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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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新たな見習いメイド2

グルンレイドの屋敷のエントランスに到着すると、私は改めてご主人様に尋ねた。


「本当によろしかったのでしょうか?」

「グルンレイドには無益な異世界人だ。放っておけ。」

私の口から出た言葉は"異世界人を放置してよかったのか"という形をしていたが、本当に聞きたかったのは別のことだった。ご主人様に無礼を働いたあの黒髪の少年に、罰を与えなくてよかったのか——そういう意味だった。しかし、ご主人様がそう仰る以上、私は納得する。ご主人様の判断に間違いはないのだから。


「今回の騒動でマーティンの影響力が下がっていくだろう。いつも以上に動向を探れ。」

「かしこまりました。」

確かにその通りだ。自身が主催したパーティで反貴族派の侵入を許したという事実は、マーティン家の威信を大きく傷つけることになるだろう。ご主人様は目先の怒りよりも、その先に起こる政治的な変化をすでに見据えていた。


ご主人様は早速、連れて帰った奴隷たちを眺めた。三人とも貴族奴隷ということだったが、ボロボロの服を着ていて、お世辞にも綺麗だとは言えない状態だった。


「メルテやリアの時とは違って、目立った傷はないな。」

時空間魔法で何度も移動させられ、さらにはグルンレイドの巨大なエントランスを前にして、三人は完全に萎縮してしまっていた。無理もない。ついさっきまで奴隷商の薄暗い控室にいたのだ。いきなりこのような場所に放り込まれれば、誰だってこうなる。


「ステラは休め。イザベラ、あとは任せた。こやつらがまともになったら今夜にでも私の部屋へ連れてこい。」

「かしこまりました。」

ステラも同時に頭を下げた。


私は時空間魔法を唱え、ご主人様を自室までお送りした。そしてすぐにエントランスへと戻る。

三人の少女は先ほどと変わらず、恐怖に固まったままだった。


「……一人で三人の相手は難しいですね。」

独り言のようにそう呟くと、すぐにステラが口を開いた。


「休めと言われましたが、手伝うことは可能です。」

「ありがとうございます。あとは……」

「カルメラですか。」

「カルメラですね。」

ステラと視線を合わせると、同じ名前が出てきた。これで一人につき一人がつくことになる。困った時のカルメラ頼みは、グルンレイドのメイドの中ではすっかり浸透していることだった。あの子は面倒見がよく、容量もいい。こういう時に頼りになるのは間違いない。


「そういえばご主人様は名前をつけていきませんでしたね。」

貴族奴隷であれば名前は残っているはずだが、一般奴隷や奴隷落ちの場合は主が名をつけることになる。今回の三人がどちらに当たるのか、まずはそれを確認しなければ。


私は三人に近づいた。すると、三人とも数歩後退りをする。そのうちの一人——足が震えていた少女がバランスを崩し、その場に尻餅をついてしまった。


「す、すみま……」

「楽にして構いません。別にとって食べるわけではありませんから。」

私は尻餅をついた少女に手を差し伸べた。少女はおそるおそるその手を掴むと、申し訳なさそうに頭を下げながら立ち上がる。小さくて、冷たい手だった。


「名前を聞きたいのですが……あなた、名前は?」

金が混じっている茶色のセミロング。奴隷にしてはかなり綺麗な髪質だと思った。手入れをすればもっと美しくなるだろう。


「クレア……と言います。」

クレアはこの三人の奴隷の中で、一番落ち着きを見せていた。怯えてはいるが、しっかりと私の目を見つめてくる。この恐怖の中でまっすぐ相手の目を見ることができるというのは、それだけで素質を感じさせる。


「いい目をしていますね。ステラ、お願いします。」

「かしこまりました。……ついてきて。」

ステラはクレアの方を見ると、ついてくるように指示をした。その言い方は少しぶっきらぼうに聞こえるかもしれないが、私にはわかる。これはステラが緊張しているからだ。新しい子の世話を任されること自体が珍しいのだから、無理もない。あの子は戦闘ではどこまでも冷静だが、こういった場面では少し不器用なのだ。


「は、はい。」

クレアはステラの腰に装備されている剣をちらっと見ると、震えながらそう答えた。一定の距離を保ちながらステラの後をついていく——その慎重さに、私はまた少し感心した。恐怖に呑まれながらも、周囲を観察することを忘れていない。


クレアがステラに連れられていくのを見届けると、私は残る二人に目を向けた。

まだ青い髪の方は体が震えているので、会話をしようと思えば可能だろう。しかしもう一人の方は——目が死んでいた。震えることもせず、ただ虚ろな瞳で全てを諦めているような顔をしている。あの目は、かつて私も見たことがある。奴隷商で何度も目にしてきた、生きることを放棄した者の瞳だ。


