイラは呆然としていた。突き飛ばされたのはただ純粋にチョコを作っていたシャルだったから。悪いことをしたセシリアの方が手を出すと思わなかったから。これが逆なら必死に生徒を止めたことだろう。
論理的に、倫理的に考えて理解できるから。
でも今は、どうして……と声を絞り出すことしかできない。
唯一セシリアたちの言い争いを止めようとしたのは突き飛ばされたはずのシャルだった。
「い、痛くないよっ!」
シャルは笑顔を浮かべて叫んで立ち上がる。目にいっぱいの涙をためて、ニコニコと。
「ぜ、全然、痛くないっ。だ、だから大丈夫……あ、あのねセシリーっ!」
とシャルが駆けていく。
持ってきたのはお気に入りのお菓子だった。それを彼女に渡そうとする。
エル君のお菓子は人を幸せにするから。
いつだってエル君は助けてくれる。
今回だって。
いつかエル君みたいなお菓子をつくる。ぜったいに。チョコレートを完成させれば、みんな笑顔になる。大好きなセシリアの笑顔が見ることができるはずだから。
「これ、おいしいよ。エル君が作ってくれた差し入れなのっ」
「いい加減に――」
「……っ。こ、これエル君の、すごくすごくおいしいのっ。お願いっ。食べてみてっお願いっ食べてくれたらきっとっ」
セシリアはありったけの敵意を込めた瞳で、シャルの手に持つお菓子を叩き払い叫んだ。
「お菓子お菓子お菓子うるせぇんだよっ!」
「……っ」
「あなたのそういうガキなところが昔から大嫌いなのよっ!」
と叫び、セシリアは研究室から出ていった。
研究室は痛いほどの静寂が訪れている。
チョコレートのやさしい香りだけが満ちていた。
「――み、みんな。ま、また一から頑張ろっ。きっとおいしいチョコを作れば。きっと」
シャルは笑顔を浮かべる。
お菓子はしあわせの象徴だから。
どんなにつらい時もいつだってお菓子が支えてくれた。
悲しくても苦しくても、馬鹿にされても、現実を知っても、甘いお菓子をたべるとしあわせになった。
お菓子が人を不幸にするなんて、あってはならないことだった。
信じたくない現実だ。
だからシャルは信じない。
笑顔を浮かべる。
きっと幼馴染が怒った理由が別にあるから。
幼い頃、チョコレートのおいしさを教えてくれたセシリアがお菓子を嫌うわけがない。
ネルが頭の上で腕を組み言った。
「こりゃダメだねっ! ここでの研究はお終いだっ!」
それは他人事のような言い方で。
けれど違和感のある言い方だった。
「エイラ先生〜、この研究は卒業の単位〜もらえますか〜」
クラリッサがのんびりとした声で現実を問う。
「……え?」
エイラは一瞬呆けた。
「え、あ、多分無理です……あ」
論理的に答えてしまった。
希望を与えるべきであったが。
「そっかあっ。ごめんね、シャルロッテ様。卒業の単位とらなきゃだから、今までみたいに顔出せないなっ」
「私もです〜」
と二人は研究室から出ていった。
残されたシャルはふらふらと魔工具に向き合う。
「私も手伝います。シャルロッテ様……」
エイラは意味のないことだと思いながら、そう言った。
シャルは懸命に研究を続ける。
シャルはお菓子が人を不幸にするなんて決して信じない。
おいしいお菓子はどんな不幸も吹き飛ばす力があるから。
だから……シャルは溢れてくる涙を服の袖でぬぐう。
拭っても拭ってもとまらない。
涙を止めるのを諦めて、黙々と研究に没頭していく。
大切な幼馴染が、笑顔になってくれるチョコを完成させるために。
シャルは幼馴染の笑顔を祈り、チョコレートを作り続ける。
……。
「なんでわたくしの方に来たのですか? シャル様を支えるよう言ったはずです」
セシリアが怒りを込めた瞳で、ネルとクラリッサを見る。
「なんでって〜心配だからですよ」
「シャルロッテ様も好きだけどねっ。でもセシリアが心配だからっ」
ネルが心配そうにセシリアの顔をのぞき込んだ。涙はなかった。
ただ真っすぐに赤い瞳でネルの瞳を見返す。
ネルは複雑な笑みを浮かべて、やり過ぎた幼馴染の背中をとんとんと叩く。
突き飛ばすことや、お菓子を持つ手を叩く予定ではなかった。
二人がセシリアを責めて口論して、仲違いして終わるはずだった。
シャルの一途な思いは手強かったから。
セシリアを嫌おうとしない純粋さ……一途な思いは凄かった。
