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2章28話 最悪のケースは

「テントに放り込んでくれるって言ったじゃないですかぁ!!」


「悪い。俺も眠くなって落ちたわ」


「そんなんで済むかーーっっ!!」


起き抜けから元気なエリーである。それもそのはずというか、昨日、不覚にもアーノルドに甘えて一緒にくっついて寝落ちしたところ、そのまま朝まで一緒に寝てしまったのだ。アーノルドはエリーが寝た後、テントに放り込んでやると言ってくれたのに、である。

おかげで寝乱れて、肌も露わになった姿でアーノルドに絡む姿を皆に見られてしまった。足なんてもう、アーノルドの胴体とか互いの足とかに絡み合ってたし、顔は思いっきり胸に埋めていた。アーノルドの腕に、しっかり抱き枕されていたので、それはもう、たった今まで何かしていた事後のような寝姿だった。


そんなこんなで、一応、風紀を乱した罪で事情徴収が行われている。なぜか学級会のごとく、ぐるりと周囲を囲まれ、衆人環視の中で晒し者状態になっているが。

そんな尋問は、こんなやりとりから始まった。


「……二人は、何であんな真似を?」


「こいつが抱いて欲しいと言ったから抱きました」


「言い方ァ!!」


エリーが叫ぶ。だがアーノルドは意にも介さず冷静に答えた。


「でも、そんな感じだったろ?」


「まぁ、そりゃ、そんな感じでしたし、否定はしませんけど!」


アーノルドの発言に嘘はないが、情報が少なすぎる。おかげで肯定した感じになってしまい、どよめきの声が上がる。


「盛ってんなぁ」

「発情期の猫みたいですわね」

「まぁ、いつもの事だけどね」


D組の生徒たちは干し肉をくちゃくちゃ食べながら、何の動揺もしていない。それはそれでどうなのかと思うが。


「おい、お前ら。自分たちのした事、分かってんだろうな?」


マックスが低くドスの利いた声で前に出る。エリーなどは、ひぃ、と声を上げてアーノルドの後ろへ撤退してしまう。自ら世界一安全だと宣言したのだから、それくらいの責任は取ってもらおう。


「誘ったのは私ですが、応じたアーノルドさんも悪いと思います!!」


アーノルドの背後から火に油を注ぐ発言をするエリー。周囲の目が一段を厳しいものになる。その言葉をマックスは聞き捨てならないと言わんばかりに睨みつけたので、再び背中へと消えていった。マックスは咳払いをし、たしなめるように続ける。


「こいつらを見ろ。先遣隊は危険を承知で未知の洞窟へ挑み、それをフォローする連中も苦難の連続。もちろん、お前たちの安全を確保する為に奔走している奴らもいる。皆、命懸けだ」


居並ぶ騎士たちからの視線が痛い。そんな彼らを嘲笑うかのように、後方でイチャイチャと遊んでられては、命懸けの騎士たちも報われないだろう。エリーはそんな風に考えてばつが悪くなり、小さくなる。


「一体、地上に戻れるのはいつの日か……」


遠い目をするマックス。アーノルドはそれに共感し


「わかります」


と答えた。エリーはそんなアーノルドを見て「わかります、じゃねぇだろ、馬っ鹿じゃねぇのかコイツ。おめーが言うなって雰囲気になってんじゃねぇかよ。炎の魔法使うからって火に油を注いでんじゃねぇぞ、このぽんこつ騎士」とでも言いたげな、何とも味のある表情をした。


「お前に分かるものか!」


誰かが叫ぶと、たちまち同調する声が上がる。

ああ、何と言う事だろう、この魔獣の洞窟奥深くで、力を合わせなければならない者たちの絆にひびが入る事になろうとは。その一端を担ってしまったエリーはさらに小さくなり「私は知らない、私は塵芥……」と呟いて責任がない事を強調する。


「スッキリしたお前に、俺たちの欲求不満が分かるか!」


「ん?」


エリーはその言葉に違和感を感じ、顔を上げる。


「こちとらずっと調査調査で、ろくな娯楽もないってのに……」

「ただでさえ、エリーちゃんにそんな無防備な格好をされて、ムラムラするってのに……」

「まさかよろしくヤっちまうとは恐れいったぜ!!」


なにいぃぃぃぃ!エリーは絶句する。騎士たちの不満が、下半身の欲求にあったとは!アーノルドは「ふむ」と考えこんで一言。


「まぁ、確かに(エリーの不安が解消されて)スッキリしましたけどね」


やめろおおおおおおおおおおお!!お前はいつも言葉が足りない!私も人の事は言えないけど!


