2章1話 再始動
「「こいつが悪いんです」」
異口同音にエリーとアーノルドは言い切った。
場所は聖トラヴィス魔法学園の生徒会室。
二人は停学が解けてから初めて登校したその足で、衛兵と共に連行されたのである。
「はー……」
そして目の前で生徒会長にして皇太子クリフォードが盛大なため息をついていた。
「君たちは………片方が悪いだけで、こんな報告書が上がってくるかい?」
手にした報告書に目を通しながら、クリフォードは疑問に思う。
『1年D組エリー・フォレストは、教師眼鏡と裸エプロンの姿にて、半裸の2年A組アーノルド・ウィッシャートと共に登校。
この時、上記2名はもつれ合いながら降車し、著しく風紀を乱しながら………』
クリフォードが読み上げるのを、ノエリア・ウィッシャートは務めて冷静に書記をしていたが、やがて「ううっ」と口を押えて嗚咽し始める。
「もう嫌……
……どうして義弟の隠されていた性的嗜好を記述しなければならないの…?」
本来なら書記のアーノルドがその役目なのだが、何せ当事者なのである。
さらに監査役のラルス・ハーゲンベックが所用で席を外しているので、しょうがなく副会長のノエリアが事件の顛末書を記述しているのだが……彼女にはつらい任務だったようだ。
「「別に隠していません」」
堂々と言い放つ二人である。
いや、事実なのだが、ノエリアは曲解してしまい、さらに泣き崩れる。
仕方なくクリフォードが尋問を続けると、エリーが説明を始めてくれた。
「先輩が知的な女性が好みだ、一方、私はそうではないというので形から入ってみました」
「俺はそれ以上に家庭的な女性が好みだと答えました」
「なのでエプロンをしてみました」
「色気がない奴は論外だと言いました」
「裸エプロンになってみました」
「ちょっと待って、そこ、おかしいよね?」
クリフォードは冷静にツッコんだ。
「ご安心ください。
裸に見えて、実は下着はちゃんと着用していたのです。
しかも見えても良い下着ですよ?
それをガキな先輩は勘違いをして、シャツを脱いでこっちに投げつけて来ました」
「勘違いするだろ、あの場面ならよ!
つーか、見えても良い下着ってなんだ!?」
「ふふふ、つまり私の色香に負けたわけですよね?」
「負けてねーし」
「怪我人を押し倒しておいて、よく言いますねー」
「あれは体を隠そうとしただけだからな!」
「やっぱり私の色香を恐れたんじゃないですか」
「違う!」
「じゃあどうしてですか?」
「………あのまま外に出たら、お前の、あの格好が、その……見られるだろ?」
「……え?」
「あまりお前のああいう姿を、他の奴に見られたくはない」
「あ…………」
「………………言わせんなよ」
「………ごめんなさい」
「もう、いいから………」
「うん……」
いつの間にかエリーとアーノルドは二人して真っ赤になってモジモジしている。
チラチラと互いの様子を見ては目を伏せてたり、「ん……」とか咳払いをして、変な空気が流れて……
「あああああああああああああああああああああああ!!!」
そのよく分からない甘酸っぱい雰囲気に耐えかねたノエリアが、泣きながら発狂した。
「何か!こう!義弟のそういう所に!あまり居合わせたくなかった!喜ばしいんだけど何か!何かこう!生の感情というか!言葉に出来ないもやもやがあるのっ!!」
ノエリアの声で我に返ったエリーとアーノルドは、口々に無反省な事を言いだす。
「気にし過ぎですよ、ノエリア様」
「そうですよ、義姉さん。俺たちは何も気にしていません」
「ちょっとは気にして欲しい!」
そう言うと、目の前にドン、と2冊の書物を置くと、さらにノエリアは説明をする。
1冊は40ページくらいだろう。もう1冊はその3倍くらいある厚みである。
「ノエリア様、これは?」
「こっちの薄いのが、これまで学園に伝えられてきた禁書よ」
「これが……」
アーノルドも見た事はなかった。
聖トラヴィス魔法学園は、その歴史と成り立ちなどから国家の秘匿に関わる事もあり、中には報告書に残せないような重大な案件に絡む事もあった。しかし後世に伝えなくては歴史や知識が断絶してしまう。
そのような重大案件は、報告書とは別に「禁書」という形で門外不出、歴代の生徒会役員のみが閲覧できる形で残されていた。
「それで、もう一冊は?」
「…………今年になって、追加されたものなの」
「それは………あの洞窟での事ですか?」
魔獣の洞窟での不可解な出来事の数々。
それを報告書に残してしまえば、不都合な事実によって生徒たちにも余計な不安を与えるであろう。
なるほど、こうした事件が禁書として残されているのだろう。
「でも……そんなに残す事ありましたっけ?」
エリーが小首を傾げる。
その姿に、ノエリアは悲しそうな表情をして告げる。
「……………るの」
「え?」
