フリーマウンテン8
「あぁ……ひどいね。これは」
「うん、ひどい。」
「だってどれくらい手加減すればいいかわからなかったんだもん!!」
地面にはボロボロになったジンが横たわっていた。レイリンに殴られた脇腹付近の肋骨は全て粉砕され、いくらかは内臓まで突き刺さってしまっているようだ。
「すぐに回復させないと。」
基本的にグルンレイドのメイドは“人を殺す“という行為は推奨されていない。やむをえない場合を除き、敵であっても回復させる必要がある。
「待って。拘束が先でしょ。」
クレアは拘束魔法であるバインドを唱えようとしてやめた。クレア程度のバインドは全力で唱えたとしても、それを破られる可能性はいくらでもある。そう考え、クレアはカバンの中から高純度魔力結晶とグルンレイド製の特殊なペンを取り出す。
「魔石……?」
「いや、高純度の魔石だよ。」
サラの呟きにレイリンが答える。その間にクレアはペンを使って地面に何かを書き始める。
「何、してるの?」
地面に何かを書いている様子は見えているのだが、ペンの先からは何も出てはいないようだった。
「サラちゃん、ちょっとは魔法使えるんでしょ?目を凝らして見てみて。」
サラは目に魔力を集中させると、不思議な模様が浮かび上がる。
「あれは……?」
「魔法陣。あまり見る機会はないと思うけど、魔道具には必ず組み込まれてる身近なものだよ。」
クレアが地面に書いている魔法陣は倒れているジンを囲むように、縦2メートル、横2メートルほどの大きさだった。一般的には手書きで魔法陣を作成することは専門的な知識を有するので、メイド服を着た少女が構築しているこの姿は異常に映るだろう。しかしグルンレイドのメイドにとっては特に驚くことのない、普通のことだった。
「あとはこれをここに置くと……よし、成功!」
魔法陣の形は三角形、その頂点3つに高純度魔力結晶を置くと透明だった魔法陣が淡い紫に光り始めた。この魔法陣は基本的なものだが、使用されているのが“魔力結晶“ではなく“高純度魔力結晶“であるため、仮にクレアがこの魔法陣に拘束されても解除するのに数時間程度はかかるだろう。
「じゃあ回復お願い。」
「ヒール!」
「私も手伝う。ヒール。」
レイリンだけではこれほど複雑に粉砕された体を元に戻すというのは少し難しいようで、オリビアも手伝う。ヒールは重ねることによってその効果は重複される。目立った外傷はなくなり、服についている血を除けば静かに寝ているようにすら思えるほどになった。
「クレアちゃん魔法陣構築するの上手いよね。」
「あー、私こういうの好きなのかも。」
レイリンやアナスタシアはパワー系なのに対し、クレアやメルテは緻密な魔法操作が得意なようだ。魔法陣は正確であればあるほど効果は上がる。しかしクレアは“効果が上がる“から魔法構築の練習を行なっているわけではなかった。その理由はクレアが完璧な魔法陣からしか見ることができない“圧倒的な美しさ“に魅了されたからだ。
「次は……小屋にいた2人だね。この人の見張り1人、残り2人でサラちゃんを連れてあのこやにって感じ。」
「私見張りする!」
「おっけー、じゃあサラちゃん、オリビアちゃん、小屋にいこ。」
レイリンが魔法陣の側の地面にどかっと座ると、ジンのことをじっと眺める。魔法障壁が展開されているのでレイリンのお尻が汚れることはないが、貴族だった頃は絶対しないんだろうなとクレアは考えた。
「万が一何かあったらすぐに逃げてね。」
「了解。」
クレアはそう伝えると、オリビアとサラと共に先ほどの小屋の方へと移動した。
「確かこの部屋だったけど……あ、いた。」
クレアが部屋に入ると、倒れている山賊2人が消えていた。しかし奥に縛られている人はそのままのようだ。
「お母さん!」
サラは走り出すとその縛られている女性に抱きつく。
「サラ!無事だったのね……。」
サラの母親も涙を流して抱きしめていた。
「あれ?もう1人は?」
クレアが周囲を見渡しながらそう呟く。
