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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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新たな見習いメイド1

「ご主人様、マーティン卿主催の展覧パーティの招待状が届いております。どういたしますか?」

私はご主人様の自室を訪れ、そう告げた。展覧パーティというのは、言うなれば集めた奴隷を紹介し貴族たちに売ることを目的とした、世間的には認められていない催しだ。しかし貴族の世界ではたびたび見かけることがある。


「そういえば以前から聞いていたな。マーティン卿か……ふむ、無視するわけにはいかん。行くと伝えろ。」

「かしこまりました。」

マーティン家は王国三大貴族の一つであり、とてつもない影響力を持っている。そんな貴族から直々に招待状を受け取る"辺境伯"というのは、それだけで異常なのだが、ご主人様は萎縮するどころか、送ってこなければ行く必要などないとまで考えていらっしゃるようだった。それがご主人様らしいといえばそうなのだが。


「食事会ということですが、護衛はマナーとして必要になります。いかがいたしましょう。」

このような格式のあるパーティの場合、『給仕』と『護衛』の二人が最低限必要になってくる。ご主人様は私が一人いれば戦闘も給仕もすべて事足りるとお考えになっているようで、基本的にどこへ移動することになっても私だけを連れて行くことが多い。しかし、今回ばかりはもう一人必要だった。


「イザベラ、お前に任せる。」

「かしこまりました。」

給仕というのは基本的に身の回りの世話をするもののことを指し、メイド服を着ているものも珍しくはない。しかし護衛ともなると、頑丈そうな鎧を着ていたり、兜をかぶっていたりすることが多い。だからどうしてもメイド服を着て、かつ帯刀している護衛がそばにいると目立ってしまう。ただ、そんなことを馬鹿にするような貴族は誰一人としていない。グルンレイドのメイドというだけで、その意味を知るものは皆口を閉じるのだ。


護衛の人選について、私はすぐに考えをめぐらせた。見栄え的にはヴァイオレットが適任なのだが、その日は別の仕事が入っていたはず。ならば今回はステラにしよう。ステラはローズの中で最も戦闘能力に優れたメイドだ。もちろんローズのリーダー的存在であるカルメラも強いのだが、純粋な戦闘に関してはステラがそれ以上の実力を持っている。


「移動方法は馬車を手配します。」

「ふむ。」

ご主人様が内心面倒に思っていらっしゃることは、長年そばにいる私にはすぐにわかった。移動であれば時空間魔法を使用すれば一瞬で到着する。なぜわざわざ時間のかかる馬車を選択するのかというと、見栄えが重要だからだ。立派な馬車に乗ることで自身の財力を誇示する意図がかつてはあったようなのだが、今となっては"金を持っているものはそれ相応の馬車を用意する"というマナーの一部になってしまっていた。


「マーティン領は確か……ここから馬車で半日ほどだったな。」

「その通りです。」

「イザベラ、やはり私は馬車での移動は面倒臭いと感じる。何かいい案はないのか。」

「見栄えというものは大事ですから豪華な馬車は必須です。ですが確かに移動の時間は無駄ですね……。」

私はご主人様の望みを叶えるために頭をフル回転させる。そしてひとつの結論に辿り着いた。


「結局は"マーティン領に豪華な馬車で入る"ことができればいいのです。ですからマーティン領近辺の森までは時空間魔法で移動しても問題ないかと。」

「ほう、それは素晴らしい。」

仮にそのような移動方法を取るとしたら、かかる時間は二十四分の一まで軽減されることだろう。ご主人様は馬車に長時間乗らなくて済むということで、すぐにこの案に決めてくださった。


「……展覧パーティの件の報告は以上です。」

その他、細かいところを説明して私の話は終わった。


「ふむ。後は任せた。」

「かしこまりました。」

"後は任せた"——この言葉が出たということは、ご主人様は特に質問がないということを意味している。長年そばにいた私には聞き慣れた言葉だった。それと同時に、すべてを任せていただけるという信頼の重さを、私はいつも噛みしめている。


「それでは失礼いたします。」

そう言ってご主人様の部屋を出る。基本的にグルンレイドのメイドであっても、ご主人様と接する時は"謁見の間"で会話を行うのだが、私に限ってはそのような決まりはない。好きな時にご主人様の自室に出入りすることが許されている。


