新たな見習いメイド6
「こ、こんばんは……」
リリィの声に反応するものは誰1人としていなかった。
「あの、名前を聞いてもいいですか?」
リリィは2人の新しく加わる仲間に向かってそう声をかけるが、やはり返事はない。
『恐怖、戸惑い、不安……まあ無理もないか。こんなところに奴隷として連れてこられて安心できるはずがない。』
視線の動きや手の震えからそのように分析する。リリィはローズの中でもかなり弱い、というか一番弱いと自負しているのだが、この程度の観察は朝飯前だ。そして本人は気づいていないようだが、リリィは“相手に敵意を与えない“ことに長けていた。
「それじゃあ待ちますので、話せるようになったら話してください。あ、そこに座っていいですよ。」
リリィの発言が想像と違ったのか、青髪の奴隷がちらっと顔を上げた。すぐには動かなかったが数秒後、部屋にある椅子に腰掛けた。その様子をもう1人のオレンジ髪の奴隷が見る。
「紅茶は……リラックスできるこれにしよう。」
そう呟くと棚の中から茶葉を取り出し、紅茶をいれ始める。
「私は……オリビア……。」
紅茶がテーブルに置かれる前に、ポツリと青髪の奴隷がつぶやいた。
「あ、ありがとうございます……緊張がほぐれました?」
「……あなたからは敵意を感じない。」
「他のメイドたちも敵意はなかったはずですよ。」
「……敵意も、優しさも、何もかもが感じられなかったから……。」
「あー、強力な魔法障壁のせいですね。あれは攻撃の他に外部からの観測も防ぎますから。」
リリィの常時展開している魔法障壁の強度は他のローズに比べて10分の1程度の強度しかない。もちろん意識すれば同じくらいの魔法障壁を展開できるが、リリィの実力では“無理なく展開できる強度“はこれがちょうどいいようだ。よって感覚の鋭いオリビアには、その本心が見えたのだろう。
「ま、ゆっくり飲んでください。」
紅茶がいれ終わると、一つはテーブルの上に、もう一つは地面に置こうとして……やめる。
「て、テーブルに、移動します。」
地面に座り込んでいたオレンジ髪の奴隷が、2人のやりとりを見て安心したのか声を発した。リリィは二つの紅茶をテーブルに置くと自分も椅子に座る。
「やっぱり不安ですよね?私がここにきた時は……まあ少し特殊な感じでしたので参考にはなりませんが、やはり不安はありました。質問があれば答えますので気軽にどうぞ。」
オリビアは質問をする前に、紅茶のカップにふれ温かさを感じると、少し口に含んだ。
「……美味しい。」
とても小さな声だったが、しんと静まり返ったこの空間では全員がそこの声を聞いた。その様子を見たオレンジ髪の奴隷が、真似をして口に含む。2人とも貴族だったということもあり、その所作は完璧なものだった。
「あの……レイリン……って言います。」
「オリビアに、レイリン、ね。オッケーです。」
リリィは名前を言ったレイリンに驚きもせずに、至って普通に紅茶を飲む。
「質問、いいですか。」
「はい。」
「私たちは、これからどうなるんですか?」
オリビアが不安げな表情でリリィにそう質問する。
「メイドとして働いてもらいます。」
「奴隷、ですよ。私は……私たちは。」
「知ってます。ですが、一般的な常識をグルンレイドの常識と同じにするのはやめた方がいいです。」
リリィは2人の顔を見ると、続けて話し始める。
「ここでは辛く厳しい訓練が待ち受けていることでしょう。ただ、その厳しい訓練によって得られた力が今後のあなたたちの人生を大きく変えます。……そんな顔しないでください。大丈夫ですよ、2人の持っているその才能があれば。」
「メイドなのに……訓練?」
納得がいっていないオリビアをよそに、レイリンが声を上げる。
「リリィさんとは、また会えますか。」
「えぇ、毎日会えると思いますよ。」
「よかった……」
レイリンは安堵の声をもらす。この状況でのレイリンの心の支えはリリィ1人だ。できれば近くにいたいと考えるのは当たり前のことだろう。
「じゃ、ご飯を食べてお風呂に入ってゆっくりしましょうか。オリビアもその時に色々話しますから。」
「お風呂……?」
またもや混乱させてしまったようだが、リリィは2人についてくるようにいうとゆっくりとこの部屋を出ていった。




