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2章31話 届かぬ言葉

(あ、これ、おかしいやつだ)


ざらりとした感触がエリーの手に伝わる。アーノルドに神聖魔法を付与した時、最近、よく感じるやつだ。


「エリー、こっちにも付与、よろしくて!?」


「あいあいさ!」


モニカの要請で神聖魔法を付与すると同時に、キラキラとした電撃が周囲を回り出す。放たれた稲光が周囲の狼や熊の群れにまとわりつくと、感電して動きが止まる。そこへグレンが追撃の一撃を見舞うべく剣を振り上げる。


「グレンくん、付与はいる!?」


「よろしく頼むぜ!」


短い受け答えの後、エリーからグレンへの魔法付与が滞りなく行われ、剣に加護が加わると同時に炎が巻き起こる。


「【火焔火生(かえんかしょう)】!!」


周囲に広がる炎が動けない魔獣たちを焼き尽くしていく。その奥にいる一際、大きい一つ目の大巨人(サイクロプス)だけが残り、怒りに燃えて突進を開始してきた。だがその魔獣には、すでにエリーから加護の力を付与されたアーノルドが対処している。


「遅い」


炎すら纏わせず、一直線に伸びた切っ先は一つ目の大巨人(サイクロプス)の、その目に突き刺さる。仰け反って倒れるよりも早く、二撃目、三撃目を喉元と心臓を的確に攻撃を放ち、一瞬で絶命させた。その手際の良さに、思わず一同は見惚れてしまうほどであった。


「これでこの付近の魔獣は最後だな」


「ええ。他はすべて、別の騎士隊が対応しているみたいです」


アーノルドの問いに断言したのはケイジである。彼は索敵能力をフルに活かして周辺の危機を逐一、アーノルドへ伝えていた。騎士隊の防衛網をかいくぐって接近して来た魔獣の群れがいるという情報も、いち早く察知したケイジからのものである。


「6層になってからというものの、こんな連中ばかりだな」


組織的とまではいかないが、警戒網を潜り抜けてくるような魔獣の群れが増えてきた。だがエリーたちは、その攻勢を冷静に対処している。今のところ、パーティーが破綻するような事態には陥っていない。しかしこの状況に浮かれるような人間は、この中にはいない。前に嫌と言うほど痛い目に遭わされた面々である。むしろ警戒し過ぎるほど、警戒していた。

その中でもエリーは手のひらをうにうにと開閉しながら、じっと見つめていた。


「どうした?」


「んー、アーノルドさん、調子の方はどうですか?」


「調子?」


「何か変な感じがするとか、調子が悪いとか………」


「いや、むしろ絶好調ってくらいだが」


(全然、わからん)


確かに調子はよさそうなので、嘘ではないと思う。だがそれなら、加護を付与した時の、形容しがたい違和感はなんなのだろうか。


「膝の調子が悪いんですの?」


「まぁ、膝はいまいちだけど、もうしょうがないかなー」


モニカに指摘された膝の具合も良くはないが、一度はこれでもかとぶっ壊れた膝だ。正直、もう元に戻る事の方が難しいんじゃないかと思う。骨が砕けた挙句にゴリゴリと磨り潰されのだから、治癒系魔法とリハビリのおかげで歩けるようになっただけでも感謝しなくてはなるまい。その点については、調査が始まる前に自己申告して


「私、ろくに動けないので、機動力の面でのフォロー頼みます」


と伝えてある。そして作戦もそれを前提とした布陣で臨んでいるので、現時点では破綻はない。何よりアーノルドに護衛特性があったという、騎士団の連中が驚愕する予定外の天啓もあった。唯一、救出されたエリーは


「いや、護衛特性っつーか、かっこつけ特性ですよね。先輩、元々ええかっこしい野郎なんで。」


とアーノルドの特性を見抜いていたようだが。とにかくアーノルドに上手く護衛(介護)されながら、ここまで上手くやってきたのである。なので、エリーは心中の違和感をここでぶちまけるのは、さすがに憚られた。何せ違和感を感じるのはアーノルドに対する付与の時だけなのだ。いくら厚顔無恥であるエリーとはいえ、自分を助けてくれている人に面と向かって


「お前に魔法掛けるの、気持ち悪いんだけど」


とは言うほど恩知らずでも恥知らずでもない。いや、言い方があるだろというツッコミは至極真っ当ではあるのだが、現実問題としてエリーがしずしずとアーノルドに対し下手に出ながら違和感について尋ねる事ができるだろうか?間違いなく言葉に詰まって


「先輩に魔法掛ける時、気持ち悪いんスけど」


と照れ隠しだか何だか分からないが、暴言気味にそう言うに決まっている(そして殴り合いが始まる)。


(我ながら、面倒くさい。ああ、いやな女だなー)


