2章24話 滑り出しはまずまずで
ワイワイと賑やかに、1年D組軍団は洞窟の中を進んでいた。
すでに制圧した2層に危険はなく、すぐに3層へと到達する。ここに設営された軍営地が、今回のベースとなる場所である。そもそも、かつては2層程度であれば、さほど問題はなかったのだ。それが近年の活発化する魔獣たちの動きで、こうした警戒が必要になってきている。
「その原因をつかむのが、今回の調査の目的だ」
野営地に到着し、一同が焚火を囲んで一息ついている中、1年生徒たちにアーノルドは改めて説明をした。
「索敵や警戒はケイジくん、前衛はグレンくん、魔法での援護はモニカさんが担当する。俺は全体を見渡しながら、その都度、指揮を執り指示を下す。前回、フランクさんが行っていた事を、俺が行うと思ってくれ」
「大丈夫っすかねー。先輩にフランクさんの代わりができますかねー?先輩、腕っぷしは強いけど、総合力というか、人間的な円熟味はフランクさんの足元にも及ばないじゃないですか」
アーノルドは茶々を入れて来たエリーの脇腹を無言でズビシ、と突っつくと、彼女はたまらず「うにゃん」と変な悲鳴を上げて退散した。エリーが「くそ、弱点を把握しやがって」とかぶつぶつ言いながら沈黙したのを見て、アーノルドは続ける。
「俺たちの周辺も騎士たちが守備につくが、相手がどこから来るか分からない。君たちが最後の砦だと思ってくれ」
「はいはい!私、エリーの名前がどこにもありません!」
めげない女である。再度、アーノルドに突っかかって来るエリーに、アーノルドはきっぱりと言った。
「変な事をするな、動くな、引っ掻き回すな、以上」
「戦力外通告!?」
ズガーン、とショックを受けるエリー。そんなエリーに、アーノルドは言った。
「いるだけで、お前には価値がある。逆に言えば、お前が敗走したらこの調査は失敗だ」
そしてちらっと他の1年たちの方を見て、何やら目配せをする。その意図を彼らは明確に察知した。
「さしずめエリーは姫、そして俺たちは姫を護る騎士という事だな!」
「エリーがいれば、みんな加護を得られるからね。まるで僕らのオアシスだ」
「チェスのキングですわね……最後の希望をチェックメイトされないようにしなければいけませんわ」
次々に投げかけられる褒め言葉に、不満げな顔から一転、相好を崩すエリー。そ、そっかな、とか言いながら頭を掻いて、まんざらでもない表情である。ちょろい。
「古今東西のお伽話を見てみろ、お姫様は王子様に守られるものだろ?」
「ほう、お姫様……」
すっかりその気になるエリー。馬鹿の相手は楽だな、と頷くアーノルドの胸の内など気にも留めず、
「分かりました。不肖エリー・フォレスト、お姫様の大役を務めさせていただきましょう!」
と言い切った。本当にありがたいくらい、ちょろい。助かる。熱を帯びるエリーの言葉とは裏腹に、心のこもっていない拍手が洞窟に響き、「わー、がんばれー」とか「さすがえりーさん、すごい」とか、棒読みの台詞があちこちから飛ぶ。唯一、グレンだけが「うむ、その意気だ!!」とマジで応援しているのが、一層カオス感を煽る。
それを遠目で見るフランクの表情は微妙である。どう見ても学生気分である彼らに真面目なフランクは一抹の不安を抱かざるを得ない。もっともフランクは彼らと一度、死線を越えて来た仲であるので、その力量はよく知っており、その点で不安はない。不安なのは、相手の攻勢を受け、彼らが再び犠牲になるような状況に陥らないかという事である。
「マックス隊長やアーノルドは大丈夫と言っていたが……」
あの二人の太鼓判はどうにも不安である。アーノルドは自分の事を棚に上げて「キャロル嬢不在のせいで欠けた知性は俺が補う」とか夢のような事を言い出すし、マックスに至っては「勘」とか言い出す始末。本当に大丈夫なのか、もうハラハラして胃が痛い。
