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『星飼い』

時系列は七幻刀編。修行中の皆の日常。

本日は七夕です!たとえ見上げた夜空に天の川が映らずとも、瞼を閉じれば無限の宇宙が広がってます!

 ―――星に願いを。願いに詞を。詞に星を。



「"星飼い"?」

「そ。憶えてない?」


 昼下りの燐光を追い出す様に閉め切った室内で、リオンは何層にも積み上げられた書物を持ち上げ目線だけシオンに投げ掛ける。

 シオンもまた書物をあちらこちらへ運んでおり、どうやら改造書庫の整頓中だと窺える。


「むか〜しカグヤに付き合って"星"を探したろう」

「…そんな事もあったような……」


 不意に掲げた一冊の本は古ぼけて所々色落ちし、お世辞にも綺麗とは言えないがシオンは大切そうに視線を本の題名に送った。

 千年前の詩人ウラディウスの叙情詩『星飼い』。物語調でありながら実情的でもある不可思議な詩は、詩人の嘆きから始まる。



―.憐れみは今も聴こえて来ない

 詩人は自らの貧困と無才に嘆き哀しみ、幾年に一度出現すると云われている『星』を求めて旅に出た。道中、飢えを凌ぐ為に泥を食ってはみずぼらしいと見捨てられ其れでも奇跡を信じて歩みを進めた。


―.星の巡りから弾かれた命があった

 幾年経ったであろう大地は芽吹き人の世も文明の加速を盛り上げた。されども詩人は命を脅かされ酔生夢死であったならどれほど良かったかと鳴り終わる心臓に問うた。


―.『奇跡』は譲らない

 『星』と目が合った。路傍の石と果てる頃、確かに『星』の輝きは心臓を叩いた。夢にまで見た幻想が転がり慌てて手の内に隠した。


―.此れは祝福であり神の赦しである

 『星』には願いを叶える力が合った。人間の欲望は曖昧模糊で不確かで人に依って様々だが、『星』は詩人の願いを叶えて見せた。金貨の山に、都合の良い愛人、やんごとなき身分等々。以降、詩人が眠りに付くまで『星』は手元で輝き続けた。



「まさか見付かったとか言うんじゃねぇだろうな」

「そのまさかさ。正確には"星"の痕跡が見付かった」

「まじか……」


 何故に唐突に昔話を始めたのか、冗談めかしに問うリオンにシオンは自慢げに胸を張った。口を挟む間もなく慣れた手付きで本棚を動かし壁の窪みに隠していた()()()()()()を取り出して、ジャンと見せつけた。


「"星飼い"の詩人の痕跡を辿ったところ……アストエネルギーと、ソレに干渉する物質の組み合わせで人工的に、擬似的に再現する事が出来る、かも知れない」

「コレが、か?」

「その顔は疑ってるな!?」

「どう見たって只の砂とランプにしか見えねぇ」

「ほほう。詰まりきみはコレの中身を詳しく知りたいと」

「!つーか"星"が完成したとしてその後はどうすんだ?売るのか」

「逃げたな……。まぁいいけど。"星"が完成したらって勿論願いを叶えるのさ。ぼくにだって叶えたい願いの一つや二つはある!」


 成猫サイズはあろうかという球形の硝子瓶は中心が多角形の光り物、敷き詰められた砂らしき茶色の粒は重力を無視してキラキラと宙を舞っていた。オマケに硝子瓶も完全な球形ではなく所々に(ネック)が伸びており単純明快なリオンは首を傾げるばかりでイマイチ理解してないようだった。

 接続された機器の意味も頭に入ってこず、ランプの光を凝視していると不思議と光源が強まっていくのを感じた。


「さっきより光ってねぇか」

「あ、うん……あ」

「は!?」


 稲光る多角形は明らかに想定外の動作を起こし、何かしらの測定器も異常値を示し、改造書庫は光に包まれた。

――― ―――

 其の日、天音は溜息を何度も付いた。突発的で急転直下な法術ではなく、継続的で漸進的な法術の発動をと口酸っぱく言われているものの安定しないアストに振り回されていた。

 女神装束も嘸や陰で泣いているだろうと情けなく何度目かの溜息を付いた時、


「な、なに??!」


 七幻刀の住処にしては大胆な爆発音が轟いた。一秒前に吐いた息を呑み込み、何事かと耳を疑った彼女は爆心地に駆け足で向かった。


「ごほ…ごほ、リオン無事か?」

「無事に見えるか!?」

「いやぁまさか爆発するとは思わなくて」


「リオン、シオン…?!なぜにボロボロ??」

「天音、巻き込まれてねぇか」

「私は大丈夫、だけど……」


 壁に床に己の肉体に、ハチャメチャに傷を作るシオンと完全に巻き込み事故のリオンが其処には居た。何時かのスコアリーズを思い出させる黒煙に、天音は心配を通り越して呆然と掛ける言葉を探していた。