明日の護衛の件、ステラにも伝えなければいけない。直前になってしまい申し訳ないと思いながらも、私は長い廊下を歩いて行った。


ーー


「ご主人様、準備ができました。」

正午、太陽が真上を通過しようとしている時、私はご主人様にそう告げた。パーティ自体は午後からなのだが、多くの貴族は早めに集まり挨拶などを済ませてしまう場合が多い。


「ふむ、行くか。」

そう言うとご主人様は椅子から立ち上がり、自室から出た。ご主人様の部屋から直接時空間魔法を使用することは、マーティン家近辺の森ほど遠い場所となれば私であっても困難なことだった。理由はいくつかあるが、その一つは超高純度瘴気結晶のせいだろう。ご主人様の部屋全域に満たされている超高密度の瘴気を押し切って時空間魔法を唱えられるほどの魔力密度は、生半可なものでは到底足りない。


屋敷の外に出ると、空は澄み渡っていた。私は呼吸を整え、周囲の魔力を集め始める。


「それでは移動します。」

私がそう呟くと、周囲の魔力密度が急激に上昇する。


「ヨグ・ソトース」

そう唱えると目の前の空間が歪み、穴が空いた。ご主人様と私はゆっくりとその時空の穴に入っていく。次の瞬間、周囲の景色が一変した。


「ふむ、いいところだ。」

周囲には美しい川が流れ、至るところに緑が広がっていた。すぐ後ろは深い森であり、ここは人工的に作られた休憩所のようなところだということがわかる。そして用意されていた馬車のそばに、短く切り揃えられた青色の髪が特徴的なメイドが立っていた。


「ステラか。」

ご主人様がそう声をかけると、ステラは声を出して返事をすることはなく、その代わりにグルンレイドで教えられる礼をした。返事をしない、ということを注意されるのが普通なのだが、長年ステラのことを見ている私は"そういう性格"だと納得していた。言葉が少なくとも、その所作に込められた忠誠は十分に伝わってくる。


「こちらへどうぞ。」

私が馬車へと誘導するが、ご主人様はその場にとどまった。


「少し、この景色を見たい。」

「かしこまりました。」

それに反対するものなど、ここには誰一人として存在しない。私はすぐに時空間魔法を使用し、グルンレイドの屋敷から立派な椅子をひとつ持ってくると、ご主人様のそばに置いた。


ご主人様は椅子に座ると、穏やかな景色を眺めながら口を開いた。


「見習いの様子はどうだ。」

「異常な速度で成長しております。ご主人様の目に間違いはなかったようです。」

ご主人様はただ適当に購入する奴隷を選んでいるのではない。潜在的な魔力量と素質、そのほかの内面的な要素を瞬時に読み取り、光る原石だけを見つけ出していた。美しさに貴賤はないという考えのもと、一般奴隷でも貴族奴隷でも奴隷落ちでも——光るものがあればそちらを選択する。それがご主人様の目だった。


「ならばよい。」

そして沈黙が訪れるが、心地のいい風と川のせせらぎ、そして鳥の声が至るところに満ちており、退屈することはなかった。ご主人様がこのように穏やかに過ごされる時間を、私はとても好ましく思う。


「今回も購入されるおつもりですか?」

「才能のある奴がいればな。」

私は時空間魔法を使用し、ティーカップを取り出そうとするとご主人様が立ち上がった。


「行くぞ。」

「かしこまりました。」

ティーカップを取り出すことをやめ、馬車へと移動を始めた。いつもヴァイオレットが務めている御者を、今回はステラが行うようだ。御者の座る場所へと静かに移動していた。


「ご主人様、メイド長、出発します。」

私たちが座ったことを確認すると、ステラはそう声を発して馬を走らせ始めた。


ーー


マーティン領に入ると、整備された街道の両脇に手入れの行き届いた木々が並んでいた。さすがは三大貴族の領地といったところだが、グルンレイドの豊かな自然とは違い、どこか作り物めいた印象を受ける。


