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極悪辺境伯の華麗なるメイドRe^2  作者: かしわしろ
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ムムツの谷底7

「もうそろそろ平野を抜けるよ。」

運よく地上の魔物からちょっかいを出されることはなかったようだ。3人のスピードに追いつけるほどの魔物はこの森にはいなかった……と言いたいところだが、実は結構いた。しかしそんな魔物たちは頭が良く、瞬時に彼女たちの力を判断して彼女たちを避けるように移動していたのだ。


「……ん?ちょっとおかしいかも。」

「どうしたのリア……本当だ。」

リアとメルテが飛ぶことをやめ、木の枝に着地するとそれを見てアナスタシアも止まった。


「みなさん、どうしましたの……あっ、本当ですわ。」

3人はこの森を抜けた先の平野に、違和感を観測していたのだ。具体的にはわからないが、大量の“生物“の存在だった。


「魔物の群れ……でしょうか?」

「だったら大問題だよ?この数。」

「そうだね。数千……いや、数万!?」

木の上に止まったまま、3人はどうするか悩んでいた。迂回して移動することも可能だが、このままでは周辺の街や村に多大な被害が及ぶかも知れないので、放っておくわけにもいかない。


「見ないと判断できない。行こう。」

アナスタシアとリアが頷き、平野へと進んでいった。


「あぁ……そういうことね。」

「そういうことですか。」

「……。」

面前に広がった景色は、大量の魔物……ではなく、人間だった。


「こういうの私、嫌いですわ。」

「利益のためだから、仕方ないんじゃない?」

戦争。グルンレイド領内では一切起きない出来事なので、3人は遠い存在だと思っていたのだが、現実問題至る所で発生している。


「共和国と王国……というわけではない?あれは……周辺貴族同士の争いみたい。」

メルテは掲げられている旗を見てそう判断した。


「どうしますの?やめさせますの?」

「どうもしなくていいでしょ。私に攻撃をしてこないのであれば、私たちの目的を達成させるべきだと思うけど。」

二人の視線がメルテに向けられた。正義感の強いアナスタシアは戦争を止めたいようだし、現実主義のリアは自分達の任務を最優先する。それをメルテは判断しなければならない。


「アナスタシア、ごめん。今回は任務が優先。」

「メルテさんがいうのであれば……分かりましたわ。」

方針が決まると、メルテは木から飛び立つ。それに続いて二人も飛び立った。


ーー


「引くな!戦え!」

アルジャー領とヴェンデ領との戦争、その最前線で指揮をとるルークはもうすでに満身創痍だった。いつもの小競り合いがこれほど大きな戦いに発展したのも、お互いの領主が王都から自分の領地へと帰ってきてしまったからだろう。


「……これでは、意地の張り合いだ。」

ルークはその呟きが他の兵士に聞こえなかったことに安堵する。王都から離れたこんな辺境の地で何を争っているのだと、そう叫んでしまうのを堪えて指示を出していく。


「ルーク様、我が軍、第4魔法士部隊が全滅してしまいました!」

「くっ……」

残酷な話だが、一般の兵士と魔法士一人の命を比べた場合、魔法士の方が圧倒的に重い。時には数人の魔法士を逃すために、数百の一般兵が犠牲になることもあるのだ。


「戦況は!」

「なんとか拮抗しております。しかし持久戦に持ち込まれると……。」

アルジャー領は作物が育ちにくい土地であり、食べ物のほとんどは他領から分けてもらっている状態だった。しかし、その反面優れた武器や防具を作る技術はここ周辺の領地の中ではもっとも優れていた。


「やはり食糧か……」

食事をするということは生きるということ。それが粗末であればあるほど、生きる気力も無くなってくる。


「しかし武器の性能は我々の方が上です。このまま攻めましょう!」

「……それしかないな。進め!」

ルークの指示は観測部隊を通じて全兵士へと伝わり、アルジャー兵たちの進軍が開始された。


ーー


「アルジャー兵が進軍を開始しました。強行突破してきます!」

同時刻、ヴェンデ兵の指揮を取るブレイトンはそんな報告を耳にして舌打ちをする。


「このまま持久戦に持ち込みたかったところだが、あちらにもいい指揮官がいるようだな。」

幾度となく小競り合いをしてきたが、ヴェンデ兵が攻めきれない要因としてはあちら側の優れた武器と、そして優れた指揮官がいたからだろうとブレイトンは考える。


「防衛線をはれ。なんとしても防ぎきるのだ!」

攻撃こそ最大の防御、こちらは守るだけでいいというような甘い考えは持っていない。こちらも全力で対抗しようと士気を高める。


こうして、この戦場はさらに激化していくと誰もが思っていた矢先……


「お、おい、あれは……なんだ!」

「ちっ、魔法攻撃か……いや、違う?」

戦線をなぞるように、はるか上空を彗星の如く通り過ぎていく謎の光が見えた。


「観測部隊!」

「……か、確認しました!」

「なんだ!なんの魔法だ!」

ブレイトンは敵の放った魔法攻撃だと思っていた。それを分析し、正しい魔法防御を行う予定だったのだが……。


「め、メイドです!」

「……は?」

「メイド服を着た少女たちが飛んでいます……」

一瞬頭の中が真っ白になったが、ブレイトンの判断は早かった。


「全軍撤退……」

「な、なぜです!?」

「いいから撤退だと聞こえなかったのか!」

ヴェンデ領の観測部隊の隊長は今までにないブレイトンの動揺に、緊急事態だということを瞬時に察知、素早く全ての兵への伝達を行った。


「私たちもすぐにここを離れるぞ!」

「分かりました!……がしかし、一体何が起こったのです?あの白い光と何か関係が!?」

「あれはグルンレイドのメイドだ!お前たちは知らないのだ……あのメイドの恐ろしさを!」

ブレイトンは敵の領主が“グルンレイドのメイド“を雇ったのだと考えていた。多くの兵は『たかがメイド数人が戦場へ送り込まれたところで何の変化もない』と考えるが、実際にたかがメイド数人、ではなくたった一人のメイドが送り込まれた戦場にいたことのあるブレイトンは違った。


