タイムセール、卵1パック98円!!
コロンさん主催「たまご祭り」参加作品です。
私たち主婦にとって、今日は勝負の日だ。
近所のスーパー『ヨーク・ハクマル』にて、月に一度のタイムセール『卵1パック98円 ※おひとり様5パックまで』が開催される。
前回のセールから1ヶ月間、私はこの日のためにコンディションを整えてきた。人混みに揉まれて卵を1パック割ってしまったあの屈辱を、私は決して忘れはしない。
勝負の朝は、この日のために特別に取り寄せたハーブティーで始まる。
このお茶は身体を温める効果があり、一口飲んだ瞬間、身体の中心に炎が滾る。決して安くないお値段だが、その価値がある逸品。替えの効かないルーティーン。
朝食を済ませると、小一時間の瞑想ののち、入念なストレッチを行う。
腕の根元から指先まで、筋肉をしっかりとほぐしていく。『あの日、私の身体がもっと柔軟であれば……』前回の失敗が脳裏をよぎり、ストレッチにも自然と熱がこもる。同じ轍は踏まない。それが私なのだ。
それから、ウーバーイーツでロースカツ定食を注文し、早めの昼食とする。
名のあるもち豚を使用した、ジューシーだがクセのない味わい。勝負に勝つ! の験担ぎではあるが、この濃厚な脂を腹に入れることで、自然と心が、勝負に向けて整っていく。
そして私は家を出た。
踏み出す一歩が、力強く大地を揺らす。
ヨーク・ハクマル山川町店の前には、すでに数多の戦士達がひしめき合っていた。
戦友である斉藤さんや、松村さん、権現灘さんと挨拶を交わす。彼女達は友であり、そしてライバルなのだ。
「全力を出し切りましょう」権現灘さんは自分の胸に手を当てて、大きく頷く。「もしあなたたちが倒れても、私は見捨てていくわ。私たちの間にあるものは、馴れ合いの精神じゃない。そうでしょ?」
私は頷く。
斉藤さんと松村さんも頷く。
そして私たちは、勇み足でスーパーの風除室を抜ける。
時刻は決戦の時――14時を回ろうとしていた。
そしてついに、長い針が12を指す。
流れ出す店内BGM。
怒号。
悲鳴。
そして、歓喜――
戦いを終えた私達は、近所のカフェでコーヒーを飲みながら、今日の日の戦いを讃えあった。
無事5パックを手に入れた私は、勝利の味に酔いしれる。4パックしか手に入れられなかった斉藤さんと松村さんは悔しそうに笑い、人混みに揉まれて5パック全てを破損させてしまった権現灘さんは、テーブルの紙ナプキンで涙を拭う。
可哀想だが、安易な慰めの言葉はかけない。
勝負の世界に生きるものとして、それが相手の心にどれだけの傷を負わせるか……私達は知っているからだ。
だから私は、権現灘さんが大好きなキャラメルマキアートを、何も言わず彼女の前に置くのだった。
* * *
「もー、大変だったんだよー!!」
戦利品で作ったオムライスをスプーンの先で崩しながら、私は旦那に今日の出来事を話す。
「ふーん。あ、これ、めっちゃ美味いね」
黄色い卵に包まれたケチャップライスを口に運んで、旦那は何度も頷く。
「でしょー。だって頑張ったもん」
私の頬も自然と緩む。
旦那はガツガツとオムライスを頬張ると、ビールを流し込み、うーんと唸った後、言いにくそうな表情で呟く。
「てゆーか、それ、コスパ悪くね?」
「え?」
「安い卵買うのにかかってるコストが、割に合わなくね?」
私は笑顔を崩さぬまま、無言で旦那を見た。
この戦いは、お金では測れない価値がある。
いつも会社で、売り上げだとか利益だとか、お金の事ばかり考えているこの男には、私達の崇高な魂はわからないのかもしれない。
魂を磨く戦い。
これは聖戦なのだ。
そう、卵だけに!
卵も生鮮食品だ。長期保存はせず、早めに食べる事を心掛けて頂きたい。