カルメラを呼ぼうと思ったが、少し考え直した。カルメラは優秀で面倒見もいいが、初対面の相手にとっては少し気が強そうに映ることがある。今この二人に必要なのは、威圧感のない穏やかな存在だろう。


今回はリリィに任せよう。

リリィは戦闘能力こそ他のローズたちに劣るが、その独特の柔らかさのせいか、メイドたちからの信頼はとても厚い。私自身も、リリィのグルンレイドに対する忠誠心には一目置いていて、かなり気に入っている子の一人だった。


私は魔法によるメッセージをリリィに飛ばした。

しばらくすると、廊下の向こうからリリィの小さな足音が聞こえてきた。


「あなたたちは休んでください。温かいお風呂に入り、温かい食事をすれば多少は元気になるでしょう。」

リリィがこの場所に来たことを確認すると、私は二人をリリィに任せ、その場を離れた。


ご主人様は今夜、この三人と会うとおっしゃった。それまでにできる限りのことはしておかなければならない。体を洗い、服を整え、食事をとらせ——そして少しでも恐怖を和らげること。


長い廊下を歩きながら、私はリアやアナスタシア、メルテが初めてこの屋敷に来た時のことを思い出していた。あの子たちも最初は怯えていた。しかし今では、立派にグルンレイドのメイドとして成長している。

今日連れてきた三人もきっと——そうなるだろう。


--


メイド長から魔法によるメッセージが飛んできた時、私はちょうど廊下の掃除をしているところだった。新しい子たちが来たので世話を頼みたい、という内容だ。


新しいメイド候補、か。私は掃除道具を片付けると、指定された場所へ向かった。


エントランスに到着すると、メイド長が二人の少女のそばに立っていた。二人ともボロボロの服を着ていて、目が合った瞬間にびくりと体を震わせた。


メイド長は私の顔を見ると小さくうなずき、そのまま立ち去っていった。ということは、この二人は私に任せるということだ。


さて。


「こんばんは……」

声をかけてみたが、返事はなかった。


「あの、名前を聞いてもいいですか?」

やはり反応はない。二人ともうつむいたまま、こちらを見ようともしなかった。


まあ、無理もないか。

私は二人の様子をそれとなく観察した。視線の動き、手の震え方、呼吸の深さ——そこから読み取れるのは、恐怖、戸惑い、不安。こんなところに奴隷として連れてこられて、安心できるはずがない。


かつて暗殺者として生きていた頃、私は相手のわずかな動きから感情を読み取る訓練を嫌というほどやらされた。今となってはそれがメイドとしての仕事に活きているのだから、人生というのはわからないものだ。


そして——これは自分では気づいていなかったのだが、メイド長やカルメラさんに言われて知ったことがある。どうやら私は"相手に敵意を与えない"ことに長けているらしい。ローズの中では一番弱いと自負しているが、こういう場面では逆にそれが役に立つ。他のローズたちは強力な魔法障壁を常時展開しているから、感覚の鋭い相手には内面が見えづらい。私の魔法障壁は他のローズに比べて十分の一程度の強度しかないので、本心が透けて見えてしまうのだ。


「それじゃあ待ちますので、話せるようになったら話してください。あ、そこに座っていいですよ。」

急かしても逆効果だ。私はそう判断して、柔らかい口調でそう伝えた。


すると、青い髪の少女がちらっと顔を上げた。私の顔を見て、すぐには動かなかったが——数秒後、部屋にある椅子にゆっくりと腰掛けた。その様子を、もう一人のオレンジ色の髪の少女が見ていた。


よし、少しだけ進んだ。


「紅茶は……リラックスできるこれにしよう。」

私は棚の中から茶葉を取り出し、紅茶をいれ始めた。こういう時は何か温かいものがあった方がいい。それは私自身がグルンレイドに来た時に知ったことだ。


お湯を注ぎ、香りが広がり始めた頃だった。


「私は……オリビア……。」

青髪の少女が、ぽつりと呟いた。紅茶がテーブルに置かれるよりも先に、自分から名乗ってくれた。


「あ、ありがとうございます……緊張がほぐれました?」

「……あなたからは敵意を感じない。」

「他のメイドたちも敵意はなかったはずですよ。」

「……敵意も、優しさも、何もかもが感じられなかったから……。」

なるほど。この子は感覚が鋭いようだ。メイド長やステラの魔法障壁は分厚い。外部からの観測を遮断するほどの強度を持っている。だからオリビアには、まるで感情のない壁のように見えたのだろう。


