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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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新たな見習いメイド4

この屋敷に来て数日という短い時間だが、ここが異常な場所だということを私はすでに理解していた。充満する魔力密度、飾られている魔道具や不思議な絵画——そのどれもが、今まで生きてきた世界では見たことのないものばかりだった。


訓練は二日目から始まった。といっても実際に何かをするのではなく、この場所で"グルンレイドのメイド見習い"は何を身につけるのかという説明だけだったのだが。


作法、座学、戦闘訓練。この三つを身につけてもらう——カルメラさんはそう言った。メイドとしての作法、算術や語学、さらには異世界学までの幅広い分野の学習、そして力。少なくとも後者二つは一般的なメイドが身につけるものではない。しかし、それを私がどうこう言える立場ではないことくらいはわかっていた。


そして現在は三日目。すでに本格的な座学と訓練が始まっている。


「魔力核に集中して。」

「は、はい!」

「これが魔力解放。魔法を使う時の基礎中の基礎よ。」

私たち三人は貴族奴隷だったこともあり、魔力解放自体は簡単にできた。しかし、ここでは求められる量が桁違いだった。


「そこからさらに解放して。」

「くっ……」

オリビアちゃんが地面に膝をついてしまった。カルメラさんはそのことを怒るようなことはせず、手を貸して立ち上がらせる。


「まだ魔力核が正常に機能していないようね。毎日これを続けなさい。あなたのポテンシャルはかなり高いから、ここが正常に機能するようになれば気持ちよく魔法が使えるようになると思うわ。」

そう言ってカルメラさんはオリビアちゃんの右胸——ちょうど心臓と反対の位置に手を触れた。


「今からあなたの魔力核に私の魔力を少し流すわ。変な感じがするけど我慢してね。」

「はい、わかり……んっ。」

カルメラさんの魔力がオリビアちゃんの魔力核をほぐしていく。私は横で見ていたが、その魔力操作の繊細さに思わず目を見張った。あれだけの魔力を持ちながら、針のように細い制御で相手の魔力核に干渉している。いつか私もあんな魔法構築ができるようになりたい。


「な、なんか……変な感じです。」

「オリビアちゃん大丈夫?」

レイリンちゃんが心配になってそばに寄ってきたが、見守ることしかできない。


「だ、大丈夫……!」

「これでだいぶほぐれたでしょう。」

カルメラさんがオリビアちゃんの右胸から手を離す。オリビアちゃんは変な声が出てしまったことが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして自分の口を塞いでいた。


「クールなオリビアちゃんもいい声を出すんだねぇ。」

私はニヤニヤした表情でオリビアちゃんの方を見ながらそう言った。


「クレア、覚悟……。」

今度は怒りで顔が真っ赤になったオリビアちゃんが、装備している短剣に手をかけた。


「きゃー!」

「ちょっと二人とも!今訓練中!」

レイリンちゃんが止めに入っている。カルメラさんはそれを見て、怒るでもなく呆れるでもなく、小さくうなずいていた。


おそらく、私たちがグルンレイドへの恐怖心をもうほとんど持っていないことを確認していたのだと思う。リリィさんのおかげか、この短い数日で、私たちの中にあった恐怖はほとんど溶けてなくなっていた。


「ねぇ、あなたたち以外の見習いメイドとは会ったかしら?」

カルメラさんが三人を集めてそう聞いた。


「はい。ですが会話をしたのは昨日の一度きりで、あとは見かけていません……。」

私がそう答えると、カルメラさんは一瞬不思議そうな顔をして、すぐに納得したようだった。


「あの子たちは昨日かなり危険な任務に行っていたから、今も寝ているんだと思うわ。」

危険な任務。あの三人が帰ってきた時の様子を思い出す。疲労の色は隠せていなかった。それでも私たちに挨拶をしてくれた。しかもあの魔力密度——


「あの子たちを見て、どう感じたかしら?」

「私たちと同じくらいの歳であの魔力密度は……すごいです。」

レイリンちゃんが素直に答えた。


「確かに。私も私たちとは違うってことはわかった。」

オリビアちゃんが続けた。


「特にあのメルテっていう子……私たちを見た瞬間に目つきが変わった。」

私がそう言うと、カルメラさんは少し感心したような顔をした。あの瞬間は一秒にも満たなかったと思う。しかし、メルテという子が私たちの魔力を測り、一瞬だけ警戒を見せたのを私は見逃さなかった。