自覚があるのが情けない。ただアーノルドが自分を守ってくれて、なおかつ成果を挙げているというのは喜ばしいというか、誇らしいというか。もしかして私の存在がアーノルドさんの潜在能力を引き出しちゃった?みたいな気分になって、頬が緩む。


「気持ち悪いですわね……」


どうやら顔に出たらしい。相変わらず、詰めの甘い女子である。くそ、馬鹿にされた。しょうがない、後でアーノルドさんをからかって、心の均衡を取り戻そう……そう誓う面倒くさい女子エリーであった。


「それにしても、6層に入ってからというもの、露骨だね」


前を歩くケイジが誰となしに言葉を発する。


「いよいよ選択肢が少ない。奥へ奥へと導かれているような気がする」


全員が頷く。特にエリーはそれを敏感に感じ取っていた。悪意というのだろうか、自分への当てつけというべきだろうか、これみよがしに誘っている。断れないのを知っているからこそ、ここまであけっぴろげに誘い込んでいるのだろうか。


「……………………。」


「どうした、エリー?」


「見られてる」


「?」


嘆きの乙女(バンシー)が、私を見ている」


何の合理性もない、完全に直感である。

だが間違いない予感……悪寒が貫く。ここよりも深く暗い場所で、自分を観察する悪意を理屈ではなく、感覚で感じ取った。そして、その感覚は人間の悪意とよく似ていた。小さい頃から現在に至るまで、大小様々な悪意と遭遇してきたエリーだから、余計敏感に察知したのかも知れない。そもそも、現在のやり口もまた、人間の悩みだとか、見栄だとか、対立だとかを上手く利用しているような気がする。

現時点において、洞窟にいる面々は嘆きの乙女(バンシー)がアデリナ・パラッシュである可能性について知らない。もし知っていたのであれば、人間の創り上げた組織というものが宿命的に持ってしまう命令伝達や指揮系統の不備を突いて、あえて誘導している可能性について思いを巡らせる事が出来たかも知れない。


「何もアクシデントが起きていないなら、なぜ引き返すのか。引き返したいのであれば、これまで支払ってきた投資を放棄してまでそれを実行する明確な理由を述べよ」


埋没費用、サンクコスト、言い方はいろいろあるが、とにかく組織として投資した費用に見合った結果を求められている以上、引き返す決断は先延ばしになっている。

そんなわけで、完全な情報や懸念点を共有されないまま、洞窟内にいる二番隊の面々は調査を続行せざるを得ない状態に置かれていた。


(キャロルさんがこの場にいてくれたら良かったのに)


戦術面なら100点であるアーノルドも、こうした洞察については不得手である。それは彼が劣っているという意味ではなく、明らかに得手不得手の問題であり、単純な洞窟調査の域を越え始めた現在において、キャロルの不在がいよいよ深刻にのしかかってきた。


「進むべきか、退くべきか」

「相手の正体は何なのか」


実はこの点について、地上においても喧喧囂囂の議論が続いていたのだが、それについてもエリーたちが知る由もない。

そしてこうしている間にも、貴重な時間は刻一刻と潰されていっているのだった。


◇◇◇


王都イシュメイル。

その中心を成すトラヴィス城は高く白い尖塔が織りなす美しさを近隣諸国にも称えられてきた。

だが今、その一角において外見に似合わぬ詮無き激論……というよりも口論が繰り広げられ、堂々巡りの空転状態となっていた。


「あり得ぬ」


上奏された報告には、現在二番隊が調査中である洞窟の事が記されていた。そのうち、重要な報告は3点。


「魔獣の洞窟において、知性のある魔獣が出現している」

「過去の事例・文献などを調査した結果、この魔獣は突然変異ではなく、知性のあるモノが魔獣へと変異したと考えられる」

「上記が正しい場合、該当となる魔獣の触媒となったのは、行方不明となったアデリナ・パラッシュと、殉職したハロルド・マクニール両名の可能性がある」


1点目はいいだろう、2点目も調査の結果とあれば精査せねばなるまい、だが3点目については議論が紛糾した。仮にも騎士、それに名誉ある殉死を遂げた者に対し、鞭打つような報告である。理論でなく感情が、それを容易に受け入れなかった。


「何の具体的な証拠もなく、勇敢に散った騎士二名を、死してなお貶める理由はあるのか!?」


この上奏の出所が同じ騎士たちならば、まだ受ける印象も変わっただろう。だが聖トラヴィス学園の生徒会報告であれば、侮るつもりはなくてもどこかに「部外者が何を言う」という気持ちが湧いても致し方ないだろう。


