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斑星〈番外衆〉  作者: 汐田ますみ


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掃き溜めの鼬

近衛騎士団設立に伴う御話。

本編132話と合わせて読むともっと楽しめるかと思います。本編読んでなくても楽しめる、かな。

 世界は混沌に満ちた。突如色を変える天の如く星の民と霊族は互いを刺し違えた。俗に云う一夜戦争は瞬く間に終結し、世界は"霊族は封印された"と新たな常識を引っ提げて再び色を変えた。


「そんなん、どうでもいいねん」


 天に向かって地を蹴り上げる男の名はレグルス。ボロ布の衣に眼光鋭い三白眼、今し方呻き声が途切れた男を椅子代わりに使う彼は、誰が見ても真っ当な人間とは掛け離れていた。


「へぃ……然し、これ以上貴族から金品巻き上げてっと国兵が出張ってくるかも知れませんぜ」

「怖じ気付いたんか」

「そ、そういう訳じゃねぇですけど」

「国が、国兵が何や。俺もジブンらも国に居場所がないからこんな掃き溜めで泥水啜っとるんやろ。今更善人振っても戻れねぇぞ。それとも日の当たる場所が恋しっなったん」

「お頭の熱がアガる前に謝っときな」

「へぃ……すんませんでした。近々国が動くと専らの噂で弱腰になってやした」

「ん」


 レグルスの周りには彼を取り囲むように三人の男女が居た。屈強な大男はグラッジ、口元を隠す細身女はドレド、今し方レグルスの眼光に萎縮した長身男はシェイム。彼等は見た目の厳つさ、言動の怪しさから判別出来る通りレグルスを中心にしたゴロツキ集団である。

 此処はメトロジア国内でも問題視されている逸れ物の巣窟。掃き溜めで暮らす彼等にとって金品の強奪は只の陳腐な復讐で、其処に矜持もへったくれも無かった。


「そんで俺に言いたいんはそれだけか?」

「へい。実はコチラが本命でして……」


 シェイム曰く、近頃身形(みなり)の良い子供が掃き溜め周辺を嗅ぎ回っているとの事。恐らく上流階級だろうかと口にすればレグルスは猟奇的な笑みを浮かべて人間椅子から飛び降りた。


「グラッジ」

「へい!言われなくても解ってるぜお頭!貴族様はお家へ送っておくぜ」


 身ぐるみ剥がされた不運な貴族様を担いでグラッジは裏通りを行く。レグルスの信頼が何よりの陽の光であり団子っ鼻を啜らせて信頼に応える。残されたシェイムとドレドはレグルスの行く先に従った。

――――――

 掃き溜めの腐った空気に咳込み、不浄物を避けて通る少年が居た。上質感溢れる外衣に高価なボタン、上辺だけの警戒心で奥へ奥へ進む少年に鼬の手が伸びる。


「よぅ、クソガキ。掃き溜めで肥えてんな」

「!」


 咽返る腐乱臭に釣られて見上げた先に居たのは目付きの悪いゴロツキ集団。怯んだ眼に調子を良くしたレグルスは少年の肩を引き寄せ冷ややかな息を吐く。

 遅れて合流したグラッジ共々、シェイムとドレドも頭領を見守り冷気を肌で感じる。


「ココが何処だが分かってて踏み入ったんなら……」

「その訛りの強い口調、焼けた肌、揃いのピアス。…………漸く見付けました。貴方方が悪名高い"ジィーゼル"」

「ガッハ!俺等も有名になったもんだ」

「悪名は広まりやすいですから」

「坊や。もしかして取引したいのかい?止めときなボンボンが金持ったくらいじゃアタシらは動きゃしない」

「それでも、どうしても力を貸して欲しいんです!僕の名前はフルネス、此処に来ればジィーゼルに会えると思ったから……」


 通称掃き溜めの鼬(ジィーゼル)。レグルスを頭とし、悪事を働く歴としたゴロツキ集団。彼等はジィーゼルの証として右耳にインダストリアルピアスを付け、掃き溜めに根を張る。組織立った悪事はないが年々勢力は増し、悪名を振り撒いている。

 フルネス少年は自らを低級貴族と名乗り、最近悪辣な詐欺被害に遭い危うく没落する所だったと語る。詐欺師もまた徒党を組み国兵を今日まで躱し続け悪名を振り撒いていた。


 無垢で純粋な少年の心の叫びに、心底詰まらなそうな表情を晒すレグルスは一言零した。


「却下」

「え」

「お前、何や。何様のつもりや。俺は今、お前の肩に手を置いてんちゃう。喉元にナイフをかけてる。お前は今、俺の采配の元、生かされてると自覚せぇ」

「っ!」

「お頭の言ってるのは最もだぜ。そもそもの案件、俺達にゃぁお前さんの要望に応える義理も道理もない」

「…っ何でもします!国兵じゃ駄目なんだ!!今は隠居された大伯父様の世話になってるけど僕の家族を奪った奴等を懲らしめてくれたらジィーゼルに相応の報酬を約束します」


 白い息が止まる。手ぶらだった筈のレグルスは次の瞬間には氷で造形したナイフをギラ付かせた。僅かでも身動ぎすれば首を落としかねない威圧に、呑み込んだ息を詰まらせる。

 悪には悪をとジィーゼルを頼って来たフルネスはようやっと自らの行動の軽率さを自覚し、尚も懇願した。喉元に差し迫ったナイフが体温を上昇させ、体内循環を急かすが。


「帰れクソガキ。上流階級のジブンと底辺の俺らとじゃ根本的な生き方が違う」

「そういうこった」

「……また明日も来ます。その次もずっと!」


 奇跡的に無傷で解放されたフルネスは意地っ張りにも軽率な行動を繰り返すと宣言し走り去った。

 狩り場を失ったナイフは宙に投げ出され、氷水を弾きながら地を唸らせた。軽薄な音は裏路地のジィーゼルにしか聞こえず、フルネスを振り向かせはしなかった。

――――――

―――


「どうしやす?お頭……、また来てやすぜ」

「一回痛み目見した方が諦めるんじゃ」

「匙加減間違えると直ぐ死ぬぜボンボンは」


 其れから月と太陽の追いかけっこが始まった。上等な教育を受けているフルネスは決まった時間、それも天候の良い日にしか逸れ者の巣窟に来ず一層ジィーゼルとの溝を深めていったが本人は知る由もない。


