見習いメイド2
私は貴族出身だ。正確には"出身だった"。当時幼かった私は、何が原因で誰が悪いのかを判断するほどの知識はなかったが、ただ、あなたの父親が悪いことをしたという情報だけは認知していた気がする。
そして訳も分からぬまま見知らぬ人たちに連れていかれ、ガラス張りの部屋に入れられた。その時私はただ泣くことしかできなかった。そして時間がたち、涙が枯れると私は考えることをやめた。いまだに誰のせいなのか、また本当に自分の父親のせいなのか、私には知るよしもない。
一体どれほどの時間が経っただろうか、透明なガラス越しに見知らぬ顔が私を見た。服装からして貴族であることは間違いない。
「連れてまいりました。」
無機質な部屋から連れ出され、貴族の前に立たされる。私のほかにも二人の奴隷が連れてこられていた。
「金髪の貴族奴隷。名前はあるか。」
痩せているとはいえない体型に、鋭い目つき。幾人もの命を呼吸をするように奪うような、そんな印象を受けた。私は震えそうになる声を抑えて答える。
「……アナスタシア」
言葉を発したのもいつぶりだろうか。久しぶりに人と『会話』した。些細なことだが、そんなことで私の血流の速度が上がるのを感じる。あ……私って生きてたんだ。
「アナスタシアか。」
「はい。」
正直私がどう扱われようが、もうどうでもいい。私はもうすべてをあきらめてしまったのだ。
馬車に入れられ、私はどこかへ連れられて行った。
—
「服を脱げ。」
次に主人からそのような言葉が発せられた。若い女の奴隷の用途は一つしかないだろう。もう私にはどうすることもできない。素直に従うしかないのだ。
「……はい、かしこまりました。」
丁寧に服を脱いでいく。といっても奴隷商で支給される服なんて、布切れのようなものであるので、そこまで時間がかかるものではない。
「脱ぎましたわ。」
ご主人様は脱いだ服と私の体を順にみる。私を品定めしているような視線が怖い。
「アナスタシア、おまえの年を教えろ。」
「十四になりますわ。」
震えた声で答える。私の初体験がここになるのが今でも信じられない。私の頭の中は恐怖の感情でおおわれる。
「後ろを向け。」
指示に従い、後ろを向く。すると髪を触られた。
「んっ……。」
ビクッ、と体が反応してしまう。
「このままついてこい。」
次にやることは一つ。きっとベッドに連れていかれるのだろう。
しかし、私の想像とは遠く離れた場所に連れてこられた。地面は石で出来きていて、壁は木の板で作られている。広い空間だ。見慣れない景色に戸惑っていると、急に爪を切られ、さらにお湯を掛けられる。……これから拷問が始まるのだろうか?
「ヒートボール」
ご主人様の声が聞こえた。ヒートボールとは攻撃魔法の一つである。あぁ、やっぱり拷問なのだろう。……しかしいつまでたっても火の玉が飛んでくることはなかった。逆に暖かな空間が私を包んでいく。
「……すごい。」
拷問ではなかった安心感と、魔法技術の高さに驚き、つい声が漏れてしまった。私は貴族出身であるため、ある程度の魔法の知識はある。なので、ヒートボールの温度や大きさを調節することは、驚くべきことであるということが分かる。
「息を止めろ。」
いわれたとおりに止める。すると私の体が温かなお湯でおおわれ、ぬるぬるしたものが全身を駆け巡る。お湯が地面に落ちると、暖かな風が吹き始めた。
「とりあえず休め。」
そういうとご主人様はどこかへ行ってしまった。この屋敷のメイドであろう方たちが、私を部屋へと連れていく。
いまだに何が起こったかを理解できない。
体を洗っただけ?では何のために私の買ったのだろう……まさか本当にこれ?私は近くに置かれているメイド服を見ながらそう考える。
奴隷がメイドなんてありえるのだろうか……疑問だけが残った。