「貴様……そんないけしゃあしゃあと……」

「恥ずかしげもなく、よくも堂々としたもんだな」

「そんなにスッキリしたのか!?」


さらなる追求に対して、アーノルドは堂々と答える。


「そりゃ一晩中(語り明かしたん)ですからね。いやでもスッキリしますって」


冷たい風が吹いたと感じるのは、洞窟の寒気だけではないだろう。なぜか前屈みになる者もいるようだが、アーノルドには理由がわからない。体調でも崩したのだろうか。心配だ。


「なぁ、エリー?」


こっちに振らないでいただきたい。エリーの願いも空しく、アーノルドが話を振ってきたので、これでは返事をせざるを得ない。あわあわしながら、エリーは言葉を紡ごうと努力するのだが、混乱をしているので上手く言葉が出てこない。モニカは遠目で「これ、やりやがりますわね」と思いつつ、優雅に髪を整えている。ようやく口から出たのは、明らかに誤解を招くワードの数々であった。


「スッキリしましたよ!しましたけどね!でもアーノルドさん、言葉が足りないと思います!そりゃ、私は一連の事が済んだ後、そのまま気持ちよく意識を失っちゃうくらい大満足でしたけど!でも、そういう事を皆の前で言っちゃうのはどーかと思いますよ!それに、終わったらバレないようにテントに戻してくれるはずでしたよね?その辺、どうなってるんですか!?」


言葉が足りないと言いながら、自分もまた盛大に足りないエリーである。無論、応じるアーノルドとて負けてはいない。


「それは悪かった。だが俺だって疲れてたんだよ。お前の相手、大変だったんだぜ。そりゃ、ほぼ同時に意識を失ってもしょうがないだろ」


「まぁ、こっちからおねだりしておいて申し訳ないとは思ってますけど……もうちょっと甲斐性を見せて欲しいものですね。あんま褒めてくれたりしないですし」


「……泣いてるお前は可愛かったぞ。いつもああなら良いのにな」


「いじわる!」


ヘイトが盛大に溜まっていく。


「この野郎、剣以外に興味ありません面しておいて、女を鳴かせて喜ぶとは、とんだ好色漢だぜ」

「意識を失うまでヤっちまうとは、どんだけ溜まってたんだ」

「ヤる事ヤって、そのまま朝までご同衾とはな……どんだけ肝っ玉が太いんだ」

「くそ、イチャつきやがって……目の毒だ……」


泣き出す騎士もいた。このままでは全軍の士気が崩壊すると感じたマックスは二人に厳重注意をすると、風紀を乱すような真似はするなと言い渡す。


「よく分かりませんが、了解です」

「風紀を乱したつもりはありませんが、了解しました」


「お前ら、いけしゃあしゃあと、よく言えるな!」


全然、反省の色が見えない二人に、さすがのマックスも頭を抱える。あれだけの事をしでかして「風紀を乱していない」とは恐れ入る。二人の倫理観はどうなっているのだろうか。さらにはヒソヒソと話して


「お前のせいで怒られただろうが。何で怒られたか知らないが」


「アーノルドさんが誤解を招くことを言うからですよ。まぁ、これからは節度ある会話を心がけましょう」


「昨日の借りくらい返せよ」


「しょーがないですね。私が得意なアレでいいですか?」


シュッシュッ、と手を上下するエリー。彼女が得意な剣磨きのお手入れポーズなのだが、何やら棒状のナニを擦る動作とよく似ているので、間違いなく誤解を与え続けていた。


「それで手を打とう。丁寧に頼むぞ」


「ええ、心を込めてご奉仕しますよ」


「おめぇら、人の話、聞いてた!?」


級友たち以外に間違いなく誤解を与えながら、かみ合わない話は続いて行く。おかげで今日の探索方針について協議する時間が1時間以上、押した。


◇◇◇


「この報告、必要あります!?」


生徒会室で洞窟調査の報告書を一読したキャロルが、以前と同じような悲鳴を上げ、既に既読済みのクリフォードが笑ってたしなめる。


「ないね。だが君も彼らの日常を確認できて安心したんじゃないかな?」


「それと似たような台詞を、以前ラルスさんから聞きました……」


その場の光景が脳裏に鮮明に浮かび上がる。脳内再生容易すぎる。あの場に自分がいたら、騎士たちに謝罪をして回っただろうか。それともエリーへのツッコミに忙しかっただろうか。何となく級友たちと一緒に冷たい目でエリーを眺めていたような気もするが、いずれにしても後始末に奔走していたに違いない。今回は誰がその役割を果たすのか………立場的にはフランクさんかな……。