「クソガキ」

「!今日こそ会えると思ってました。お願いします。父上と母上の為にも僕が主犯を捕らえたいので!!」

「ところで坊や。パパママはここに入り浸ってるって知らないだろう?」

「なんでそのことを……?」

「やっぱり。本物の闇を知らない馬鹿ガキが見下してんじゃないよ」


 曇天が欠伸をした。ドスの利いた声にレグルスの所在を確かめたフルネスは純朴な顔で願う。足繁く通えば何時か取り合ってもらえるだろうとの希望的観測に雫が応えた。

 ポツリポツリと降り出した雨は付近の冷気を纏って霙となり全身を濡らす。次第に巻き上がる黴臭い土に無意識に片手を持ち上げたフルネスだったが彼の負の感情を見逃すジィーゼルではない。


「動くな」

「……!」

「グラッジ」

「へい!押さえとくぜ」

「シェイム」

「へい。お任せください」

「わ、えっ?!」


 中途半端に静止した脇の下から羽交い締めしフルネスを拘束するグラッジ。フルネスの正面に立ち怪しげな光り物を指先で回すシェイム。戸惑うばかりのフルネスは目線を右往左往泳がせるが鼬の眼光が反射するのみで、益々訳が分からなくなる。


「うっ……」

「ちっとは良い格好になったな」


 ポツリポツリと地面を濡らした赤露は不純の霙と合流し踵に潰された。自分が何をされたのか出血箇所を押さえて漸く把握したフルネスは言う間もなく両目を見開いた。

 右耳に空いた2つの穴と爪先にぶつかる細長い金属。これらが指し示す経緯は一つしかない。ジィーゼルの証であるインダストリアルピアスを無理矢理付けられたのだ。


「帰れ」

「ーっ」

「お頭が帰れって言ったら帰んだよ。回れ右してさようなら」

「……また、来ます」

「来られんなら来てみろ。お前の腐った脳が住む世界を理解するまで、何度でも」


 それは抗えぬ獣の眼光。人間の子供は脆く弱く、何も言い返せず漸く口を付いたのは陳腐な使い回した台詞だった。ズキズキと痛む軟骨を押さえ、ジンジンと湧き上がる耳鳴りに怯え、ジィーゼルの巣窟を走り去った。

 砕けた足音が雨脚を一層速く遠くした。

――――――

―――


「あれから随分経つけど」

「来ねぇなボンボン」

「良くて謹慎。悪くて懲罰かね」


 雨煙晴れた天地にボヤいた日常は掻き消えた。ここ数日の鬱憤を晴らすようにレグルスは身形の良い男を蹴り上げた。何度も何度も、しつこく執念深く。

 命乞いが途切れ、気絶したらしい男をボロ雑巾の如く投げ捨てたレグルスは騒々しい気配に気付き視線のみ、大通りに向けた。


「大変ですぜ!!お頭!」

「何や騒々しい」

?「成程。卑しい身分とは聞いていたが此処までとは」

「あぁ?」


 随分草臥れた様子のシェイムは汗を拭うのも忘れて、レグルスに重大な何かを伝えようと煤けた酸素を取り込んだが、シェイムの真横から現れた人物によって只の空気に成り下がった。

 挑発的にレグルス等を見下す人物は宝石に彩られた指を持ち上げ艶のある茶髪に触れ、自己紹介を始めた。


「申し遅れました。わたくし、王室付き近衛大隊長のブロッシュ・ボン・アーノルド。少し話をと思いましてね」

「おい」

「へぃ!すんません!!」

「彼を怒らないであげてください。彼はわたくしを案内してくださった"良い人"ですから」


 当時メトロジアの主戦力は専ら近衛兵であり、目の前の彼は大隊長と宣った。加えて王室付きと言う陳腐な単語がレグルスの軟骨ピアスを揺らし、不機嫌を察したシェイムが勢いよく頭を下げる。上目遣いでレグルスの表情を見やるが冷酷な眼光に萎縮し、当分は近寄れもしない。


「単刀直入に申し上げます。ジィーゼル・レグルス、貴方を国兵に推薦します」

「お頭が国兵……!?」

「只の国兵ではありません。新しく設立される近衛騎士団の一席に配属させてあげようとの話です。どうです?ジィーゼル・レグルスの類稀な体質とアスト能力を買って、わたくしが直々に勧誘してあげているのです。悪い話では無いでしょう」

「どいつもこいつもウザってぇ。俺の居所は俺が決める。ココが悪いとは言わせねぇ」


 ブロッシュは冷えた空気を噛み殺し手前勝手な案件を持ち込んだ。掃き溜めの鼬が一変、国兵になればこの上ない出世だ。しかも新たに配置される国の中枢組織の一部ともなれば生活は対極となる。

 然し、レグルスは即答でブロッシュを切り捨てた。凍える怒りがドスの利いた声音となり辺りに響くが、返答を聞いたブロッシュは心底面倒そうに口角を釣り上げた。


「はぁぁ……。王室付き近衛大隊長が自ら出向いた意味を分かりませんか?それとも脳まで腐ってしまわれたのでしょうかジィーゼル・レグルス……いや。レグルス・ニアクロッツォ」

「ッ!その名を二度と口にするな。国の狗がッ」

「お頭!」


 国の重鎮が自ら掃き溜めに出向くとは、詰まりは拒否権など無いに等しい。理解が追い付かないシェイムとグラッジに行って聞かせたドレドは、直後の真横を抜けた冷気に肌を冷やした。

 慌てて声を上げるも遅い。特異な体質により生み出されたレグルスの氷剣とブロッシュの両刃剣が噛み合い重鎮な音を立てた。


「返事を聞きましょう」

「嗚呼、受けて立つ」


 氷剣が狙った喉元が上下に動き、先程とは真逆の返答を投げ付けた。レグルスの"常識"に則った返答に満足したブロッシュは早速と、近場に待機させた馬車へと案内する。ジィーゼルの連中を一瞥したレグルスは可笑しげに喉を鳴らし、陽光道を歩く。


