海底神殿3
遠征当日、空は快晴。指示書によって具体的な海底神殿の場所やその道筋などを完璧に把握したメルテたちは、カルメラの前に立つ。
「それでは気をつけて行ってきなさい。」
「かしこまりました。行ってまいります。」
3人は魔法によって宙に浮くと、グルンレイドの屋敷を出発した。
「海底神殿って思ったより近い?」
「カブの港から東の海底ですので、一般的には遠いと思いますが、私たちの移動速度であれば3時間程度で到着しますわ。」
3人の飛行速度も訓練の末に大幅に向上している。魔力の扱い方も上達し、飛行にかかる魔力消費もかなり抑えられていた。
「フリーマウンテンは通りますの?」
「私は通りたいけどなー」
いつもは迂回して飛行していたのだが、クレアたちが一悶着あった場所を実際に見てみたいという気持ちが3人の足を止めた。
「私も1回は見た方がいいと思うから、今回は通る。」
「わかりましたわ。」
「了解ー」
移動時間的にも少し短縮できるということで、3人はフリーマウンテンの上空を飛行することに決めた。メイド見習いになったばかりのクレアたちのレベルでは、はるか上空に出現するグリフォンなどの魔物が脅威となるので地面すれすれに飛ばなければいけなかったが、メルテたちには脅威とならないので問題はない。地面から100メートル以上離れた地点を飛行していた。
「あ、魔物の反応。」
メルテたちもかなりのスピードで移動しているが、それに向かって右斜め前から突進してくる2つの反応をリアは感じ取った。
「この速度についてこられる魔物はグリフォンですわね。」
危険度はBに設定されていて、フリーマウンテンの頂上に生息していることが多い。地上で戦う場合はランクBの冒険者でも討伐が可能だが、空中戦となるとその難易度は跳ね上がる。
「倒して。ドロップ品はいらない。」
「「了解!」しましたわ!」
強敵には具体的な指示を出すのだが、このような弱い敵には特に指示を出すことはなくなっていた。
「グギャァァ!」
「華流・周断」
まずは先頭の一匹をリアが真っ二つに切断する。
「バルザ流・断頭!」
続いてきた残りの一匹をアナスタシアが切断した。空中でグリフォンは消滅し、魔石とドロップアイテムであるクチバシが地面に落ちていく。
「今の私たちがムムツの谷底に行ったら、前より楽に攻略できるのかな?」
グリフォンなどいなかったかのように、リアがそう話し始める。
「今だったらあのカマキリの魔物は1人で抑えて見せますわ!」
「まあ、上層や中層は隠蔽魔法を使う必要はないかも。頭のいい魔物はよってこないから。ただ、こだまはまだ私たちの実力では無理。」
「やはり時間魔法の習得が必要ですわね……」
飛行魔法、空間魔法、精神魔法、炎魔法、水魔法など、魔法にはさまざまな系統があるが、その中でもっとも難しいとされるのは時間魔法である。
「これからいく海底神殿も強い魔物がいるんだよね。危険指定区域だし。」
「そう。でも出現する魔物に限ればムムツの谷底の方が強い。……全てが水で満たされているから戦闘はかなり難しいから、結局同じくらいの強さかも。」
「危険指定区域は環境も厄介なこと多いよねー」
このような雑談を続けている間に、フリーマウンテンに差し掛かろうとしていた。
「この下がフリーマウンテンですわね。」
「特に変わってる山ではないと思うけど……いや、変な魔力があるね。」
「あれがクレアが言ってた盗賊。」
「あ、気づかれちゃった。」
観測魔法は対策をすることによって、逆探知をすることが可能だ。腕の立つ盗賊は常に観測魔法対策を行なっているため、リアのことを観測したようだ。
「無視してそのまま飛ぶ。」
「「了解」ですわ」
盗賊はグルンレイドには手を出さないということをメルテはよく知っている。こちらからアクションを起こさなければ盗賊に対する問題は全くないと判断した。
「結構強かったね。私1人で勝てない相手が3人もいた。」
「3人で戦えばなんとかなりそうですが、戦いたくありませんわ……」
