それでも僕は君がいい
僕の婚約者はとても愛らしい。
周囲の心無い者達は彼女の事を馬鹿にしたりするが僕にとってはとてもとても可愛らしく魅力的な女性だ。
僕は『ハンメリック・ポプラティス』と言う。
公爵家の長男で歳は18になる。
僕の婚約者は『メリース・マイオー』
マイオー伯爵家の次女で今年で17歳になる。
僕達は2年前に婚約者になった。
その日はとても暑い日で、顔合わせの席なのに僕は日に当たり過ぎた為か倒れてしまった。
僕は生まれつきあまり丈夫な方ではなく、食も細く、その為体も細く色白で「ポプラティスの幽霊王子」と陰で言われている。
婚約関係を結ぶかもしれない男が初顔合わせの席で倒れてしまったとなれば婚約は無かった事になるのだろう。
そう思いながら目を覚ますと、僕を心配そうに見つめる美しい新緑の様な瞳と目が合った。
「お目覚めになられたのですね。良かった」
綺麗な瞳を潤ませながらパァっと輝く様な笑顔を見せてくれたメリースにその瞬間恋に落ちた。
「た、倒れてしまうなんて申し訳ない…」
「お気になさらずに。お体があまり丈夫では無いとはお聞きしておりましたのに、こんなに暑い中わざわざお越し頂けただけでも私は十分に嬉しかったです。きっと私の容姿を見てガッカリなされたでしょう?申し訳ありません、婚約者候補がこの様な醜い娘で」
彼女は俯きながらそう言うと、悲しそうな笑顔を見せた。
「醜い?どこが?」
「え?」
彼女は僕の言葉に心底驚いた顔をした。
何か間違った事を言ったのだろうか?
「私を見て醜いと思わないのですか?」
「何故?君のどこが醜いの?」
「私…こんなに太っておりますから…」
「健康的でいいじゃないか」
「健康、的…」
「それに綺麗な瞳をしていて愛らしいと思う」
「あ、愛、らしい?」
ボンッと火がついた様に耳まで真っ赤にした彼女の姿がまた可愛らしかった。
確かに彼女は今まで婚約者候補として顔合わせをしてきたご令嬢と比べたらふくよかで丸みを帯びた体をしていた。
だが僕は、自分が細すぎるからなのか細すぎる女性を好ましく感じない傾向にもあった。
若くて痩せていれば美しいと言われるこの国の貴族としての美意識に疑問を感じていた。
無理やりコルセットで腰をギュウギュウに締め上げ、そのせいで満足に食事も出来ない母の姿を何度となく見ていたので尚更かもしれないのだが。
だが、目の前にいる婚約者候補の彼女は、柔らかそうなマシュマロの様な愛らしい手にふっくらとした頬、コルセットで締め上げる事をしていないのが分かる自然な体のライン等全てが実に好ましい。
「この様な場所で言うのはあまりにも失礼かもしれないが、メリース嬢、どうか私の婚約者になって頂けないだろうか?」
色気も何も無い状況で、彼女のスベスベとしていながらもちもちフワフワした柔らかい、触り心地の良い手を握りながら婚約を申し入れた。
彼女は美しい瞳を零れ落ちてしまいそうな程に見開き、しばらくの間硬直した様に動かなかったのだが、ハッと我に返ると「私でいいのですか?」と小さな声で訊ねてきた。
「僕は君がとても好ましいと感じる。それでは駄目だろうか?」
「駄目だなんてとんでもないです!寧ろこの様な私で本当に宜しいのかと思いまして…」
彼女は自分に自信がないのかもしれない。
不安げに瞳を揺らしながら僕を見ていた。
「僕の方こそ幽霊王子と呼ばれるこんな不甲斐ない体だから君には相応しくないかもしれない。だけど僕の出来る限りで君を幸せにしたいと思う。それでは駄目だろうか?」
「ほ、本当に、後悔しませんか?」
「君を逃す方がきっと僕は一生後悔する事になると思う」
「こんなに太っている私が隣にいたらハンメリック様まで笑い者になってしまいますよ?」
「何故?僕は気にしないよ?」
「本当に、本当によろしいのですか?」
「僕は君がいい」
こうして僕らは婚約者となった。
それまでに6人程の婚約者候補の女性に会ってきたが、婚約してもいいと思えたのは彼女だけだった。
婚約が決まってから、僕は正式な場には必ず彼女を婚約者としてエスコートして出席した。
「幽霊王子が丸パン女を連れている」
等と陰で笑う輩もいたが、僕は全く気にならなかった。
彼女の方は耳にする度に傷付いた顔をしながら僕に申し訳なさそうにしていたが「気にする事はないよ、僕にとって君はとても愛らしくて愛しい婚約者だ」と伝えると途端に頬を染めて恥ずかしそうに俯くのだ。
そんな姿も本当に可愛くて仕方ない。
痩せようと努力している事も知っているが僕はそのまんまの彼女で良いのだ。
ケバケバしく飾り立て着飾る事が美だと思っている女になど興味はない。
彼女は彼女だからこそ美しい。
人からどう見られていようがそんな事は関係ない。
心根が優しく、気配りも出来、純粋で少し傷付きやすく、可愛い物美味しい物が大好きで、屈託なく笑う彼女だから僕は好きなのだ。
最初は瞳の美しさと眩しい笑顔に恋をした。
だけど彼女と婚約をし、彼女を知れば知る程に彼女がどれだけ素晴らしい女性なのかが分かり益々好きになった。
彼女が僕に幻滅し、離れていかない様に僕は毎日の様に彼女に愛を囁き彼女の心を掴んだ。
「私もお慕いしております」
恥ずかしそうに消え入りそうな声でそう言われた時は不覚にも泣いてしまった。
そんな僕を見て彼女も笑いながら泣いていた。
だから何度でも言おう。
誰が何と言おうと、誰にどの様に映ろうと、それでも僕は君がいい。
君じゃなきゃ駄目なのだと。