「お頭のあの眼、見た?」

「見れない。が、伝わる」

「ありゃ乗っ取る気だぜ」


 ギラギラとした猟奇的な笑みから浮かぶ企みに気付いたジィーゼル達はレグルスと近衛騎士団の未来を見送った。

――――――

―――

 発展都市ポスポロス。長旅で気疲れした馬車馬を休ませる為、一時停止した此処で企みを再確認する。

 王都メトロポリス。ボロ雑巾の恰好改め、王都に相応な衣を着込み、兵団の寝屋で一夜明かす中で確実な策を練る。


(盾組手で配属先を決める、か。成程、ここいらで楽しい楽しい団長争奪戦と行こうや)

「どうでしょう。只の盾組手では詰まらない、いっそ近衛騎士団の頭を今此処で決めてしまうと言うのは。僕達は血の気の多さを買われて来た。楽しく行きましょうよ」

「新人未満、言葉を慎みたまえ。規律を守れぬ奴が騎士団に入れると思うな」

「いーん、じゃないすか教官殿。俺は賛成だ。特に血の気の多さを買われたってのが気に入った」

(アイツは誰や……?同期入りのリストには入ってなかったと思うが。まぁ全員氷剣の餌食になるさかい関係ない)


 手早く近衛騎士団を乗っ取る為には団長の地位が欲しいと考えたレグルスの提案は、一度は無いものとして地面に捨てられたが一人の物好きによって再び熱を持った。やけにガタイの良い金髪の男の発言を期に、皆がレグルスにではなく金髪男に賛同する。

 これには教官も呆れて物も言えない。あれよあれよの間に押し掛けた団長争奪戦が正式に採用され同期も近衛の尖兵も一斉に構えた。発案者であるレグルスは少しばかり疑念を抱きつつも氷剣を出現させ、飛び出す。


「先ずは一人」

「く…っお前……!」

「散れクソ野郎」


 演習場に騒々しい鬨が飛び交う。煩わしい晴天に襟元を崩したレグルスは一人、また一人と倒していく。映えある一人目に選ばれたのは茶髪の大隊長で、肩に突き刺さった氷剣と容赦無い出血に怒気を孕むが、履き慣れてない靴底で蹴り飛ばされ怒りの発散どころを失った。

 ある人は肘で鳩尾を、ある人は顔面を足蹴りされ、ある人は氷剣で両足を刺され、血みどろ混戦は熾烈を極めた。


(さっきの奴!はっ余所見かよ)

「おっと危ない」

「チッ」


 ふと、目に止まる。先程、レグルスの案に乗りかかったガタイの良い金髪男は洗練された手付きで次々に相手を打倒していた。無駄の無い所作だが一人倒すごとに大きな隙が生じており、気配を消したレグルスは隙間を縫うように死角を取った。


「はははっ君面白いやつだよな」

(バカな……手も足も出ないやと!?)

「今、何をした」

「何もしてないよ。たぁだ、君を倒しただけ」


 鈍い衝撃が肩を叩く。金髪男の死角を捉えた筈のレグルスは床に叩きつけられた反動で打ち身し、金髪男は眼下に下ったレグルスを見て朗らかに笑っていた。反転した視界に瞳孔をガンと開き、信じられないとばかりに氷剣を構え直す。


「自己紹介がまだだった。俺はノーヴル・マキシム。……騎士団の団長になったばかりだ。君の事は識ってる。レグルス・ジィーゼル。特別な体質と特別なアスト能力が輝かしい……やんちゃ君だろう」

「あ゛ぁ?!」


 金髪男の名はノーヴル・マキシム。レグルスの敗北を最後に、騎士団長に乗り上がった彼は上流階級の出だろうか、程々身形の良さに性根の腐ったレグルスが敵意を剥き出しにする。


「副団長、仲良くしような」


 差し伸べられた手を叩き、副団長となったレグルスは掃き溜めに居た頃より数段、威圧を増して世界を睨んだ。中心に突如現れたノーヴル越しの世界は余計に荒んで見えた。

―――――― ――――――

 一方その頃、ジィーゼルの残党は荒れた大地を無視して煤けた青空を見上げていた。


「お頭……今頃何してるかね」

「案外馴染んでたりしてな」

「そりゃねぇよ。お頭が妥協するはずねぇ」


 吸殻を踏み付けて開口一番、ドレドはボヤいた。霧散した台詞を態々拾うグラッジを否定したのはシェイム。上機嫌に笑う大男に釣られて口角が上がりそうになるが、堪えて尚否定す。


「居ないの?」

「お!ボンボン」

「坊や……良く無事にお家を出れたもんだ」

「凄く怒られました。けど、諦め切れなくて!仇を取りたいんですっ」

「烏賊も鼬もやってる事は変りゃしない。少し違えばお前は鼬を恨んだかも知んねぇのに」


 決着の付かない会話を打ち切ったのは数週間振りのフルネス少年だった。塞がれたピアス穴と大きな絆創膏は語るまでもなく、親の教育の賜物だろう。叱咤を受けた彼は謹慎が明けるや否や、真っ先に掃き溜めを目指した。

 純粋が故に掃き溜めの黒に染まりつつあるフルネスを煩雑とした思いで迎えたドレドは、くるりと向きを変え指先をちょいちょいと曲げた。


「……坊や。付いといで」

「?」

「荒らすなよ」

「フッ今更何を」


 含みある間を持たせドレドは言葉を付いた。首輪も鎖も無いがフルネスは彼女の後ろを付いて歩く。恐らく直感で感じたのだろう、掃き溜めの腐臭と不似合いの潔白を。



「さっきのグラッジはね、良い男だ。優しい奴だよ……先の戦で霊族の子供を庇う程に」

「霊族を……?」

「善なる行動を悪徳にした一般人に追われて此処に居る。隣のシェイムはどうしようもない小心者で、惚れた女に付け込まれて貢いだ挙げ句破産、死にそうなところをお頭が助けたのさ」

