流れよ我がヘドとニンゲンコピーは言った
ゴミがいつものようにヘドを片付けてコヤへ帰ると、妹のソネミが珍しく玄関まで出迎えに来てくれた。
「おかえり、きょうは、ソネミの、たんじょび」
目をキラキラさせる妹の言葉で、ゴミは大変なオボエナガレをしてしまったことに気がついた。
「にいちゃん、学校に忘れ物しちゃったから」
ソネミはうんとうなずいた。
きっとベンリマートかヤミイチにいけば、ケーキの一切れくらいはあるだろう。ミンスミートも五百グラム買おう。シロアブラたっぷりの甘いやつ。
ゴミは玄関の外にブタがいないことを確認すると、誰にも気づかれないよう静かにコヤを出た。
移動制限時刻はとっくに過ぎていた。それでもゴミは、ソネミの誕生日を忘れていたのは自分だからと誰かに言い訳した。ばれてもせいぜい市内のアンカケくらいの罰ですむだろう。きっとそうだ。
ゴミは薄暗い道を選んでベンリーマートへ急いだ。
こっそり店の中を覗き、やる気のない第三世代のヨマイゴトがアルバイトをしている店を選んで店内にはいる。
ヨマイゴトも面倒は起こしたくないので、ニンゲンがこんな時間に買い物に来ても、きっと通報はしないはずだとゴミはふんでいた。
「しゃっせー」
自動ドアの開きに脊椎反射で挨拶をするヨマイゴトは、入ってきたゴミを一瞥した。ギラリとひかる眼光に見透かされたようで、ゴミはゾウモツが飛び出しそうなほどドキリとしたが、ヨマイゴトは眉ひとつ動かさずに定位置に戻り、口をあんぐりさせると蛍光灯の点滅を見つめ直った。
幸いにも、客は他におらず、ゴミは胸を撫で下ろした。それから、買い物カゴを出来るだけ静かに引っこ抜くと、音をたてないよう店内を徘徊し始めた。
ミンスミート五百グラム、ショートケーキ二つ、それからネドメと携行ヘド袋を買う。しめて七万五千円の大浪費であったが、ゴミは今年一番の最高の買い物になるだろうと、そう思い込む事にした。
ベンリーマートを出るや否や、ゴミは出来るだけ素早く静かに夜の市内を駆けた。
ゴミが規則を破った回数は、両の目のツボを数えるほどしかないのだが、やはり何回かは警邏のブタたちにみつかり、厳重注意とアンカケ罰を言い渡されている。
今日またアンカケになれば、ソネミと離れてドッキョボーへいかねばならない。違反点をうけたが最後、トッパッパーの妹を見てやれる人間がいなくなってしまうのだ。
コヤに着く頃には、ゴミの神経はナベゾコにすり減っていた。もう二度と違反は犯すまいと玄関の戸を開けようとした時、その下に見なれたヘドが溢れているのを見てしまった。
ここはニンゲンゴヤで、ニンゲンコピーなど何処にもいるはずはないのに。それでも確かにゴミのコヤの玄関には、やはり見馴れたクリーム色のヘドがやわらかな塊を成していた。
つぶれたソラブドウみたいに、脂汗が身体中からブワッと流れ出す。
隠れて食べたカニパンが、オカミにみつかりシリタタキを待つような気分だった。
ヘド袋にヘドを片付ける気力もなかったゴミは、玄関で待っていたソネミに、カチカチの笑顔で答える羽目になった。