やがて巨大な門が見え、馬車はマーティンの屋敷へと到着した。


「これはこれは、グルンレイド卿。久しいですな。」

三大貴族の一人であるマーティンが、直々に出迎えていた。


「マーティン卿も相変わらず。」

ご主人様は特に媚びることもなく、普段通りの口調で返す。


「いつ見ても型破り。私も見習わないといけない部分かもしれませんな。」

マーティン卿はちらっと長身の剣を装備しているステラの方を見てそのように告げた。格式や常識を重んじるマーティン卿にとってはご主人様のやり方は異質そのものなのだろう。いつもこのような軽い皮肉を交えた会話が繰り広げられる。


「型にはまった生き方ほどつまらないものはないですからな。」

ご主人様は皮肉など意に介さず、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。普通の貴族であればこのような返答をすれば貴族社会では生きていけない。しかしご主人様に限ってはそうではなかった。莫大な金と、強大な力が、辺境伯という身分をまったく別のものへと昇華させていた。


「ふん、まあ、楽しんでくれたまえ。」

マーティン卿もそれ以上は口出しすることなく、その場を去っていった。私はその背中を見送りながら、内心ではこの無礼な態度を記憶に刻んでおいた。


「あ、あの、こちらです……。」

マーティンの使用人と思われる少女が私たちに向かってそう告げた。おそらく使用人としての階級も下の方だろう。そのような者をご主人様の案内人にあてるというのは、私にとっては気分の良いものではなかった。これがマーティン領の"おもてなし"なのだとしたら、余計に不快だ。


「おい。」

ご主人様が声をかけると、少女は目に涙を浮かべて体を震わせた。


「ひぃっ!」

普通に考えれば失礼な態度極まりないのだが、ご主人様が相手となるとそう思われるのも自然ではある。ご主人様の通り名は裏世界の支配者。ふとしたことで自分の命が終わるかもしれないと考えれば、そんな対応にもなるだろう。ただ、ご主人様はそのような方ではない。それをこの少女が知らないだけのことだ。


「あれはなんだ。」

ご主人様は視線をあるオブジェクトへ向けた。


「あ、あれは……"傾倒する女神像"です。」

「魔道具か。」

「はい。わ、私も詳しいことは分かりませんが、周囲の邪気を払うもののようです。」

私はその魔道具に目を向けた。簡易的な魔力拡散結界を展開するもの——邪気を瘴気だと仮定すると納得がいく。


「魔力拡散、でしょうか?」

「うむ。」

ご主人様も同じ見解のようだった。私たちのような異常な魔力密度を保有する者からすれば微々たるものだが、一般的にはすばらしい魔道具という評価なのだろう。


「これがあると、ゴブリンなどが生まれる原因である"瘴気だまり"の発生も大幅に減りそうですね。」

「瘴気、だまり……?」

私がそう使用人に告げたが、何を言っているのかがわからないらしく、話はそこで終わった。無理もない。この程度の知識もない者を案内役に据えること自体がどうかしている。


「会場は、こちらです。」

屋敷の中に入り、とりわけ立派な扉の先には広い空間が広がっていた。その空間の中央に、一段高いステージが存在していた。この上を奴隷が歩き、それを全方向から見られるようにしているようだ。


「ご苦労。」

「そ、それでは、失礼いたします!」

少女は逃げるように私たちから離れていった。

領主のあの態度、粗悪な使用人——マーティン領は何を考えているのだろう。ご主人様をお招きしておきながら、この扱い。私の中に静かな怒りが込み上げてきた。


「メイド長、冷静に。」

ステラの小さな声が耳に届いた。私は自分でも気づかぬうちに、鋭い眼光を放ってしまっていたようだ。


「……わかっています。」

私はすぐに表情を戻した。ステラが一瞬怯えたような気配を見せたのがわかる。ローズの中で最も強いステラでさえも、私が怒りを滲ませた時は本能的に恐怖を覚えるのだろう。いつもであればヴァイオレットがこの役目を務めていて、いざという時も私を数秒足止めして冷静さを取り戻させることができる実力を持っているのだが——