「どうして僕に、教えてくれるんですか?」

「他にも隅っこで寝てるアイツ、ウッドチャックは家族の為に身を粉にして働いたのに理不尽に捨てられた。向かいのプチエナは貧乏くじを進んで引くような阿呆だ。だからズルズルと掃き溜めまで落ちてきた」

「あの!」

「勘違いしなさんな。アタシはジィーゼルを紹介したまで。……掃き溜めで暮らす理由は人それぞれだが、どいつもこいつも陽の当たる場所に居られなくなり、それでも光を求めて此処に居座ってる。お頭がその光って訳さ、喩えジィーゼルの光が腐っていようともソレが救いとなる」


 鼬の根城は今も昔も変わらず、不浄物が転がり腐敗を加速させる。此処は裏の世界、影の世界、表舞台から切り取られた空間はゆっくり時間を掛けて腐蝕していくのみだが鼬共は縋った。最後の砦として、人である事を認めたくて、鼬の王に付き従う。

 陳腐なボヤ騒ぎだとドレドは言った。煙草の煙で咳込むフルネスは涙目で彼女を見上げた。白煙を纏う横顔は美しさと冷感を持ち合わせフルネスの涙を冷やした。


「まだ解かんない?坊やの住む世界とアタシらの落ちた世界、正しさや正義なんて簡単に形を変えられる。住む世界が違うってそう言う事」

「……大伯父様に言われました。ジィーゼルには関わるなと。奴等は人間社会の塵芥とも。ジィーゼルの皆さんの過去を知って漸く解った気がします。僕は助けを求めるどころか、自分の世界からジィーゼルを覗いて誂っていただけだって」

「物分りは良いようだね。親の教育が行き届いてる」

「ドレドさんとレグルスさんはどうしてココで過ごすようになったんですか。僕は今、それが知りたいです」

「ガキに話すような内容じゃないが」


 住む世界が違う。大伯父も鼬も口を揃えた。それまで単純な階級の相違だと考えていたフルネスは漸く気付く。彼等は生き様が違うのだ。詐欺集団とも異なる腐った果実を食す此処でフルネスは初めて喉の渇きを感じ、ゴクリと唾を飲んだ。


「アタシは金持ち坊やの召使いだった。けど生意気で姑息なやつでね、あらぬ疑いを掛けて落ちていく様子を楽しんでたのさ。お頭は……」

「……」

「とある地主の息子で、捨てられた。話してくれたのはその一言だけだ。誰もお頭の過去を知らないし、知らなくて良い。だってさ、アタシらは今のお頭が好きで付いて行ってんだから」

「……僕はっ」

「ちょっ何やってんだい」

「ーっうぅ…」


 最後まで聞き終えたフルネスは何を思ったのか突然、ガーゼを引っぺがし銀白色の軟骨ピアスを突き刺した。余りにお粗末な手際に塞がったピアス穴からは少量の血液が流れ地面に落っこちた。

 冷めた性格のドレドもギョッと顔を顰めお粗末にも灰を土に還す。


「僕をジィーゼルに入れてください!!」

「は、はぁっ?あんた、そもそも家の仇を取りたくて頼んできたんだろ?!それが一体どう言う腹積もりでジィーゼルに入りたくなる!?」

「覚悟が足りませんでした。家族の仇を打つ為なら家族の元を離れたって構わない。自分の力で変えなきゃ駄目だって思いました。お願いします。お願い出来る立場じゃないのも理解してます」

「ジィーゼルを名乗りたいならお頭に言いな。取り敢えずピアス(それ)はやるから」

「何時頃、帰りますか」

「さぁね」


 月と太陽の追いかけっこは月側の意表を突いた太陽の勝利。但し霞む掃き溜めの景色は太陽には不釣り合いで、彼の純粋な明快さは月を笑かすが女神の微笑みは暫し手に入りそうもなかった。

―――――― ―――

―――

 明る過ぎる太陽が掃き溜めを照らしているなど露知らず、氷の志を持つレグルスは独り苛立っていた。


「この間の任務、すっぽかして何処に行ってたんだ?」

「……」

「偶には演習場に顔出せよ」

「……」

「今時間あるか?この書類なんだが」

「ウザってぇ……人の機嫌無視すんなや」


 団長、副団長と役職に就いてからと言うものレグルスは苛立ちを抑えられず常に冷気を纏わせていた。騎士仲間も王族も彼の威圧的な態度に戦意喪失し遠巻きに見ては獣の眼光にビビる始末。

 だが然し、真逆な態度で事もあろうにフレンドリーに接する男が居た。団長ノーヴルだ。振り向きざまに書類を突っぱねてもノーヴルは怒るどころか、笑って拾って、また笑った。


「チッ。気色悪ぃ」

「んー?まずはその訛りと口調から直していこう」

「命令される筋合いはねぇ。俺は俺や、誰にも俺の人生奪わせるもんか」

「なんて言ったかな、名前だよ名前……レグルス・ニアクロッツォ」

「っ!いてこましたろうかぁ!?」

「そうそう。レグルス・ジィーゼル。俺と勝負しよう。俺から一本取れたら自由の身だ。団長だって譲ろう。だが俺が勝ったら今度の任務、協力してもらう」

「イカれ野郎がッ!」


 レグルスの機嫌を知ってか知らずか、暢気な口振りは目の前の男の機嫌を益々悪化させ遂に決定的な一言を零した。捨てた名に全神経を逆撫でされたレグルスは瞬時に氷の短剣を造り、即座に振り上げた。

 副長が団長に斬りかかるなど大問題だ。ノーヴルも嘸や慄いた事だろうと得物をギラ付かせたレグルスだが彼はまたしても笑った。まるでレグルスの行動を読んでいたように優雅に躱すと勝手に条件を付け足す。


「はっ!」

「意外と真っ直ぐな攻撃だな」

「クソが。……な?!」

(また、負けたやと!?コイツの力は何や)

「勝負は勝負。明日、朝イチで任務の概要を伝えるから宜しく仲良くな」

「待てや。ジブン臭くてしゃあないわ。何か隠しとるやろ」


 二撃三撃と続けざまに光る切っ先は空を切っては冷気を撒き散らす。余裕綽々の態度が俄然レグルスの怒気に火を付け、攻撃精度を研鑽させるが気付けば自分は地に下り天を見上げていた。ノーヴルの懐へ潜り込み刺突を回避させた直後、半軸回転の回し蹴りを放ったところまで記憶にあるが何故かその先の一秒の記憶が無い。

