カブの港1
その後クレア、オリビア、レイリンとサラ、ミラは頂上へ道なりに進んでいくが、何ごともなく進むことができていた。
「怖いほど静かだね。」
クレアの観測魔法には山賊は誰1人として引っかかってはいなかった。しかしそのことに対してクレアは安心していない。先ほどあった細身の男レベルの隠蔽魔法を使う存在のみが、クレアたちの近くにいると考えていた。
「オリビアちゃん、レイリンちゃん、下手なことしないでね。死ぬから。」
「了解!」
「わかってる。」
3人は全力で魔法障壁を展開しながら、ゆっくりと歩いていく。
「あ、馬車!」
レイリンが前方を指差すと、立派な道にポツンと一つの馬車が置かれていた。そしてその傍には手足を縛られた1人の男の姿があった。
「お、お父さん!」
サラがそう叫ぶが、返事が返ってくることはなかった。
「死んで……いや、気を失ってるだけ。」
オリビアがそばに駆け寄って、両手足の縄をほどきながら様子を見る。その言葉にサラとミラは安心した表情を見せた。
「これでさっさと王国へ行け、ということかな。」
「そうだと思うよ。でも……肝心の馬がいないんだけど!」
クレアは周囲を見渡しながらそういった。だが、別に馬がいたとしてもそれを乗りこなせるメイドはここにはいないということに気がつく。
「グルンレイドのメイドなら飛んで移動しろ、ということね……。」
馬車を浮遊魔法で浮かせるというのは一般的にはかなり難しいことである。クレアも浮かせることはできるのだが、やはり王国まで移動するとなるとかなりの労力が必要になるので、3人の力を合わせて移動させることにした。
「まず2人でサラのお父さんを馬車に運んで。」
クレアがそう指示を出すと、オリビアとレイリンはサラの父親の頭と足に触れる。すると3人は浮遊を始め、馬車の中へと動いていった。グルンレイドのメイド、ローズともなると触れずに物体を浮遊させることも可能だが、見習いである3人にはまだ難しいことだった。
サラとミラの2人も馬車に入ったことを確認すると、クレアは馬車の上に飛び乗る。
「じゃあ行くよ!オリビアちゃん、レイリンちゃん!用意して!」
クレアは馬車の中にも聞こえるような声でそう叫んだ。これほどまでに無防備な姿を晒していても、クレアたちが攻撃される様子はない。
「せーの!」
ズゥンという音とともに、馬車が浮かび上がる。3人の力を合わせれば、特に辛いと感じることもなく馬車を浮かせることができるようだ。
「このまま王国に向かうよ!」
宙に浮いた馬車は猛スピードで道を走り、山を越えていった。
ーー
「逃がしてよかったんですかい?」
「えぇ、むしろ殺していたら大変なことになりますよ。」
クレアたちが遠くへ行くのを確認するとこのような会話が繰り広げられる。
「グルンレイド領は目と鼻の先、“グルンレイドのメイド“がここで殺されたと知られれば、この山ごと私たちが消えます。」
「ならメイドだけ殺さずに捕まえて、グルンレイド領にでも放り投げればよかったと思いますがね。」
「面倒臭いことに、正義感だけは強かったですからね。彼女たちは。きっとどこに飛ばしたとしても、ここに戻って来ますよ。」
細身の男は面倒くさそうな顔をしながらそう答えた。
「山の反対側の人たちにもこのことは伝えてください。絶対に手を出すな、とね。」
「わかりやした。」
そういうと道の近くにいた山賊たちは、深い森の中に消えていった。
ーー
無事にフリーマウンテンを抜けたクレアたちは、そのまままっすぐ王国に向かって進んでいた。
『ねぇ、王国の方向はどっち?』
『窓から外を見てみて。』
レイリンは馬車の上に座っているクレアに向かって尋ねる。
『あっ、あれか!』
馬車の中にいるレイリンが窓から顔を出すと、遠くの方に王国らしき建物の集合体が見えたようだ。
『案外近いんだね。』
『フリーマウンテンから馬車でまる1日かかるから、一般的には遠いんだけどね。』
2人の会話は魔法によるメッセージが使用されているため、サラたちには聞こえていなかったがオリビアにはしっかりと聞こえていた。
「あ、あの、皆さんは王国に何用でしょうか?もし宜しければ、命を救っていただいたお礼ができればと思うのですが……。」
サラの母親、ミラがそのよう告げる。父親の方はまだ気を失っているようで毛布の上で横になっていた。
「王国には特に要はありません。あなた方を送り届けたらすぐに移動するつもり……だよね?」
「いや、私に聞かれても……。」
レイリンは最初はミラに答えていたのだが、途中から自信を無くしたのかオリビアに質問するように話していた。もちろんこれを決めるのはリーダーであるクレアなので、オリビアもわからないようだ。
『クレアちゃん、ミラ様がお礼をしたいんだって。』
『うーん早くカブの港に行きたいけど、せっかくのお誘いを断るのもね……あ、帰りに寄ろうよ。』
『了解!』
ということでクレアの結論は、早く届けるものを届けて帰りに再び王国へよることに決めたようだ。
「えっと、私たちはすぐに届けなければいけないものがあるので、それを届け終えたら再び王国に寄りたいと思います。」
「その時はぜひ私たちの元へ来てください!それ相応のお礼を……」
「も、もちろんミラ様の元へは伺いますが、直接お礼をもらうわけには…… 。」
レイリンは困ったような表情を浮かべながらそう答える。普通、貴族からメイドに品物を贈る時はメイドを雇っている存在を通す必要がある。この場合はグルンレイドのメイドを雇っているジラルドということになるので、レイリンは他の貴族から勝手にものをもらっていいものかと悩んでいた。
「ねぇ、メイドとして……じゃなくて、友達として……だったら大丈夫ですよね?」
サラがレイリンに向かってそう伝えた。
「確かに、それだったら大丈夫かも……。って、友達!?」
「友達は、嫌でしょうか?」
「全然嫌じゃないよ!でもサラちゃんは仮にも貴族であって……」
「別に関係無いでしょ。」
そう口を挟んだのはオリビアだった。
「立場が違う人たちが友達になれないなんて決まりはないし。」
「確かに……。」
“普通は“友達になんてなることはできない。しかしこれは世界が、貴族が作り出した歪んだ常識。グルンレイドのメイドにとってはもはや考える必要などないものだった。
「こういうことに関してはもっと自由でいいのかもね。おっけー!私たちは友達!」
自分自身に確認するように、レイリンはそういった。その言葉を聞くとミラはレイリンに抱きつく。
「うわぁ!」
「助けてくれて、ありがとうございました。」
レイリンは一瞬驚いたが、その言葉を聞くとサラの頭をそっと撫でた。
「いい匂い……」
サラは抵抗することなく、レイリンの胸に顔をうずまる。柔らかな素材のメイド服からはローズマリーの匂いが広がっていた。
「サラ、あまりメイドさんを困らせては……」
「そっとしておいてあげてください。多分、怖かったんですよ。」
ミラが注意しようとしたが、それをオリビアが止める。
「そう、ですね。あの子もきっと怖い思いをしたのでしょう。」
そこまで気が回らなかったとミラは自分を責めたが、ミラ自身だって怖い思いをしたのだ。オリビアは仕方ないと考える。
「今度は事前に通る道の正確な情報を集め、十分な武装をしてから移動したほうがいいです。」
「あなたのいうとおりね。この人にも伝えておくわ。」
横になっているサラの父親を見ながらそういった。
そんな会話が数回続くと、馬車は王国へと到着した。