ステラの心中を察すると少し申し訳なく思った。おそらくあの子は今、この場にいるすべての人間に対して"これ以上メイド長を刺激しないでほしい"と祈っていることだろう。


ーー


ご主人様が一通り他の貴族からの挨拶を受けられた頃、会場の明かりが徐々に暗くなっていった。ご主人様は用意された専用の椅子に座り、私とステラはその後ろに立つ。


「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私は司会を務めさせていただきます……」

段上に上がった司会が説明を始め、マーティン卿の挨拶も終わると、いよいよ奴隷の紹介が始まった。


「今回紹介する奴隷は選りすぐりの三十種です!ゆっくりと紹介していきますので、どうぞお料理の方を堪能しながらご覧ください。」

それと同時に奥の方からさまざまな料理が運ばれ、ご主人様の前のテーブルに次々と置かれていく。個別の料理ということで毒が入っている可能性には一層警戒する必要があるが、私の観測魔法には何ひとつ反応しなかった。


「メイド長、私の分は……」

「もちろんありません。」

本気なのか冗談なのかわからない口調でステラがそう呟く。私にしか聞こえないくらい小さな音で、ステラの腹の虫が鳴っていた。……あの子は本気で言っていたようだ。


「ステラ。毒味だ。」

しかしご主人様にもしっかりとその音は聞こえていたようで、ステラにそう命じた。本来であれば観測魔法ひとつで済むことを、わざわざ食べて判断するという——そのいつもと違った行為の意味に、ステラも気づいたのだろう。少し顔を赤くしながら、毒味を行っていた。


ご主人様のこういうお優しさは、けっして表には出さない。言葉にはされないが、メイドたちのことをよく見てくださっている。だからこそ、メイドたちはご主人様のために命を懸けることができるのだ。


「好きなだけ食べるといい。私にはこの食事は合わんようだからな。」

運ばれてきた料理は一般的に見れば絶品料理だろう。しかしグルンレイド領で作られている、異世界の知識をふんだんに取り込んだ料理と比べると、正直なところ劣っていた。


「それでは一人目を紹介いたします。まずは金貨五十枚から!」

ゆっくりとステージの上を一人の少女が歩き始めた。腕や足にはなんの枷もないが、奴隷契約書によってしっかりと縛られている。逃走などを図った場合は、すぐに体を固定されてしまうことだろう。


「最初は一般的な奴隷、という感じですね。」

「ふむ。」

しかし次々と紹介される奴隷は、半獣人やマーメイドなど珍しい種族もちらほらいるようだった。周囲の貴族たちはそのたびにざわめき、札を掲げていく。ご主人様はそのいずれにも反応を示すことなく、静かにワインを口に運んでいた。


私は観測魔法を常に展開し、ステージに上がる奴隷たちの魔力を注視していた。ご主人様が求めているのは見た目の珍しさではない。光る原石——潜在的な才能を秘めた存在だ。


しばらくして、司会が次の奴隷を紹介した。


「次はこちらの少女。種族は人間、先ほどまでの奴隷と比べると見劣りしますが、若さがあります!さらに、元貴族であるため、多少の教養はあります!金貨百枚から!」

どこにでも買えるような普通の貴族奴隷だった。この会場ではこの少女を購入しようと考える者などどこにもいなかったはずだ。しかし——


私の観測魔法が、異常な反応を捉えた。


「ご主人様。」

「ふむ、すばらしい!」

やはり、ご主人様も気づいていらっしゃった。その少女の内側に眠る魔力の波動は、見た目からは想像もつかないほど深く、力強いものだった。ご主人様は迷うことなく10と書かれた札を高く掲げる。


「じゅ……十倍……が出ました!他には……。」

司会がそう叫ぶと周囲がざわざわと騒がしくなった。それもそのはず、なんの変哲もないただの少女に原価の十倍の値段をつけたのだ。周囲の貴族たちは驚愕し、あるいは嘲笑するような視線を向けていたが、そのどれもがご主人様には届いていなかった。


