ムムツの谷底8
「あれ?なんかみんな帰っていくよ?今日はもう終わり、とかあるのかな?」
「本当ですわね。何はともあれよかったですわ。」
広い平野の上空を飛んでいると、徐々にお互いが自領へ退散していくのをメイドたちは見ていた。戦争について本で読んだことがあるだけの3人は、少しおかしいと思いながらも“戦争とは区切りのいいところで一時撤退するものなのだろう“という結論を出した。
「でもまた戦い始めるのかな。」
「それは……いやですわね。」
平野を抜けると再び森へ突入した。
「もうすぐムムツの谷に到着するから。それと、ここは共和国との国境付近だから不要な行動は避けること。」
普通であれば他国からは“王国に属しているグルンレイド領“という判断をされ、もしメイドが国交問題を起こしてしまった場合は王国が文句を言われるのが普通だ。しかし、グルンレイド領に限ってはそうではない。王国ではなく、直接グルンレイド領に文書が届く。
「了解ー。でも、多分人なんていないと思うよ。」
「まあ、そうね。」
ムムツの谷周辺に出現する魔物の平均危険度はB。腕の立つ冒険者でなければ生きていけないだろう。しかも、この森にあるものといえばムムツの谷くらいだ。“カタストロフの心臓“でもとりに行こうとしない限りは近づくことすらないはずだ。
「あ、湖みっけ!行く?」
リアが少し遠くに見えた湖を指差し、そのように言った。野宿をする上では、川や湖などの水源の近くだとより楽に過ごすことができる。ということで3人はその湖に向かって飛んで行った。
「結構広い湖ですわね。」
芝生の上に降り立った3人は湖を見渡す。空は快晴、心地よい風が肌をなでているようだった。
「じゃあ今日はここに泊まるから。」
そういうとメルテは荷物を下ろし、芝生の上に座った。グルンレイドのメイドにとって、寝袋や毛布といった就寝のための道具は特に必要ない。寝るときは体に魔法障壁を展開し、そのまま地面に横になるからだ。極端なものでなければ外気温の影響を受けず、攻撃を受けても即死することはない。
「じゃあ私は冒険に行ってくる!」
「枯れ木や落ち葉を集めてきますわ。」
リアは周辺の探索、アナスタシアは火種になりそうなものを集めにいった。メルテは遠くなっていくその様子をぼうっと見つめ、見えなくなるとメイド服に砂がつくのをお構いなしに仰向けになり空を見上げた。地面に魔法障壁を展開すれば汚れることはないが、メルテはこの草の感触を味わいたかった。
「追加の食料……いや、もうちょっとしたらでいいや。」
数日分の食料をすでにリュックに詰めてきているので、食料確保の心配はないのだが、やはりこの大自然で採取できるものというのはグルンレイドの保存食とはまた違った美味しさがある。しかしメルテはこの心地よさがら離れることができず、そのまま目をつむった。
—
「お、起きた。」
メルテが目を開けると、太陽は半分ほど遠くの山に隠れ、空は真っ赤に染まっていた。
「メルテさん、確かにこの森の平均危険度はB程度とはいえ、少々危険でしてよ?」
確かに魔法障壁の展開を無しに、この森で眠るというのは危険だったかもしれないとメルテは反省した。平均危険度Bの場所で出る魔物の多くは、やはり危険度B程度のものが多いが、AやA+などの強い個体がいないというわけではない。
「お腹すいたー」
いつも夕食を食べている時間よりは少々早いが、日が落ちる前に調理を済ませてしまいたいというのはあった。メルテはカバンから調理器具と食料を取り出し、準備を始めた。
「火を起こしますわ。」
アナスタシアが集めてきた落ち葉や枯れ木を積み上げて、そこに魔法を使用して火をつける。ただ、外で火をつけると魔物が寄ってくる場合がある。ここはかなり開けた場所なので魔物などはすぐに発見できるが、逆を言うと魔物からもこちらをすぐ発見できてしまう。しかしメルテたちほどの、一対一で魔物を殲滅できる力があれば、魔物に見つかりやすくとも奇襲を受ける確率の少ない開けた場所の方がいいというのが一般的だ。
「今日のご飯はー魚!」
リアがメルテのバックをガサゴソといじって、中から布の袋を取り出した。さらにその袋に手を入れると、調理済みの魚の切り身を取り出す。布の袋に直接入れると言うのは不衛生だったり、すぐに傷んだりすると思うかもしれないが、魚の切り身の周りには魔法障壁が展開されている。そこで外気から完全に遮断することで、食べ物の劣化を防ぐことができるのだ。
「後は魔法障壁を解除するだけですわね。」
アナスタシアもメルテのカバンからパンを取り出した。そして、
「バニッシュルーム!」
魔力拡散結界を展開し、魔法障壁を解除する。
「熱も保存されるというのがいいですわね。」
魔法障壁を解除したパンは焼き立てそのもの。外はカリッと、中はふわっとしたグルンレイド製の完璧なパンが現れた。リアとアナスタシアは次々と解除し、持ってきた皿に盛り付けを始めた。
「さっき探検した時に見つけたカシの実もつけておくね。」
今回は持ってきていなかったデザートもついた、そこら辺の街の飲食店よりもかなり立派な食事が出来上がった。キャンプで実現できるクオリティではなく、他の人が見たら驚くことは間違いない。
「どうぞ、メルテさん。」
「ありがとう。」
食事の準備が終わる頃には日はすでに沈んでしまい、所々に星が見え始めていた。しかし真っ暗という訳ではなく、星あかりが辺りを照らし、美しい湖が面前に広がる。3人はそれを眺めながら、美味しいご飯を食べ始めた。




