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極悪辺境伯の華麗なるメイド  作者: かしわしろ
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海底神殿1

「おはよう。」

「「「おはようございます。」」」

朝食の後、訓練場に集められた三人はカルメラの前で頭を下げる。


「まず、二日後にあなたたちには遠征に行ってもらうわ。」

「はい。」

事前に遠征があるということは聞かされていたので、三人が驚くことはなかった。


「場所は"海底神殿"。」

「あ、習ったところだ。」

リアがそう呟く。メイド見習いは戦闘訓練の他に歴史や算術、異世界学などさまざまな分野の学問を勉強する。その中で海底神殿という単語はすでに出ていた。


「危険指定区域として認定されている場所で、その名の通り海の底にある神殿ですよね。」

リアが補足するように続けた。


「リアの言った通りよ。ムムツの谷底以来の"危険指定区域"だから、十分気をつけなさい。」

危険指定区域とは王国によって定められていて、人間では決して勝てない魔物がいたり、溶岩や毒ガスなどが充満していたりと、正常な人間であれば近づきすらしない場所である。ムムツの谷底での遠征は今でもよく覚えている。あの時は三人にとって初めての危険指定区域だった。

 しかし以前と違うところは、私たちの力が上がっているということだ。油断をするつもりはないが、以前の危険指定区域の調査ほど、命がけになることはないと考える。


「かしこまりました。それで、その目的はなんでしょうか。」

私が質問をする。任務である以上、目的の把握は最優先だった。


「Sea's ROMANCEという宝石の採取よ。」

「シーズロマンス?」

聞いたことのない名前だった。リアもアナスタシアも同じようで、互いに顔を見合わせている。


「海底神殿の最深部に二年ごとに生成されるもので、その効果は……秘密よ。」

「秘密、ですか。」

私は首を傾げた。カルメラさんが任務の詳細を伏せるのは珍しい。しかし深く考えても答えは出てきそうにないので、話を進めてもらうことにした。


「宝石を採取したら持って帰る必要はないわ。海底神殿を出た海の底で、その宝石を破壊しなさい。」

「か、かしこまりました。破壊したのち、グルンレイド領へ帰還すればよろしいのでしょうか。」

「その通りよ。具体的な指示書は後でメルテへ渡しておくわ。それを確認した後、Sea's ROMANCEの効果と破壊する理由以外の質問であれば受け付けるわ。」

三人とも疑問だらけだったが、これも何かしらの訓練のうちだと考えて深く言及することはなかった。カルメラさんが秘密にするということは、知らないほうがいい理由があるのだろう。私はそう判断した。


「さて、次は水中で呼吸する方法を説明するわ。」

「これが今回の特殊訓練ですか!」

「そうよ。」

遠征についての説明が終わると、そのまま水中呼吸の訓練へと移り変わった。


「ウォーターアロー」

カルメラは空中に水を生成する。本来この魔法は水を細く素早く射出して相手を攻撃するものだが、応用することでこのように巨大な水玉を生成することもできる。


「水中で活動するにあたって重要なのは、水に触れないことよ。みてなさい。」

濡れてしまうと体温の低下など、さまざまな弊害が出てくる。水に触れることそのものがタブーということらしい。カルメラは浮遊魔法を使用し、自身が生成した水の中へ入り、そして出てくる。