 顔面の砂を払いつつ何処か吹っ切れた様子でシオンは語り出した。好奇心の赴くままの姿に幼少の面影を重ねたリオンが苦笑いしてるとも知らずに。


「願いが叶う"星"!?本当に実現したら素敵だねっ。私がお願いするなら……う〜ん、人生で一度で良いから流れ星が見てみたいなぁ。美味しい物もいっぱい食べたいし、リオンはどんな夢、叶えたい?」

「俺か?俺は……今更叶えたって仕方ねぇよ」

「む…その回答ズルい」


「ん〜……爆発の原因はエネルギー同士の齟齬ってところかな。こうなったら徹底的にパターンを潰そう。部品はあるとしても"星の砂"は買い足すべきか……」

「"星の砂"??」

「あぁ、星の砂って言うのはね」

「!」

「……何だその目は」


 溜息ばかりの天音が今日一の笑顔を見せた。"願いを叶える星"とは何とロマンチックで刺激的な話だろう。早速夢に浸る天音はふと振り返ってリオンに尋ねたが、上手い具合に逸らされ言いかけた言葉を呑み込んだ。

 二人のやり取りなど耳に入ってないらしいシオンがブツブツと球形硝子瓶と睨み合い、末にパチンと閃いた。然しながら材料"星の砂"が足りないらしく、態々天音に詳細を話し二人してリオンを見やった。


「ぼくは"星"の修繕で時間がないし」

「私はお手伝いしたくても一人じゃ外出許可貰えないし」

「……だから、何だその目は」


 此方にも言い分はある。だが有無を言わせない縋りつくような赤眼と、便乗する緑玉の瞳が怪訝な青目に語りかけてくるのだ。

 最後に付いた溜息は、言うまでもなくリオンのものであった。

――――――

 隣の少女は底抜けに明るく、宿命を取り除けば何処にでも居るお出掛けに心浮かれる女の子だ。宿命さえ無ければ。手元の地図に視線を戻したリオンは後方の監視に同情しつつ歩を進める。ゆっくりと足幅を合わせて。


「願いを叶える星と言えば七夕を思い出すなぁ。短冊は書きそびれちゃったけどねーっ」

(ん??もしかしてこれってデー……と?!)

「着いたぞ」

「ぅわあ!?…なんでもないから気にしないで…」


 到着した場所は怪しいテントの闇市、ではなくポスポロスの飾り屋だ。庶民でも足繁く通えるような雑貨・日用品店に果たしてシオンの言う"星の砂"はあるのだろうか。興味津々に表情をコロコロ変える天音は、先程までの素っ頓狂な声は忘れたらしい。


「星の砂って言うから貴重な物かと思ってたけど案外身近な存在なんだね」

「使うのは星の砂自体じゃなくて星の砂の成分だとか何とか言ってたからな」

「へ〜」

「お若いお二人サン!ひゅ〜デートかい?」

「へ!?そんな、はっきり……!」

「何やってんだお前」

「えっ」

(よく見たらスタファノ!スタファノ!?)