「どれほどの戦力なのか、今度フリーマウンテンについてローズの人に聞く。」
「お願いしますわ。」
そのような会話をしながらフリーマウンテンを越えると、視界に王国が見えてくる。
「山賊の被害が多発しているというのに、王国からフリーマウンテンを通ってグルンレイド領へ移動する貴族が後をたたないのはなんで?」
リアがそんな疑問を投げかける。
「わからない……けど、私の予想は王国に盗賊の仲間がいてフリーマウンテンは安全だとそそのかす、とか。」
この予想は的中していて、王国に暗躍する闇の組織がフリーマウンテンの盗賊と契約し、フリーマウンテン経由をそそのかしているのだ。
「ローズになって行動範囲が広がればもっと多くのことを知ることができる。その時に調べる。」
「それもそうだね。」
メイド見習いとは遠征以外で、グルンレイド領より外に出ることを許されていない。しかしローズの称号を受け取ると、その行動範囲の制限はなくなるので世界のどこへでも行くことができる。
「どうする?王国によっていく?」
「いや、特に用事もないから寄らない。」
リアは内心魔道具の市場を見たいなと思っていたが、任務が優先なのでメルテに従う。
「あれ、王国騎士団ではありませんの?」
王国へ帰る途中なのだろうか、鎧を身に纏った軍勢が行進していた。
「ほんとだ、何をしてきたんだろう。戦闘訓練かな?」
「それにしては旗も掲げていて、重厚な装備ですわよ?」
「南から来てるってことは……獣人国に行っていたのかも。わからないけど。」
王国から南へ移動すると獣人国という獣人が多く住んでいる国が存在する。人間と獣人は仲が良いという訳ではなく、お互いがお互いのことを見下しているという状態だ。もし獣人国と王国が接触していたらかなり不可解なことなので、メルテはこのことをカルメラへ伝えようと決めた。
王国を通り過ぎ、さらに東へ移動するとトリエ山脈が見えてくる。この向こう側がカブの港であり、その先は海が広がっている。
「この山脈にギガントボアが出るんだって。」
「ギガントボア、ですの?」
「うん、レイリンちゃんが言ってた。でっかいボアで頭に宝石がついているらしいよ。」
ギガントボアの頭についている宝石は様々な種類があり、クレアたちが入手した高純度翡翠はたまたまだったに過ぎない。
「トリエ山脈に入るよ。」
とメルテがいうが、3人の見える景色は空中なのでそんなに変わることはない。ただリアは周辺の魔物の危険度が少し上がっていることを観測していた。
「この山には整備された道があったはずだよね。」
「そうですわね。そこを通れば比較的安全にこの山を越えられますわ。」
馬車が通れるほどの道を作り、その端に魔物よけの魔道具を並べて安全性を保っている。トリエ山脈の平均危険度がBとやや高めだが、その魔物よけの魔道具はしっかりと追い払うことができていた。
「王国が消費する魚介類は全てカブの港から輸入してくるから、移動時の安全確保は重要。」
「授業で習ったよね。」
グルンレイドでは世界学を学び、王国とグルンレイドの関係、その周囲の街、さらには魔界などの遠い場所の情勢も学習する。
「授業で習っただけで、実際にこちらにきたことはありませんわね。」
「そうなんだよ!私、海見たことないの!」
だからレイリンにあれほど海についての話を聞いていたのかと、アナスタシアは納得する。アナスタシアも小さい頃海についれていってもらった記憶があるが、ほとんど覚えていなかったので少し楽しみではあった。
「あれが山頂。」
「ってことはここを抜ければ……。」
次の瞬間、はるか上空からでも視界の全てを埋め尽くすほどの広大な海が広がる。
「すごい……。」
「美しいですわね。」
メルテは2人の感嘆の声を聞いた。メルテ自身も初めて見る海に感動し、思わず空中に止まってしまう。
「メルテ……?」
リアとアナスタシアも空中にとまり、不思議そうにメルテを見る。
「広いんだね。」