 矢張りノーヴルの能力だろうかと彼から距離を取り三白眼を光らせるが無意味な行動である。


「隠し事があったって良いだろう?知りたきゃ騎士になりな。魂ごと」


 あっけらかんとした瞳の奥に底知れぬ深淵を感じるレグルスはノーヴルの言葉に何を示す訳でもなく、立ち去った。カタカタ揺れる絵画のヴィーナスだけが真実を握っている。

――――――

 翌日。小雨弾く空の下、レグルスはノーヴルを待った。約束の時間になっても姿を見せない彼を待ち続けた。次第に馬鹿らしくなり踵を返そうした最中、漸く現れた。図ったようなタイミングに苛立つレグルスを余所目にノーヴルは早速任務内容について語り出した。


「詐欺師やと?」

「ココ最近、巷を賑わせてる詐欺集団スクイッド」


 曰く詐欺集団スクイッド。彼等の逮捕が今回の任務である。何処かで聞いたような悪名に怪訝な顔付きで言葉を促す。


「狡猾な奴等でな。中々、尻尾を掴ませてくれない。ソコでレグルスの出番ってワケ。アスト能力で彼等の尻尾を掴み、一網打尽にしたい」

「拒否権ないやろ。半日で終わらしたる。但し、条件付けさせてもらう」

「良いだろう。成果次第だ」


 条件と報酬。互いの思惑が黒雲を呼び寄せていく。

――――――

―――

 雨脚強まる午前。豪奢な邸に下劣な笑い声が響き、雨音を掻き消す。


「いやはやココまで上手く事が運ぶとは」

「騙す方が悪い?いいや騙される方が悪いだろ。この世は資源ある世界、奪い取ったもん勝ち。ですよねぇ我等が頭領アン・レジック殿」


 金銀宝飾、イカ墨をばら撒くが如く床に散乱するはドレもコレも価値の高い金品。翡翠の腕輪を填める男はハスラー。綺羅びやかな宝石の鏡に映る自称美貌にうっとりする男はペルソナ。両名とも上流階級を思わす衣を纏い、好き勝手に言葉を並べる。


「ハッ。"慎ましく謙虚"なんざ反吐が出る。金は人族が決めた価値だ。人から奪って騙して何が悪い」

「いやはや仰る通り」


 此処は詐欺集団スクイッドの潜伏アジト。大粒で艶やかな宝石、反射光で煌めく金歯、茶褐色のブレイズヘアと中々にインパクトのある容姿で豪快に笑う男は頭領アン・レジック。

 瞞着し、人の不幸の上でワインを嗜むアン・レジックは、ふと微かな音に耳を立て眉をピクリと動かした。


 トントン、小石が窓を叩いた。不快な音楽を止めようとレジックは下っ端の男を顎で使う。

「えぇー誰ですか〜?」

「匿ってくださいっ」


 バンダナを巻く下っ端は窓を開け、タイミング悪く飛んできた小石に痛がりつつも視線を右往左往させる。

 声変わり前の高い声音はよく響き、下っ端男は漸く小石の出処を発見する。少年が一人、豪邸を見上げていた。上質感ある子供に油断した彼は少年の話を聞き中へ招いてしまった。その背後でもぞもぞ動く不審な影に気付きもせず。


「大丈夫かね」

「度胸に覚悟が備わってりゃあ平気だろ」

「ぁあ、お頭にバレたらどうなるやら……」


 ドレド、グラッジ、シェイムのジィーゼル組は豪邸に似合わぬ薄汚い恰好で、敷居を跨ぐフルネス少年を見守っていた。

 行き当たりばったりな度胸と憎き相手の本拠地を探し出し潜入する覚悟を携えた少年を今は只、見守るしかない。


「実は今、盗賊に追われているんです。僕が貴族だから。だから匿ってください。御礼は幾らでもします」

「それは大変だったねぇぇ」

(裕福層のガキか。烏賊の住処だと知らずにご苦労なこった。クク……恩を与えてやろう。精々全て失って自責の念に囚われるんだな)


 未熟で可哀想な子供を演じ相手の懐へ潜り込む様子をハラハラ見守るジィーゼル達は逃げる準備だけは万全に整え息を呑む。

 無垢な子供の証言を受け、ペルソナは心の中で舌なめずりをした。無知蒙昧な貴族の子供ほど愚かで騙しやすい存在はない。フルネスの奥の金貨を見据えて、そっとレジックに耳打ちし彼の合図を受け取ったハスラーがソファに腰掛けた。


「いやはや、お可哀そうに。坊っちゃん盗賊が去るまでの間、少し遊びをしよう」

「遊び?」

「子供でも楽しめる簡単な賭け勝負ですよ」

「面白そう!」

(何が楽しめる、だ。そうやって何人もの人間を騙したくせに)


 物腰穏やかに腰を据えて、フルネスが賛同する少し前から滑らかにトランプを切る。無垢な子供と決め付け、目の前の少年の胸中など知ろうともせずにハスラーは人の良い笑みを浮かべた。


「ルールは簡単。私はディーラー、坊っちゃんは挑戦者。互いにカードを引き21点に近い方が勝利です。簡単でしょう?」

「何を賭けるの?僕お金持ってきてないよ」

「いやはや、そうでした。では今、身に着けているもので一番高価な品、と言うのはどうでしょう。私は翡翠の腕輪、坊っちゃんは…その上質なボタン」

「うん、分かった!」

「時間は幾らでもあります。何度でも、挑戦してくださいね」


 所謂ブラックジャック。流れるような手付きで二枚のカードを配り、賭け事の内容を決める。少々手早な行動は挑戦者に時間の余裕を無くす為、挑戦者自身の思考を煽り立てる為、無垢な子供を演じ続けるフルネスは勝負に乗った振りをしてカードを手に取った。

 配当されたカードはダイヤの9、3、対してハスラーのカード一枚はクローバーのエース、カードを追加するか否かフルネスの右手が机に引っ掛かった直後、不動の豪邸が震撼した。


