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第5話 アクアテラ


 アクアテラはその名の通り、水の都市である。

 都市中心には聖女の住む塔が建っており、聖女はこの市街だけでなく、米や小麦などの農地も含む広い地に大規模結界を構築してくれていた。


 彼女のおかげで市民は魔物におびえず安心して生活をすることが出来ている。

 気候の好条件、聖女の献身がそろっている数少ない都市のひとつであり、商人市民貴族隔てなく人気の街だ。


 都市の中には神が造ったとされる巨大なうつくしい球体があり、そこからは絶えずきれいな水があふれている。それは市街全域に行きわたるように流れていき、外の肥沃な平地まで続いていた。

 夏は水の青と稲の緑が広がり、秋には黄金色に輝く小麦や米がとてもうつくしい。

 その分湿度は高く、夏は暑く感じることは多いが、四季がはっきりしていた。


 中心に聖女の塔、それを囲む領主の住む城やこの国の貴族の別荘、さらに上流階級の家々、そこからドーナッツ状に広がるように中流階級や一般市民の住む地域が点在している。

 貧富の差や身分の差で住む地域がはっきり区分けされている都市でもあった。

 これから行くギルドは中流階級など一般的な市民が住む所にある。


……。


 一年前に来て以来だが、相変わらずギルドは盛況だった。それもそのはずで、広い空間に酒場も併設されているからだ。みな酒場で情報交換しつつ、気の合う仲間を探している。


 中には恋人などのパートナーを見つけることを目的にしている人もいた。いつ死ぬとも分からない職業柄か刹那的な関係を結ぶものも多いと聞く。

 俺には無縁の話であるが。


 受付は様々あった。

 一番多いのが冒険者用、他にも農業や鍛冶師、商人、観光などがある。

 商人ギルドと観光ギルドは似てはいるが少し違う。

 商人ギルドは価格の不均衡を是正するために基本的な相場を設定することや、商人が商売するための許可証や信頼を示す認定証を発行していた。

 観光ギルドは主にアクアテラの街の発展にかかわる行政を行うギルドだ。屋台の出店などもここに含まれる。


「何かお困りですか?」

 屋台の出店方法の注意事項を確認していると猫耳の受付嬢に声をかけられた。


「屋台を出したいと思っています。営業許可と屋台の借り方を知りたいです」

「かしこまりました。ミネットが担当させて頂きますね。まずはギルド登録証を確認したいのですが、よろしいですか?」


「あぁ」

 と球体に手をかざす。

「エル様……登録ありますね。犯罪履歴はなくて……えーと……え、Aランク冒険者!? ……あの、ギルドを間違えていませんか? その、ここは観光ギルドで……冒険者ギルドはあちらの一番大きい課になりますっ」


「冒険者は引退しました。こちらの観光ギルドで間違いありません」

「そ、そうですか。失礼いたしました。……っ。……確認のため、少々お待ちくださいっ!」

 受付嬢が走って奥の方へと行った。リッタに服の裾を引かれる。


「振られたんでごぜぇーますか?」

「たとえ振られたとして、走ってどこかへ行くってよっぽどじゃねぇか」


「いきなりキスしやがったとかじゃねぇーですかね」

「流石にしねぇよ!? 見てただろ!?」


 何言ってやがるんです? という顔だ。

 俺の感覚が間違っているのではないかと思うほど、とぼけた顔をするのはやめてほしい。不安になるからだ。

 戻ってきた受付嬢は、ごつい上司を連れてきた。見覚えがある。確かライアンといったか、冒険者ギルド副長だったはずだが。


「久しぶりです。エルさん、冒険者を引退したとお聞きしましたが」

「えぇ。お久しぶりです。ライアンさん。能力不足で首になりました。それに、もう年も年ですからね。アクアテラ、この都市が気に入りまして、屋台で料理を提供したいと思ってます」

 ライアンはあごひげを触った。


「そうですか。勇者パーティーは要求される能力が高いのですね……。そちらの方は……」

 一年前ライアンの依頼で魔物を討伐した時もリッタはいたが、その時は竜の姿をしていたからわからないのも無理はない。


「リッタと言います。角を見てわかるかと思いますが、人ではなく竜です。竜騎士のデュークの竜なんですがね。今は俺の護衛をしてもらってます」

「デュークのモノではねぇです。適当な紹介やめやがれです。朝も夜も、あたしに跨って好き勝手していいのはエルだけでいやがります」


「朝も夜も跨る……っ」

 受付嬢のミネットが口を押えた。喉まで出かかった言葉をおさえるようにしている。完全に誤解されたじゃないか。

 リッタを見ると眠そうな顔で見上げてきた。何も悪いことをしてないと言わんばかりだ。


「エル。なんでじろじろあたしをみやがるんです? こんなとこで発情しやがりやがったんです?」

 スカートのすそを上げる前に手を掴んだ。

 流石にこの流れは理解している。俺は学習する人間だ。


「はは。リッタはちょ~っと常識無いですが、人に危害は加えません。言動はあまり気にしないでください」

「がはは。仲良さそうでいいじゃないですか。うん。勇者パーティーにいるより、エルさんは楽しそうで安心した」

 傍から見ていると俺の様子は良くなかったのだろうか。まぁ確かに若者に怒られてたおっさんには同情するよな。同じおっさんとして彼の目には不憫に映ったことだろう。


「ライアンさんは何か俺に用事があるのですかね?」

「いや。なに。引退と聞いて驚いて様子を見に来ただけ。身体が故障でもしたのかと心配したのだ。そうか。引き際も大事だ。死んでしまっては意味がない。それにしても料理屋ですか。落ち着いたら私もお世話になりに伺います。……人手が足りなくなったらクエストの依頼をするかもしれませんがな」