その惨劇を目の当たりにしたのだ。瞬きをした瞬間に敵の兵が半分地面に倒れ、もう一度した瞬間に敵の陣地に立っているものなど誰もいなくなっていた。味方として雇われてくれたからよかったものの、あの恐怖はまだブレイトンの脳裏に焼き付いている。


「後で私が極刑になったとしてもいい。数千の兵たちの命の方が大切だ。」

いまだに信じられない観測部隊も、ブレイトンのその表情の前には何も言い返すことはできなかった。


ーー


「ヴェンデ兵が退散していきます!今のうちに進軍を……」

「待て!観測部隊、さっきの光は……。」

ルークは多少だが魔法が使える。よってあの光がただの光ではないということを肌で感じていた。


「攻撃魔法ではないようです……人!?人です!人が飛んでいます!」

「あれほどのエネルギー……ヴェンデの主力部隊、ということか!?」

もしそうであればこちらが早期決着をすることは難しいと考えるが、ヴェンデ兵は撤退している。こちらには数千の兵がいるのだ、どれだけ強い魔法士だろうと敵がたった数人であれば何の問題もない、と考えていた。


「ルーク様、空を飛んでいる存在がどれほどの強さか知りませんが、奴らはあの魔法士たちを過信しすぎています!今のうちに攻めましょう!」

「そうだな……それがい……」

「ルーク様!」

追撃の指令を出そうとした時に、また別の兵によって遮られた。


「メイドです!」

「メイド……?」

「飛んでいる魔法士は、メイドの格好をしています!」

ルークは困惑していた。なぜこんな戦場に、というか魔法を使い空を飛んでいる存在が、メイド服なんてものを着ているのか理解できなかったのだ。


「まさか……グルンレイドの、メイド……!?」

「あの存在を知っているのか!」

兵の一人がつぶやいたその言葉を、ルークは耳にしたことがあった。王国でないで有名な“良質なメイド“らしい。しかし所詮メイド、給仕がうまいとか掃除がうまいとか、その程度のことなのだろうと認識していた。


「皆が私を馬鹿にしますが、私はこの目で見たのです!たった一人のメイドが、王都の軍勢を退けたところを!」

その訴えは必至そのものだった。確かにこれを酒場で聞いたとしたら鼻で笑っていたところだが、あの魔力密度、そして何よりこの兵士の真剣な表情がルークの考えを変えた。


「お待ちくださいルーク様!今が絶好のチャンス、ですが、この者の言い分を聞くというのですか!?」

他の兵たちの言い分はもっともだった。所詮メイド数人、この数千人の兵を前になぜこちら側がひかねばならぬのか、それを理解せよという方が難しい。


「ルーク様!領主様より伝令です!」

「何だ!」

「“撤退せよ“とのことです。」

観測部隊の一人がそのような言葉を発した。


「それは……本当か!?」

「直接メッセージを飛ばします。」

するとルークの頭の中に聞き間違えるはずのない、アルジャー領の領主の声が響いた。


『ルーク!今すぐ撤退だ!ヴェンデ兵のことなど考えるな!背を向けて、一目散に逃げよ!』

今までに聞いたことがないほど切羽詰まった声だった。やはりあの白い光をまとった存在は只者ではなかったのだ。そして今起きていることも只事ではないと判断し、ルークはすぐに命令を下した。


「全軍につぐ!いますぐに撤退せよ!」

観測部隊を伝って全軍に指示が伝わると、逃げ惑うヴェンデ兵への追撃をやめすぐに撤退を始めた。


『あれは、あの存在は何なのですか!』

ルークはまだ繋がったままの領主にそう尋ねる。


『あれはグルンレイドのメイド……メイドの皮を被った悪魔だ。』


『どれだけこちらが有利な戦場でも、あのメイドが現れた方が勝つ。その力を王都で嫌というほど見てきた。』


『まあ、莫大な金を積んで雇った方は、メイドの皮を被った天使……というやつもいるがな。私は悪魔にしか見えんかったよ。』

ルークは何の言葉も返せずに、空を飛んでいる白い光を見つめる。そんな規格外の存在が“王国騎士団長“と“王国魔法士団長“意外にいるとは思えなかった。それがメイドの姿をしていればなおのことだ。


結果的にグルンレイドのメイドが戦線を“通過“するだけで、戦争は終わりを告げた。そして、お互いが“相手はグルンレイドのメイドを雇っている“という勘違いを起こし、今後その両領の間で戦争が起こることはなかったという。


戦争に駆り出された兵とその家族は、この領地で起こる戦争に終止符をうったメイドたちのことを“天使“と呼び、崇めたようだった。


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