「確かにあの子たちは強い。けれどあなたたちの才能も負けていないわ。数ヶ月もすればあの子たちに追いつくはずよ。」

「そう、でしょうか……。」

「えぇ、そうよ。」

カルメラさんの言葉には迷いがなかった。願いではなく確信。その自信の源はきっと、ご主人様の目を信じているからなのだろう。



ーー


数ヶ月が経った。


カルメラさんの言った通り、私たちは確かに強くなっていた。それぞれの得意分野も見え始め、訓練の内容もどんどん高度になっていった。


そして今日は久しぶりに、六人全員での食事だった。


「見た?私のあのファイアーアロー!誰よりも綺麗だったな……。」

「威力は弱いけど。」

「むっ!」

場所は食堂。見習い六人でテーブルを囲みながら、いつものような会話が繰り広げられている。


「オリビアちゃんと同じくらいの威力だったじゃん!」

「いや、私の方が少し強い。」

私とオリビアちゃんが睨み合う。訓練の中でさまざまな検討を行った結果、最終的に私たち三人のリーダーは私ということになった。実力的には私が頭一つ抜けているが、追いつけないほどの差があるかと言われればそうではない。特にオリビアちゃんの剣術と集中状態に入った時の爆発力は脅威的で、正直一対一ではどうなるかわからない。


「まあまあ二人とも落ち着いて。」

レイリンちゃんがすぐに止めに入る。この子はいつもこうだ。


「若いのは元気が良くていい。」

「メルテさんも同じくらいの歳ですわよね……。」

それを見ていたメルテちゃん、リアちゃん、アナスタシアちゃんの三人は楽しそうにしていた。私たちが最初に出会った時は、怯えきっていた私たちを見てどう思っていたのだろう。こうして一緒に食事ができるようになったことが、素直に嬉しい。


「ちらっと訓練覗いたけど、三人ともかなり強くなってたよね!」

「み、見てたの!?」

リアちゃんは今日休日だったらしく、買い物の後に私たちの訓練を覗いていたようだ。


「クレアちゃんは魔法制御、オリビアちゃんは剣術、レイリンちゃんは龍技……それぞれの特徴も見え始めてきてたね。」

「龍技……?なかなか珍しいですわね。」

龍技というのは、魔力を体に纏って殴る、蹴るといった攻撃をする方法だ。グルンレイドのメイドの中で使う人が少ないのは、武器に魔力を纏った方が強いから。あえて拳にする理由がないのだ。


「私は武器の扱いが苦手のようで……あはは。」

レイリンちゃんが頭の後ろに手を回しながら答えた。


「でもあの攻撃力は普通じゃなかったけど……。」

龍技の最大のメリットは、ほぼ百パーセントの魔力伝導率で魔力を操作できるという点だ。武器を介すると伝導率はガクッと落ちる。普通は十パーセントにも届かない。グルンレイドのメイドは訓練で五十パーセント程度まで引き上げているし、あのスカーレット様に至っては九十九パーセントだとか。……いつか私もあの域に到達したい。


「カルメラさんがいうには、レイリンは"放出する量が異常"なんだって。」

私が代わりに答えると、レイリンちゃんは照れくさそうに笑った。


「ふーん。ま、いいや。難しいことは一旦ナシで。」

「そうだね。せっかくのセレーナさんの美味しい料理だし。」

訓練の話は一旦終わり、私たちは美味しいご飯に手をつけ始めた。普段は私たちの部屋で食事をするところだが、カルメラさんに頼んで今日の夕食は見習いたち6人で食事をさせてもらうこととなった。


