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2章第49話 息も絶え絶え、満身創痍(3)

すみません、忙しすぎて投稿間隔が空いてしまいました。

今週はもう少し、速度あげられるかな…

(ああ……)


深く深く、ため息が吐かれる。

暗闇の中で座り込み、くたびれたというには、あまりにも疲労の濃い表情を隠そうともしない。

アデリナ・パラッシュは一人、魔獣の洞窟の第8層にいた。


(いつまでこうしていれば、助けが来るのだろうか)


これまで何度も挫けそうになる心を奮い立たせてきたが、そろそろ限界も近い。いや、限界などとっくの昔に越えている。それでもなお、立ち上がってきたのはハロルドとの誓いだった。


(先遣隊として内部の偵察を遂行しないとな……)


もはや約束と言うよりも唯一、アデリナを現世に繋ぎ止めている言葉。ある意味、「呪い」と言ってもいいだろう。ゆっくりと歩き出すが、その足取りは重く、苦しい。


(きっと救助隊が編成されているはずだ。そうすれば、私も、ハロルドも、きっと………)


そう思い続けて何日たったのか。もはや日付の間隔などなくなっていたが、その日を夢見て、再び陽の当たる場所へ戻ることを夢見て、彷徨を続ける。

そんな時、突然、視界が落ちる。落とし穴に嵌ったのか、それとも死角から攻撃を受けてしまったのか。いきなり地面が目の前に迫ってきた。


(ああ、違う)


それは奇しくも数年後にエリーが経験する事態。自分の意志ではなく、体が悲鳴を上げて倒れたのだった。音を立てて地面に伏すアデリナは、それでも動こうともがく。


(死にたくない)


こんな場所で死にたくない。だがどうして自分が生きていたいのかは、もう分からない。大事な人は、おそらくもういないのだから。だが、その大事な人が生かしてくれた命を無下にする事はできないとも思う。

そんなアデリナの顔に、何かがひらひらと舞い落ちてきた。


(雪………?)


白い小さなものが、舞い落ちる。それもひとつではなく、複数。

雪ではない事はわかった。頬に触れても解けないから。そのひとつを指で摘まむと、アデリナは目を見開いた。


(花……びら……)


それは白い花びらだった。洞窟にはありえない、空から舞い落ちる花。上を見上げると、そこには何もない暗闇が広がり、さらにその上から花が降っていたのだ。

茫然とそれを見つめていたアデリナが、突如、何かに気が付いたように目を見開く。


(ああ………ああああ………)


とっくに枯れ果てたと思っていた涙があふれてくる。アデリナは悟ってしまった。理解してしまった。この花は自分に捧げられた花であると。このはるか上空、第2層にある大きな断崖絶壁。おそらくこの花は、そこから鎮魂の為に投げられたのだろう。安らかに眠ってくれ、と。

誰もが下りた事のない、大断崖は8層に至るまでの高さだった。そこに捧げられた鎮魂の花は、奇しくも崖下にいたアデリナに届いてしまったのだ。

アデリナたちの為を想い、捧げられた鎮魂花。だがそれは、もう救助には来ないという事と同義だった。


(助けは、来ない)


アデリナの中で何かが折れた。張りつめていた糸が、ぷつんと切れた。


見放された、諦められた、見殺しにされた、いないものにされた。


悔しい、苦しい、悲しい、哀しい、つらい、痛い、泣きたい、助けて、だれか、助けて、タスケテ、タスケテ、タスケテ、クルシクテ、イタクテ、ツラクテ ――


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


嘆いて嘆いて嘆いて嘆いて、声が枯れるまで、声が潰れるまで、声が死の調べを奏でるまで嘆き続けて。

気が付けば、気が付いたら。


――― 私ハ人でハなくなっテいた。


◇◇◇


語り終えた後、我を失っていた嘆きの乙女(バンシー)……いや、アデリナ・パラッシュは自嘲気味に笑った。


「ソウだ、思い出した。私は………」


……アデリナ・パラッシュだったのか。嘆きの乙女(バンシー)ではなく、人間だったのだ。見放されて、絶望して、嘆きの果てに嘆きの乙女(バンシー)へと堕ちたニンゲンだったモノ。

なるほど、それならば納得だ。どうして自分が上を目指したのか。上を目指して、光を目指して、行かなくても良い地上を目指したのか。

それは渇望だった。手を伸ばし続けて、届かなかった光を求め続けていたのだ。


「………満足したカ?」


満足だったか?知りたくもなかった事実を突き付けて。


「…………………。」


語るだけ語り、語るべきものを語り尽くした嘆きの乙女(バンシー)は、地に伏すエリーにとどめを刺すべく、自らの背から深く暗い影を出現させる。その先端が尖り、エリーを捉えようとした時、エリーがじろりと嘆きの乙女(バンシー)()め付ける。


「お涙頂戴の物語、そこそこ楽しめたよ」


その言葉に、ピタリと嘆きの乙女(バンシー)の切っ先が止まる。


「結局、諦めたのか。そか、ちょっと残念。知らないうちに、ちょっとアデリナさんには期待してたんだけど、どうやら外れだったかなー」


「ハズれ、だと?」


「最後まで運命に抗い続けた女騎士アデリナ・パラッシュ。8層に落ちた私と境遇を重ねて、羨望してたんだけど……そっか、途中で諦めちゃったんだ」


この娘は何を言っているんだ?あんな状況で心が折れないとでも言うのか?自分なら、諦めずに生きようとすると?