「っ……夫は連れて行かれてしまいました。」
「なんで貴方は連れて行かれな……いや、その前に自己紹介しましょうか。」
クレアは背筋を伸ばし、サラの母親の方を向く。するとそれにオリビアが続く。
「私はグルンレイドのメイド、クレアと申します。」
「同じくグルンレイドのメイド、レイリンと申します。」
左足を半歩ひき、スカートの裾を摘みゆっくりと頭を下げる。その間に一定のスピードで周囲に魔力を放出し、移動させる。魔法が使えるものからすれば、かなり美しい光景が広がっていることだろう。
「綺麗……っ、私はサラの母親、ミラ・スタンフォードです。この度は誠にありがとうございました。この子が無事なのも、貴方たちのおかげなのでしょう?」
「えっと……まあ、そうですね。おそらくサラちゃんがそのままだったら生き延びるのは難しかったでしょう。」
クレアはそのように答えながら、ミラの鎖を魔法によって破壊する。
「それでは先ほどの質問です。なぜ貴方は連れて行かれなかったのでしょうか?」
「それがわからないんです。ここに見張りもなしで私1人を置いていったというのもおかしいですよね……。」
「確かに、この小屋が襲撃されたのに見張りもなしにサラちゃんのお母さんを放置……。」
『ここに転がっている2人も手当もなしに放置……そして見張りもいない……そんなことある?まさか……!?』
「オリビアちゃん!魔法障壁を展開して!」
「何、どうしたのクレア。」
「早く!」
クレアが4人を包み込むように魔法障壁を展開した直後に、この状況に似つかわしくない拍手の音が響き渡った。
「お見事、その通り。」
そんな声と共に、入り口のそばから人が現れた。
「っ!」
オリビアが剣を構えるが、
「おっと、下手なことはしない方がいいと思いますよ。」
「オリビアちゃん、剣を下げて。」
クレアに止められ、剣を鞘にしまう。
「茶髪のあなた、なかなか鋭いですね。」
山賊というには細身で、武器は何も持っていない男が話し始める。
「ジンを倒したのは貴方たちですね?」
「えぇ、そうです。」
「さすが“グルンレイドのメイド“。ですが、その様子だとまだ見習いのようですね。」
クレアはこの男の姿が見えた瞬間に、自分では手も足も出ないということを判断した。もしかしたらクレアとオリビアの2人だけであれば逃げることはできたかもしれないが、今はサラとミラがいる。おいて逃げることはできないと考える。
「ですが困りました……。ジンをやった相手がよもやグルンレイドのメイドとは。迂闊に手を出せませんね。」
すると細身の男はクレアたちに背を向ける。
「今回は見逃してあげましょう。グルンレイドのメイドたち、このままさっさと山を通り抜けなさい。貴方たちが探している男はみちの真ん中に捨てておきますので。」
最後にちらっとミラの方を見る。
「あなた、運がいいですね。」
そう言い残すと、細身の男の姿と気配は消えた。
「何……あれ……。」
オリビアが剣の鞘を強く握りながらそう呟く。
「私もわかんないけど、強いね。」
「この空間は、あいつに支配されてた。あいつの一言で運命が変わってた……。」
オリビアはそのことが悔しいようで、深くため息をもらす。
「オリビアちゃん、すぐにレイリンちゃんを呼んできて。私たちは先に進んでるから。」
「了解。」
フリーマウンテンに蔓延っている山賊のレベルの高さに、クレアは驚きを隠せずにいた。クレアたちを始末しようとすればできたはずだが、それを止まらせたのは“グルンレイドのメイド“という名前のおかげだった。
「さ、奴らが再び襲ってくるかもわかりません。早くここを離れましょう。」
クレアはそういうと2人を小屋の外まで誘導する。本来であれば山賊に見つからないように道を外れた森の中を移動する方がいいのだが、クレアたちはそれを許されてはいない。細身の男が言った通りに道なりをあるかなければ何がおこるかわからない。またサラの父親も道の上にいる可能性が高いのだ。