「先遣部隊、3層奥へ向かいます!」
その時、軍営地の先頭から大きな声が上がる。その号令に合わせて騎士たちが動き出し、にわかに緊張感が走る。3層奥から4層へ向かうと、魔獣たちは格段に強くなる。ましてや、魔獣の動きが活発化している状態では、本来ならば、もっと深部に棲む魔獣たちが出現してもおかしくない。本当ならば、かなりの精鋭たちでなければ向かうのを躊躇われる状況だが、今回は大人数で行軍をしていた。
「エリー」
アーノルドの声に、エリーが立ち上がる。
「あいよ」
短く気の抜けたような返事。だがフランクは、彼女の顔を見て驚いた。
(雰囲気が変わった)
パン、パンと、頬を平手で叩いて「うっし」と気合を入れると、きっ、と前を向く。とてもお姫様のするような仕草ではないが、その眼光は鋭く、先ほどまでデレデレになっていたのと同一人物とは思えない。
「いきます」
エリーの両手が交差し、目を閉じて何事か口の中で口ずさむと彼女の体が発光し始める。ふわりと風が起きて髪の毛が軽く掻き上げられる。そして、目を見開くと両手を広げ、唱えた。
「【美しき乙女の加護】!!」
ぶわっ、と魔法が解放されるや、先遣隊の騎士たちに光が舞い落ちる。彼らの体が薄く輝きを保ち、何らかの加護が加えられているのが分かる。
「おお……」
「これは……」
見事な魔法操作で、多人数に一斉に加護が付与された。今はただ光っているだけだが、報告にあったように対魔属性が圧倒的に高くなるというのが事実であれば、こんなに心強い事はない。むしろこれだけの人数に一斉付与できるなど、驚くべき効率の良さと魔力量である。
へへん、とドヤ顔をするエリーに、級友たちから温かい労いの声がかけられる。
「さすがだな、キャンプファイヤーの力は」
「キャンプファイヤーは錆びついちゃいなかったね」
「一家に一台、欲しいですわ」
「キャンプファイヤーじゃねぇわ!!【美しき乙女】っつっただろうがよおおお!!」
地団太を踏むエリーにアーノルドがとどめを刺す。
「ふざけてる場合じゃない。今みたいな事を続ければ、魔獣がエリーを狙って来る。いわば誘蛾灯だ」
「誘蛾灯………」
その言葉に死んだような目になるエリー。まぁ、美しき乙女をイメージしていたのに、誘蛾灯と言われたのだから、その心情は察して余りある。
「俺たちは、群がる蛾を追い払わなければならない。それに上手く利用すれば魔獣を効率よく倒すことができる。前向きに考えて、力を合わせて頑張ろう!」
「「「おう!!」」」
気合を入れる一同をよそに、一人「誘蛾灯……誘蛾灯……You gotta....」と夢遊病者のようにつぶやくエリー。こうして一人の少女の心の引き換えに、隊の基本方針が決まり、調査はより一層、進んでいくのであった。
◇◇◇
「まじかよ……」
先遣隊の騎士の一人が自分の剣を見ながら呟く。他の騎士たちも、概ね同じような反応で口々に
「切れ味が良すぎる」
「受けるダメージが明らかに低い」
と加護の威力に驚きを隠せない。まだ凶狼や凶暴熊がメインだが、3層到達まで自力で到着した時までの苦労を思えば、圧倒的に楽なのだ。
「こりゃ、嬢ちゃんを作戦の中心に据えるわけだぜ。こいつがなきゃ、深層まで行けねぇわ」
人馬獣の姿も、ちらほら見えて来た。この先には一つ目の大巨人も出て来るだろう。加護なくして、到底無事では済むまい。先の事件において、フランクやピエールが学生たちを連れて九死に一生を得て戻って来た時は、状況からしてありえないと仰天したものだが、なるほど、この加護が強力に後押しをしてくれたのであれば、「ワンチャンあるかも知れん」と納得できる。
