2章44話 念願の再開
なかなか更新頻度が安定せず申し訳ありません。
あと、誤字指摘ありがとうございました…!
これは罰だと思った。
どうしてあの時、アーノルドさんに違和感について話をしなかったのか。
どうしてあの時、アーノルドさんに逆恨みのような不満を抱いたのか。
どうしていつも、アーノルドさんに甘えてしまうのか。
言い出したらきりがない。
自分の言動が迷惑をかけている事を知っているし、それなのに照れ隠しだとか素直になれない事を正当化するし、それでも自分に付き合ってくれるアーノルドさんの厚意に甘え切っているし、そんな日常を得難いと思いつつも維持する努力なんかほとんどしていない。
ああ、なんて面倒くさい女なのだろう。そりゃ天罰も下るだろう。
伸ばした手があと一歩、届かない。自分の体が落とし穴に落ちていく感覚。
ああ、もう、どうしていつも、その時になって気が付くのか。
前に洞窟で遭難した時も、アーノルドさんの忠告を軽んじてたせいで、いざという時になって魔力枯渇を起こして倒れてしまった。今回も違和感を感じたらすぐに言うように言われていたのに、何となく躊躇した。そもそもアーノルドさんに加護を付与する時に感じた違和感だって、まだちゃんと報告していない。
(なんだよ、私、アーノルドさんに何も言ってないじゃん)
それで分かってくれとか、おこがましいにも程がある。そんな状況でブーブー文句を垂れたって、アーノルドさんにとっちゃ「???」って感じだろう。
うう、抱きつかれて浮かれていた過去の私をぶん殴ってやりたい。あの色ボケ女、ちゅっちゅしてのぼせ上がってんじゃねぇぞ。
……こうなったら、最後にやんなきゃいけない事がある。遠ざかっていく地上に向けて虚しく空を切っていた手を、今度はしっかりとした意志をもって伸ばす。
「【美しき以下略!】」
乙女の加護とかまどろっこしい事なんざ言ってらんない。まだ【丼】の方が言いやすいわ。大声で叫んだ後、魔法を解放して地上で方陣を組んでいるアーノルドをはじめとする騎士たちへ目掛けて、全力の加護を付与する。
「エリー!」
「エリーさん!!」
D組の皆の顔が遠くに見えた……気がする。あの口調だと、無事に加護はかかったみたいだ。何せ「またお前、余計なことを」と言いたげな口調だったから。
あんだけ後先考えずに加護を付与すれば、悪魔の巣窟で魔獣の猛攻をしのぎ切った後、帰還するくらいまでの時間は持つだろう。最後の最後まで、光が見えるまでの間、魔法を付与し続ける。そんな私に待っていたのは
「ぎゃん!」
という悲鳴と共に地面に叩きつけられ、そのままゴロゴロと急な坂を転がり落ちる運命。いやいや、転がるって芝生の上じゃないからね。岩場をバウンドしながら転がるんだぞ。例えるならば、大根おろし器の上を滑り落ちると思ってくれるとイメージしやすいかな。
ゴリゴリゴリゴリゴリ
うおおおお、痛えええええっ!待て待て待て。想像以上にダメージが大きい。肩も膝もやばいままなのに、ダメージがどんどん追加されていく。
ヒュン………
尖った岩が目の前を通過する。一瞬でも早かったら串刺しだったね!マジでヤバい。ええい、止まれ、止まってくれよお!こんなラッキー、そうそう起きないから!いつか幸運も枯渇して、ブスっといくから。止まれっつってんだろうが!
ガガガガガガガガガ!!!
転がりながら両足を踏ん張って勢いを無理矢理殺す。そうでもしないと、本当に死ぬからね。いくら急勾配だからって、最後まで転がり続ける必要はないし、そんな事したら私の体がマジで大根おろしの如くズタズタになるわ。もしくは岩に突き刺さって死ぬか、もしくは……
「ぐへぇ!」
途中にある岩に思いっきり背中からぶつかった。ああ、良かった、というべきだろうなぁ。これが尖った岩だったら貫通して即死だったかも知れない。でっかい岩で本当によかった。……欲を言えば、柔らかいクッションとかだったら最高だったんだけど。まぁ、贅沢は言うまい。
(言う余裕もないしね)
岩に思いっきりぶつかったので、呼吸もできずにへろへろと転がる。幸い、一度勢いが死んだので(私の体も半分死んだけど)それほど身体も削れず、ダメージはそれほどないまま、ようやく平らな地面に到着して止まった。途中、足を踏ん張ってしまったせいで、ただでさえ古傷が痛む右膝がいよいよ使い物にならなくなっている。その場にばったりと仰向けに倒れこんで、感慨深く呟く。
「……………8層かぁ…」
落とし穴に嵌って落ちたという事は、つまりそういう事なんだろう。橋から落ちて何層かも分からないってよりはマシだけど、8層に独りぼっちとか、またかよー。また独りかよー。あんなにつらい目に遭ったのに、また同じ苦しみを味わうとか、私そんなにマゾっ気ないんですけど。
(まぁ……あの時は肩も膝も潰れてたし、それよかマシかな)
そうは言っても激しく岩にぶつかったり、ゴリゴリと体を削られたりと散々な目に遭っているんだよね。前の経験が苛烈過ぎたというべきか、すでに経験済みというべきか。本当、慣れって怖い。
―― ジャリ…………
どうしよっかなー、と思っていると、私の耳に何かがにじり寄る気配が届いた。ゆっくりと、ヒタヒタと、でも確実に私に接近する影。ああ、知っている。この気配を私は知っている。
「いったぁ……ぃ……」
全身の力を振り絞って体を起こし、迫りくる気配の方を向く。さて、死が人の形をしたモノが近付いて来ましたよ。ヒリヒリと体が痛いのは、全身の擦過傷のせいだけじゃなさそうだ。目の前の異形が発する圧に、肌がビリビリと痺れている。
「マタ会えタわネ」
◇◇◇
やっとダ。
ヤっと嵌められた。
ずっトずッとずっト、この時を待っていタ。
―― どうシて?