「グルンレイド辺境伯様に決定いたします……。」

他に札を上げる者は当然いない。ご主人様は何事もなかったかのようにワインを口にしていた。


「あの魔力量……すごかったですね。」

私は小声でご主人様にそう告げた。あの少女の生命の波動から読み取れた潜在力は、尋常なものではなかった。


「リアに匹敵するのではないか?」

ムムツの谷へ赴いている三人のメイドの中で最も魔力密度が高いのがリアだった。いや、正確には"今後魔力密度が大幅に上昇する可能性がある"のがリアだったのだ。それらを判断するには生半可な観測魔法では不可能である。生命の微弱な性質の波を察知できるほどの、異常な観測力が必要となる。ご主人様はそれを一目で見抜いていた。


「あれほどの素質を持ったものを金貨五百枚程度で購入できたのは想像以上の成果だ。」

「あの少女をすぐにでもこちらへ移動させてもらうように打診しますか?」

「いや、いい。規則に従うとしよう。」

ご主人様らしい判断だった。どれだけの力を持っていようとも、決められたことを踏みにじるようなことはなさらない。

紹介はその後も続き、しばらくすると、異質な少女がステージへと上がっていた。


「次も貴族奴隷です!こちらもある程度の教養があります!金貨百枚から!」

「立て続けに……。」

私は思わずそう呟いた。今紹介された少女からも、先ほどとは異なるが確かな素質を感じ取ることができた。その瞳には光がなかったが——その奥に秘められた力の波動は、今後の成長に大きな期待を抱かせるものだった。


またしてもご主人様は10の札を掲げた。


「じゅ、十倍がまたしても!他には……グルンレイド辺境伯様に決定!」

会場がどよめく。普通の貴族であれば理解できないだろう。なぜ何の取り柄もなさそうな少女たちに、これほどの大金をつぎ込むのかと。しかし、私にはわかる。ご主人様は誰にも見えない"美しさ"を見つけ出すことができるのだ。


さらに紹介が進むと、ステージに上がったのは痩せ細った少女だった。


「次はこちら。かなり傷が目立ちますが、貴族奴隷です!金貨五十枚から!」

ため息をつくような空気が会場に漂った。傷の量的に奴隷落ちと判断されてもおかしくないが、元貴族であるため枠組み的には貴族奴隷になる。よって値段もかなり上がってしまうのだ。そんな奴隷に興味を示す貴族などまずいない。


しかし、私の観測魔法は再びざわめいた。あの少女の魔力核の構造が、ほかとは明らかに違う。損なわれた体とは裏腹に、その内側に宿る力は——


「ご主人様。」

「うむ。」

ご主人様は三度目の10の札を掲げた。


「十倍!三人目の十倍です!グルンレイド辺境伯様に決定!」

会場はもはやざわめきを通り越して、静まり返っていた。何の価値もないと思われた奴隷落ちのような貴族奴隷ににすら金貨百枚を惜しみなく出すご主人様の姿を見て、畏怖を覚えたものも少なくなかったはずだ。


ステラの方を見ると、料理をほぼ平らげた綺麗な皿を前にして、微妙に気まずそうな顔をしていた。


「ごちそうさまでした。」

「ステラ、あなた全部食べたのですか?」

「っ……す、すみません。」

綺麗になった皿を見ながらそう告げたが、ステラが残したとしてもご主人様は一口も召し上がらないということを私は察していたので、これ以上言及することはしなかった。むしろ残すよりはよかったのかもしれない。


ーー


「イザベラ、買ったものを連れてこい。」

「かしこまりました。」

今回ご主人様が購入した奴隷は、合計で三人。ご主人様自身もこんな場所ですばらしい素質のある奴隷を三人も見つけられるとは思っていなかったようで、かなり上機嫌だった。その表情を見られるだけで、私はこのパーティに来た甲斐があったと思う。


私がその場を離れると同時に、ステラの気配が変わったのを感じた。あの子のことだ、私がいなくなった瞬間に警戒レベルを最大限まで引き上げたのだろう。ステラはローズ最強でありながら、自分の力を過信したことは一度もない。私がいなくなることでこの場の危険度が跳ね上がるということを、瞬時に判断したのだ。