その上、前回エリーは捜索活動に数時間参加していた。つまりこの威力の魔法を数時間単位でぶっ続けられるというのだから、反則級の御業だ。その後で魔力が枯渇してしまうが、そんなだだ漏れの使い方をすれば当然。むしろ凡庸な魔法使いであれば、一時間も持たずに枯渇するだろう。
その要である聖女は何をしているのかというと……
「うおおおおお、熱い熱い熱い!!」
「我慢しろ、光源を維持するんだ!」
両手に松明を、それだけでなく頭にもハチマキと共に小さな松明を掲げ、燃え盛る炎の塊となっていた。3層を越え、4層にまで至ると、魔獣たちは神聖魔法の根源であるエリーに狙いを定めてくるものも増えてくる。もちろん神聖魔法を使えば簡単におびき寄せられるのだが、それでは魔力がもったいないと、松明でガンガン目立つようにしているのだ。もはやリアルキャンプファイヤーである。
「ほら、こっちに来い!光るこいつが目印だ!!」
アーノルドの声に反応するかのように、吠えながらエリーへ突進する魔獣たち。こんなアホな罠でも凶狼くらいであれば騙せるらしく、魔獣ホイホイと化したエリーに群がるモノどもを、バッタバッタとなぎ倒していく。誘蛾灯の効果は抜群だ。
「火の粉が熱ぅい!!ちょっと、火傷してる、火傷!!髪の毛もちりちり言ってる!」
「我慢しろ!」
「ひぇぇ、魔獣がこっちくる!」
「ちょっと、熱いからこっちに近寄り過ぎないでくれます!?」
「酷い!」
「暗いぞ!!もっと松明を振れ!」
「これ、もう魔法使った方が良くない!?」
右往左往しながらも成果を挙げている。魔力消費より体力の消耗の方が甚大のような気もするが。
そうしているうちに、いつの間にか魔獣たちの襲撃は止んでいた。殲滅したか、恐れをなして引っ込んでしまったようだ。エリーは大地に突っ伏し、熱ぃ、熱ぃと言いながら松明を遠ざける。
「お肌がヒリヒリするよぅ。ああ、髪の毛も何か焦げ臭い!」
髪の毛を弄りながら、文句が絶えないエリー。まぁ、現時点では一番、被害を受けているので仕方がない。もしここにキャロルがいれば、水魔法で火傷も冷やしてくれたのだが。ああ、彼女の不在が恨めしい。
「アーノルドさん、もうこの作戦はやめにいたしましょう」
「モニカ様ぁ!!」
「松明の消費が多く、費用対効果がよろしくありませんわ」
「そっちですか!私の体の心配ではなく!?」
「じゃあ蝋燭なんてどうだろう」
「待って、アホノルドさん。それ、絶対に私と先輩で、いかがわしい感じになる流れですよね?嫌ですよ!洞窟で、あんあん喘ぎ声をあげるの!」
「俺とアーノルドさんの炎があれば大丈夫だ!」
「何が!?私を焼き尽くすつもりですかね!?」
「全身に肉をぶら下げるとか……」
「とうとう私を餌にしやがったな!」
モニカ様はとにかく、後半の男三人はどうしょうもねぇな、とエリーは不安になる。キャロル不在がこんなにもこのパーティーにカオスをもたらそうとは想像以上だ。それは図らずもモニカが事前に思っていた事と似通った感想であった。そしてアーノルドもまた「俺が知性をもたらさなくては」とアホな事を考えているし、グレンは何も考えていないし、唯一、ケイジはまともな部類であるが、積極的に皆をまとめる方ではないというか、このカオスを楽しんでしまう性格なので、放置状態である。
そして、ここにいる全員が内心、こう思っていた。
(この調査隊……俺(僕、私)が引っ張るしかないな……)
その光景を見たフランクは、先ほどちょっと安心した気持ちも吹っ飛び、再び「こいつら、何かやらかすんじゃねぇのか」という猜疑心に悩まされる事になる。
と、まぁ、細かい懸念はいくつかあったが、まずは順調な滑り出しであった。
だが彼らはまだ知らない。
―― 彼らのいる先……光の届かぬ暗き深淵で縮こまりながら、真っ赤な瞳をぎらつかせている異形のモノ……嘆きの乙女が、じっと彼らを見ている事を。




