フリーマウンテン2
「……ところでクレア、どういうルートで行くの?」
「オリビアちゃん?昨日説明したよね?」
「うっ……その時はちょっと眠くて……その、あまり聞けてないというか……。」
確かに、説明の時のオリビアちゃんのまぶたはかなり重そうだった。昨日の午後は訓練がなかったのだが、オリビアちゃんは遠征の前にかなり緊張していたのか一人で訓練をしていたらしい。そのせいで、いつもは起きている時間にも眠気がやってきてしまっていた。
「ごめん……。」
「まあ、もう一回説明することになるって思ってたから大丈夫だよ。」
私は前方を指差した。
「あれがフリーマウンテンって呼ばれる山ね。まずはそこを越える。」
「フリーマウンテン……名前は聞いたことあるけど、なんでそう言われてるの?」
レイリンちゃんがそう質問してきた。
「えっと確か……略奪とかが頻繁に起こるから"規則や法律がない"って意味でフリーがつくらしい。」
「フリーって悪い意味だったの!?」
レイリンちゃんは"魔物が出ない"とか"誰のものでもない"というような割といい意味で使われていると思っていたようだ。実際にはフリーマウンテンの至るところに山賊のアジトがあり、無法地帯と化しているらしい。一般的にはかなりの遠回りになるが、迂回してグルンレイド領と王国を行き来することになるそうだ。
「なんでそれをグルンレイドが取り締まらないの?」
「単純にグルンレイド領じゃないからじゃない?それこそグルンレイド領に攻め込んできたら話は別だと思うけどね。」
山賊がそこに住み着いていようが、自給自足できているグルンレイド領にはほとんど損害がない。王国へ何かを運搬したい時は私たちのようにグルンレイドのメイドが飛んで運ぶことがほとんどなので、山賊の影響はないに等しいのだ。
「話を戻すよ。この山を越えると王国が見えるからそこを経由。その後さらに南下して月の国へ向かう、っていう流れ。」
「ふーん、あともう一つ。今日私たちってどこに泊まるの?」
「月の国。月の砂を採取する前に一泊して、翌日に採取して帰る感じかな。」
「了解、わかった。」
そんな話が終わる頃には、三人はフリーマウンテンのふもとまで来ていた。
「高いね……。」
「うん……。」
三人は高度百メートル程度の高さを飛んでいたので、山の麓に来るとどうしても上を見上げざるを得ない。
「別に道なりに沿っていく必要ないよね。飛んでいけないの?」
「オリビアちゃん、残念ながらこの山の標高は千八百メートルだよ。」
「あー……無理だね。私たちの実力じゃ。」
誤解のないように言うと、三人の魔力密度が足りなくて千八百メートルを飛べないというわけではない。魔力密度と飛行高度の関係性はほとんどなくて、一メートル飛べれば千メートルだって飛ぶことができる。
問題は、出現する魔物と"戦闘になる場所"だ。私たちが飛んでいる標高百メートル程度に出てくる飛行系の魔物——例えばリトルバードなどは危険度Cなので簡単に倒せる。万が一危なくなっても地上に降りて態勢を立て直すこともできる。しかし標高千メートルを越えると、出現する魔物のレベルが一段階上がるのだ。
「千八百メートルだと……何が出るの?」
「危険度Bのワイバーンとか。」
ワイバーンは地上で戦う場合と空中で戦う場合では危険度がまるで違う。飛行訓練と空中戦の経験が少ない私たちにとっては強敵となる。
「でも私たち三人がパーティを組んでる時は、危険度Aまで挑んでいいんじゃなかったっけ?」
「それは地上戦の話でしょ?私たちは空中では基本戦っちゃダメだよ。」
私がそう言うと、オリビアちゃんは少し悔しそうな顔をした。
「じゃあ、いつでも地上戦ができるように、山に沿って飛んでいこうよ!地面から十メートルくらいの位置をさ!」
「それならいいかもね!オリビアちゃんは?」
「クレアがいいならいい。」
そうして三人は地面から十メートルくらいの位置まで高度を下げた。
「さて、ここからフリーマウンテンだよ。」
「案外道が整備されているんだね。」
レイリンちゃんが道なりに沿って視線を動かしていくと、ボロボロの看板が目に入った。
「なになに……山賊注意、だって。」
「忠告ありがたいけど、迂回するつもりはないよ。」
