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2章40話 アデリナとハロルド(2)

連休中も仕事が忙しく、不定期投稿になって申し訳ありません。しばらくこんな感じです…

「大丈夫なのかい、キャロル嬢一人で行かせて」


「表向き、トラヴィス学園の使いとなっており、落ち度があれば責任問題となる。手荒な真似はしないだろう」


クリフォードの不安に対し、ラルスが落ち着いて答える。それでも心配そうな顔をする皇太子に、ラルスは眼鏡をくいっ、と上げて断言した。


「心配は無用だ。あの才女は私などより、ずっと胆力があり頭脳明晰だ」


その言葉にクリフォードは軽く目を見開いた。


「そこまで言い切るとはたいしたものだ。まさかラルスが他者を褒める日が来るなんて思いもしなかったな」


「褒める?いや、そんな言葉では言い表せん」


ラルスははっきりと、そして心なしか楽し気に言った。


「いやはや、まさかあの言葉が本当になるとはな」


「あの言葉?」


「私の方が助手として手駒のように動かされるかも知れんと言っただろう?まさにその通りになりそうだ」



◇◇◇


その頃、一番隊隊長室ではイザークが意地悪そうな、面白げな笑みを浮かべてキャロルに問いかけていた。


「なんじゃ、聞きたいのではなかったのか?」


「え、あ、いえ……」


イザークの口からあっさりと二人の名前が出てきたので、キャロルは戸惑いの表情を見せたが、すぐに持ち直して続けて欲しいとお願いをすべきだと結論付ける。どこまで本当の事を語られるのか分からない。だがその辺りについては後々、検証すればいいだけの事だ。


「お願いいたします」


そう答えるキャロルにイザークは顎を弄りながら問うてきた。まるでキャロルの心中の疑問を自ら明らかにするかのような口振りで。


「騎士の名誉を貶められるやも知れん二人について、わしが語らないと思うていたかね?確かに二人の名誉を守るのであれば、あえて沈黙を貫くという選択肢もあるじゃろう。わしの語りから、不都合が生じるやも知れぬからの」


「はい。正直、そう思いました。彼らに対する調査が進まなければ、彼らについて言及する術も生まれません。そして曖昧なまま時は過ぎ、やがて忘れ去られれば名誉は汚されずに済むでしょう。もしかすると、それが一番、誰も傷つかずに済む方法なのかも知れません」


「うむ」


「ではどうして、そこまでご理解していながら、私にお二人の事を話そうと思ったのですか?」


「……どうしてであろうな。わしは、誰よりも騎士たちの……子供らの名誉を守りたいと思うている。それでも聞いて欲しいと思うてしまったのだな」


イザークは物憂げに語り出す。その表情からキャロルはイザークが、二人と面識があるのだと悟った。沈黙するよりも、二人について誰かに語りたかったのだろう、と。


「あの者たちと出会ったのは数年前……まだ一番隊とてこのような大所帯ではなかった頃じゃな」


◇◇◇


―― 九番隊隊員アデリナ・パラッシュは、向上心が強い方だ、と自覚していた。

彼女はトラヴィス学園を卒業後、騎士団への入団を熱望した。いや、卒業前から……まだ1学年の頃から騎士になるのだと決意し、勉学と剣技に励み、騎士になるために学生生活のすべてをつぎ込んだと言って良い。

めきめきと頭角を現したアデリナは、やがて学園きっての剣の使い手へと成長した。

残念ながら首席とはいかなかったが、まずまずの成績を修め、熱望した一番隊とはいかなかったが九番隊として騎士団入団を許可される。理由としては、彼女が「影」魔法の使い手であり、隠密・索敵に向いていたからという事もあっただろう。


「それにしても………」


宿舎で勉強に励みながら、アデリナはイライラしていた。


「どうしてお前がここにいるんだ!?」


思わず怒鳴りつけた先には一人の男が、デリカシーもなくリンゴをかじっていた。


「どした、アデリナ。食いたいのか?」


リンゴを差し出す男に、アデリナはさらに大きな声で怒鳴りつける。


「別にいらん!どうしてお前が九番隊にいるんだ!」


「さぁ、どうしてかな。嫌われたのかな?」


「首席ではないものの、剣技では学年一だったお前ならば、引く手あまたであったはずだ。嫌われるような評判も聞いたことはない」


「そりゃどうも」


「ごまかすな。何か理由があるのだろう。言え」


スッ、と手にしていたペン先を眼球に近付けて脅す。危ない。かなり危険な行為だ。だがアデリナはそんな事などおかまいなしに続ける。


「もう一度言うぞ、ハロルド・マクニール。お前は学園内でも剣技はずば抜けた技量だった。希望すれば1番隊でも2番隊でも好きな隊を選べただろう……それがどうして、ここにいる?」