「貶める意図はありません。あくまで彼らは被害者と考えています」


報告に参上したラルス・ハーゲンベックはいきり立つ者もいる会合の場で、冷静に言い切った。


「しかしながら、可能性があるのなら、前線にいる者たちに……全員でなくとも幹部クラスの騎士たちには伝える必要があるのではありませんか」


ラルスはせめて前線で決定権を持つ者にだけでも可能性を伝えるべきだと主張するが、反応は思わしくなかった。


「反対だ。むしろ逆効果になる」

「魔獣との戦いをしているつもりが、実はかつての仲間を討伐していると知れば、士気に影響が出る」

「不確定な情報を与えれば、逆に混乱させ、判断を誤る」


……などなど、大多数が反対意見である。


(まぁ、予想通りだな)


ラルスは自分に向けられる非難の視線や声を聞きながら、悠然と構えている。こうした反発は予想できなかったわけではない。むしろ予想していたからこそ、この場にクリフォードや、ましてやノエリアやキャロルを連れてこなかったのだ。悪者になるのは一人で充分である。


「九番隊はどのような意見か、お聞かせ願いたい」


話が九番隊に振られ、周囲の注目が一人の男性に集まる。


「私か」


長髪で細身……というか、痩せ型で、無骨さよりは知性的な面持ち。年齢は二番隊隊長のマックスよりもやや上だろうか。それでいて周囲に目を配る視線は鋭く、眼光には殺気すら感じさせる。

彼の名はサロモン・ヒル。王国騎士団・九番隊隊長である。


「そうだ。サロモン隊長は九番隊隊長。ここで名の上がったアデリナやハロルドとも面識がある。彼らを侮辱されては黙っておれまい?」


明らかにサロモンにも援護射撃をするように促している。


「そうだな。これは私見ではあるが……」


顎を撫でながら、サロモンはゆっくりと答える。


「少しでも可能性があるのであれば、あくまで可能性とした上で伝えるのが良いと考える」


「なんと………!」


(おや)


周囲も驚いたが、ラルスもまた、少し驚きをもってその言葉を聞いた。


「サロモン隊長、正気か!?」


「感情論に終始しても仕方あるまい。可能性が少しでもあるのならば、それを事実とする前提で討議せねばならん。それにマックス隊長が、その辺の取り扱いを誤るとも思えんしの」


ラルスはなるほど、さすがは九番隊の長だと内心感心した。索敵や隠密行動、情報収集の任に当たる事の多い九番隊は情報の有益さと同時に感情によって情報を取り扱う危険性を熟知しているのだ。だからこそ、ともすれば仲間が貶められていると言えなくもない物言いに対しても、客観的に判断を下したと言った所だろう。もっとも責務と感情は違うので、過度に期待したり親しさを期待してはいけないが。


「イザーク隊長!」


議論が煮詰まって来ると、最後に全員が一番隊隊長へ意見を仰いだ。この日、イザークは副隊長を連れず、一人で参加している。普段であれば、冷徹で面白味のない意見を副隊長のハーマン・タルコットが発して全員が鼻白むのが通例だが、本日は多忙との事で不在である。


「………ラルス・ハーゲンベックの忠言、一考の価値があると言えよう」


「イザーク隊長!!」


「だがあまりにも情報が少なく、前線の騎士たちの事を考えると、メリットよりもデメリットの方が大きいように思える。今は報告すべきではない。それに……わしとて、「我が子」が魔の手に堕ち、あまつさえ我らが命を狙っているとは……思いたくはない」


これで会議の方向は決まった。

その言葉に従うように熱量は沈静化し、この話はこれで終了とも言うべき雰囲気が流れる。ラルスとしても、もはや手の打ちようはない。


(我が子、とはよく言ったものだ。ああ言われては、いくら論理的に抗弁しようとも効果が薄い)


してやられた、と思う。親が我が子に注ぐ愛情は論理ではない。つまり、理論的に話をしようとしているラルスとは、そもそも上がる土俵が違っているのだから、話がかみ合うはずがないのだ。

強いて収穫があったとすれば、九番隊隊長のサロモンが、存外話が分かりそうだという事だろう。


「しかし、どうしたものか。ここまでの報告と経過時間を鑑みれば……」


少なくとも調査隊の一陣は、第6層に到達しているはずだ。そしておそらく魔獣の強度を考えればアーノルドたちがいよいよ先陣で戦っているはずである。


「無事に帰ってこい。話は単純な洞窟調査ではなくなりそうだ。こんな所で無駄死などつまらんからな」


ラルスはこの場にいない、遠く離れた地下深くにいる後輩の事を思い、柄にもなく嘆息した。


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