ここら一帯は平野の延長のような感じで、周囲に身を潜める場所は存在しない。よって山賊もこの場所ではなく、もう少し上の木々が生い茂っている場所にアジトを構える場合が多いようだ。三人はさらに山を登っていった。
「徐々に気を引き締めてね。周りの木々も高くなってきたから。」
フリーマウンテンは上に行けば行くほど木の高さが高くなり、森のような見た目に近づいてくる。しかし不思議なことに、道だけは綺麗に整備されていた。
「不自然なほどに綺麗だね。これなら大きな馬車も通ることができるよ。」
「グルンレイドは手を出してないし……王国?」
「でも山賊がいる中でこんなふうに整備できるのかな……。」
私とレイリンちゃんがそんな話をしていると、
「あっ……見て。」
前方を見ていたオリビアちゃんが指を差した。その先には半壊した馬車があった。三人はすぐに地上に降り立ち、その馬車を調べる。
「立派な馬車だね。多分貴族のものだよ。」
馬はどこにも見当たらず、前輪が破壊され、ドアは何かで叩かれたような跡があった。ぱっと見では中を覗くことはできないが、瓦礫をどかしていけば馬車の中を見ることができそうだった。
「人はいない……ん?」
「どうしたのクレア……っ!」
私に続いてオリビアちゃんが馬車の中を覗いた瞬間、警戒態勢に入る。しかし馬車の中にはいくつかの布と紙が散らばっているだけだった。
「クレア、下がって……バニッシュルーム!」
オリビアちゃんが魔力拡散魔法を唱えると、何もなかったはずの空間から一人の少女が現れた。自分の隠蔽魔法が解かれたことに気づくと、怯えるように後ずさる。
「女の子……私たちと同じくらいの歳かな?」
「や、やめて……助けて……。」
着ているものからして平民ではなさそうだと私は判断した。貴族か、裕福な商人の娘の可能性が高い。
「何があったの?」
「うっ…っ……。」
怯えて会話になる様子はなかった。私はこの少女の様子から、この馬車が襲われたのはそう遠くないと推測する。仮に昨日襲われて、食料も水もないこの馬車の中で過ごしたとすると、これだけ泣き叫ぶことすらできないくらい衰弱しているだろう。
「まずはここを離れた方が良さそうだね。オリビアちゃん。」
「了解。大人しくして。」
「いや、やめて!」
オリビアちゃんが少女を抱き抱えてここから離れようとしたが、激しく抵抗されてそれどころではないようだった。
「クレア……どうする。」
「この子にはちょっと悪いけど……ごめんね。マインドショック。」
「っ……。」
少女はがくりとその場に倒れ込んだ。それをオリビアちゃんが抱き上げ、馬車の外へ移動する。
「レイリンちゃん、説明は後。ここから離れるよ。」
「ん、了解。」
馬車の外で見張りをしていたレイリンちゃんは、オリビアちゃんが人を背負っているのを見て少し驚いた様子だったが、私の指示に従ってくれた。
馬車から数百メートル離れた場所で、私は全力で観測魔法を展開した。普段は数メートル程度しか観測できないのだが、今回は気を失っている少女の事情を知るために集中する必要があった。
「半径二百メートルには人がいないよ。」
私の観測魔法でもこの距離が限界だった。メルテちゃんやリアちゃんならもっと広く観測できるのだろうけど、今はいないものを嘆いても仕方ない。
「了解……で、この子誰?」
オリビアちゃんが抱き抱えている少女を見ながら、レイリンちゃんはそう尋ねた。
「わからない。でも何があったか話を聞きたいから連れてきた。」
「気を失ってるけど……。」
「これはクレアがやった。」
オリビアちゃんがちらっとこちらを見た。
「ちょ、ちょっとその言い方だと私が危ない人みたいじゃん!」
慌てて弁解する私を横目に、オリビアちゃんは少女を地面に寝かせていた。
「綺麗な髪。」
「服も高そうだね。」
見た目から三人と同じくらいの年齢ということがわかる。手入れの行き届いた髪や豪華な服装が、ただの人ではないことを示していた。
「この子が目を覚ますまで休憩ね。」
ーー
「ん……んぅ……。」
「あ、起きそう。」
グルンレイド製のクッキーを食べながら、オリビアちゃんが少女を見た。
「ここは……ひっ!」
少女が目を覚ますと、やはり怯えた様子を見せた。
「クレア怖がられてる。」
「オリビアちゃんもでしょ!」
その様子を見ると、レイリンちゃんはティーカップに紅茶を注いで少女の元へと歩いていった。
「怖がらないで大丈夫。はい、ゆっくり飲んでね。」