嫌ってもらうには、本気の敵意をぶつけるしかなかったほどに。
「セシリア本当に良かったのっ?」
ネルは敬称をつけていない。幼馴染として心配していたから。
「大丈夫ですわ。シャル様ならきっと」
味方がいるから。
チョコの作り方を教わった時、普通ではなさそうな男性がいた。シャルに対し、絶対的な味方でいてくれるような雰囲気を持った人だ。そして彼はセシリアを見透かすように見ていた。
ハインリッヒ家でも話題にあがっていたクレープ屋の店主だった。
男性と会話をし、シャルが変わり始めている要因であると確信した。
そしてシャルと交流し、彼女の才能を目の当たりにした。
支えてくれる人が、一人でもいれば、あの輝く才能は埋もれない。
きっとシャルは大丈夫。
シャイロックの派閥の研究室で、シャルの魔術回路を見た時から覚悟してきたことだ。他の悪意ある誰かがシャルに協力する振りをするより、自分がすると。
できる限り協力したら、悪を演じて追放される。
こんなことしか思いつかなかった。
自分は悪党シャイロックの人間だから。純粋なシャルとは相容れない存在だから。
家柄が……守るべき、ハインリッヒに従う多くの者達がいるから。
だが結果はどうだ。
彼女を酷く傷つけてしまった。
本当に彼女は立ち直れるだろうか。彼女の素敵な夢を打ち砕いてはいないだろうか。
ここまで自分を好いてくれるのは誤算だった。
好かれ過ぎないように振る舞ったつもりだった。
……シャルを突き飛ばし、お菓子を持つ手を叩いた、悪に染まった自身の手を握る。生々しい感触が残っていた。シャルの顔が目に焼き付いて離れない。泣きながら懸命に信じようとする顔が、瞼の裏にはりついている。
クラリッサが言う。
「シャルロッテ様も心配ですけど、エイラ先生がいますし。私たちはセシリアが心配なんですよ~本当にここまでする必要あったんですか?」
「傍にいることはシャル様の夢の妨げになりますから。シャイロックの者になるわたくしに彼女の隣に立つ資格はありません。シャイロックと関わってそれは十分理解しました。金と名誉に縛られるわたくしの行く道はシャル様と真逆です。彼女の魅力は、どこまでも純粋な情熱なのですから」
ネルが引き継いで言う。
「それにこの大学にはシャイロック側の者が多いもんねっ。どこに悪意があるか分からないしっ。シャルロッテ様には大学を辞めてもらう必要があるのはわかるけどっ」
「シャルロッテ様はあまりにも天才で、興味のないことに無関心で〜芯があって、でも不安定で、異質過ぎますものね〜そして純粋でやさし過ぎます」
「セシリア様が心配する理由、一緒にいて、すごくわかったよっ」
「けど、シャイロックに~情報流さなきゃなんですよね? 結局同じことじゃ〜ないですか?」
「考えがあります。私にできるかぎりのやり方で、今よりは良い、けれどシャル様には遠く及ばない、まがい物のチョコの魔工具をシャイロックに提供します。シャル様のシンプルでどんなことにも応用できる魔術回路ではなく、強引な魔術回路による魔工具を。いつもごめんなさい。前も言いましたけど、わたくしは……ハインリッヒは破滅を進んでいるように思えてなりませんわ。どう考えてもシャル様と仲良くしておいた方が良いのです。今はまだですが、いつか、彼女はこの世界を変えてしまうでしょうから」
時間があれば、もっと早く出会えていれば、とセシリアは思う。
ハインリッヒとヴァイオレットが協力できた未来があったかもしれない。
「ううん! セシリア様と共にいるよっ」
「ですね~私たちは私たちのやり方で大好きな人を支えますよ」
ネルとクラリッサが互いの顔を見て頷いた。
「用事できたから行くねっ! クラリッサ、セシリアのこと頼んだよっ!」
「任せてください~」
ネルがどこかへと駆けて行く。
何をしようとしているのかセシリアにはわからない。
「ありがとうございます。そして本当にごめんなさい」
「いいえ~やることあるのでしょう? 手伝いますよ、セシリア」
いつも一緒にいてくれる二人に心の底からの感謝を。そして大好きな幼馴染のシャルへの謝罪を胸に、セシリアはまがい物の魔工具の開発に取り組み始めた。
大好きな幼馴染にしあわせが訪れることを願って。




