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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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月の国2

月が高く昇った頃、三人は宿を出た。


昼間の灼熱が嘘のように、夜の砂漠は冷え込んでいた。吐く息がうっすらと白い。寒暖差がここまで激しいとは思わなかった。


「寒い……昼間あんなに暑かったのに。」

レイリンちゃんが腕をさすりながら言った。


「砂漠ってこういうものらしいよ。昼間は砂が熱を吸収して灼熱、夜はそれが一気に放出されるから冷える。」

「座学で習ったやつだね。」

「でもまさかここまでとは思わなかったけど。」

魔法障壁を少しだけ温度調整に使いながら、三人は街の南門から砂漠へと飛び出した。


月明かりに照らされた砂漠は、昼間とはまるで別の世界だった。砂の一粒一粒が銀色に染まり、風紋がどこまでも続いている。空には先ほど宿の窓から見た星空がそのまま広がっていて、地上と空の境目がわからなくなるほどだった。


「……綺麗だね。」

「うん。」

「怖いくらいに綺麗。」

オリビアちゃんの言葉に、私もうなずいた。美しいものには危険がつきまとう。グルンレイドの屋敷に飾られているアーティファルトの絵画がそうであるように、この砂漠もまた、美しさと危険が表裏一体なのだろう。


「観測魔法、全力で展開するよ。二人もお願い。」

「了解。」

「了解。」

三人の観測魔法が重なる。私の範囲は二百メートル程度だが、オリビアちゃんとレイリンちゃんの観測を合わせれば、ある程度の広さはカバーできるはずだ。


老婆が言っていた"月の谷"は街の南に半日歩いた先。飛行であれば一時間もかからないだろう。三人は砂丘の上を低空で飛びながら南へと進んでいった。


「あれ……かな。」

しばらく飛んでいると、砂漠の中にぽっかりと窪んだ地形が見えてきた。まるで巨大な手で砂をすくい取ったかのような、すり鉢状の谷。周囲の砂丘よりも数十メートルほど低くなっていて、その底は平らだった。


「うわ……。」

谷の底に降り立った瞬間、三人は同時に声を漏らした。


砂が、光っている。


月明かりに照らされた谷の底で、砂の一部が淡い白銀の光を放っていた。蛍のように点々と光るのではなく、地面全体がぼんやりと発光している。まるで月の光が砂に溶け込んで、そのまま地面に沈殿しているかのようだった。


「これが……月の砂。」

私はしゃがみ込んで、光っている砂にそっと手を伸ばした。


指先が触れた瞬間——


「冷たっ……!」

思わず手を引っ込めた。


冷たい。ものすごく冷たい。砂漠の夜の冷え込みとは全く別の種類の冷たさだった。氷のようでもあるし、もっと奥深い——骨の髄まで染み込んでくるような、不思議な冷たさ。それなのに痛くはない。ただひたすらに、冷たい。


「クレアちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ただ……本当に冷たい。触ってみて。」

レイリンちゃんが恐る恐る砂に触れた。


「ひゃっ!……うわ、ほんとだ。すごく冷たい。でも、なんだろう……嫌な冷たさじゃない。」

「不思議……。砂漠でこんなに冷たいものがあるなんて。」

オリビアちゃんも触れてみて、静かに目を見開いた。


見た目は銀色がかった細かい砂だった。普通の砂よりもずっと粒が細かくて、指の間からさらさらとこぼれ落ちていく。手のひらに残った分をよく見ると、月明かりを受けて一粒一粒がきらきらと光っていた。


「カルメラさんの言ってた通りだね。"どんな環境でも冷たい不思議な砂"。」

「何に使うんだろう……。」

「それは帰ってからのお楽しみ、かな。」

レイリンちゃんの疑問に私はそう答えた。本当は私だって知りたいけれど、教えてもらえなかったものは仕方ない。


「さて、採取しよう。容器を出して。」

私はカバンから採取用の容器を取り出した。カルメラさんから渡された特殊な容器で、内部に魔法障壁が施されている。月の砂の性質を保存するためのものだろう。


三人で手分けして、光っている砂を丁寧にすくい上げていく。普通の砂と月の砂が混ざっている部分もあったが、光っているものだけを選別するのはそう難しくなかった。月明かりの下では一目で区別がつく。