グルンレイド領でよく飲まれている"極東の茶葉"を使った紅茶を少女に差し出す。
「私はレイリン、見ての通り"メイド"だよ。」
レイリンちゃんはその場でくるりとターンをした。その様子を見た少女は少し安心したのか、レイリンちゃんから受け取った紅茶をそっと口に含んだ。
「……美味しい。」
あの日の私たちと同じだ、と思った。リリィさんが入れてくれた紅茶を飲んで「美味しい」と言ったオリビアちゃんの姿が重なる。温かいものを飲んで美味しいと感じられるなら、この子は大丈夫だ。
「……すごいねレイリンちゃん。」
つい口に出てしまった。リリィさんに教わった"敵意を与えない"という技術を、レイリンちゃんは自然にやってのけている。
「あなたの名前は?」
「……サラ・スタンフォード。」
「いい名前だね。」
私の予想は当たった。スタンフォード家は王国貴族の一員だ。大貴族というわけではないが、昔から存在する家柄として名前はよく知られている。座学で習った知識が役に立った。
「ねえ、私たち魔法が使えるんだよね。何があったか……見ていい?」
サラの目を見てレイリンちゃんがそう言うと、少女はこくりとうなずいた。レイリンちゃんの右手がサラの額に触れる。
「マインドサーチ」
サラの記憶がレイリンちゃんへと流れ込んでいく。精神魔法の一種で、相手の記憶を読み取ることができる魔法だ。訓練次第で数年前の記憶まで読み取ることが可能だが、レイリンちゃんは数時間前を読み取ることが限度のようだった。
「……辛かったね。でも大丈夫。私たちが守るから!」
サラの瞳に光が宿った。山賊が出る山の中でたった一人取り残された少女にとって、"守る"と言ってくれる存在は希望そのものだったのだろう。
「レイリンちゃん、私たちにも教えて。」
「うん。まず、王国からグルンレイド領へ観光に行くところだったらしい。そこを山賊に襲われたみたい。」
「なんでわざわざこの山を選んだんだろうね。危ないから迂回すればいいのに。」
「ランクBの冒険者が三人もいれば大丈夫……ってサラのお父さんが言っていたらしいよ。」
ランクというのは主に冒険者につけられる称号のようなものだ。基準はシンプルで、危険度Cの魔物を討伐できるのがランクC、危険度Bの魔物を討伐できるのがランクBという感じ。
しかし結果はこの有様だ。冒険者三人とサラの家族は行方不明。ここら辺の魔物は危険度C程度、山賊にやられたと考えるのが普通だろう。
「で、どうする?クレア。」
「どうするって……この子を助けた手前、ここに放っておくわけにはいかないでしょ?」
「だよね。とりあえずサラちゃんの家族を探そう。」
「……だって。ねえ、サラちゃん。この人たちも悪い人じゃないでしょ?」
二人の会話を聞いていたレイリンちゃんがサラに向かってそう言った。
「あの……さっきは怖がってごめんなさい。」
「まあ、あの状況じゃ怖がるのが普通だよね。大丈夫だよ。」
「問題ない。」
これで三人ともサラからの信頼を得ることができた。状況が大きく変わるわけではないけれど、一緒に行動しやすくはなっただろう。
「あ、さっきの話の続きね。まずサラちゃんの家族……」
「レイリンさん、私が話します。」
サラがレイリンちゃんの言葉を遮り、一歩前に出た。その佇まいは堂々としたもので、幼いながらにして貴族としての威厳が見え隠れしていた。
サラはスタンフォード家の一人娘。グルンレイド領には珍しいものがたくさんあると聞いて、今回初めて観光することになったそうだ。馬車に乗っていたのはサラ、父親、母親、Bランク冒険者二人、そして御者が一人。フリーマウンテンの山頂を越えたあたりで山賊に襲われ、命からがら逃げたが、私たちが発見した場所で馬車が破壊された。
「えっと、サラの隠蔽魔法はどうやったの?自分で?」
「い、いえ、父が持っていた宝石の効果です。」
その宝石の名前はライトサファイア。一人の存在を隠蔽する効果がある。見習いメイドの魔力拡散魔法でバレてしまう程度の隠蔽力だが、一般的にはライトサファイアは希少な品だ。
「ライトサファイアは一つしかなくて、父は私にそれを……」
そこから先は目を瞑っていて何が起きたかわからないらしい。ただ冒険者の声が聞こえなくなり、父親と母親の声が遠くへ消えていくのを聞いていたようだ。
