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12.

 (※ウォーレン視点)


 おれは、夢でも見ているのだろうか……。

 リンダが、走っている。

 

 一瞬、勢いよく飛び跳ねた、なんてレベルではない。

 何十メートルも全力疾走している。

 もう、見間違いでないことは明らかである。

 彼女は病弱なはずなのに、こんなことありえない。

 いったい、どうなっているんだ……。


 周りにいたたくさんの人たちも、おれと同様に驚いているようだった。

 それは当然だ。

 だって、車椅子に座っている人が、突然全力で走りだしたのだから。

 こんなの、驚くなという方が無理である。


 ひったくり犯が持って行ったあのバック。

 あれは、おれがリンダにプレゼントしたバックだ。

 リンダはそれを、よほど大切にしていたのだろう。

 必死になって取り返そうとするのは、それだけ大切にしているからだ。

 あのバックをプレゼントしたおれとしては、そんな風に思っていてくれていたなんて、嬉しいことだ。

 通常の状況の場合は……。


 この状況の場合は、嬉しいなんて思う暇なんてない。

 どうしてリンダはあんなに全力で走ることができるのかという疑問が、頭を支配していた。

 周りにいる人たちも、おれと同じなのだろう。

 口々に彼女のことを話題にし始めた。


「お、おい、どうなっているんだ……。あの車椅子の子、いきなり走り出したぞ!」


「ええ、私も見たわ。バックを取られた瞬間、その犯人を追いかけるために、いきなり走り出したのよ!」


「え、おかしいだろう。車椅子に乗っていたはずなのに、いったいどうして彼女は、あんなに走れるんだ!」


「おいおい、車椅子に乗っていた人が全力疾走なんて、冗談だろう? 見間違えただけじゃないのか?」


「いや、見間違いなんかじゃない。その証拠に、ほら、見てみろ。あの男性が押している車椅子、今は誰も乗っていないじゃないか!」


「本当だ! え、ということは本当に、車椅子に座っていた人が、いきなり全力疾走を始めたということか? いったい、どうなっているんだ!?」


「そんなの、こっちが聞きたいよ。あの車椅子を押している男性も、彼女が走り出したことに驚いているようだ」


 確かに、その通りだった。

 もう、わけがわからない。

 目の前で怒っている現実が、自分でも信じられなかった。


 やはりリンダは、おれのことを騙していたのか?


 当然、そう考えてしまう。

 そう考える以外に、この状況に説明がつかない。

 そんなことを思っていると、リンダが戻ってきた。


「やったわ! 見て、ウォーレン! 私、バックを取り返すことができたわ! このバック、あなたがプレゼントしてくれたバックよ。私、とても大切にしているの! 愛するあなたがくれたバックですからね! あれ、どうしたの? そんな浮かない顔をして……」


 ひったくり犯からバックを取り返したリンダが戻ってきた。

 しかし、おれは彼女がバックを取り返したとか、そんなことはどうでもいいと思っていた。

 それは、周りにいる人たちも同じだろう。


 おれたちは、なぜ車椅子に座っているリンダが、いきなり全力疾走できたのか、という疑問に支配されていた。

 大切なバックを取り返して嬉々としていた彼女も、ようやくそのことに気付いたようだ。


「えっと……、あの……、これは、違うの。べつに、病弱が嘘っていうわけじゃなくて……。えっと、その……」


 リンダは、必死に言い訳を探しているように見えた。


 そんな彼女に対して、おれを含めた周りにいる人たちは、軽蔑のまなざしを向けていた……。

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