「ぜひ来てほしいですが、クエストは勘弁してもらいたい。俺が手伝っても足手まといになるだけですし」

 ライアンは豪快に笑い飛ばした。

「エル殿は冗談が過ぎますな」


 がははがははと、見た目通りに豪快な笑いを続けていた。冗談でもなんでもないんだがな。リッタはなぜか腕を組んで偉そうだ。

「ミネット。エル殿なら信頼できる。人格・実力ともにだ。料理の腕も噂ではすばらしいと聞くしな。営業許可は私の名で認可しておいてくれ」


「そ、そんな。ライアンさんは別の課ですし、営業許可は営業初日と10日後の審査、その後も定期的に抜き打ちの検査と決まっていまして、勝手にされては、私が上司に怒られますよぉっ」

「何をけち臭いことを言っているっ」

 ライアンは声が大きく、普通にしゃべっているだけだが恫喝しているように見えた。ミネットの耳が怒られたように垂れ下がっていた。


「ライアンさん。規則があるなら従いたいと思います。俺は冒険者としては経験が長いが、料理を提供するのは初心者だ。みなに安心してもらうためにも、規則通りにしたい」

「……っ」


 ミネットが救われたと言わんばかりに何度も頷いている。

「そうか。私としてはエル殿がそういうのなら、無理を通す理由はないが。うん。まぁ相変わらずの人格者というか。……我々はあなたの滞在を歓迎しますよ」

「こちらこそありがとう。これからよろしく頼みます」


……。


「こちらが商業区画です。主に観光客向け、あちらが地元民向けになってます。どちらも売れる商品に特徴があるので、提供したいモノで選ぶといいですよ」

 ミネットに案内されながらアクアテラの市場を見て回っていた。他の業務もあるだろうに、実際に案内してくれるのはありがたい。

 リッタがお腹を押さえて歩くペースが遅くなっていることに気づいたので、焼き菓子と茶を入れた水筒を渡した。途端に元気についてくる。

 普段であれば腹が空いたことを伝えてくるが、俺の邪魔をしないように我慢してくれていたのだろう。


「空いている屋台は……さすがに奥まった目立たないところしかないみたいですね」

「えぇ。有難いことに盛況なんですよ」


「いらっしゃい。お兄さん美味しいよ」

「いやいや、こっちの方が腹持ちが良くて最高だ」

「ここでしか取れない川魚があるよ」

「酒はどうだい、兄さん」

 など活気のある心地よい声をかけられる。


「エルはここではおじさんに見えねぇーみてーですね」

「ああいう掛け声なんだ」

 リッタの髪を乱暴になでる。眠たげな顔で焼き菓子をはむはむしながら見上げた。


「髪をぼさぼさにしねぇーでくれやがれです」

 言葉のわりに自分で直そうとしないので、ぼさぼさにした分を元に戻しておいた。


「活気がありますね……」

「えぇ。特に観光客向けは声かけが重要ですからね。リピーターというよりその日限りの売り切りといいますか、後は華やかさとか思い出になって頂ける料理が売れている気がしますね。安定さを求めるのなら、地元民向けのあちらがおすすめですよ」

 観光客向けはパイの奪い合いは熾烈そうだ。売り上げも上下が大きそうなので、長く営業するには向かない気もする。

 一番は金銭を貯めて早めに移動式の屋台を購入して、その日その日で売れそうな所で売るのがよさそうだが。


 道に沿って屋台が立ち並び、その対面には座って食事ができるテラスが準備されている。水の都の景観を崩さないようにパラソルの色は、パステルカラーだった。

「移動式の屋台を出す場合は、どこでも自由に商売してもいいのですか?」

「はい。かまいませんよ。ただ民家の前とか、施設の前や上流階級の区域で商売する場合は、一軒一軒許可を取ったり理解を得てくださいね。観光ギルドとしては問題ありませんが、地域の方々に嫌われては商売が成り立ちませんから」


 一通り眺めて、地元民向けの奥まった一角を借りることにした。年契約で金貨1枚と破格の値段だ。

 だが、営業日数が少なかったり、評判の悪さや売り上げが低い場合は権利をはく奪されるということらしい。

 あくまで観光ギルドはアクアテラを活性化させるために貸屋台をしているのだから、貢献できない場合はそうなるのも当然か。


 ノルマは月の売り上げが金貨10枚以上。銅貨1000枚分……銀貨なら100枚か。一日換算銀貨4枚近くを売り上げる必要がある。 

 利益ではなく、売上が金貨10枚以上であればいいらしい。最初は知名度を出すために試食で客寄せ、徐々にファンを増やして、利益を求めていくのがよさそうだ。

 初めての出店の場合は三か月の猶予があるらしい。


「さっそく来月から営業したい。営業の認可や検査もあると思いますが大丈夫だろうか」

「はいっ。A級冒険者とのことで、別の課とはいえ、エル様は信頼があります。来月と言わず来週からでも検査の準備しておきますよっ」


「はは。まだこの街を見て回りたいし、どんな食材があるのかもわかっていない。住む場所も決めたいと思っていますから」

「はいっお待ちしておりますっ!」




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