「いやぁ、あはははは……」


「笑うな、答えろ」


アデリナの融通の利かぬ態度にどうしたものかと頭を悩ませていたハロルドだったが、そこに救世主が現れた。


「何をしておるかね、物騒な」


現れたのは一番隊隊長であるイザーク・バッハシュタインである。二人は思わず飛び上がって後ずさり、直立不動の態勢になって敬礼をした。


「失礼しました、イザーク隊長!」


「そうかしこまらんでもよい。そうか、おぬしがハロルド・マクニールか」


「俺の名前を知ってもらっていて、光栄であります!!」


「それでこちらがご令嬢が……」


「アデリナ・パラッシュです。以後、お見知りおき下さい」


目がキラキラしている。このまま「私を一番隊に入れて下さい」くらい言いだしてしそうなほど、キラッキラである。ハロルドは自分へのつれない態度との差に「うわぁ」と声を上げたが、強烈な肘打ちを受けたのでそれ以上は沈黙を保った。


「ハロルド君の名は知っておるよ。何せ我らの誘いを断って九番隊に入隊したのだからな」


「え!?」


「あ」


イザークの言葉にアデリナは驚き、ハロルドは「しまった」というように口を開いてしまった。


「お前………どうしてかなとか言いつつ、自分から……」


「いや、ほら、いきなり一番隊とか荷が重すぎるだろ!?だから、最初は九番隊で諜報活動とか、色々と学んだ後で一番隊への転属をしようと……その方ができる事の幅も広がって、役に立てるかなとか……!」


しどろもどろの台詞に、イザークは何かを察して沈黙したが、表情は「なるほど、そういうわけでわしら一番隊の誘いを断り、九番隊に…」という生暖かいものであった。年を重ねるとそういう機微にも鋭くなるものである。一方でアデリナは胸倉を掴み、ハロルドに顔を寄せた。


(さすがに苦しい言い訳だったか)


ハロルドは自身の話術のなさに悄然としたが、だがちょうどいい、そのままストレートに想いを伝えるのも悪くはないだろう、と気を取り直した瞬間……


「なるほどな!ハロルド、なかなか考えているじゃないか!」


アデリナは顔中に喜色を露わにし、満面の笑みでハロルドを褒め称えた。


「なるほど、国の重鎮たる一番隊に加わる前に研鑽を積み、然る後に編入を希望するつもりだったのか。確かに諜報活動ができる人員は九番隊に集中している。もし一番隊にもそいう人材がいれば活用されるだろうな」


一人アデリナは得心顔でうなずくと、ハロルドの力強く背中を叩いた。


「私は心配だったのだ。お前がフラフラと自分の意思もなく騎士になったのではないかとな。その様子は、まるで私を追いかけているようにすら見えた。その自我のない行動にやきもきしていたが……ふむ、お前もきちんと将来について考えていたのだな!」


意外な転がり方に男性陣二人は絶句する。


「私も負けてはいられないぞ。どちらが先に一番隊に入る事が出来るか、勝負だ!学生時代は負けっぱなしだったが、今度はそうはいかないからな」


私も励まなくてはならん!と鼻息も荒くアデリナは一礼するや気合を入れ直して立ち去って行く。おそらく訓練場の方なのだろう。その背中を眺めやってハロルドとイザークはため息をついた。


「あの娘、鈍いのう」


「あー……、お分かりになられましたか?」


「分かるも何も、あからさま過ぎるくらいではないか」


「ですよね……いや、俺も同級生から、散々からかわれたりしたんですが、当の本人にはとうとう在学中、俺の気持ちは伝わらず……」


「あの調子ではなぁ。それで、我らの誘いを断って同じ九番隊に?」


「………邪な気持ちで申し訳ありません。こんなんじゃ、とても一番隊に入れてくれなんて言えませんね」


「そうじゃの。ちと今のままでは難しいのう。試験の基準もおぬし専用のものを設けねばならん。一番隊に編入する資格を追加せざるを得んな」


「………覚悟しています」


意気消沈するハロルドに、イザークはがははは、と笑いながら告げた。


「では申し渡そう。あの娘と恋仲にならねば、一番隊の門戸を叩くこと、叶わぬ」


ドン、とアデリナよりもさらに強く背中を叩かれるハロルド。むせ返りながらも彼は「げ」と驚きの顔を浮かべて


「それ、難易度高くないですか!?」


と抗議の声を上げるが、イザークはそれを無視するように立ち去りながら激励の言葉を投げかけた。


「若人よ、試練は高ければ高いほど、乗り越えた時には喜びが伴うものじゃぞ」


その言葉を聞きながらハロルドは一人、頭を抱えるのだった。


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