「濡れてませんわね。ですが、これは魔法障壁を常に展開している私たちにとっては普通のことではありませんの?」

「その通りよ。今私がやったことは、あなたたちは特に意識することもなくできるわ。ただし、長時間水中にいる場合、酸素の供給が必要不可欠になる。」

「確かにそうですわね。」

カルメラは再び水中へ移動すると、三人に向かって手招きをする。それに従って三人も水中へと移動した。


『どう、苦しいでしょう?』

カルメラは魔法によるメッセージで三人へと話しかける。

『濡れてないのに呼吸ができない……不思議な感覚。』

『確かに苦しいですわね……』

リアとアナスタシアが苦しそうにしている。メルテも同様だった。魔法障壁のおかげで水に濡れることはないが、障壁の内側の空気はすでに薄くなりつつある。

『あ、私後二十秒くらいで限界。』


リアが弱音を吐く。

『落ち着きなさい。』

カルメラがそのように告げると、三人の表情は穏やかになった。肺に空気が入ってくるのを感じる。カルメラさんが何かをしたのだろう。


『急に楽になりましたわ……一体何が起こりましたの?』

『あなたたちの顔の周辺に空気を送っているわ。』

『空間魔法……ですか。』

私はすぐにその原理に思い当たった。魔法障壁は普段は体にピタリとくっつくように展開されているが、今回は顔の周辺だけ少しのゆとりがある。この空間と外の空間をつなげているということだろう。


『さすがメルテね、その通りよ。顔の前の空間に直径三センチほどの穴をあけ、外と繋げているわ。』

外の空気を取り入れ、排出される二酸化炭素を含んだ空気を外に放出するという動作を行っている。ただ単純に穴を開ければいいというわけではなく、空気の循環を考慮した接続が必要なのだろう。


『ですが、私はまだ空間魔法を扱ったことがありません。』

アナスタシアが不安げに声をあげる。確かにリアは既に空間魔法を習得しているため、問題はないが私とアナスタシアはまだ使用したことがない。


『今のあなたたちならできるはずよ。なにも人が通れるほどの大きさが必要と言っているわけではないわ。』

三人はカルメラの言葉に頷く。


『空間魔法はいわば強大な魔力密度による空間の歪み。メアリー様の周囲の空間を思い浮かべるとわかりやすいわね。』

メアリー様——グルンレイドのメイド、メアリー・マリー・ローズ。あまりの魔力密度により常に周囲の空間が若干歪んでしまうという体質の持ち主である。あの歪みは魔力密度の副作用だったのか。


「あのゆがみは魔力密度が濃すぎるからだったんだ……」

リアも同じことを思ったようだった。


『まずは安全な空気の確保のために、つなげる先の外の空間を魔法障壁で囲いなさい。とりあえずは一メートル四方くらいで構わないわ。』

例えばつなげた先の空間に虫や小さな鳥などが入ってしまうと、もしこちら側に入ってきた場合に面倒くさいことになる。魔法障壁で使用する部分を囲い、安全な空気を確保することが重要である。


『次に目の前の空間に魔力を集中させ、確保した外の空間へ魔力線を伸ばすイメージで。』

三人はカルメラの指示通りに、まずは安全な空気の確保を行った。


『む、難しいですわ!』

安全な空間の確保を終えたアナスタシアは、空間を歪めることに四苦八苦していた。アナスタシアは闘気の扱いに長けているが、魔力の精密操作は苦手な部類に入る。この手の魔法はアナスタシアにとって相性が悪いだろう。


『やっぱり瘴気がないと難しいや。』

リアは魔力の他に瘴気も扱うことができる。瘴気と魔力の二つを複合することによって魔力密度を上昇させることが可能だが、ここには黒海のような瘴気はない。


二人の会話を聞きながら、私は自分自身の肺の空間に意識を集中していた。カルメラさんの説明は的確だった。要するに、自身の魔力を極限まで圧縮し、空間に歪みを発生させればいい。原理はわかる。あとは実行するだけだ。


『ふーっ……ディメンションゲート』

肺の中に、外の新鮮な空気がすっと流れ込んでくるのを感じた。カルメラさんが送ってくれていた空気とは別の、自分自身で接続した空気だ。


『メルテは成功したようね。』

『さすがメルテちゃん!』

『さすがですわ!』

カルメラの言葉にリアとアナスタシアは驚きの声をあげる。


『後はリア、メルテ、任せてもいいかしら?』

『はい、問題ありません。』

カルメラさんはさまざまな仕事を任されている。このような訓練も早く終われるに越したことはないだろう。最近は私に指導を任せてくれることが多くなっていた。が、今回はリアのほうが詳しいことだろう。