「!」

「な、なにっ!?」

?「〈法術 記憶共有(メモリー・ノート)〉くそったれの腐れ脳みそ、発見」

「もう少し段階を踏めないもんかね」

「文句言うなや。スクイッドのアジトは掴んだ。後は捕縛するだけやろが」

「ヒッ何、誰だ!?」


 邸の横っ腹が突如崩壊したかと思えば次の瞬間、天井を突き破って現れたのは連なる氷塊。誰もが慄き未動き出来ずにいると、付近に居たペルソナが何者かに鷲掴みされ法術発動に伴う光を浴びた。

 レジックもハスラーも、フルネスもジィーゼル組も皆々がド派手に登場した二人組に視線を注いだ。


「驚かせて済まない。俺は近衛騎士団団長ノーヴル・マキシム。そしてコッチが副団長レグルス・ジィーゼル。後は、言わなくてもお分かりいただけるかと」

「騎士団!?」

「この明らかに野蛮そうな男が!?」

「レグルスさん……」

「あ?」

「「「お頭ぁっ!?!」」」

「あ゛ぁ?」

「慕われてるな」

「んで、ココに」

「それは……その!」


 あくまで毅然と振る舞うノーヴルと掴んだ手を離さないレグルス。驚愕の声と共に騎士団の登場に血の気が引くハスラーと逆に血が上るペルソナと、不気味なほどに無言のレジック、それから数秒出遅れてフルネスがポツリの彼の名を呟いた。逃走準備だけはバッチリのジィーゼル組も、レグルスの登場には開いた口が塞がらないようで思わず邸内へ侵入した。

 思ってもない状況はレグルスも同様で、不躾な彼が初めて人間らしく困惑の表情を見せた。


「クククッ、クッハハハッ!!!ようこそ我等がスクイッドの根城へ。歓迎するぜ騎士団!ガキ使ってまで卑怯な集団だ」

「いや、僕は!」

「……人質のつもりか」

「んなら俺も一人確保した」

「ヒィっ。離せ!!英雄気取りの蛮族が!」

「黙れや。おい、頭領アン・レジック。人質交換ならとっととやれ」

「人質交換?勘違いも甚だしい。捕まった時点でソイツは無価値の無能だ。それより、一つ賭けをしようじゃねぇか」

「ハッ。乗る訳」

「お前らが勝てばガキは解放しよう。序でに捕まったって良い。但し敗ければ、潔く去れ」


 一瞬の困惑の隙を突いたのはスクイッドの頭領であった。人の心理を把握出来ねば人を騙して今日まで逃げ仰せるなど不可能。逆転の手札、フルネス少年の背後に素早く回り込むと態とらしく肩に手を置いた。

 ギラ付いた鼬を相手に烏賊は自らのフィールドへと誘い込む。下手に噛み付いてイカ墨でも撒かれたら人質の少年が危うい。と考えたノーヴルは一つ決断を下した。


「良いだろう。俺も出来るなら穏便に済ませたい。その勝負、乗った」

「決まりだ。ハスラー用意しろ」

「態々敵の策に乗っかるって何やねん」

「人命優先だ。知り合いだろう?」

「一方的に知り合って来ただけや。世間知らずのクソガキ助けて何になんねん」

「レグルスさん……僕は、僕はジィーゼルに入りたくてココまで来ましたっ!」

「はぁ?」

「お頭ぁ!アタシからも頼むよ。助けてやってくれないかい?」

「俺も、どうにも子供を見ると放っとけない」

「お、俺も勝手な真似ですんません!けど」

「どうする副団長」

「チッ。勝てばええやろ。ボコしたるわ」


 見え透いた罠に飛び込むノーヴルに不信感を露わにするレグルスだがドレド、グラッジ、シェイムの順に頼み込まれては埒が明かない。オマケにフルネスの心境の変化も謎のまま、遂にレグルスは罠に飛び込む事を選んだ。

 顔面を掴まれた状態で青筋の増える様子を見ていたペルソナは愈々恐怖を超えて、落ち着きを取り戻し、離れゆく褐色肌を(はた)いた。……鼬に睨まれた烏賊がどうなったかは言うまでも無かろう。


「では騎士団長、副団長の位に敬意を評し少しばかり趣向を変えましょう。宜しいですかな。ノーヴル・マキシム様」

「良いだろう」

「いやはや。円滑なご判断、流石は貴族様」

(この男が……貴族?)


 了承を得たハスラーは道化師の様な笑みを浮かべてテーブルレバーを引く。ココンと軽快な音を立てて一回転したテーブルは、夜の装いへ姿を変えた。

 訝しげに眉を釣り上げるレグルスを置いて身支度を整えた夜のテーブルに、ジョーカーが立ち潜む。


「"ブラックジャック+ジョーカー"。貴族様の嗜み、ブラックジャックに色を付け足しましょう」

「ほう。所で副長、ブラックジャックのルールは知ってっか」

「貴族の遊びなんざ知るかよ」


 ルールは簡単。通常のゲーム形式で行われるが七変化するジョーカー札が場を掻き乱す。

 最初に配られたカードの内、一枚でもジョーカー札があったなら好きな数字2〜9に化ける。追加でジョーカー札を引いた場合、固定で2に。二回目の追加以降に引いた場合、その時点で敗北。またディーラーが引いた場合もその順序に限らず敗北となる。


「私共は一人ずつ、そちらさんは二人同時に。これ以上無い有利な条件です。素人が混じってると言う点に目を瞑れば」

「あぁ?」

「まぁまぁ。楽しもう」


 無音の蓄音機が緊迫した空気を取り込み蟠る頃、プレイヤーの前に二枚のカードが配られた。ノーヴルには6と3。レグルスにはAと9。二度追加したノーヴルは合計で20点、次いでレグルスが追加を選択しカードを捲る。