「結構たくさんあるね。」

「でも容器は一つだけだから、入る分だけでいいよ。欲張らないこと。」

半分ほど容器が埋まった頃だった。


「——止まって。」

オリビアちゃんが低い声で言った。


三人の手が同時に止まる。


「……来た。」

オリビアちゃんの観測魔法が何かを捉えていた。私も集中すると——砂丘の向こう側から、複数の魔力反応が近づいてくるのを感じた。


「数は……五。いや、六。」

「魔物だね。結構な魔力密度。」

「危険度は?」

「Bくらい、かな。」

砂丘の稜線の向こうから、ゆっくりと姿が現れた。


巨大なサソリだった。体長は三メートルほど。六匹が横一列に並ぶように、谷に向かって降りてきている。全身が砂と同じ色をしていて、月明かりがなければ見落としていたかもしれない。尾の先端に光る毒針が、不気味に揺れていた。


「サンドスコーピオン。座学で見た。毒針と硬い外殻が特徴。」

「倒し方は?」

「外殻は魔法でも剣でもかなり削りにくい。関節部分と腹部が弱点。」

オリビアちゃんはすでに剣を抜いていた。レイリンちゃんも拳を握り、構えている。


「六匹。一人二匹ずつだね。」

「配置は?」

「オリビアちゃんは左の二匹。関節を狙って。レイリンちゃんは右の二匹。龍技で腹を打ち抜いて。私は真ん中の二匹を足止めしつつ、二人のサポートに回る。」


「了解。」

「了解!」

サンドスコーピオンたちが一斉に動き出した。


「行くよ!」

三人は同時に飛び出した。


「華流・周断!」

オリビアちゃんの剣が一匹目の関節を正確に捉えた。ぎちぎちという音とともに、サソリの右前脚が切断される。バランスを崩したサソリが体勢を立て直す前に——


「華流・花かんざし!」

二撃目。剣先から放たれた鋭い魔力が、露出した腹部の隙間に滑り込む。サソリは痙攣しながら動きを止めた。


「一匹目!」

オリビアちゃんが宣言すると同時に、二匹目のサソリの尾が襲いかかってくる。毒針が月明かりを受けてぎらりと光った。


「危ない——バインド!」

私の拘束魔法が尾の動きを数秒間止めた。その隙にオリビアちゃんは距離を詰め、同じように関節を狙う。

反対側では、レイリンちゃんが真正面からサソリに向かっていっていた。


「龍技・バーンナックル!」

レイリンちゃんの拳がサソリの外殻に叩き込まれる。しかし——


「硬っ……!」

外殻に阻まれて、拳が弾かれた。


「レイリンちゃん!腹部!外殻の隙間を狙って!」

「了解!」

レイリンちゃんはサソリの突進をかわしながら、体の下に潜り込んだ。


「龍技・バーンナックル・重激!」

今度は溜めた魔力を一気に解放した。レイリンちゃんの拳がサソリの腹部を貫き、内部にまで衝撃が伝わる。サソリは甲高い悲鳴のような音を発して、ひっくり返った。


「よし!」

「もう一匹来てるよ!」

私が叫ぶと同時に、レイリンちゃんは振り返りざまに蹴りを放った。


「龍技・バーンシュート!」

二匹目のサソリの顔面——いや、頭部の外殻に蹴りが直撃する。外殻にヒビが入り、そこからレイリンちゃんの魔力が内部に浸透していった。サソリは数歩よろめいてから、砂の上に崩れ落ちた。