「細かい事は気にしない気にしない〜!」


 複雑な実験に使用する星の砂とは名ばかりで正体は観賞用としても人気の雑貨である。実験とは別に自分も一つ買おうか悩んでいると、背後から呑気で緩ゆるっとした声が降ってきた。星の砂に夢中な天音は空返事を返したが妙に聞き慣れた声とリオンの呆れた声音に引っ張られるように振り返り、驚愕する。

 何故か飾り屋のロゴ入りエプロンを着ながら接客するスタファノ。彼は修行中では無かったのか、人に言えた事ではないが休憩も程々にと苦笑を零した。


「何はともあれ買えて良かったね。少し持とうか?」

「これも修行の内だ」


 業務用かと思うほど大量に星の砂を購入し、店を後にする。名残惜しく飾り屋の店内を眺めているとスタファノと店員と思しき若い女性が店の奥に入っていくのが見え、慌てて店から離れる。なるほど狙いはそれか。


「!」

(今夜、イベントがあるんだ…うぅ行きたい。でもでも教会(ファントム)主催じゃ絶対行けないデスネ……)

「……」


 街の散策も無論許可される筈もなく、真っ直ぐ帰路へ向かうリオンと天音だったのだが、図らずも視界に飛び込んできたイベントの宣伝は天音の心を惑わせ迷わせ、落ち込ませた。

 小規模のイベントながら楽しいものに違いないと思えば思うほど教会主催の文字が恨めしく化けていく。


 そんな百面相の天音をリオンが複雑そうに目尻を下げていたとは、彼女は気付くまい。監視役のセイルにも解らない事だ。

――――――


「助かったよありがとう!」


 パチンと軽快良く鳴らされた両の平に感謝を込めて星の砂を受け取る。出掛ける前より生傷と髪のボリュームが増えているような気もするがココは敢えてツッコまないでおこう。苦言したが最後、満足するまで専門知識を聞かされる羽目になるのだから。


「貸し一つだぞ」

「分かってるって」

「お礼に星の砂を入れるとこ見ていってくれ」

「わぁあ……きれ〜いっ!スノードームみたいでワクワクしちゃう」

「そうだろう。そうだろう」


 心ばかりの礼だと言い、シオンは星の砂が球形硝子瓶に舞う様を見せてくれた。只、首から流すのではなく専用の管を介して容れる様子は宛ら愛玩動物の餌を用意する飼い主のようで、また低重力で舞う星の砂は見ていて飽きないものだ。


 一頻り堪能した後、漸く解散となり天音は修行を再開したが、リオンを呼び止めたシオンは"夜になったら完成品を見せてやるから来い"と息巻いて宣言した。

――― ―――


「体内のアストエネルギーは急激な変化によりバーストする事がある。それは採取後も変わらない効果である……。この爆発的なエネルギーを巧く使えたらいいんだけど」


 閑散とした改造書庫に機械的な音が加わる。幼少の頃より培った好奇心は今も変わらず心を震わせ熱を上げる。


(ウラディウスは詩人としての側面が強い人だけれど、人類発展に貢献した化学者だ。彼の研究も探ってみるか)


 走り書きのメモが大地の重力を浴びてヒラヒラと地面に落ちる。一枚、二枚、三枚と時に束になって落ちる事も。改造書庫を整頓した意味はとうに失せ、今や整頓前より乱雑としていた。

 只管、思考と行動の繰り返しで研究に打ち込む時間は実に有意義なものであった。然し試行錯誤を重ねる内にシオンの顔色は成果に反して悪くなっていった。


「参ったな。……今の状態じゃどう頑張っても連鎖反応によって起こる熱エネルギーを星欠片に留める事が出来ない。…」

(星を飼うのは傲慢だとでも言いたげだ)


 遂には両手を上げて降参したように机に突っ伏してしまった。ぷっつり集中力も切れてしまったようで未完成の"星"の光を目で追いながら、空になったインク瓶の指で弾いた。

 世界は明るい夜を迎えたと言うのに此処は何時までも暗く寂しいままだ。

―――

 落陽浴びる事無く、時刻は宵の時を迎えた。時間通りシオンの元を訪ねるリオンは珍しく物思いに耽った横顔で回廊に伸びる陰を踏んだ。


「と言う訳で非常に悔しいところだけど"星"は飼えなくなりました!」

「だろうな」

「きみねぇ…。そこは嘘でも信じなよ」


 シオンの突飛な発想には驚かされるが神の領域に値する絡繰は土台無理な話、冷めたリオンにムッと不機嫌さを露わにしたシオンだが彼も心の何処かで解っていたのか、八つ当たりを止め球形硝子瓶の頭を撫でた。


