新たな見習いメイド1
見習いたち3人がムムツの谷底へ向かっている時、グルンレイド領では新たなメイドが増えようとしていた。
「ご主人様、マーティン卿主催の展覧パーティの招待状が届いております。どういたしますか?」
メイド長であるイザベラが、グルンレイド領の領主、ジラルドに向かってそう告げる。展覧パーティというのは、言うなれば集めた奴隷を紹介し貴族たちに売ることを目的とした、世間的には認められていない催しだ。しかし貴族の世界ではたびたび見かけることがある。
「そういえば以前から聞いていたな。マーティン卿か……ふむ、無視するわけにはいかん。行くと伝えろ。」
「かしこまりました。」
マーティン家は王国三大貴族の一つであり、とてつもない影響力を持っている。そんな貴族から直々に招待状を受け取る“辺境伯“というのは、それだけで異常なのだが、ジラルドは萎縮するどころか送ってこなければ行く必要などないとまで考えていた。
「食事会ということですが、護衛はマナーとして必要になります。いかがいたしましょう。」
ジラルドはイザベラが1人いれば、戦闘も給仕も全てが事足りると考えているため、基本的にどこへ移動することになってもイザベラだけを連れて行くことが多い。しかし、このような格式のあるパーティの場合『給仕』と『護衛』の2人が最低限必要になってくる。
「イザベラ、お前に任せる。」
「かしこまりました。」
給仕というのは基本的に身の回りの世話をするもののことを指し、メイド服を着ているものも珍しくはない。しかし護衛ともなると、頑丈そうな鎧を着ていたり、兜をかぶっていたりしていることが多い。だからどうしてもメイド服を着て、かつ帯刀している護衛がそばにいるとかなり目立ってしまう。ただ、そんなことを馬鹿にするような貴族は誰1人としていない。
『見栄え的にヴァイオレットが適任ですが、彼女はその日に仕事が入っていたはず……。今回はステラにしましょうか。』
いつもであればマリーローズであるヴァイオレットが護衛の任についているのだが、今回はローズであるステラを選択したようだ。ステラはローズの中でも戦闘能力という点において、最も優れているメイドだ。もちろんローズのリーダー的存在であるカルメラも強いのだが、戦闘に関してはそれ以上の実力を持っている。
「移動方法は馬車を手配します。」
「ふむ。」
ジラルドは内心面倒臭いと感じていた。移動であれば時空間魔法を使用すれば一瞬で到着するというのに、なぜ時間のかかる馬車を選択するのかというと、見栄えが重要だからだ。立派な馬車に乗ることで自身の財力を誇示する意図があったようなのだが、今となっては“金を持っているものはそれ相応の馬車を用意する“というようにマナーの一部になってしまっていた。
「マーティン領は確か……ここから馬車で半日ほどだったな。」
「その通りです。」
「イザベラ、やはり私は馬車での移動は面倒臭いと感じる。何かいい案はないのか。」
「見栄えというものは大事ですから豪華な馬車は必須です。ですが確かに移動の時間は無駄ですね……。」
イザベラは主人の望みを叶えるために頭をフル回転させる。そして一つの結論に辿り着いた。
「結局は“マーティン領に豪華な馬車で入る“ことができればいいのです。ですからマーティン領近辺の森までは時空間魔法で移動しても問題ないかと。」
「ほう、それは素晴らしい。」
仮にそのような移動方法を取るとしたら、かかる時間は24分の1まで軽減されることだろう。ジラルドは馬車に長時間乗らなくて済むということで、すぐにこの案に決めた。
「……展覧パーティの件の報告は以上です。」
その他、細かいところを説明してイザベラの話は終わった。
「ふむ。後は任せた。」
「かしこまりました。」
“後は任せた“という言葉が出たということはジラルドは特に質問がないということを意味している。長年そばにいたイザベラには聞き慣れた言葉だった。
「それでは失礼いたします。」
そう言ってジラルドの部屋を出る。基本的にグルンレイドのメイドであっても、ジラルドと接する時は“謁見の間“という場所で会話を行うのだが、イザベラに限ってはそのような決まりはない。好きな時にジラルドの自室に出入りすることが可能だ。
『明日の護衛の件、ステラにも伝えなければいけませんね。』
直前になってしまい申し訳ないと思いながらも、イザベラは長い廊下を歩いて行った。
ーー
「ご主人様、準備ができました。」
正午、太陽が真上を通過しようとしている時、イザベラはジラルドに向かってそう告げた。パーティ自体は午後からなのだが、多くの貴族は早めに集まり挨拶などを済ませてしまう場合が多い。
「ふむ、行くか。」
そういうとジラルドは椅子から立ち上がり、自室から出た。ジラルドの部屋から直接時空間魔法を使用することは、短い距離ならまだしもマーティン家近辺の森程遠い場所となれば、イザベラであっても困難なことだった。理由はいくつかあるが、その1つは超高純度瘴気結晶のせいだろう。ジラルドの部屋全域に満たされている超高密度の瘴気を押し切って時空間魔法を唱えられるほどの魔力密度は生半可なものではない。
「それでは移動します。」
イザベラがそう呟くと、周囲の魔力密度が急激に上昇する。
「ヨグ・ソトース」
そう唱えると目の前の空間が歪み、穴が空いた。2人はゆっくりとその時空の穴に入っていくと、次の瞬間、周囲の景色が変わった。
「ふむ、いいところだ。」
周囲には美しい川が流れ、至る所に緑が広がっていた。すぐ後ろは深い森であり、ここは人工的に作られた“休憩所“のようなところだということがわかる。そして用意されていた馬車のそばに、短く切り揃えられた青色の髪が特徴的なメイドが立っていた。
「ステラか。」
声を出して返事をすることはなく、その代わりにグルンレイドで教えられる礼をする。返事をしない、ということを注意をされるのが普通なのだが、長年ステラのことを見ているメイド長は“そういう性格“というように納得していた。
「こちらへどうぞ。」
イザベラが馬車へと誘導するが、ジラルドはその場にとどまる。
「少し、この景色を見たい。」
「かしこまりました。」
それに反対するものなど、ここには誰1人として存在しない。イザベラは即座に時空間魔法を使用し、グルンレイドの屋敷から立派な椅子をひとつ持ってくると、ご主人様のそばに置いた。
「見習いの様子はどうだ。」
ジラルドは椅子に座ると、そのような言葉を発する。
「異常な速度で成長しております。ご主人様の目に間違いはなかったようです。」
ジラルドはただ適当に購入する奴隷を選んでいるのではない。潜在的な魔力量と素質、そのほかの内面的な要素を瞬時に読み取り、才能のあるものだけを購入していた。
「ならばよい。」
そして沈黙が訪れるが、心地のいい風と川のせせらぎ、そして鳥の声が至る所に充満し、退屈することはなかった。
「今回も購入されるおつもりですか?」
「才能のある奴がいればな。」
イザベラは再び時空間魔法を使用し、ティーカップを取り出そうとするとジラルドが立ち上がった。
「行くぞ。」
「かしこまりました。」
ティーカップを取り出すことをやめ、馬車へと移動を始めた。いつもヴァイオレットが行なっている御者を今回はステラが行うようだ。御者が座る場所へと移動していた。
「ご主人様、メイド長、出発します。」
2人が座ったことを確認すると、ステラはそう声を発して馬を走らせ始めた。




