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第44話 華麗なるヴァイオレット家③


 ヴァイオレット家の面々は、異世界料理を食べ、お互いに感想を伝え合っている。

 シャルもふんふんと嬉しそうにしていてよかった。


 シャルが不安になっているのは、ここ数日見て取れたから。


 ユキナが言うにはシャルが二カ月ほど前から懸命に取り組んでいる『料理用魔工具の開発』についての話もあるかもしれないとのことだった。


 俺には理解ができないが、魔工具を学ぶことは評価されないことらしい。


 だから少しでも、勇気をもって欲しい。

 そう思い、デザートにはチョコを使ったお菓子を。

 異世界レシピの項目は埋まっていないが、チョコと類推し、試行錯誤して作ったチョコ料理だ。


 まだまだ未完成だが、俺が作れる限りの最高のチョコ料理をシャルに。


 シャルが成そうとしていることの偉大さを、この世界で最も知っているのは俺だ。

 チョコを追求することは、世界をしあわせにすることだと俺は思う。


 シャルにとって苦しい道になるかもしれない。


 だが、お菓子道を追求したいというシャルの思いは確かだ。


 いばらの道だろうと、笑顔で突き進んでくれることを願っている。


 貴族受けの良さそうなチョコのガトーショコラ。

 そして、驚いて緊張を吹き飛ばしてほしいので生クリームのチョコモチ。


 生クリームのチョコモチは、料理用の布の上にホイップクリーム。さらにチョコを溶かしたソースをクリームの中央に乗せ、ホイップクリームで包むように布を絞り、形を丸く整え冷凍。


 モチ部分は、ココアパウダーからココアを作り、片栗粉を入れる。かき混ぜていくと、もちもちとした触感のココアのモチになる。


 さらに片栗粉の上でまぶし、冷やす。

 均等に切ったモチの中に、冷凍していたホイップクリームを入れて作った料理。

 それが生クリームのチョコモチ。

 

 ココアのモチだけでもうまいが、生クリームとチョコの魅力も詰め込んだお菓子だ。シャルに喜んでもらえたらいいのだが。


 デザートをメイド達が運んでくると、シャルがパタパタと腕を振った。

 その後、俺の顔を見る。


 ほっぺを真っ赤にしていた。

 奥様に、はしたないと怒られ、しゅんとするが、すぐに笑顔になる。待ちきれないとばかりに、生クリームのチョコモチにフォークで切れ目を入れた瞬間。


「わっ――」


 と声をあげそうになり口をあわてて塞いでいる。

 

 柔らかな餅の中から、生クリームが。生クリームの中からとろとろのチョコソースが現れたからだ。


 シャルが口に入れてしまえばもう止まらない。楚々とするのも忘れたように、いつもと変わらない様子でデザートを楽しんでいる。


 嗜めようとする奥様を止めるように、次女のアナベルが言った。


「母様〜これはシャルちゃんが喜ぶのも仕方ないですよ。食べてみて~」


 奥様が促され食べて、少し固まる。


「まぁ確かに……」


 と呟き、それ以降奥様がシャルを嗜めることはなかった。そのままデザートを完食していたから満足はしてもらったのだろう。

 表情が変化しないから分かりづらいが。


……。


「シャルロッテの食に対する勘はなかなかのもんだったな」


「お兄様。素直に褒めたらどうですか〜。こんなにおいしい料理初めてでしたよ。エルさん? でしたっけ。美味しかったです〜」


「褒めてんじゃねぇか。俺がシャルロッテを褒めたのなんざ数えるほどしかねぇぞ」


 続けて、次男はケラケラと笑って言った。


「ところでシャルロッテ。お前、魔工具の研究なんてしてるんだって? 噂で聞いたんだがな。それも……料理用の魔工具……くくっ」


「別にいいじゃありませんか、お兄様。シャルちゃんはシャルちゃんなのですから。料理の魔工具っ! シャルちゃんらしくてかわいくていいと思うわ~。ね、お父様」


 アナベルがやさしい言葉でシャルを甘やかす風に言う。


「まぁ。そうだな。うん。シャルならいいんじゃないか。しかし、魔工具以外の選択はなかったのか? ヴァイオレットの名で留学しているのだから……せめて、他にも……二つ研究を掛け持ちすることは無理か? それくらいできるだろう?」