「ほとんど……いえ、全部エリーさんと、アーノルドの事で占められているの。
これも、あれも、どれも、これも、全部!!エリーさんとアーノルドの登下校のあんな事や、こんな事ばかりよ!」
ほえー、とエリーは間の抜けた声を上げる。
クリフォードは嘆くノエリアをフォローすべく注釈を添える。
「これまで「禁書」は神聖不可侵…まさに「禁書」というべき存在だった。
でも今やこの書は、成人向けの書物になってしまったのだよ」
「18禁書ですね!」
エリーが「どう、この返し上手くね?」と嬉しそうにドヤ顔をしやがったので、アーノルドが黙らせた。
反省のかけらも見えない有様に、クリフォードは残念な宣告をせざるを得なかった。
「……なので、こちらは別の管理とする」
「別の管理?」
「【学園禁書-成人指定- エリー・フォレストとアーノルド・ウィッシャートの記録】。
従来の禁書とは別に、列伝として残す」
クリフォードがぴしゃりと言い放つ。何と言う悲惨な題名だろう。「成人指定」という箇所が、何かもう、淫靡な響きを醸し出している。
「私の黒歴史が負の遺産として未来永劫残されるの!?」
「俺の黒歴史でもあるからな!」
二人は悲鳴を上げた。成人指定の書物に自分の名が冠せられる。
エリーは別世界でいう成人ビデオを連想してしまった。これは恥ずい。一生ものだ。列伝形式で破廉恥な記録を残すとは、15歳の乙女に何と言う仕打ちをしてくれるんだ。
「それはさておき」
「おかないで!結構な重要案件ですよ!?」
「ちなみに、ほぼ日報になっているからな。このままいけば、私が生徒会を次世代に引き継ぐ頃には百科事典ほどの厚みになるだろう」
「3年間、通学したら、どうなっちゃうの!?」
「………俺は最長でもあと2年だな。勝った」
「レベル低ぅい!!」
最高にアホな会話をする義弟に本気で頭を抱えるノエリア。私の愛する義弟はこんなにアホだっただろうか?そりゃ、予知夢を見る前は、冷たい態度を取ったり、酷い言動をしたかも知れない。でもここ数年、真摯に向き合い、心を通い合わせ、彼の良い所を見つめて、共に歩んでいたつもりだった。
ああ、でもそれは私だけの早合点だったのだろうか。まさか、まさか義弟が………
「ほら、アーノルドさん、ノエリア様が悲しい顔をしていますよ?あれは絶対、『まさか義弟がこんな性癖倒錯したド変態淫乱インモラル騎士野郎だとは思わなかった』って顔ですよ」
「そこまで思ってませんから!」
エリーさんに思っていた事を言われてしまった。いえ、本当にそこまでは思ってませんけど!
というか、エリーさんの語彙の豊富さはどこから来たのでしょう。市井で過ごせば、そういう知識が豊富になるのかしら?わたくしもいずれ、クリフォード様に嫁いだ後、エリーさんから知識を拝借する時が来るかも知れませんわ……。
ふんす、と鼻息荒く気合を入れ直したノエリアを見たクリフォードは、「ああ、この子、間違えた方向へ進みそうだな」とため息をついた。ウィッシャート家の人間は、極めて真面目な性格の人間が多いので、ちょっとこれからは監視しないといけなそうである。先ほどの学園禁書に姉の名前も載せるわけにはいかない。たぶん掲載される時は、自分の名も載りそうだし……
「それで、今日呼び出したのは、この為だけではないでしょう?」
アーノルドは考え込むクリフォードに尋ねた。
「こんな事の為にエリーまで呼ぶ必要はない。俺だけで十分ですからね。エリーをわざわざ呼んだという事は、彼女がいなければ成立しない話をする為……ですよね?」
全員がアーノルドを見直した。
「おいおい、この色ボケ野郎、どうしちまったんだ。真面目に話す事ができたのかよ」
とでも言い出しそうな顔である。
エリーに至っては仰天のあまり、額に手を当ててアーノルドに熱がないかどうか心配したくらいだ。その後、平熱のアーノルドによってその手を振り払われ、ほっぺたをむにゅーと引っ張られる反撃を受けたが。
「なにをしやがる」
「いえ、人の言葉を口にしたので心配になりまして」
真面目というよりも、人語を解した事の方が驚きだったようだ。エリーのアーノルドに対する評価の低さがうかがえる。
それはさておき、クリフォードにとって、未だアーノルドに知性と理性が残っていた事は喜ぶべき事であった。古来より色香に惑い道を誤って戻ってこなかった英雄の話は枚挙にいとまがない。彼もまた、その道を追うのではないかと心配していたのだから。アーノルドにその事を言えば、全力で否定をするだろうが、第三者から見たエリーとの関係性の認識は、まぁ、概ねそんなものである。
クリフォードは脱線に脱線を重ねた会話を修正すべく、改まった口調でエリーに問いかけた。
「エリーにとってはつらい事かも知れないが……魔獣の洞窟で起きた事を、改めて教えて欲しい」
ちょっと台詞場面の書き方、変えてみました。
後ほど、章立てします