「ということは、サラのお父さんとお母さんは生きているかもしれない、ということだね。」
当面の目標はサラの父親と母親を見つけ、王国へ帰還させること。遠征に寄り道が入るのは想定外だけど、放っておくことはできない。
「もっと広い観測魔法が使えれば解決なんだけど……仕方ない、地道に行きますか。」
私がそう言うと、三人はリュックに荷物を詰め始めた。
「あ、あの、ありがとうございます。」
「気にしないで。私たちはあなたを助ける"力"があるんだから、それを使うのは当たり前のことだよ。」
そう言って笑みを浮かべた。この状況で迷わず人助けを選べる自分たちのことを、少しだけ誇らしく思う。
「とりあえず人探しは二人に任せる。人を見つけたら絶対に接触しないで、すぐに私のところに来ること。はい、これ持って。」
私はカバンからとある鉱石を取り出し、一部を砕いてその破片を二人に渡した。
「あっ、これは"記憶磁石"だね。鉱石学で習った!」
「これを辿れば私のところに戻ってこれるから。私はサラちゃんとここ周辺を探るよ。」
「了解。それじゃ。」
「あっ、私も!」
そう言ってオリビアちゃんとレイリンちゃんは飛び出していった。
ーー
「あ、あの……それは……。」
二人が飛び去った後、サラは私が持っている黒い石を見てそう尋ねた。
「あ、これはレイリンちゃんも言ってたけど"記憶磁石"。砕くとその破片は元の石の方向にゆっくりと動くんだよ。」
実は私が持っている石も破片の一つで、大元の石に向かって少しずつ移動している。
「初めて見ました……そういう石もあるんですね。」
「結構珍しいからね。と言っても、私たちが受け取る賃金でも買える程度だけど。」
「でもこの石、私からあの二人の方に移動することはできないんだよねー。あ、そこ気をつけてね。」
「っ!へ、へび!」
「大丈夫。あれはこっちから何もしなきゃ無害だから。」
岩陰に潜んでいた蛇に驚くサラをなだめつつ、二人で周囲を探索していった。サラの足では探索範囲は微々たるものだけど、動かないよりはましだ。
ただ——
一つだけ引っかかっていることがあった。護衛対象がいる時は無闇に動かない方がいいと、座学で習った気がする。しかし今回は移動する方が正しいと判断した。敵側に観測魔法の使い手がいるなら、すでに追っ手が来ていると考えるべきだ。同じ場所にとどまる方が危険になる。
数分後。
「クレア、見つけた。」
オリビアちゃんが上から降りてきた。
「整備された道を二キロくらい山頂に移動した場所、その近くに小屋があった。そこに何人かの人を観測した。」
「ふーん、観測された?」
「いや、されなかったけど……わからない。」
私がオリビアちゃんを観測魔法で観測した場合、オリビアちゃんの魔法障壁が反応して"誰かから観測されている"とわかる。しかしマリー・ローズのアシュリー様などは、魔法障壁が反応しないほど高度な観測魔法を使用できる。百パーセント安全とは言い切れない。
「じゃあレイリンちゃんを待ちつつ、ゆっくりその小屋の方に歩いて行こう。レイリンちゃんが到着したら飛ぶよ。」
「了解。」
「あ、砕いた鉱石ちょうだい。」
私はオリビアちゃんから記憶磁石の破片を受け取り、元の石にくっつけた。一度こうしてくっついてしまうとかなりの力がないと引き離せなくなり、長時間くっついた状態が続くと鉱石同士が結合していく。破片は再利用が可能というわけだ。それに加えて、オリビアちゃんの持っていた破片が敵の手に渡った場合、私たちの居場所がすぐにバレてしまう。早めの回収が大切なのだ。
「サラちゃんもちょっと歩くことになるけど、頑張ってね。」
「だ、大丈夫です。」
少し息が上がっているようだけど、レイリンちゃんが来るまでの距離なら歩けそうだ。私はオリビアちゃんと二人で小屋に先行しようかとも考えたけれど、未知の敵の前では最大戦力で向かった方がいいと判断した。
さらに数分後。
「お待たせー」
「レイリンちゃん、どうだった?」
小屋まで残り数百メートル、私の観測魔法でも感知できるところまで来た時に、レイリンちゃんがやってきた。
「クレアちゃんが向かっている小屋と、あとその上にも隠れ家みたいなものが二つくらいあったよ。」
「了解。で、どこまで行ってきたの?」
「道を辿って頂上まで。」
ということは道なり付近には人工的な建造物が三つあるということだ。