 旦那様が諦めたように、娘に嫌われないように、けれど本音の言葉も付け加える。


 言い方は違えど、それらは全て、シャルの努力を誉めている内容ではない。


「……で、できる、けど。料理用の、魔工具……集中、したい」


 シャルの声は消え入りそうだ。

 俺の顔をちらっと見た。


 次男のヴィンセントが、ゲラゲラ笑った。


「やめないか。ヴィンセント。シャルはお前たちとは違う」


「だって、父上、料理用の、くく、魔工具、くはは、集中って」


 ヴィンセントの笑いに釣られるように、旦那様も笑ってしまう。


「最低ですよ。ふふ。シャルちゃんにだって、ふふ。考えがあるのでしょう」


 アナベルも釣られてしまっていた。


 シャルは痛々しい笑みを浮かべた。

 けれど俺が目が合うと、すぐに目線をそらしうつむく。


 愛想笑いを浮かべた自分を恥じているように見えた。


 黙って聞いていた奥様が言った。


「シャルはどうしたいのですか?」


 冷たい声だ。


 うわぁ、とこれから起こる惨劇を期待するかのようにヴィンセントが髪をかきあげる。


 シャルが声を震わせる。


「……たい、です」


「聞こえません。何がしたいのか、聞いているのです」


 シャルがカタカタと震えていく。

 そして媚びへつらうような笑みを一生懸命作って。

 似合わない、笑みを浮かべて。


「ヴァイオレット家に恥じない、魔法陣の――」


「はっくしゅんっ!」


 空気を読まずに、俺の口からくしゃみが出てしまった。


 きっと髭がないから寒いのかもしれない。


 皆の注目が集まる。

 鼻水をすすった。

 汚い物を見る視線が突き刺さる。


「あ、すんません。じゃない。ごめんあそばせ? ですかね。敬語はむずかしぃーでいやがります。何もかもが、よくわかんねぇーでごぜぇーますよ」


 シャルと目が合った。

 髭の無い顎を触る仕草をして見せた。


 俺には彼女の事情も、魔工具の地位も何もかもがわからない。

 冒険と、料理を作ることしか分からないからだ。


 魔工具以外の研究をすることが彼女達にとって、大事なことなのかもしれない。

 もしかしたら誰かの人生や、ヴァイオレット家の名誉がかかっているのかもしれない。


 だが、シャルの人生だ。


 笑顔でお菓子を語る彼女を思い浮かべる。

 選択すべきはシャル自身であるべきだ。

 そこだけは履き違えてはいけない。


 ダメで元々、願いを伝えてみた方がいいと思ったから。


 伝えてダメで、それでもシャルが願いを叶えたいのなら、リッタと共にシャルを、ヴァイオレット家から攫ってもいい。


 人里離れた場所で最高のチョコレートを作ろう。


 俺は弱くて頼りにならないけど、最強の竜王がいるんだ。

 たかが貴族を敵に回すくらい問題ない。


 何より……俺は夢を諦めるシャルの顔は見たくない。


 夢を追いかけて欲しい。


 媚びへつらい諦めた笑顔を張り付けるのは、やめて欲しい。

 夢を直向きに追いかける顔が、一番シャルに似合っている。

 無責任にそう思っているんだ。


「――うっ」


 シャルの瞳に輝いた気がした。


 それは情熱の輝き。


 シャルの震えがおさまった。

 両手の拳を握り思いを伝える。


「わ、私はっ! り、料理用の魔工具の研究を頑張りたいっ! 世界を変えたいっ! 世界で一番おいしい、世界中のみんなを笑顔にする、最高の、最高のっ、しあわせいっぱいの、お菓子を作りたいっ!」


 一瞬の静寂。


 そして三者三様の笑い方をした。

 一人は心底面白いというように腹を抱えて、一人は呆れたように、一人はどうしようもないかわいい妹を見るように。


 奥様だけは、背に鬼を宿したように思った。


「恥をしりなさいっ!」


 怒声が会食の場に響く。


 あまりの剣幕に空気が凍り付く。


 静寂だ。


 だがシャルは震えていなかった。

 目に涙を貯めながら、奥様に立ち向かうように。

 

 けれど奥様の怒りの矛先はシャルではない。

 三人に向いている気がした。


「誰かの情熱を否定することは、ヴァイオレット家の否定です! シャルっ!」


「け、研究っ……続けたいっ。お、お母様に言われても、や、やめないよっ!」


 シャルは勘違いしたように奥様に立ち向かっていた。


「そうですか。あなたの覚悟、よく分かりました。今日からあなたがヴァイオレットを名乗ることは許しません。料理用の魔工具で世界を変えるまで。あなたを笑い物にした全てを見返すまで、死ぬ気で努力なさい。何かを成すまで、あなたは私の娘ではありません……」


 奥様が冷淡に言い放った。


「あなたを勘当します」


 旦那様が慌てたように、奥様に駆け寄る。


「お、おい。おいおいおい。流石にそれはかわいそうだ」

「そ、そうですよ〜お母様。ね、シャルちゃんもほら、謝りましょ」

「あ、あぁ。流石にそれはやりすぎだと思うぞ」


 三人は引きずるように奥様を部屋から連れて行った。シャルから引き離すように。

 奥様はなお、シャルを叱咤するように厳しい言葉を叫んでいた。

 その光景を見て、シャルは愛されているのだと分かった。

 愛の形も様々だからな。

 からかったり、心配したり、依存させたり。あえて厳しくしたり……。


 残されたシャルは頬を真っ赤にしている。

 両手の拳をしっかりと握りしめて。


「むぅ!」


 と気合を入れている。


 俺には情熱に満ち溢れた、似た物親子にしか見えない。

 両親を知らない孤児の俺には、彼らの関係が眩しく見えた。


 シャルなら大丈夫だ。

 助けが必要になるまでは見守ろう。

 

 むん! むん!

 とやる気に満ち溢れるシャルを見て俺はうれしく思った。



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