「あー、強力な魔法障壁のせいですね。あれは攻撃の他に外部からの観測も防ぎますから。」

もちろん私も意識すれば同じくらいの魔法障壁を展開できるが、私の実力では"無理なく展開できる強度"は今のこの程度がちょうどいい。だからオリビアには、私の本心が見えたのだろう。


結果的に、弱い魔法障壁が役に立ったということか。なんだか複雑な気持ちだ。


「ま、ゆっくり飲んでください。」

紅茶を二つ用意し、一つはテーブルの上に置いた。もう一つを地面に座り込んでいるオレンジ髪の少女のそばに置こうとして——


「て、テーブルに、移動します。」

その声に、少し驚いた。地面に座り込んだまま一言も発さなかったオレンジ髪の少女が、自分から声を出したのだ。どうやら二人のやりとりを見て、少し安心してくれたらしい。

少女はゆっくりと立ち上がり、テーブルの方へ移動した。私は二つの紅茶をテーブルに置くと、自分も椅子に座った。


「やっぱり不安ですよね?私がここに来た時は……まあ少し特殊な感じでしたので参考にはなりませんが、やはり不安はありました。質問があれば答えますので気軽にどうぞ。」

"少し特殊"というのはかなり控えめな表現だ。何しろ私は辺境伯を暗殺しに来たのだから。まあ、それは今この子たちに話すようなことではない。


オリビアは質問をする前に、紅茶のカップにそっと触れた。その温かさを確かめるように、少し指先をカップに這わせてから、ゆっくりと口に含む。


「……美味しい。」

とても小さな声だったが、静まり返ったこの空間ではしっかりと聞こえた。その一言が出たことに、私は少しだけ安堵した。美味しいと感じられるということは、心がまだ折れていないということだから。

その様子を見たオレンジ髪の少女が、真似をするようにカップに手を伸ばし、紅茶を口に含んだ


「あの……レイリン……って言います。」

「オリビアに、レイリン、ね。オッケーです。」

私は特に驚いた素振りは見せず、いつも通りの調子で紅茶を飲んだ。こういう時に大げさに反応すると、逆に相手は萎縮してしまう。普通でいること。それが一番だ。


「質問、いいですか。」

「はい。」

「私たちは、これからどうなるんですか?」

オリビアが不安げな表情でそう聞いてきた。その目には恐怖が残っていたが、それでもまっすぐ私を見据えていた。


「メイドとして働いてもらいます。」

「奴隷、ですよ。私は……私たちは。」

「知ってます。ですが、一般的な常識をグルンレイドの常識と同じにするのはやめた方がいいです。」

私は二人の顔を見た。不安と困惑が入り混じった表情をしている。無理もない。奴隷がメイドとして働くと言われて、すぐに納得できる方がおかしいだろう。


「ここでは辛く厳しい訓練が待ち受けていることでしょう。ただ、その厳しい訓練によって得られた力が今後のあなたたちの人生を大きく変えます。……そんな顔しないでください。大丈夫ですよ、二人の持っているその才能があれば。」

私はそう言い切った。才能があるかどうかを見極めるのは私の領分ではないが、ご主人様が選んだのだ。間違いはない。


「メイドなのに……訓練?」

オリビアがまだ納得のいかない顔をしている中、レイリンが声を上げた。


「リリィさんとは、また会えますか。」

「えぇ、毎日会えると思いますよ。」

「よかった……」

レイリンは安堵の声をもらした。この状況でレイリンの心の支えは、今この瞬間においては私一人なのだろう。できれば近くにいたいと考えるのは当たり前のことだ。


私はかつての自分を思い出した。この屋敷に来た日、暗殺という目的を持ちながらも、フィオナさんの底抜けの明るさに振り回されて——気づけば短剣をしまっていた。あの人の存在がなければ、今の私はいなかったかもしれない。


だから、今度は私がそういう存在になれたらいいと思う。


「じゃ、ご飯を食べてお風呂に入ってゆっくりしましょうか。オリビアもその時に色々話しますから。」

「お風呂……?」

二人ともきょとんとした顔をした。そういえば、お風呂を知らない子も多いのだった。


「大丈夫、いいものですよ。」

私は立ち上がり、二人についてくるように促すと、ゆっくりとこの部屋を出ていった。


焦る必要はない。この子たちにはこれから長い時間がある。温かい食事と、温かいお湯と、温かい言葉があれば——人はきっと、立ち上がることができる。


私がそうだったように。


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