「出ましたジョーカーカード!いやはや運を味方につけましたな。では私の分を。合計20点で!……お見事。私の敗北です」

「態とちゃうやろなぁ」

「いやはや。何をおっしゃいますか。これは駆け引き勝負。賭事の企図は立派な戦術です」

「チッ」

「折角勝ったのに喜ばなきゃ勿体無いぜ〜」


 追加コールでジョーカーは2に化ける。詰まり、合計札でブラックジャックの完成である。まるでそうなると解っていた様なハスラーは矢張り定形的な笑顔で席を立った。


「それでは我等がアン・レジックに代わりましょう。良い賭事になる事を祈っております」

「待てや。カードを切るだけなら誰にも出来るやろ。……シェイム!お前がやれ」

「エェー?ジブンですかい?!触った事は、ありやすけど」

「フッ。俺に不正させない気か?無駄骨よ」


 程良く姿勢を寛がせるノーヴルと足を組みソファの背に片手をやるレグルス。先に文句を言付けたのはレグルスであった。賭事とは言え、詐欺集団の頭領に札を切らせる愚行を避け、シェイムを指名する。

 お頭の命令は絶対だ。恐怖と信頼で培われた札を預かり、辿々しく札を切って手渡す。余りに不慣れな姿は人質のフルネスも不安が隠せぬほどに。


 眼前の札は、ノーヴル7とK。レグルスJと3。


「あちゃーバーストだ」

「!」

「後は宜しくなレグルス」

「いやはや。お遊びが過ぎますよ」

「賭けるねぇ」

(なんやコイツ……今、捲る札を変えた?)


 賭けに出たノーヴルが捲ったのは数字の6。合計が21を超えバーストとなり、彼は此処で敗北したのだがレグルスは直前の妙な手付きに眉を顰めて真横を見やる。

 ノーヴルは何故か、山札の一枚目ではなく二枚目以降から抜き取り負けたのだ。スクイッドの反応を見ても何かしらを仕掛けたのは想像に足るが肝心の胸中が読めない。


「さぁ新進気鋭の騎士団副長、追加しますか。勝負しますか」

「……追加したるわ」


 同じく剽軽に疑問符を浮かべるジィーゼル等も固唾を呑み御頭の行く末を見守る。一枚、数字の2。二枚、数字の5。さて次は、


「!」

(まさか、次の手札はジョーカー……俺に引かせる為に仕込んだんや)

「追加は終わりや。勝負と行こうか」

「おいおい」

「ククッ嫌われたな。お望み通り勝負だ」


 ノーヴルは札を横抜きしただけでなく、あの一瞬でジョーカー札と数枚を入れ替えたのだ。拙い札切りで数度バラ撒かれた運命が当たりとなるよう、仕込んだ。企図に気付いていながらスクイッドは喉を鳴らして手を叩く。

 自分だけが遅れた理解にレグルスはとうとう憤懣やるかたない思いでジョーカーを見過ごし勝負に出た。想定外の行動にノーヴルが肩を竦めるが最早、目を入らない。


「コチラも勝負と行こうか」

「アン・レジック様の手札はQにA。お見事ブラックジャックでございます。勝者が確定しました」

「で、テメェら約束忘れた訳じゃねぇだろうな。休暇は終わりだ」

「休暇?そやなァ……休暇かァ。クソ貴族のクソ騎士、今日は休暇らしいわ」

「羽目は外すなよ」


 軽く投げ捨てた21。騎士団の敗北と言う形でスクイッドが提示した形式の勝負は幕を下ろした。金歯をギラつかせ、大粒宝石の指輪で顎を掻く頭領と以下二名は不遜な態度で勝利を嗤う。紅緋映える夜明けのワインは嘸や旨かろう。今から肴を見繕う脳内に警鐘は鳴らない。

 唇を噛み締め一端に悔しがるフルネス少年を余所目に熱い吐息を漏らしたレグルスの目の色が変わるまで後、一秒。


「知らんがな」

「ぐお!?」

「アン・レジック殿!?」

「お頭ぁ!」

「いいぞ!やっちまえ!!」


 銀紫の三白眼が眩い程に猟奇に染まり氷剣を振り翳す。真っ二つに切れたカードに崩れたルーレット盤、小汚い赤粒を避け吐き出したのは氷点下の気性。

 不意打ちを喰らったアン・レジックは勿論、眼前で頭領が血に染まる姿に血の気が引くハスラーとペルソナ、拘束されたまま目を見張るフルネスに意気揚々と拳を掲げるジィーゼル組、そして苦笑するノーヴル。


 盤面はあっと言う間にひっくり返り、レグルスの独壇場と化す。


「騎士に風上にも置けん奴だ……騎士以前に人間として失格!王政統治も末期だな」

「王政の末期の方、気張りや」

「うわぁーー」

「レグルス、その辺に」

「若造が調子に乗るなッ!」

「おっと」

「っ!エラい熱烈やな」

「力が騎士特権だと思うなよ」

「ほんま、エエこと言うやん」


 悪態を付き唾を吐くペルソナを再度殴り倒し、ノーヴルがフルネスの拘束を解く間にハスラーを氷剣の餌食に、早々に逃げ仰せた下っ端をナイフ投げの要領で仕留め、野次も顔を引き攣らせる頃、漸く反撃の一手がレグルスの頬を掠める。

 ノーヴルの脇下を通過して放たれた槍針。何時の間にやら光る手元、装着型の護身用エトワールは時計回りに回転しながら槍針を発射する逸品で、何より褒められた点は其の速度にあった。


「グハハハハッどうだ!?避けられんだろう!チンケな刃物を振るう間に三発は入る!性能の差に命乞いしな」

「高々掠り程度で粋がるなや。安く見えるで」

「お頭ぁ……」

「当たってるぜ」

「コッチにさ……」

「外に被害が出る前に止めるとしますか」

「……僕も」


 他所他所しい衣服が裂け赤筋垂れ流そうがお構い無しに氷の剣を精製し続ける。一秒間に三発入る槍針が屋敷を破壊して回り、回避する為に縦横無尽に駆けるレグルスも何かに付けて割れ物を衝く。

 ヅカヅカヅカ。小柄な間を切って壁に突き刺さる槍針と人の形。ヒュンヒュンヒュン。眼前に迫る脅威に瞬きを忘れたフルネスと、直前で槍針を受け止めるノーヴル。


 置いた槍針にフルネスが手を伸ばした事など露知らずノーヴルは気怠げに休暇を終わらせに掛かる。


「双方矛を収め」

「騎士様の高潔なる血潮が垂れてんぞッ!」

「垂れ流しとけそんなもん!掃き溜めの泥の方がマシや」

「……言って収まるタチじゃないよね」

(僕も、何か役に……スクイッドに敵を!……あ、あれはスクイッドの頭領と同じ武器?)