「勿体ないけど破棄しなきゃなぁ……天音にも伝えないとね。残念がるだろうな」

「なぁ破棄するなら一つ、借りを返す気はねぇか」

「え?」

「"星"に願いを叶えてもらうんだ」


 今度はリオンが突飛な話を始める番だ。願いを叶える為に生まれてきた『星』が役目を果たさず空へ還るのは何だか味気無い。悪戯っ子のように、或いはサプライズを計画する大人のように、人差し指を突き立て口元に寄せた。

――――――

―――

 ぽつりぽつりと街灯が赤く染まる。ポスポロスを彩る光はそれだけに足らず、初々しいカップルも母の手に引かれる幼子も仕事上がりの中年も、小さな小さな行燈を握っていた。

 願いを込めて、或いは三千年の戦死者を弔う様に河に流す。暁月が迫った今だからこその鎮魂祭を皆は楽しむ。未だメトロジア城の主は霊族に乗っ取られたままだが、何時の日か行燈の願い事が河を渡りアルカディアへ届くだろう。


「私もイベント行きたかったなぁ。それに"星"の完成も見たかったなぁ……」


 リオンとシオンに呼び出された天音は疑問符を浮かべながら庭園に足を運んでいた。女神装束と庭園を歩く為の何時ものブーツ、とチグハグな組み合わせで空を見上げた。

 正確には七幻刀の住処の先のポスポロスを見たくて背伸びし、首を限界まで伸ばしていた。残念ながら、鎮魂祭の様子は確認出来ず祭りの余波すら感じられない此処で背を伸ばすのも軈て疲れて辞めてしまった。


「……―!あれは、流れ星!?」


 伏せた瞼に白い光が流れ落ちる。ハッと息を呑んだのも束の間に白光は夜空の河を泳ぎ回った。一筋、二筋、三筋、次々と回る廻る白光は星に憧れて尾を引いた。

 壮大で壮麗で、心焦がれるほどの美しさは瞳を目一杯見開いてもまだ足りない、視界が足りない。無意識に数歩下がった天音は、今更ながらリオンの視線を感じ取り涙腺を緩ませた。


「ありがとう…っ。願い叶っちゃったよ」


 心の琴線に触れる彼の仕草は、確かに熱を持っていた。暖かく柔らかな暁光にも似た熱は貰ってばかりの心を照らした。


「"星に願いを。願いに詞を。詞に星を"……。今度は皆で星を観たいね」

――― ―――

 星の河を作り上げる夜空を誰しもが奇跡の様だと心震わせた。其処に至るまでの小話を想像しながら星を指差した。


 在る者は、修行終わりに見上げた星に視線を奪われて、焼印を夜風に晒した。

 在る者は、なんてことない風体で祭りに誘い、長耳を擽ったそうにピクリと動かした。


 在る者は、仲良く手を繫ぐ幼い兄妹に自身の面影を重ねて、名残り風を詠った。

 在る者は、自らの過去を思い出す事を良しとせず、マフラーの奥に本音を隠したまま。


 在る者は、埋まる筈だった両手に行燈を持ち、笑を貼り付けて失った願いを流した。

 在る者は、遠く干渉しない故郷を見つめて、交う懐いに古傷を疼かせた。


 在る者は、星から逃げるように浅瀬に閉じ籠もり、痣となった思い出に浸った。

 在る者は、帰らぬ友を弔い、彷徨える友を想い、三千年目の夜空を仰った。

 在る者は、届かぬ極星に、其れでも諦められぬと手を伸ばして白光を横切った。


 在る者は、シャンシャンと鈴を鳴らし、星に願いを込めた。絡繰回った純真な願いを。

 在る者は、百年分の空白を秘めて、水面を弾かせた。宿命の時は間もなく。

 在る者は、未完成の星を空へ還して、叶わない願いにモノクルの奥を赤く光らせた。



 パリンッと盛大な音を立てて球形硝子瓶が砕ける。完成間近まで迫った"星"に敬意もへったくれもない騒音は空の星に比べたら大人しいものだ。ハンマー片手に意気消沈のシオンは星夜の祭りに冷たい息を吐いた。


「良いのか?」

「何を今更。爆発的なエネルギーを秘めたコレの形を保っておくのは危険だ。それに……」

「それに?」



「"星"に手が届かないから人は願うんだ。大地と映り合わせの宇宙に、託してみたくなる」


 ポスポロス某所で砕けた星が空を目指して飛び去った。其れは其れは玲瓏であった。

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