私は会場の裏手にある控室へ向かい、マーティン家の使用人に購入した三人の引き渡しを求めた。手続き自体はすぐに終わったが——


その時だった。


会場の方から、甲高い叫び声が聞こえた。


「きゃーっ!」

瞬間、私は全身の魔力を臨戦態勢へと切り替えた。観測魔法の範囲を最大まで広げる。会場内に複数の武装した人間の反応——反貴族派だ。


三人の奴隷を私の魔法で空中に浮かせると、会場へ向かって全速力で飛んだ。文字通り、飛んだ。悠長に歩いている場合ではない。


「ご主人様!」

会場に飛び込むと、すでにステラがご主人様の周囲に全力の魔法障壁を展開していた。ご主人様は大騒ぎになっている空間を気にも留めず、ゆっくりと立ち上がって出口の方へ歩いていた。この無防備に見える動きは——ステラの防御を完全に信頼している証だ。


「すぐに時空間魔法を……」

私が魔法を唱えようとした瞬間——


「貴族め!消えろ!」

一人の剣士が斬りかかってきた。私の視界の端で、剣が光る。


しかし、それよりも速く——


「華流・周断」

ステラが即座に反応した。剣士の攻撃を受け止めると同時に、鋭い魔力が剣から放出される。その剣士は剣もろとも——一瞬で両断された。


あの子の剣は、いつ見ても無駄がない。クールな表情の奥に秘めた、ご主人様を守るという絶対的な意志が、その太刀筋に表れていた。


「っ!ミーシャ!」

斬り倒された剣士の名を叫ぶ声が響いた。私はそちらに目を向ける。

黒い髪——この世界では珍しい、漆黒の髪を持った少年がそこにいた。その身にまとう魔力の質が、明らかにこの世界のものではない。


「黒髪、そして異質な魔力……異世界人……?」

ステラが呟いた。私も同じことを感じていた。あの少年から溢れ出す魔力の波動は、この世界の法則とは微妙にずれている。


「そのようですね。ご主人様、どういたしますか?」

「今はその時ではない。時空間魔法を展開しろ。……死なない程度に回復くらいはしてやれ。」

ご主人様の判断は、いつも通り的確だった。異世界人であれば興味がないわけがない。しかし今この混乱の中で接触するのは得策ではないと、瞬時に判断されたのだ。さらに、不要に命を奪うことは避けているため、死なないうちに私は回復させる。


「それではこちらへ。」

私は魔力を練り上げ、時空間魔法の詠唱に入る。


「待て!ミーシャを、よくもミーシャを!」

黒髪の少年がこちらへ駆け出してくる。その目には怒りと悲しみが渦巻いていた。仲間を斬られた悲痛は理解できないわけではない。しかし——先に刃を向けたのはそちらだ。


「ハルト!一人では危険よ!」

少年の後方から女性の声が飛ぶ。仲間がいるようだが、私はそれを気に留めることなく、冷ややかに一瞥すると魔法を唱えた。


「ヨグ・ソトース」

時空のうねりとともに、私たちの周囲の空間が歪み始める。少年の手が届く前に、すべてが捻じれ——


次の瞬間、私たちはマーティンの屋敷から姿を消していた。

空中に浮かせていた三人の少女たちも無事だ。時空間魔法の中を通過させるのは繊細な技術を要するが、この程度であれば問題はない。


目の前に広がるのは、来た時と同じ森の休憩所の風景だった。川のせせらぎが、先ほどまでの喧騒を嘘のように洗い流していく。


「ご主人様、お怪我はございませんか。」

「ない。問題はなかった。」

「かしこまりました。」

ご主人様はちらりと空中に浮かぶ三人の少女を見た。恐怖で固まっている子、泣いている子、意識を失っている子——いずれもまだ何も知らない少女たちだった。


「グルンレイドへ戻るぞ。」

「かしこまりました。ステラ、ご苦労様でした。見事な対応でしたよ。」


「……。」

ステラは無言で頭を下げた。言葉はなくとも、その礼には安堵と、ご主人様を無事に守り通したという誇りが滲んでいるように見えた。


私は再び時空間魔法を唱え、グルンレイドの屋敷へと帰還した。


三人の新たな原石を連れて。


この少女たちがどのように磨かれ、どのような輝きを放つのか——それを見届けるのもまた、メイド長である私の仕事だ。ご主人様の目に狂いはない。きっとこの子たちは、すばらしいメイドになることだろう。


長い廊下を歩きながら、私はほんの少しだけ口元を緩めた。

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