「二匹終わり!」

「こっちも!」

オリビアちゃんも二匹目を仕留めていた。

残るは私が足止めしていた二匹。バインドの効果が切れかけていた。


「二人とも、こっちお願い!」

「了解!」

「任せて!」

私のバインドが解けた瞬間、二匹のサソリが同時に襲いかかってきた。一匹の尾が私の頭上を掠めていく。すぐにしゃがんでかわしたが、もう一匹が横から突進してきた。


「エアヴェール!」

空気の壁で突進を受け止める。砂が舞い上がり、視界が一瞬白くなった。


「華流・一線!」

砂煙を切り裂くようにオリビアちゃんの斬撃が飛んでくる。一匹のサソリの関節を正確に断ち切った。


「バーンナックル!」

レイリンちゃんが上空から落下しながら、もう一匹のサソリの背中に拳を叩き込む。外殻にヒビが入り——


「クレアちゃん、ここ!」

「わかった!ヒートボム!」

レイリンちゃんが作ったヒビの隙間に、私の爆破魔法を叩き込んだ。内部から爆ぜたサソリは、もう動かなかった。


「最後の一匹——」

振り返ると、関節を切断されたサソリがまだもがいていた。オリビアちゃんが近づき、剣を構える。


「華流・一刀。」

静かに、しかし圧倒的な魔力を込めた一撃が、サソリの腹部を貫いた。

砂漠に静寂が戻った。


「……終わった?」

レイリンちゃんが周囲を見渡しながら言った。


「うん、観測魔法に反応はない。終わったよ。」

三人はその場に座り込んだ。息が上がっている。魔法障壁のおかげで目立った外傷はないが、体力と魔力はかなり消耗していた。


「苦戦した?」

「うーん……苦戦ってほどじゃないけど、楽勝でもなかったかな。」

私がそう答えると、オリビアちゃんがうなずいた。


「外殻が硬かったね。でも弱点がわかってからは早かった。」

「座学で習った知識が役に立ったね。カルメラさんに感謝だよ。」

レイリンちゃんが空を見上げながらそう言った。


確かにそうだ。魔物の特徴、弱点、戦い方——全部グルンレイドで学んだことだ。サンドスコーピオンの情報も、座学のテキストに載っていた。あの時は「こんな魔物に出会うことなんてあるのかな」と思いながら覚えたけれど、今日それが命を救った。


「連携も悪くなかったよね。」

「うん。クレアの足止めがあったから、私は攻撃に集中できた。」

「レイリンちゃんの龍技であのヒビが入らなかったら、私のヒートボムは効かなかったよ。」

「オリビアちゃんの剣術は相変わらず正確だったし。関節を一撃で切るなんて、私にはできないよ。」

お互いの働きを認め合う。これもカルメラさんに教わったことだ。「仲間の力を正しく評価できるメイドは、チームとして何倍にも強くなる」と。


「……ねえ。」

私は立ち上がって、二人を見た。


「私たち、やれるじゃん。」

その言葉に、オリビアちゃんが珍しく笑った。


「やれるね。」

「やれるよ!」

レイリンちゃんがガッツポーズをした。フリーマウンテンでゴブリンを倒した時と同じポーズ。でもあの時とは意味が違う。あの時は「外でも戦える」という確認だった。今は「私たちの力は本物だ」という確信だ。


グルンレイドで積み上げてきた日々は嘘じゃなかった。カルメラさんの訓練、コトアル様との模擬戦、メルテちゃんやリアちゃんと切磋琢磨した時間。全部が全部、今この瞬間のためにあったような気がする。


「さて、採取を終わらせよう。」

砂漠の砂に混じって、サソリの魔石がいくつか転がっていた。それも拾い集めつつ、月の砂の採取を再開する。


容器がいっぱいになった頃、私はゆっくりと蓋を閉めた。容器越しでも、ほんのりと冷たさが伝わってくる。本当に不思議な砂だ。


「採取完了。」

「お疲れ様。」

「お疲れー!」

私はカバンに容器をしまい、空を見上げた。三日月はまだ高い位置にあり、星空は変わらず圧倒的な美しさで広がっていた。月の谷の砂は、まだ淡く光り続けている。


「……帰ろうか。」

「うん。」

「帰ろう。」

三人は月の谷を飛び立ち、ルナリアの街へと戻っていった。背中に冷たい砂の重みを感じながら、夜の砂漠を飛ぶ。月明かりが三人のメイド服を銀色に染めていた。


--


宿に戻ったのは深夜を過ぎた頃だった。ベッドに倒れ込むと、フリーマウンテンからここまでの長い一日が一気にのしかかってきた。


「おやすみ……。」

レイリンちゃんの声が聞こえた。


「おやすみ。」

オリビアちゃんの声が続いた。


「おやすみ。お疲れ様、二人とも。」

私はそう返して、目を閉じた。


瞼の裏には、月の谷の白銀の光と、砂漠の満天の星空が残っていた。

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