「あら、ちょうどいいところに。」

「あっ、カルメラさん。」

六人で雑談をしながら食事をしているところに、お盆を持ったカルメラさんが通りかかった。


「クレア、後で私の部屋に来てもらえる?」

「は、はい。わかりました。」

急な呼び出しに、少し緊張してしまった。何かまずいことをしただろうか。


「そんな顔しないで。別にあなたたちが何かミスをしたとかじゃないから。」

「りょ、了解です……ちなみに、どんな要件なのか聞いても……?」

「"遠征"よ。」

「遠征?」

言葉の意味自体はわかるけれど、あまりピンとこなかった。私たち三人の顔を見るとオリビアちゃんもレイリンちゃんも同じような表情をしていた。


「じゃあ、今夜お願いね。」

「か、かしこまりました。」

もう一度聞き返す前に、カルメラさんは離れていってしまった。


「初めての遠征だよ!頑張ってね!」

「だから遠征って何?」

「外に行って仕事をしてくるってこと。」

メルテちゃんがそう答えた。

外。ここ数ヶ月の間、私たちが出たのはグルンレイドの街への買い物と、飛行訓練でグルンレイド領内の決まったルートだけだった。


「よかったですわね。」

「そうだね。」

レイリンちゃんが笑顔でそう答えた。でも私は気づいていた。その笑顔の奥に、一瞬だけ影が差したことに。


「ごちそうさま……じゃ、私は先に。」

「オリビア?……ごめんね、私たちも先に戻るね。」

私たち三人はメルテさんたちに別れを言うと、食器を片付けて自室に戻った。


ーー


「ごめん。そっけなかった。」

私たちの部屋に入るなり、オリビアちゃんがそう言った。


「私に謝られてもどうしようもないよ。後であの三人にごめんなさいしに行こう?」

テーブルを囲むように三人で座る。


「あの時、笑顔で答えたけど、私、本当は外が怖い……。」

「レイリン……。」

レイリンちゃんの声が震えていた。そしてそれを聞きながら、私だって本心では同じことを考えていた。殺し、裏切り、欺き——そんなものが蠢いている世界。幼い頃の苦い記憶が、足をその場に縛りつける。


「私が子供の頃、大勢の大人たちが屋敷に押し入ってきて……」

「待って。」

レイリンちゃんの言葉を止めた。


「その話は"遠征"が終わった後がいいと思う。」

外にトラウマを持ったまま、そんな話をするのは精神に大きな負荷がかかる。今はだめだ。


「でも、いつか聞かせてね。」

「うん……。」

レイリンちゃんは再びうつむいた。オリビアちゃんは目を閉じたまま、じっとしている。

部屋がしんと静まり返った。


「ねぇ、聞いて。」

私は口を開いた。


「オリビアちゃんとレイリンちゃんの"外"でのトラウマを私は知らない。きっと想像もつかないほど辛いことだったと思う。」

それを思い出したのか、レイリンちゃんの体がかすかに震え始めた。


「でも大丈夫。」

「っ……精神魔法……。」

オリビアちゃんが気づいた。この空間を満たすように、私の精神魔法"パワーマインド"の効果が広がっていた。


「私たちは知識を得た。技を得た。そして、力を得た。」

私は二人の手を取った。


「外の脅威にだって負けない。だから、大丈夫。」

目を見て伝える。私の魔力が二人にゆっくりと流れ込み、それぞれの魔力核を優しく撫でていく。ほんのりと温かいそれが、二人の中に流れ込み、力になり、勇気になっていくのを感じた。


「ありがとね、クレアちゃん。」

「……ありがと。あの、クレアもなんか話したくなったら、話していいから。」

「ふふっ、ありがとう。じゃあ、私はカルメラさんのところに行ってくるね。」

二人の温かい視線を背中に感じながら、部屋を出た。


ーー


「失礼します。」

扉を開けると、カルメラさんの部屋はシンプルな空間だった。


「そこに座って。」

言われた通りに椅子に腰掛ける。私たちの部屋のような華やかな絨毯やカーテンはどこにもない。白一色の絨毯、ガラスのテーブル、ステンレスのパイプで組まれたベッド。キッチンの装飾も銀色一色で統一されている。