キャロルは心の中で彼に深く手を合わせながら同情した。


「でも気になる報告ですわね。相手が罠を張って待っているだなんて……最悪のケースとして想定していたとは言え、そこまで知恵のあるモノが本当にいたとは」


ノエリアの言葉は暗く、重い。あらゆるケースは想定しており、相手が人並み以上の知能を持ち合わせている事も想定していたが、それでも実際に遭遇してしまうと衝撃的だ。そして、その状況について興味深い報告を上げてきたのがキャロルである。


「キャロル、君の報告を深く考察する必要がある。『知性のある怪異が発生する状況の検証』……だったか」


クリフォードが先にキャロルが提出した資料を改めて見る。


「はい。過去の【知性のある魔物の襲撃】、【突如として発生した魔獣たちの野生的とはかけ離れた行動】の記録を検証しましたが……突然、知性のある魔物が現れたケースは少なく、特に閉鎖された空間においては、ほぼ皆無と言って良いでしょう」


「つまり魔獣の洞窟で、知性のある魔物・魔獣が突然変異で発生する可能性は……」


「極めてゼロに近い…と思います。もちろんゼロでない以上、可能性を排除すべきではありません。しかし別の可能性から解析をした方が事実に近付けるのではないでしょうか」


ここにいる全員が、キャロルの言葉にうなずく。生徒会にいる人間で、察しの悪い人間はいない。アーノルドですら、普段はやや残念ではあるが、こういう危険な匂いをする案件には敏感なのである。


「つまりキャロル嬢、君は洞窟で発生している状況には原因があるとみているんだね?」


「その通りです。私は洞窟で消息を絶ちながら手記を遺したアデリナ・パラッシュではなく、彼女と時同じくして、洞窟で死亡したハロルド・マクニールの死亡時の報告に注目しました」


ハロルド・マクニール。

彼は数年前の洞窟で起きた悲劇の当事者である。九番隊隊員としてアデリナとペアを組み、5層目で力尽きた悲劇の騎士。彼は死体発見時、鎧も装備もなかったのだが、手記の発見によりアデリナに渡していた事が判明した。彼女を生かす為に、自らを犠牲にしたのである。


「騎士の鑑である」


そう彼は改めて称賛されたのだが、キャロルは、エリーが遭遇した怪異との共通点をそこに発見した。それはキャロルが直々にエリー自身から話を聞いていたから心に留めていたのであって、他の人物なら気にもしなかっただろう。


『あいつらはヤバい、嘆きの乙女(バンシー)首なしの騎士(デュラハン)、どっちかと遭ったら逃げる事をお勧めするよ!』


エリーの言葉が今も耳に残る。だからこそ到達した推測。

洞窟に消えた男女の騎士と入れ替わるように、洞窟に出現した鎧の騎士。そして死を司る嘆きの乙女。

キャロルが何を言いたいのか、全員が察している。ラルスは前にキャロルから、「言うべきではない事」を口にして苦言を呈されたが、今回の事は言わなくてはならない。キャロルは説明を続ける。


「魔獣の洞窟に出現した嘆きの乙女(バンシー)の出現にはアデリナ・パラッシュが、首なしの騎士(デュラハン)の出現にはハロルド・マクニールが影響を及ぼしている可能性が高いです。私が推測するに……」


キャロルは言いにくそうに、だが言わなければならないと口を開き断言する。


「お二人の身体、もしくは鎧を触媒として誕生したのではないかと考えます」


その事は、生徒会のメンバー全員が想像していたものである。だが改めて口にすると慄然とせざるを得ない。それが事実であるならば、悲劇が、またさらなる悲劇を産み出そうとしているのだ。もしエリーが、先の遭難で命を失っていたら、もう一人の怪異が誕生していたのだろうか。


「………無から生まれていないだけ、最悪の一歩手前か」


知性を持つ怪異は発生したのではない。人の身体を依代に産まれた…。似ているようで無から生み出されるのと、その場にあるものを媒介にしたのとでは訳が違う。自然発生とはちがい、ある意味、この2つの怪異を止めれば、洞窟で発生している緊急事態は解決する。


「ええ、その通りです。ただ討伐するにあたり、想定しうる最悪のケースがあります」


「まだ最悪があるのか?」


沈黙を保っていたラルスがうんざりしたように言う。すでに犠牲となった騎士団員の身体から怪異が発生してしまった可能性が高いと、嫌な報告を受けているのに、まだ下があるというのか。キャロルは頷き、そして続けて言う言葉は、さらに翳りの色を濃かった。


嘆きの乙女(バンシー)はアデリナ・パラッシュが堕ちて転生しています」


キャロルの言葉に迷いはない。


「彼女は私たちに悪意を向け、一人残らず殺そうとしている、と私は考えます。この件について、ご意見をいただけますでしょうか」


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