 ルール無用の決闘に常識はなく、天井にぶら下がった血痕が擦られて氷の礫となる。今までの鬱憤を晴らすようギアを回すレグルスを見つめる光物が一つ。

 割れた陶器の隙間から覗くは設置型エトワール槍針。苦戦する振りをしてスクイッドは何処までも卑怯で見守るペルソナは仮面の下で笑いを抑えていた。


(誰も気付いてない!?はわ、わ……時限式のエトワール、……僕が、僕が!)

「レグルスさん!!!」

「!」

「お?」

「は?」

「…………え?」


 未熟な目線の低さが功を奏し、一人脅威を察知したフルネスが選択する。付近のノーヴルやジィーゼル組に助けを求めなかったのは少年が、少年自身が沸き起こる熱に充てられた結果なのだろう。


「―――え、え?!」


 其れは偶発的な未来が生み出した必然である。フルネスの熱が弾けた一瞬、辺りに散らばる冷気が重ね重なり眼前に至る。

 吐く吐息の白さといったら、結露まで。槍針の先端から天井の血痕に至るまで何処も彼処も氷中、レグルスの死角に迫った槍針すら空中で氷場の留具に。


「な、何だ……小僧何をした!?」

「なに、何を、えと、……あの」

「ジブン……変わった体質やな」

「ちが、……え?!」

「寒い」

「痛い」

「染みるぅ〜」


「体質、じゃないな。若しく天換?」

「てんかん……」

「アストを別の物質に変換する技だ」

「確かにアストの勉強は家庭教師に習ってますが」

「ハッ家庭教師。ホンマ良い教育してはるわ」


 状況を理解した途端、理解が追い付かず氷場はアン・レジックを厳しく縛る。想定外が幾度と起こり冷めた空気も暖を取り始め、渦中のフルネスの視線は斜め上に泳ぐ。

 後に正式に会得する天換法術の切れ端に拙いクシャミが響いた所で、休暇は終わりを告げた。

―――――― ―――

―――

 その後、詐欺集団スクイッドは騎士のお縄となり事件は一件落着。何事もなく氷の溶かす朝日が昇りメトロジアは日常に帰る、帰ったのだが、何やら騒がしい訪問者がレグルスを訪ねたらしい。


「レグルスさん!」

「熱は下がったんか」

「はい!もう倒れません!!そんな事より僕を正式にジィーゼルに入れてください!!」

「……」


 大方、ノーヴル辺りが仲介したのだろう。客人と聞いて嫌な予感はしたが第六感は冴えてるようだ。開口一番、言い出す台詞も予想の範疇。


『お頭、もう時期坊やが訪ねてくると思うけど』

『入れてやっても、構いやせんですか』

『子供なりに考えたんですぜ、追われるばかりがジィーゼルじゃない……頭なら幾らでも下げるんで』

『強い子になるよアレは』


「ジィーゼルの悪辣を背負う覚悟があるんか」

「戻らないと決めました」

「好きにせぇ。面倒やねんジブン」

「!」


 白々しく清々しい鼬の手足に唆されたとは思わない。ガキ一匹に絆されたとも思わない。

 只、己が家族に捨てられ火に焼かれながら氷に縋った様に、見捨てた世界を恨む為に掃き溜めの鼬を名乗った様に、目の前の少年の決意を叱るのを辞めた。それだけだ。


「よぉ似合っとるよジィーゼルの証。まるで掃き溜めの鶴やわ」

「ーーっはい!」


 不格好な銀製軟骨ピアスを付け直し、改めて視界の中心を見つめる。矢張り馬鹿馬鹿しい。



 認められた証に痛みはなかった。掃き溜めの鼬(ジィーゼル)は痛みを分かつ家族であり同胞、燦然と好く晴れた、陽の当たる場所でフルネス・ジィーゼルは生まれた。




―――――― ―――

―――

オマケ


 日付が変わる十分前。褐色寄りの肌に青筋が浮かぶ。


「〈法術 記憶共有(メモリー・ノート)〉」

「何だ?藪から棒に」

「……そういう事やったん?まんまと乗せられ、思い通りに踊る様は愉快やろなぁ」


 出会い頭早々、特別なアスト能力を発動させたレグルスは更に青筋を増やす。


「そうだ白状するよ。ジィーゼルが憎くて仕方無いお偉いさんを納得させる為だ。俺が抑止力として監視役を買った。益々嫌われるなこりゃ」

「止めるだけのアスト能力……か」

「あぁ」

「人生何があるか分からんな。望まれた能力を持つ俺が捨てられ、奇異な能力のあんさんが恵まれた。家族って何やろなぁ」


 恵まれた環境下で生まれた二人は正反対の路を歩み、何の因果か路は交わり同僚となり言葉を交わすに至る。


「俺だけ監視されんのも腹が立つからな、道連れと行こうや」

「本気で言ってんのか」

「ジィーゼルとスクイッド、変わんねぇよ。それに言ったやろ条件、一つ権限を寄越すって」


 靴音響く廊下は飾り気無く、ポスポロスの監獄を歩くレグルスはとある囚人を前に口角を上げる。泥を被った様な笑顔が彼の内情を引っ張り出し、蝋を溶かす。



「お前の名は今日からはイータだ」

「はぁ?何を言い出すかと思えば」

「一緒に終身しようや」

「はぁ?!……騎士団長からも何か言ってやって……ははっ、まさか本気じゃあないだろうな。冗談じゃあない!!こんなチビと一緒にされ、ぎゃ!?」

「譲渡してやってん文句無いやろ」

「……路端の石にだって価値はある。二人とも纏めて面倒見てやるよ終身刑だ」


 スクイッドの構成員ペルソナこと、騎士団員イータは同日生まれたとか。

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