「すごい、独特な部屋ですね。」

「そうね。私は豪華な部屋より、こっちの方が落ち着くから。」

キョロキョロと周囲を見渡していると、テーブルの上に紅茶が運ばれてきた。


「ありがとうございます。」

「お菓子もあるわ。何にする?」

キッチンの棚から、それぞれクッキー、チョコレート、マカロンと書かれた三つの箱が出された。


「クッキーがいいです!」

さっき夜ご飯を食べたばかりだけど、甘いものは別だ。

カルメラさんはクッキーの箱を開けると、自分も一つ手に取った。


「遠征と聞いてどう思ったかしら?」

「あの二人はかなり怖がっていました。まあ、無理もありません。過去にいろいろと……。」

「あなたはどうなの。」

私の言葉が途中で遮られた。カルメラさんの鋭い眼光が私を見据える。けれど、それが優しさゆえの問いかけだということを、この数ヶ月で私はもう知っていた。


「なんとも、ありません。」

はぁ、とカルメラさんが一息吐いた。


「あなたはリーダーとしてよくやっていると思うわ。」

カルメラさんの両手が、私の頬に触れた。温かい手だった。


「けどね、完璧なだけが全てじゃないの。無理をしすぎてはだめ。本音を吐き出したいときは吐き出してもいいということを知りなさい。」

「っ……。」

そのままカルメラさんは私の頭を胸の近くまで引き寄せた。

……嘘をつくのは、得意なはずだった。世間を知っている、容量がいい、リーダーとしてしっかりしている——そういうふうに振る舞うことに慣れていたはずだった。


でも、この温かさに触れた瞬間、全部崩れた。


「こ……怖いです……。本当はどうしようもないくらいに怖い……でも、リーダーとして……」

「いいのよ。ローズの前では、リーダーなんて関係ないでしょ?」

「ありがとう、ございます。」

私はカルメラさんに全身を預けた。


温かい。そして、心臓の音が聞こえる。


母に抱きしめられていた、遠い昔の断片的な記憶が浮かんでは消えた。あの温もりに似ている——いや、あの頃よりもずっと安心できるのは、カルメラさんが強い人だからだ。この人なら、大丈夫だと思える。


数分間、私は何も話さなかった。ただじっと、その温もりを感じていた。

やがて体を起こし、自分の椅子に座り直す。


「精神的に辛い状況だったと、今気づきました……。」

「肉体に受けるダメージとはまた違うから仕方ないわ。でも、グルンレイドのメイドであればそれをもコントロールできるようになりなさい。」

「わかりました。」

「それでも辛いときは、いつでもローズを頼りなさい。あなたたちはすでにグルンレイドのメイドの一員なんだから。」

その言葉が、私の中にあった絶望の残滓を少しだけ溶かしてくれた。まだ完全には消えない。でも、いつかこの場所で過ごしていくうちに——消えていくのだろうと、確信できた。


「……それで、遠征の詳細を教えていただけますか?」

私は紅茶を一口飲んで、背筋を伸ばした。カルメラさんは少し笑って、それから説明を始めた。


月の国。砂漠。月の砂の入手。

私たち三人にとって、初めての外の世界への一歩になる。


怖い。まだ怖い。でも、さっきよりはずっとマシだ。帰る場所がある。待っていてくれる人がいる。それだけで、足は前に出せる。


「かしこまりました。二人にも伝えておきます。」

「よろしくね。」

私はカルメラさんの部屋を出ると、まっすぐ自室へと歩いた。廊下に飾られているアーティファルトの絵画が、薄暗い照明の中で静かに存在感を放っている。初めてこの廊下を歩いた時は、この絵に近づくことすらできなかった。今はもう、何も感じない。


——嘘だ。少しだけまだ怖い。でも、それでいい。

部屋の扉を開けると、オリビアちゃんとレイリンちゃんが私の帰りを待っていた。


「おかえり。」

「ただいま。遠征の話、するね。」

二人がうなずく。


私はテーブルに着くと、カルメラさんから聞いた内容を話し始めた。月の国、砂漠、月の砂。二人の表情は真剣で、さっきまでの不安の色は薄れていた。


きっと大丈夫だ。

私たちはもう、あの頃の私たちではないのだから。

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