FILE.5 「ズルい女と淡泊イケメン」
オークと呼ばれる化け物に襲われていた美玖たち。
そんな時、複数人の謎の集団が美玖たちを助けてくれた。
何者なのかわからない彼らは、どうやら美玖たちを保護してくれる様子だが?
「局長、そちらの方を含め残り五名の確認取れました。その内一人が重症なので、ニノンを借りてもよろしいでしょうか」
「ニノン、女性の回復具合はどうだ」
「えっと~、まだ爪の再生終わってませ~ん!」
「重傷者を優先させるんだ。ユーゴ、ニノンに代わって応急処置」
「了解です」
ユーゴと呼ばれた茶髪で短髪の糸目の男性が、オレンジ色のツインテール少女ニノンの元へ走っていく。
ニノンは魔法を止めて、バスの運転手のことであろう重傷者がいる場所へ向かおうとした。
するとOLはニノンの足を掴んで離すまいと、必死の形相で叫ぶ。
「ちょっと、どこ行くのよ! なんかよくわかんないけど私の怪我を治そうとしてたんでしょ!? まだ指が痛いのよ! ちゃんとこれも治してからにしてよね!」
「あうう、局長~! この人なんて言ってるですか~! 大体の見当は付きますけど~!」
困った表情をこれでもかという可愛さで演出しながら、ニノンは助けを求める。
局長が小さく息を吐き、やれやれといった風に進み出た。
「マヨイさんの言葉は、局長が持ってる翻訳アミュレットでないとわかんないんですから。早いとこ私たちにも支給してくださいよ~!」
「わかってる。だからこうして残業覚悟で成果を上げようとしているんだろう」
「ニノン、局長を困らせるんじゃない。言葉が通じなくとも、こうやってだな。ジェスチャーを使えば相手と意思疎通することだって不可能じゃない」
そう言ってユーゴが両手と顔を使って何やら動かすが、パニック状態のOLに全くそれが伝わっていない様子だ。
「何くねくね動いてんのよ! そんなことする暇があったら、早くこの痛みを何とかしてって言ってるの!」
怒りの表情で怒鳴るOLに、ニノンがジト目で指をさしてユーゴを非難する仕草をした。
むすっとしたユーゴはジェスチャーを諦め、局長に助けを求める。
「お願いします、局長。早急に我々にも翻訳アミュレットを」
「もういい、お前らちょっと黙れ」
美玖に対する態度はとても丁寧で親切だった局長は、どうやら部下に対しては割と厳しい態度を取るのだなと見て取れた。
局長は奇声を上げてながら文句を言い続けるOLの前にひざまずき、諭すように説明した。
「突然このような事態に陥り、さらには恐ろしい魔物に襲われ、不安と怪我の痛みで怒る気持ちお察しします。ですが今あなた以上に重症の者が生死の境をさまよっているのです。あなたの怪我は必ず我々が完治させ、その痛みも取り除くことをお約束いたします。どうか危険な状態のお仲間のために、少しの間だけ我慢していただけないでしょうか」
さっきまでわめいていたOLは、局長の整った顔と紳士的な態度に押し黙った。
それから少し照れくさそうな表情になると、いじらしいという表現がぴったりの態度に早変わりする。
「えっと、最初からそうやって説明してくれれば……こっちだってこんなわがまま言わないわよ」
「ご理解いただき感謝いたします」
そう言ってすぐさま立ち上がろうとする局長の腕を掴むと、OLは食い下がる様子のない勢いで引き留めた。
「あの! 私、渡辺 美都里っていうの。あなたの名前は?」
「……」
「教えてくれたらこの手を離すから! ちゃんとおとなしく待ってるから!」
このような被害に遭った直後に、顔面偏差値の高い男から優しくされれば誰だって惹かれるのかもしれない。
美玖もまたあの局長に親切にされて、胸がときめいたものだ。
だけどまだ安全とは言えないこの状況で、真っ先に行動に移しているOLのことを美玖は内心ずるいと思っていた。
美玖だって窓ガラスで切りつけたお腹や足を、まだ治してもらっていない。
今もズキズキと痛み、血が滲んでいる。
それでも美玖はバスに乗っていた人間の人数を聞かれたら答え、決してこちらの要求を一方的に言いつけるようなことはしていないというのに。
だがそんな風に思っていたのは美玖だけではないようだ。
ニノンがユーゴと共に運転手の元へ向かいながら、大声で文句を言っている。
彼らのやり取りがどうやら遠く離れていても聞こえていたらしい。
「局長になに色目使ってるですか! マヨイはマヨイらしく黙って保護されたらいいですよ!」
「ニノン、早く行くぞ」
「ひぎいいい!」
よくわからない雄叫びを上げながら連れていかれるニノン。
しかし美玖が思っていたことをそのまま口にしてくれたニノンに対して、ほんの少しだけすっきりした。
「エトワール・ド・リオン・タレーラン・シュナイザーと申します。はい、立てますか?」
「えっ!? ちょっと待……っ! なんて!? もう一回!」
(早口で言ったあああ!)
局長がしれっとした顔のまま流れるような早口で名乗るものだから、美玖も何て言ったのか聞き取ることが出来なかった。
一体どれが名前で、どれがミドルネームなのか、それすらわからない。
しかし二度も教える気はさらさらない様子で、OLを半ば無理やり立たせると再びバスへと誘導した。
結果的にOLは局長の本名がわからないまま、文句も受け付けられることなく、他の乗客と共にバスの前で座り込むことになっている。
OLの思い通りにならなかったことに、美玖は内心ざまぁと思った。
【マヨイ】
異世界からやって来た者の総称。
美玖たちがバスごとやって来たこの世界にとって、こちら側が異世界人・マヨイとなる。
この世界の住人でなければ、当然お互いに言葉が通じることはない。
ただし、ごく稀に言葉が通じるマヨイも存在する。