はったりだ、はったりに決まっている。その証拠に、前に落ちてきた時は泣きながら徘徊していたではないか。…だが最後まで諦めなかったのも事実だ。自分なら、私と同じ状況でも前に進めるとでも言うのか?

明らかに動揺する嘆きの乙女(バンシー)の耳に飛び込んできたのは、さらに嘆きの乙女(バンシー)を煽る言葉。だが決して、嘆きの乙女(バンシー)が許さないであろう言葉であった。


「それじゃ、ハロルドさんも浮かばれないよなぁ。無駄死にだね」


ぼきん。


その言葉が終わらないうちに、エリーの左腕が完全に極められ、仰向けに組み伏される。背中に回れた手をねじあげられると、古傷の肩が裂けて瞬く間に血が滲む。先ほどの音は肩の関節が外れる音だ。それが九番隊の捕縛・制圧術だったのを嘆きの乙女(バンシー)自身、意識していたかどうか。


「いぎぃっ!!!」


左腕全体が捻じれあらぬ方向を向いている。手首と肘が極められて背中に押し付けられると息もできない。さらに体重が乗ると、左肩の中で、ぶちぶちと筋が切れる音が身体の中に響く。


「いぃっ!!ったあああああああ!!!」


「まだ折れてなイわよ。折れる音は、これ」


ぼぎっ……!


ビキビキと音がしたかと思うと、肘が違う方向を向いたと同時に骨が折れる音がする。


「ひぎゃああああああああああ!!!」


絶叫が洞窟中に反響する。腕がジグザグに折れ曲がり、エリーは猛烈な吐き気に襲われる。はっきりと意識を保ったまま、ゆっくりと骨を折られていく感覚に、組み伏されながらもがき苦しむが、暴れれば暴れるほど完全に極められた左腕は深手を負っていく。


「偉そうに説教をしてくれタ割には、情けナい声をあげるノね」


先ほどの煽りへの返答とばかりにユサユサと左腕を揺さぶれば、そのたびにエリーが激しく叫ぶ。


「お前ハ、あの男の、死を賭した行為を馬鹿にしタ」


左腕を後ろ手に組み伏せたまま、伸ばされた影がエリーの手首を吊り上げていく。びきびき、ぶちぶちと異音と絶叫を奏でながら、エリーの身体が吊り上げられていく。全体重が左腕に、しかも異様な角度でかかっていくと次第にエリーの左腕が真っ直ぐになっていく。しかしそれは正しい位置に戻った事を意味しない。あらぬ方向に一回転したり、捻じれたりしながら、重力のせいで無理矢理真っ直ぐにさせられただけだ。その証拠にねじ切れそうな左肩が血を噴き出し、重みに耐えかねた左手首が、肩に続いで見当違いの方向に脱臼する。


「これで終ワると思わない事ネ」


小さな影がびくんびくんと痙攣するエリーの左手の指に絡みつくと、そのうちの一本が小指と爪の間に入り込む。その瞬間、エリーの目がかっと激痛に見開かれた。


「マだ20本も元気な指がアるのだから」


べりべり、という音と共にエリーの小指の爪が剥がされる。ゆっくり、ゆっくり、痛みを思い知らせるかのように剥がされていく。そして最後に、爪を剥がしながら、ポキンと小枝を折るように第二関節をへし折った。


「~~~~~~~~~~~っ!!」


声にならない叫び声を上げるエリーの首が落ち、涙や汗、涎をこぼしながら枯れた声で呻く。その様子に一瞬、嘆きの乙女(バンシー)の表情が翳るが、すぐに下からエリーの顔を覗き込む。


「…………………」


「どうダ?苦しいだろう?私の苦しミはこんなものではなかったぞ」


「き……………じゃ……ない?」


「ナニ?」


「き……騎士、なんかより、拷問官か、何かに……なった方が、よかったんじゃない?」


息も絶え絶えになりながら、不敵に口端を吊り上げて挑発する。その言葉を聞いた嘆きの乙女(バンシー)はただでさえ白い相貌をさらに蒼白にし、目を血走らせた。


「あうっ!?」


エリーが身をよじる。目の前には鬼のような形相をした嘆きの乙女(バンシー)が、その影の手をエリーの右足に纏わせ、思いっきり潰したのである。


「私ガ、騎士に相応しくないと言いタいのか?」


ぐるん、とエリーの右足が捻じれて一回転する。絶叫を上げようとしたが、喉を締め上げられ声が出ない。


「が………はっ………」


左腕と喉を吊り上げられ、右足を捻じり潰されながら遠のく意識。だが激痛で無理矢理覚醒させられ、気絶すらできないという地獄を味わいながら、エリーはその耳で、確かに聞いた。


「お前モ、私が養子だからと侮るのカ!?」


養子?何の事?つか、この人、パラッシュ家の娘じゃなかったの?

エリーの脳裏に次々に浮かんでくる疑問は、薬指の爪を剥がされる衝撃で掻き消えた。


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