FILE.9 「施設の案内」
「そんで二階が職員の待機室的な場所。みんなここで休憩したり、おしゃべりしたり、情報交換したり。なんか自由に過ごしてる」
長テーブルに椅子、ソファもある。本棚に、食器棚。まるでリビングといった感じだった。
いくつかソファと一緒にサイドテーブルがセットで置いてあったが、それぞれに私物が置かれているのが目に入る。
ハードカバーの本が山積みにされているもの、ダンベルのような器具が置いてあるもの、可愛い小物や化粧品のようなものが置かれていたりしていた。
「あ、ちなみに本の山積みはあたしのスペースね」
「えっ!?」
「意外と思った?」
てっきり難しそうな本の山は、あの知的そうな美人のスペースだと思っていた美玖。驚いている美玖に機嫌を損ねることなく、まるでその反応を待ってましたと言わんばかりの表情でニッコニコしていた。
「ついでに言うと、可愛い系のスペースはユーゴで、器具系はヨリ」
「うっそ!?」
予想を全部外した。
「ヨリは別に筋力タイプってわけじゃないんだけどー。最近はバストアップのために頑張ってるみたい。お腹周りの脂肪とか、あごの肉とか、たるんだお尻とか」
「誰がデブですって……?」
殺気と恐ろしいトーンで響く声に、美玖は心底驚いて短い悲鳴が出てしまった。しかしこれもニノンの思惑通りなのか。ニノンは「あ、聞こえてました?」といった感じでニコニコ笑顔のままだ。
後ろを振り向くと両手を組んでむすっとした表情のヨリが立っている。
「ニノン? 局の案内は明日にでも出来るでしょ? 彼女は疲れているのだから、早く部屋に連れて行ってあげるのが常識ってものじゃなくて?」
「だって~、気になると思って」
悪びれた様子もないニノンに、ヨリは大きなため息をついて美玖の方へ向き直る。
「ニノンがご迷惑をおかけしました。この子、自分のことしか考えない自分勝手な子で」
「いえいえ~、とんでもない」
思わずニノンの口調がうつってしまう。
しかし、ヨリが言うことももっともだった。確かに美玖は疲れている。早く休みたいと思っていたのも事実。
だがニノンの勢いに押され、ついつい流されるように案内されていたことも事実である。
そう……、今は深夜二時……。
美玖はスマホ画面に表示された時計を見ながら、改めて実感する。
(うん、非常識だ!)
ヨリがニノンの脳天にチョップをかまして諫めた。まだまだ元気いっぱいだったニノンは、最後まで案内する気満々だったらしい。
この建物内に、あとどれだけ案内すべき場所が残っているかどうかはさておき。思わずあくびが出てしまった美玖に、ヨリが察して部屋まで連れて行ってくれることに。
一階が主な職場、二階がフリースペース、三階が男性職員用、四階が女性職員用の部屋が並んでいるらしい。美玖を始め、他の女性職員もそうだが。部屋へ行こうと思ったら女性は四階まで階段を上らなければいけないのかと思うと、ちょっと面倒だなと思ったところ。
「あ、各階に転送用魔法陣があるので、階段の上り下りがつらければそちらをどうぞ」
「……魔法……陣……?」
あ、だめだ。よくわからない分野が来た。美玖は直感する。
しかしさすがヨリ、その辺りの説明は明日すると約束してくれた。もしこれがニノンであれば、きっと今から転送用魔法陣とその使い方に関する長い説明が始まっていたところだろう。
ひとまず女性専用階まではあと二階だけなので、そのまま階段を使用する。
階段で上に向かう途中、階下から白髪の頭が見えた。
「お疲れ様」
「お疲れ様です、局長」
森で見た時と変わらず、ヨリが堅苦しい敬礼をしながら局長に挨拶をする。そして局長も変わらず笑顔のない表情で返した。美玖がそんな二人のやり取りを眺めていると、局長の視線が美玖へと移ったことに気付く。
二階フロアまで上ってきて対面するなり、局長が唐突に自己紹介してきた。
「そういえば申し遅れた。私はリオン・タレーランという。よろしく」
「えっ? は……? え~っと、私は八十嶋……」
「君の名前はさっき聞いた」
「はうつ!」
突然の名乗りに戸惑った美玖が、反射的に名乗ろうとするもあえなく撃沈。淡々とした抑揚のない声、だがしっかりとした口調で物言いされると余計に恥ずかしくなってくる。
「今日はゆっくり休めるだろう。心身ともに相当疲弊してるはずだから」
それでは、とヨリが軽く会釈して階段を上っていく。それに美玖がついて行く形で上り始めると、ふと視線が気になって後ろをチラ見した。
局長……リオンは二階から両手を後ろ手に組んだまま、美玖たちが上っていく姿を目で追っている。とっつきにくそうで、何を考えているのかわからないような、そんな表情のない顔。
だけど美玖は、ふと思い出す。化け物たちに襲われていたところを助けてくれた時、美玖を安心させるように優しい声で話しかけてくれたリオンのことを。あの時の笑顔を。
ついなんとなくだった。どうせ無表情のまま、せいぜい小さくうなずく程度で済ませるだろうと、そう思っていた。もしかしたらガン無視かもしれないとも。
美玖はいつもの軽いノリで、へらっと笑いながら片手を振る。ヨリのリオンに対する態度を見てたら、決してそんな軽々しい態度をしてはいけないような人物なんだろうとわかっている。だが、美玖は確かめたかった。どっちが本当のリオン・タレーランなのだろうか、と。
「あ……」
二階と三階の中央部分にある踊り場から、三階へ向けて上っていく瞬間。ちょうどお互いが見えなくなろうとする寸前で、リオンは軽く手を振ってくれた。ほんの少し緩ませた笑顔で。
美玖には、それだけで十分だった。なんだか心が軽くなった気がする。
変なことに巻き込まれて、家に帰れない状態で、何が何だかわからないこの状況の中。もうすぐ美玖の心身が限界を迎えようとしていたところで起きた、ほんのちょっとの良いこと。
この先、自分がどうなっていくのか全くわからない。
だけどここにいる人たちはとりあえず、悪い人じゃないってことだけはわかった。
あとは明日の自分に任せて、今はとにかく眠りたい。
そう思った美玖は、あまりの疲労にこの先のことは覚えていなかった。
ただヨリに個室へ案内され、他にも何かを言われた気がしたが、ぼんやりと聞こえるだけで頭の中にまで内容が入っていない。
意識は遠のき、硬めのベッドに倒れこむとそのまま気絶するように……。
美玖は深い眠りに落ちていった。




