ムムツの谷底5
リアが満足するくらいに魔道具店をみた後、3人はミド・レセアで有名な飲食店の一つに足を踏み入れた。
「ここは共和国と王国をつなぐ街……二つの国の技術を合わせた料理が有名、と言っていましたわよね?」
「そうだね。と言っても私は王国の有名料理なんてわかんないけど。」
リアだけでなくメルテもよくわかっていなかったが、アナスタシアは元王国の貴族。王国では魚介類や肉類を魔法を使用して圧縮し、旨味を取り出すといった技術が多く取り入れられていると言うことは知っていた。
「どっちにしろ、共和国なんていったことないからわからないでしょ。」
「それもそうですわね。」
「いらっしゃいませ。何名様……でしょうか。」
ウエイターは一瞬3人のメイド姿に驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの接客へと戻る。
「3人です。」
店内は全体的にオレンジというか、暖かな雰囲気が溢れるような空間で、王国などにある酒場とはかなりかけ離れたデザインをしていた。どちらかというとグルンレイド領にある飲食店や酒場ににていた……ということは、
「異世界の知識……?」
「私もそう思った。」
リアとアナスタシアが顔を見合わせながらそのようなことを呟く。この“普通ではない“デザインはこの3人のメイドたちにとっては身近にある雰囲気だった。
「みてくださいまし!」
3人が座ったテーブルにはなんと“メニュー表“が置かれていたのだ。基本的にこの世界で食事を注文するときは店員に聞くのが当たり前だ。
「どうぞ、お水です。」
そしてさらに3つの水がテーブルの上に置かれる。これで3人の中ではほぼほぼこのお店は異世界の知識が絡んでいるということを確信していた。グルンレイド領での異世界学の授業、さらには実際に異世界の知識を取り入れて作られた飲食店などにも何回も行っていたので、彼女たちはそれらをよく知っていたのだ。
『異世界人とは交流を深めよ』
メルテの頭の中にいつかのジラルドの声が反響する。異世界人は総じて頭がよく、この世界にはない知識を保有していることが多い。ジラルドはそこに目を向け、多くの異世界人を保護し、グルンレイドの繁栄のために利用しているようだった。
「ご注文はお決まりでしょうか。」
「私はリングフィッシュのパスタをお願いしますわ。」
「私はブラックチーズのドリアで。」
「私は……何かおすすめでお願いします。」
「かしこまりました。」
異世界ではどうかわからないが、この世界ではメニューをろくに見ずに“おすすめで“と注文しても何の違和感もない。むしろ異世界の注文の仕方が浸透していないこの世界では、このような曖昧とした注文が当たり前なのだ。異世界を基調とした飲食店でも、それは重々認知していることだろう。
「私、リングフィッシュって聞いたことありませんわ。」
「私もブラックチーズって聞いたことないんだよね。」
リングフィッシュもブラックチーズもこの土地の名産物である。メルテはその説明がメニューの裏に書いていたことを思い出し、再び手に取り二人に見せた。
「へー、この近くに湖があるんだね。」
そこでしか取れない魚の一つにリングフィッシュというものがあり、さらにその周辺に生息する黒牛のミルクから作られたのがブラックチーズのようだ。野生の黒牛に関しては戦闘力が高くミルクを採取するにはコストパフォーマンスが悪いので、養殖されているものからミルクをとっているようだ。
「黒牛はお肉を食べるとなると、かなり値段が高くなるようですわね。」
養殖されている牛を殺すわけにはいかないので、肉を食べるには野生の牛を倒すしかない。
「でも見て!黒牛の危険度はBだって。めちゃくちゃ弱いよ?」
「“一般的には“強いってこと。」
魔物やその他の脅威となる生物には“危険度“というものが設定されている。先ほどリアが戦ったゴブリンを例に挙げると、危険度はC、群れだとB、という感じだ。グルンレイドのメイド見習いにとって、脅威となるのは危険度A+の上、“危険度S“からである。こちらも例を挙げると、危険指定区域内に生息する魔物の一部や、魔界に生息する魔族などである。
「お待たせしました。」
しばらくすると注文したものが運ばれてきた。
「ありがとうございますわ。」
「すごい!美味しそー!」
料理も美味しそうなのだが、それらが盛り付けられている皿も特徴的だった。
「あの、少しよろしいでしょうか。」
すると料理を運んできた人が3人に向かって声をかけた。
「僕はこの店のオーナーを務めております、トウジ・シラカワと申します。そのバッジと服装からして……グルンレイドのメイド様、ですよね。」
年齢的には25歳くらいだろうか、優しそうな青年という感じだった。
「はい、そうです。」
メルテが立ち上がると、他の二人もそれにならって立ち上がる。
「ぼ、僕なんかに丁寧な挨拶などめっそうもありません!どうぞ、お座りください。」
「そうですか……それではお言葉に甘えて……。」
メルテが再び椅子へと座ると、他の二人も着席した。
「それでは座ったまま……私はグルンレイドのメイド見習い、メルテと申します。」
「同じくメイド見習い、アナスタシアと申しますわ。」
「同じくメイド見習い、リアと申します。」
3人が頭を下げる。このお店のオーナーが直々に出向いたことが珍しいのか、他の店内にいる客たちの視線が、このテーブルへと向けられていた。
「私はグルンレイド辺境伯様に命を救われました。おかげでこの未知の世界でも、不自由無い生活ができております。」
ジラルドは異世界の知識を得る代わりに、この世界に自身の体一つで飛ばされてしまった異世界人を保護していた。グルンレイドの屋敷に永住させるというものではないが、数日間この世界についての教養を与え、必要な物品を与え、そしてこの世界の住人を与える。たったこれだけでも、異世界で生き残れる確率は格段に違ってくる。この店のオーナー白川東路も例に漏れず、ジラルドに救われた異世界人の一人だった。
「それは何よりです。この世界で逞しく生きているあなたのような人の存在を知れば、ご主人様も本望でしょう。」
メルテが丁寧に答えた。見習いたちは直接その政策に関与しているわけではないが、グルンレイドの教育できちんと今行っている政策を学んでいたのである程度理解できているようだ。
「あっ、料理が冷めてしまいますね。料金をお支払いする必要はありませんので、ごゆっくりどうぞ。」
「い、いえ、そういうわけには……」
と答える間も無く、これ以上メイドたちの時間をとってしまうわけにはいかないと思ったのか、すぐに厨房の方へと戻ってしまった。
「……行っちゃったね。」
「そうですわね……。」
料金は銀貨一枚程度、グルンレイドのメイドにとっては全く高くないものなのでいくらでも支払うことはできるのだが、今回は白川の行為に甘えることにした。
「いろいろ話したいことはあるけど……。」
「そうですわね。まずはこの美味しそうな食事を楽しんでからにしましょう。」
「賛成ー。」
ここで出会った異世界人の現状をジラルドへと伝えるかどうか……というような少し難しい話は、この美味しそうな料理を前にしたら後回しにしたくもなるだろう。