「まず近くの小屋に行くよ。そこにサラちゃんのご両親がいればそれで終わり。いなければ残り二つの隠れ家を当たる。」
「それで見つからなかったら?」
「仕方ないけど一旦グルンレイドに戻るよ。」
私はここにいる全員に隠蔽魔法をかけた。サラが使っていたライトサファイアよりは少し強い隠蔽力のはずだ。これが私の全力というわけではないけれど、ライトサファイアでバレなかったのならこの程度で十分だと判断した。
「よし、行くよ……の前に、サラちゃんは私の後ろに。」
サラをおぶると、もう一度声を発する。
「よし、行くよ!」
「「了解!」」
四人はオリビアちゃんが観測した一番近くの小屋へと移動した。
ーー
「ねえ、窓から見える?」
小屋の近くに到着すると、入り口とは逆の位置にある窓から様子を窺った。
「うーん……人の気配はするんだけど見えない……多分あの壁の向こうだよ。」
「めんどくさいから扉から入らない?観測する限り、微弱な魔力しか感じられないし。」
「オリビアちゃん、私たちを騙せるほどの観測魔法の使い手だったらどうするの?正面から戦って勝てる?」
私はそう言うと、カバンから一枚の羽を取り出した。
「あれ?クレアちゃん!どこ!」
一瞬にして私の姿が消えた。
「ここだよ。」
羽が手を離れると同時に姿が現れる。地面に落ちた羽を拾い上げて、一旦カバンにしまった。
「それは……」
「クインレオの羽。メルテちゃんからもらったの。」
ムムツの谷に生息するカメレオン型の魔物、クインレオ。危険度A+。その羽をメルテちゃんはお土産感覚で私にくれた。あの子のそういうところは本当にすごいと思う。
「すごい効力だね。全くわからなかった……。」
「これを持って私が偵察してくる。」
「気をつけてね。」
私は窓の鍵を魔法で外し、ゆっくりと音を立てないように小屋の中に入っていった。
入った瞬間、呼吸を止めた。
臭い。
カビや埃ではなく、きつい獣臭だった。普通に息を止めただけでは一分も持たないので、闘気を解放して消費する酸素量を大幅に軽減させた。これで無呼吸でも十分程度は活動できるはずだ。
床に散らかった酒瓶、脱ぎ散らかした服、そして悪臭。グルンレイドの屋敷とは真逆の光景だった。
遠くから声が聞こえた。私は耳をすませ、声のする方へと進んでいく。
「全然馬車に金目のものがなかったな。」
「あぁ……だがこれから金が入るぜ。」
二人の山賊がそんな会話をしていた。私は物陰からそっと覗く。
奥に、縄で縛られて椅子に座らされている男性と女性がいた。かなり立派な服装。サラのご両親で間違いないだろう。その特徴を記憶して、一旦来た道を戻ろうとした。
「おい、この女を殺されたくなかったら金を用意しろ。」
その言葉に、足が止まった。振り返ると、山賊の一人が女性にナイフを突き立てているのが見えた。
「ま、待ってくれ、すぐに用意する!だが、どうすれば……!」
「馬車を一台やる。三日後までに聖金貨五枚を用意しろ。もちろん金貨ではなく、宝石や金塊でもいい。」
「聖金貨五枚!?そんな額急に用意することは……」
「あんたは口ごたえできる立場じゃねぇんだよ!おい、立場がわかってねぇようだから一度痛めつけてやれ。」
もう一人の山賊がナイフを振り上げた。
これは戻っちゃダメなやつだ。
私は姿を隠したまま、全力で物陰から飛び出した。
「華流・周断!」
ナイフを持った男の手首を切断。
「マインドショック!」
そして精神魔法で意識を刈り取る。ナイフを持っていた男は、何が起きたかもわからないまま床に倒れた。
想像の百倍弱い。グルンレイドでの訓練の相手がカルメラさんだったから感覚が狂っているのかもしれないけど、それにしても手応えがなさすぎる。でも、油断してはいけない。自分に言い聞かせる。
「ど、どうした!」
「マインドショック!」
もう一人の男もその場に倒れた。
縛られていた女性が何か声を発していたが、私はすぐには応えなかった。
本当に敵は二人だけなのか?そうでなかったら、迂闊に姿を現すべきではない。
男が二人倒れた時にかなりの音が響いたはずだ。しかし外から突入してくる気配はない。オリビアちゃんとレイリンちゃんも動いていない。あの二人がそうしているということは、外には異常がないということだ。心の中で二人を褒めた。
私は切断した手首の止血だけを済ませ、一旦この場を離れた。




