FILE.2 「襲撃と反撃」
突然迷い込んだ、見たことのない場所。
誰もが混乱して戸惑っている中、何も知らないバスの乗客が取った行動――。
美玖たちは果たして、どこに迷い込んでしまったのか?
運転手は悲鳴を上げると、急いでドアを閉めた。
美玖は動揺したせいで、座席から立ち上がることが出来ない。
やがて乗客の一人が大声を上げる。車内に響き渡る絶叫。
すぐさま外から打撃音、それによってバスが大きく揺れる。
鈍器のようなもので窓をたたき割ろうとしているのか、前後左右から攻撃されていることだけははっきりと理解出来た。
美玖もこの異常事態に急いでスマホを取り出し、親に助けを求めるがやはり圏外のまま。
泣きながらスマホを握りしめ、すぐ右横にある窓の外に目を向けた。
「……ひっ!」
外には大きな豚のような化け物が立っていた。
美玖も悲鳴を上げる。
急いで窓から離れるけど、反対側も打撃音が響いていた。
そしてそこにも同じ化け物が。
「どうなってるのよ、これは!」
「ねぇ、運転手さん! ここはどこよ! こいつら何!?」
「さっきのおっさんはどうしたんだよ!」
「知りません! 私にも何が何だか! ひいいい!」
フロントガラスが割られ、そこから化け物の腕が伸びて運転手が捕まる。
恐怖で全員がバスの後方へ逃げていく。
だけど周囲を完全に囲まれて、どこから奴らが侵入しても不思議はない。
逃げ場はなかった。
美玖は死を意識する。
殺される。
きっとさっきのサラリーマンも、こいつらに殺されたんだ!
窓を汚した赤い水は、あのサラリーマンの血だ。
「なんでよ、どうして!? 私まだ彼氏も出来たことないのに!」
クラスメイトはみんな恋愛対象にすらならない。
バカなことして、子供みたいで、エッチすることしか頭にない単細胞だと思ってた。
友達以上になんてなりはしない。
美玖は年上で、落ち着きがあって、包容力のある大人な男性が好みだった。
そこがまた美玖の精神年齢が子供たるゆえんなのだが、それでも美玖は同年代の男子のことを異性として意識することはなかったので、誰が好きとか付き合うとか、そういった会話に発展する日が訪れることはなかった。
こんなわけのわからない場所で、状況で、死んでしまうのかと思ったら悲しみを通り越して怒りが湧いてきた。
リュックの中に武器になるようなものがないか探そうと思った美玖だが、窓際に置かれたままであることに気付く。
すぐそばにあの化け物の顔が。
恐怖で体が思うように動けないが、奥歯を噛みしめるようにしてさっきの怒りを思い出した。
理不尽だ。
不遇だ。
許せない!
やられたらやり返してやる!
そんな感情で心を満たし、自分を鼓舞させた。
普段の美玖は回りからよく能天気だと言われる。
悩みなんてなさそうだとも。しかしそれは自分の辛い気持ちを面に出さないだけで、美玖はいつだって本気で取り組んできた。
思い悩んだり、悲しんだり、迷ったり、落ち込んだり。それは他の同年代の女子と何も変わらない。
それでも周囲からそういった評価をされるのは、いつも美玖が能天気を演じていたからだ。
そうすることで辛いことも、悲しい出来事も、一時的に忘れることが出来たから。
そしてそのまま明るく振る舞っていれば、やがてネガティブだった気持ちを乗り越えることが出来たから。
美玖はいつだって、そうやって困難を乗り越えてきた。
だから今回だって……。
リュックに手を伸ばして引っ張るだけ。
化け物の視線に注意を払いつつ、タイミングを見計らう。
そんな時、ちょうど良くと言っていいのか。
OLらしき女性が甲高い悲鳴を上げた。
見ると窓際でずっと怯えていた女性は、割られた窓から化け物に髪を掴まれている。
その声にバスを囲んでいた化け物が注目した。
もがきながら自分の髪を掴んでいる化け物の手を、爪で引っ掻き離させようとしている。
長く綺麗に伸ばした爪は剥がれ、それでも必死に化け物の手の甲を引っ掻き続けた。
その様子をじっと見つめる化け物たち。
――今だ!
美玖は急いでリュックを掴み、引っ張ろうと腕を引いた。
がくん!
「……っ!?」
見るとリュックのそばにいた化け物が、窓から腕を伸ばして美玖のリュックを掴んでいる。
にちゃりと笑うその顔はとても醜悪で、心の底からぞっとした。
【バス内にいる人々】
・運転手……循環バスの運転手。五十代、既婚者。温厚。
・八十嶋 美玖……女子高生。バイトがある日は大体この時間帯のバスで帰宅している。元気。
・サラリーマン……四十代の会社員。毎日残業続きでいつもイライラしている。短気。
・OL……化粧品会社に勤めている。最近部下が出来て調子に乗っている。高慢。
・おばさん……シングルマザーの娘の為に、毎日通って孫の面倒を見ている。世話好き。
・大学生……なんとなく大学に通う文系・経済学部。サブカル系の部に所属。オタク。