『水はこのままにしておくわ。終わる時にはバニッシュルームで消しなさい。』

『わかりました。』

『ありがとうございましたー』

『ありがとうございました。』

カルメラはそう告げると水中を出て、屋敷の中へと戻っていった。


『アナスタシアちゃん、いったん水中を出て。』

はい、とアナスタシアが返事をして、私も水中から外へ移動する。


「重要なのはどれだけ魔力を圧縮できるか。見てて。」

そういってリアは目の前の空間に自身の魔力を放出させ、とどまらせる。


「これを徐々に圧縮していく。」

観測魔法を使用しているアナスタシアには魔力の流れが手に取るようにわかるはずだ。直径一メートルの球体ほどに拡散していた魔力を、徐々に圧縮していく。最終的には直径一センチメートルほどにまでなった。


「確かにいきなり超高密度の魔力を生成するよりは、時間をかけて圧縮した方が楽そうですわね。」

アナスタシアがまじまじとその歪み始めている空間を眺めている。


「そして数センチ左の空間まで魔力線を伸ばすイメージで。」

そういって訓練は再開した。


——


一日かけた空間魔法の訓練も終了し、夕食とお風呂を済ませた三人は自室でくつろいでいた。


「空間魔法が使えると、できることかなり増えるよね!」

「そうですわね。」

長時間の訓練の末、無事にアナスタシアも空間魔法を使用し、水中で呼吸ができるようになった。アナスタシアは魔力の精密操作に苦手意識があるにもかかわらず、一日で習得してみせた。


「例えば、今までリュックに詰めていたお菓子を空間魔法でこの場所から持ってくるとか。」

「それは今の私たちの実力では難しいのではありませんの?」

「確かに……でもこの距離ならできるよ!ディメンションゲート!」

リアが空間魔法を唱える。……嫌な予感がした。その予感は的中し、リアの手には私のがタンスの中に隠していた高級チョコレートの箱が握られていた。


「私の高級チョコレート。」

「隠してるのバレバレー」

「リア……返しなさい。」

私はリアを睨みつける。あのチョコレートはカルメラさんからよく頑張ったということで貰ったもので、少しずつ食べようと楽しみにしていたものだ。


「じょ、冗談だって!」

あまりの魔力密度の上昇に驚いたリアは、すぐに空間魔法でチョコレートの箱を元の場所に戻した。


「リアさん、私のチョコレートを食べましょう?」

「わーい!ありがと!」

「アナスタシア、あまりリアを甘やかさないで。」

「今日くらいいいではありませんの。遠征頑張ろう!という感じで……メルテさんもぜひ!」

アナスタシアに差し出されたチョコレートの箱を見て、上昇していた魔力密度が徐々に落ち着いていく。


「今日だけだから。」

そういって差し出された箱の中からチョコを一つ受け取り、自分の机に戻った。口に入れると、程よい甘さが広がる。悪くない。


「そういえば海底神殿の宝石の効果はなんだろうね。」

リアがアナスタシアから貰ったチョコレートを口に含みながら言う。


「そういえば授業の時も、海底神殿には何があるのかって質問しても『詳しくはわからないわ』ってはぐらかされたし。グルンレイドが"分からない"なんてことはないでしょ!?」

あまりに不思議なカルメラさんの回答に、リアは疑問の声を上げた。


「そうですわね。見習いの私たちがいける程度の場所でしたら、確かめに行くはずですわ。」

「多分、カルメラさんたちは知っている。だけどそれを言えない理由がある。だからいったん何も言わずに従うべき。」

自分の考えを口にした。カルメラさんがわざわざ情報を伏せるということは、そこに意図がある。私たちが知らないほうがいい理由か、あるいは知らないほうが良い結果につながるか。いずれにせよ、カルメラさんの判断を信頼するのが最善だった。


「ま、そうだね。カルメラさんが"それがもっとも私たちのためになる"って判断したんだろうし。」

「そうですわね。私もそう考えますわ。」

三人の考えがまとまった。このようにパーティ内で疑問が発生した場合は、私の意見に従ってくれることが多い。私は考えうる選択肢を吟味し、最も適切だと思うものを提示する。それが自分の役割だと思っていた。

ひとしきり海底神殿について話した後、三人で明後日の遠征に向けてどのようなものを持っていくかを話し始めた。

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