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プロローグ

 この森には、死を求めてやってくる人が多い。俺の住む狐のお社ももう荒れ果ててしまった。ボロボロのお堂は今にも崩れそうだ。

 俺は江戸時代からオサキとして存在する狐の化け物だ。数百年も生きていればそこそこの妖力がついてただの狐もあやかしになる。

 顔の掛けた稲荷の狛狐をぽんと撫でて、苔まみれの社を見つめる。俺がまだただの狐だったころ、絵吉という信心深い変わった男がこれを立てたのだ。絵吉はほとんど毎日この森に足を運んでは、餅やら米やらをここに置いていき、そのうちそれをする人間が増えた。そうやって、ここは「神の居所」になった。

 まぁ、いたのは小童の狐だった俺だったわけだけど……。それから俺は化け狐となり、時が立つほど妖力を増して一端のあやかしになった。もっと時間が経てば俺は仙狐となり、神に近い存在になれるはずだった。

 しかし、戦争というものが始まってから人間たちはパタリとこの森を訪れなくなった。寂しく、悲しく、俺は仙狐となる修行をやめてしまった。

 この森の守り神となるはずが、今では死の番人だ。人間たちの世界のことはよく知らないが、どいつもこいつも絶望にまみれて、せっかくの命を自ら放り出しにくる。

 また一人、森に人がはいってきた。

「ちょっと驚かしてやろうか」

 小さな狐の姿から、俺はおととい死にに来た美青年の姿に化ける。彼はどんな人間だったんだろう。着心地が悪く首の詰まった白い服、靴も死ぬほど窮屈で足がほとんど広がらない。

「まったく、人間ってやつは」

 俺は足音の方へと静かに歩いていく。ほとんど毎晩、この森のどこかに人間はやってくる。足音からして一人だな。

 タチが悪いのは「数人で」やってくるパターンだ。数人でやってくる人間は大体同じ奴ら。でかい袋に入れた人間の死体をここへ捨てにくる。俺の森に勝手に穴を掘って薄汚い人間だったものを捨てていく。

 無論、それがそのまま埋まっていれば問題ないが数日後にでかい犬たちを連れた変な輩がやってくることがあるのだ。

 俺は犬が大嫌いだ。しかも、あいつらの連れてくる犬はデカくて勘が鋭い。おまけにおっかない。

 そんなこと考えているうちに足音の主にだいぶ近づいたようだ。丑の刻、獣たちも静まりかえっている。肌寒い風が吹き抜けて、植物がザワザワと音を立てた。

「死臭がする」

 人間の姿でも鼻をつく死臭。風の方向からすれば、足音の主だ。まさか、こいつ一人で死体を運んでいるのか? いや、足音は軽い。人間を背負っているような重さではない。

 俺は少し足音を抑えながら速度を上げる。足音の主に近づいていく。

 見えた。小さくて細い後ろ姿。髪が長いところを見ると女だろう。最近の人間には珍しい着物を羽織っている。ゆっくり、ゆっくりと歩く女は何かを両手で胸の前に持ち上げ、大事そうに運んでいた。

 森の深いところ、丑の刻。獣や虫が怖くないのだろうか。女の気配には恐怖を感じない。これは死ぬと決めた人間によくあることだ。

 だが、この女から死臭がする。面白い。俺の知らない人間だ。驚かしてやろう。

 俺は足を止めると女に声を掛けた。

「お嬢さん、こんなところでどうしたの?」

 優しい声、人を化かしていた頃によく出していた声だ。それに俺の見た目は、この前の美青年。

「あら、こんばんは」

 女は落ち着き払った様子でこちらに向くと、赤色の瞳を細めて薄ら笑いを浮かべた。丑の刻、深い森の中で男に声を掛けられて、怯えたそぶり一つ見せないところに俺はぎょっとしたが、顔には出さないように笑みを浮かべる。

「こんな夜に森の中、危ないよ」

「心配ありがとう。でもね、この子を埋めに来たのよ」

 女はこちらへ両手を差し出した。黒くてよくわからなかったが鳥だ。黒々とした羽は力を無くし、開けっ放しの嘴からは小さな舌がだらりと垂れている。白く濁った目はもう光を灯していない。

「カラス……?」

「えぇ、私の相棒だったのよ」

 この女、正気か……? きらり、と女の赤い瞳が光る。こいつ、本当に人間か……? 最近の人間は瞳が赤いのか?

「そ、そうか」

「あなたはどうしてこんな樹海の深くに?」

 まずい。この女もこの女だが俺も俺だ。

「えっと」

「もしかして、幽霊?」

 女は楽しそうに目を細めると俺の方に近寄ってくる。この女、気が触れているのか……?

「ちがっ」

「あら、残念」

 女は俺をからかってクスクスと笑った。オサキキツネである俺が人間にバカにされるなんてあり得ない! どうにかしてこの女をぎょっとさせてやるんだ!

「幽霊……? そんな安いもんじゃないさ」

 俺はニヤリと悪く笑って見せる。女は以前、薄笑いを浮かべたままだ。

(なんだこの女、根性座ってやがる)

 俺はもっとでかい妖怪に化けてやろうかとか、クマや大蛇に化けてやろうかとか頭を巡らせるがいい案がない。なにせこの女はド級に肝が据わっているのだ。

「あら、ならあなたはなぁに?」

 女はぐっと俺に近づいてくる。人間の姿でも香るほどの死臭。死骸を啄むカラスの死骸。たくさんの死を孕んだそれから放たれる死臭だろうか。

「俺は死神だよ、お嬢さん」

 死神、それはどんな時代からも人間が恐れていたものだ。人間は死を恐れ、死を欲する生き物だから、死を司る神をいつだって恐れている。

 この女だって、こんな深い森の中で死神に出会ったとなれば怯えて震えあがるだろう。

「死神? まぁ、素敵っ。ぜひ、彼岸堂へ来てくださらない?」


 女はカラスの死骸を持ったまま俺にぐっと近づくと一番の笑顔で俺を誘った。





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