分からないケれど、この子を見ているト胸がザワザワする。何かヲ思い出しそうニなって、頭が割れそうに痛イ。
【排除しなイと、私がオカしくなってしまウ】
あノ時、どうシて殺さなかったのカ。前に遭遇しタ時、滅多打ちに叩き殺しテしまえば良かッたのに。虫の息で、抵抗もでキなかったのに。
【見逃シた。見逃した。どウして見逃した?】
アアア、わカらない。
私は生まれ落ちた時カら、この洞窟ヲ出る事だけを考エていた。どうしてそんナ事を考えているのかも分からナイが、と二かく地上に出タい。明ルい場所に戻リたい。
―― 戻りたイ?
どコに?誕生してから、ズっとこコで生きてきたのに、どこ二戻るというノ?デモ、渇望すル。地上には、大切ナ何かがアると、本能が告げていタ。この疑問ハ地上に行けバ分かるに違いナイ。
そンな時、私の目の前に現れたのが、この娘ダった。
―― 弱くて、護られテいて、お調子者デ、責任感の欠片もない娘。
でも分かル。ナぜか分かる。この娘は、私が失ったモノを持っていル。それがカケがいのないものであるト、自覚もセずに持ってイる。
アアアアアアアア、憎イ。恨めシい。
イつの間にカ私は、当初の目的を忘れてあの娘を捉えた。ソんな必要ハなかったのに、地上に行く前二排除しなければナラないと思った。そうしナいと、私は前を向けナいと感じた。8層まデ堕ちた娘ヲ、捉えテ、打ち据えて、血塗れにしてヤった。皮が裂ケ、肉が飛び散り、泡を吹いて痙攣すル娘を見て―― 私はいつの間にか哄笑シていた。
愉快なのデはない。憎い相手ヲ虫の息にして、爽快なのではナイ。
逆だっタ。苦しいだけで、何の喜びもなカった。あまり二空虚すぎて、笑いが堪エられない。叩くたび二血の涙が流レ、笑い声がいつシか絶叫となり……気ガ付けば私は、叫び声をあげテその場から走り出していた。遁走といウ言葉がぴったりノ、無様な逃げっぷりダった。
―― あノ日から、私ハずっと後悔している。
あの娘を殺さなくては、私ハ地上に出られない。
きっとこのママ地上に出たとしても、心の重さが取り除かレる事はないダろう。
難航しタ。
あの娘ノ側にいる騎士。アレがいる限り、あの騎士と一緒二いる限り、あの娘は護られ続けルだろう。それがまた、なぜか私ヲいらつかせる。ズットずっとズット監視していてモ、あの騎士は娘を護り続けていタ。加護だの使命感ダノ、そんなものではナい。あれは、純粋な覚悟ダ。よほどあの娘が、あの騎士にとっテ大事なのだろウ。
アアア、憎イ。なぜか、それがとても憎イのだ。たまらナく憎らしいのだ。
それがドウしたことだろう、突如、二人の間に隙間が生じタ。一見、分かラないが、確実に、あノ完璧に近い意思疎通が切レていた。
そレからは簡単だっタ。ちょっとずつ、少シずつだが、判断二狂いが生じてイルのが手に取るように分かっタ。あとは誘導しテ、騎士どもを集メて、娘だケに集中できナい状況を作り上げて、嵌めタ。
―― ソシテ今、娘は8層に堕ちて、目の前にイル。
サァ、絶望に染まった顔を見せテ。スぐにその顔ヲ歪ませて、今度こそ、貴女を殺してアげるから。
「あああ………」
娘の小さク呻く声。その顔を、覗き込んダ、瞬間だッタ。
「ようやく会えましたね、この野郎。ずっとその顔にぐーぱんち、叩き込んでやりたかったんですよ」
娘ハ、全然、コレっぽっちも絶望をしていない満面の笑顔デ、私の顔に目一杯、拳を叩きつケテきた。