その言葉を聞いて2人は再び海の方を見る。太陽光が反射して目が眩んでしまうほど美しい海は、3人の少女に世界の広さを感じさせていた。
「メルテちゃんの言った通りに、私も早くローズになってもっといろんなことを知りたいかも。」
「私もそう感じましたわ。」
今まで受け身で知識を吸収してきた少女たちが、初めて能動的に知識を得たいと考えた瞬間だった。
「そのためにはもっと強くならなきゃね。」
「頑張りますわ!」
メルテも言葉にはしなかったが2人と同じ考えだった。
「じゃあ、いったんカブの港へ行くから。」
「カブの港で一泊して、明日に海底神殿、でしたわよね。」
「そう。」
3人は空中から急降下ででカブの港まで移動して行った。
ーー
「すごい、独特の香り。」
「これが潮の香りなんだね。」
「嫌いではありませんわ。」
カブの港に近づくにつれて潮の香りが強くなり、初めての匂いに3人は驚く。
「レイリンにおすすめの宿を聞いたんだけど、そこに行ってみない?」
「いいよ。」
リアの言葉にメルテが頷く。カブの港に到着した3人はメルテたちが宿泊した宿、マリネ亭に移動した。
「いらっしゃいませ。」
受付の視界にメイド服を着た子供が目に入り少し驚くが、丁寧に対応していた。以前クレアたちが宿泊した後、彼女たちがグルンレイドのメイドということを知った支配人は、従業員全員に“メイド服を着たお客様はより丁寧に接客をするように“という指示を出していた。
「3人で泊まれる部屋は空いてますか。」
「現在はすべてのグレードの部屋が空いております。」
受付はそう伝えて一枚の紙を3人に見せる。
「ブロンズ、シルバー、ゴールド、スイートの4つのグレードがございます。」
メルテがその紙を見ると、3人部屋のブロンズは金貨3枚、シルバーは金貨9枚、ゴールドは金貨30枚、スイートは金貨90枚と書かれていた。
「レイリンちゃんはスイートだって。」
「えぇ……あの子たちそんな高いところに止まってたの……」
メルテは呆れたような表情を見せる。
「私たちもスイートに泊まりたい!」
「別にブロンズかシルバーでいいでしょ。」
「えー」
「そもそもそんな量の金貨持ってきてないでしょ。」
リアはスイートルームに泊まりたいようだったが、メルテはあまり魅力を感じていないようで、安い部屋を望んでいた。
「大金貨(100万円程度の価値)なら1枚持ってますわよ。」
「なんで持ってるの……」
「外出時はそれくらい持っているのが普通ではなくて?」
「それはアナスタシアだけ……」
アナスタシアは王国のかなり権力のあった貴族の娘だったらしい。どのような理由で没落したのかをアナスタシアは知らないが、もうすでに王国にアナスタシアの家族は存在していない。よって、金銭感覚は平民とはかなりかけ離れていた。
「アナスタシアはどのグレードがいい?」
「私はどこでも大丈夫ですわよ。ですがリアさんがせっかくスイートルームに泊まりたいとおっしゃっているのですから、そこがいいのではありませんの?」
アナスタシアは値段で選択肢を狭めるという発想はないようだった。
「そうだそうだ!」
キッとメルテに睨まれると、リアはサッとアナスタシアの後ろに隠れる。
「はぁ……受付の方、スイートルームでお願いします。」
「か、かしこまりました。」
アナスタシアはカバンから大金貨を取り出すと、テーブルの上に置く。
「メルテちゃん、ありがと!」
「今回だけだから。」
「わかってるって!」
今回はアナスタシアが代わりにすべての代金を支払ったが、後でリアとメルテは金貨30枚をアナスタシアへ支払うようだ。グルンレイドのメイド見習いは毎月大金貨1枚の給与が与えられる。メルテはもしもの時を想定してお金を使わないように意識しているのだが、このような出費は仕方ないとあきらめていた。
「それでは、鍵をどうぞ。」
夜は子供が食事をできる場所がないなどの、いくつかの説明を受けるとリアが鍵を受け取る。受付に頭を下げると、リアはワクワクした様子で部屋へと移動し始め、それについていくように残りの2人が移動した。




