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紳士様、異世界に転生す!

異世界転生が神の間で流行し始めて長い年月が経つ。何の能力も価値もない人間を気まぐれで神に等しい力を与えて別世界へと転生させ、その行いを観察する遊びは廃れない。


しかし、幾人もの少年たちを転生させてきたが、どれも己の欲望に忠実なばかりで自分を持ち上げてくれる太鼓持ちしか求めていない。あまりにもワンパターンなので飽きがきた。


そろそろ、変わった奴を異世界に転生、否、転生だと成長に時間がかかるので大人のまま転生させてやろうかと考えた。


私の目下にはひとりの男が立っている。カールした金髪に碧眼、黒のシルクハットと燕尾服を着た英国紳士だ。恭しく礼をした男に私は言った。


「お前に魔法の力を与える。どんな魔法でも簡単に使いこなす力だ。これを使って異世界でどのように過ごすのか観察させてもらいたい」


「神様の願いとあらば何なりと。期待に応えられるように全力を尽くします」


「良い返事だ。では行ってくるがいい。赤子のままだと成長が大変なので、今のままで転生させることにする」


私は指を鳴らして奴を異世界へと転生させた。通常の場合は転移と呼ぶのだろうが、ここは天国。


英国紳士は地上の者ではないので天国から移動させるには転生の形をとる必要がある。


私は転生した奴の行先を見て笑みが止まらなくなる。


魔法も魔物も奴隷も何でもありの、転生者好みの世界だ。欲望を刺激され堕落し続ける世界で、奴が万能の力をどのように扱うか想像するだけでたまらない。さて、彼の行動を追跡してみることにしようか。



「ここは?」


転生した紳士は見渡す限りの青い空と草原を見渡し、深呼吸をして新鮮な空気を吸い込む。


瞳を輝かせ口元に満面の笑みを浮かべると、白い手袋をはめた人差し指と中指で音を出す。


途端に紳士の姿はその場から消失し、気づいた時には街中へと立っていた。


街は中世のヨーロッパを彷彿とさせる白壁の建物があり、歩く人々も元の世界と変わらぬ外見の人もおれば、尖った耳を持つエルフ族、竜の身体を持つ竜族、尖った尾と蝙蝠のような翼をもつ悪魔族など多種多様である。言葉は通じるかと試しに紳士は野菜を売っている男に声をかけた。


「すみません。このお店にリンゴはありますか?」


ところが言葉が通じないので紳士は指を鳴らすと、「リンゴならあるよ」と返事が聞こえた。


魔法で翻訳をしたのだ。これから先言葉に不自由をすることはないだろう。


リンゴがあることはわかったがお金がない。紳士は服のポケットに手を入れて、ひとにぎりのこの世界で通用する硬貨を渡した。男は目を丸くする。


「旦那、こんなにもらっていいんですかい?」

「構いませんよ。お釣りはいりませんから受け取ってください」

「ありがとうございます!」


土下座せんばかりに頭を下げる紳士に微笑んでから、紳士は再び歩き出す。


街の広場らしきところに人だかりができているのだ。


紳士は少し浮遊して人だかりの先を見ると、手錠に繋がれた少女が俯いていた。


金色の長い髪に雪のように白い肌。陶器のように形の整った胸をしている。尖った耳が横に伸びていることから少女がエルフ族であることが推測できる。


何らかの罪をしたのだろうかと思案していると、少女の傍に立っている髭面の人相の悪い男が鞭を少女の前で打ち鳴らし、高らかに告げた。


「さあ奴隷のオークションをはじめるよぉ! 今日の商品は貴族のエルフの娘だ!

見てよこの美貌! おまけに品格もよし! 五百グラスからスタートだよ~!」


「売ってくれ! 五百五十グラス!」


「おれは六百だ!」


下劣な笑いと欲望でむせかりそうになりながらも、紳士は細い顎に指をあてて考える。

この場を暴力で切り抜けることは容易い。しかし、紳士的ではない。郷に入れば郷に従え。

紳士は手を挙げて大きな声で告げた。


「一億グラスでいかがでしょう」

「い、一億ぅ!?」


あまりの金額に商人は目を見開いて驚愕したが、紳士はいつの間にか目の前に立っていた。


どれほどの速さで移動すればここまで早く自分のところにたどり着けるのか。商人は疑問に思ったが、それよりも先に紳士に訊ねることがあった。


「お客さん。一億グラスなんて出せるんですか」


「どうぞ」


紳士が両手を掲げると、空から金貨と札束の雨が降ってきた。

商人はもちろん他の客もあまりの事態に驚愕し金を手に入れないとパニックになっている。

騒動の中、紳士は落ち着き払って口を開いた。


「ご満足いただけましたかな」


「も、もちろんでございます」


「それは良かった。では、全員ください」


「は?」


「あなたが所有している奴隷を全員頂きたいのです。あなたが一生遊んで暮らせるだけの対価は払ったつもりですが、足りないのでしたら……」


指を鳴らし商人の目の前で札束の塔を出現させる。

商人はすぐさま承諾し、全ての奴隷を差し出した。全員で九人いる。

人気のない場所まで彼女達を連れていくと手錠を外し、彼女達の懐へ札束を入れて言った。


「あなた方は自由です。お好きなように生きてもいいのです。ご家族の元へ帰りなさい」


紳士は彼女達が二度と商人などにつかまらないようにと魔法をかけた。

永続的な効果で悪人が近づくと自動的に退けてくれる魔法だ。磁石の同じ極同士を近づけると反発する。

それと同じようなものだ。

さらにひとりずつにバケットを手渡した。


「このバケットの中に手を入れると食べ物や飲み物が出てきます」


紳士が実演すると美味しそうな果実と杯に入った水が出てきた。



「あ、ありがとうございます!」

「礼には及びません。私は女性の涙を見たくないだけなのです。紳士ですから」


紳士は長居は無用とばかりに瞬間移動でその場から立ち去った。


その後も紳士は暴れ回るドラゴンの心に寄り添い真摯に悩みを聞いて魔法で解決し、居場所を提供したり、圧政を敷く暴君を消滅させて賢君を即位させたり、病に困っている人々を魔力で癒して回復させたりといった善行を積み重ねながら旅を続けた。


やがて、もう充分なほど世界の成熟を感じ取った紳士は瞼を閉じて神に言った。


「私の役目はこれで終わりです。天国へ帰してください」



おしまい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 紳士らしく、冷静で丁寧な対応で問題を解決に導いていきましたね。女神の期待通り、与えられた能力を惜しげもなく他者の為にフル活用し、人生の最後において役目を全うしたことを告げる締め方が非常に良…
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