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第45話 面貸しな

忙しくてしばらくは2日に1話投稿になりそうです…

聖トラヴィス魔法学園生徒会室に二人の役員が話し合っている。


生徒会会長クリフォード・オデュッセイア。

生徒会監査役ラルス・ハーゲンベック。


いつもは4人の生徒会メンバーだが、この日はウィッシャート姉弟が不在であった。

姉のノエリアは体調不良で、弟のアーノルドは……生徒会を辞する届出を提出していた。

生徒会どころか、退学届まで提出されている。


 「どういうつもりだ、アーノルドは」


苛立たしげに言うラルスの声は苦い。

元々、不器用な男ではあったが、まさか責任を取って退学するとは想像を超えていた。

今日から例のエリー・フォレストは登校を再開したようだが、まだ介護が必要なのだから、今こそ手助けをして借りを返すなり謝罪なりの意を示すべきではないのか。

それを

 「俺の顔なんか見たくもないだろうし」

と卑下して、介護の付添人を手配するとか、気の回し方がズレてる。

エリーは彼が不在なだけでも少なからず動揺していたというのに、付添人を手配されて世話をされ始めた時などアーノルドとの距離を如実に感じたようで、明らかに顔が強張っていた。


 「まさかとは思うが、このままアーノルドを放っておくつもりか?」


ラルスはじろり、と生徒会長を睨みつけた。


 「もちろん、このまま辞めさせるわけにはいかない。

  だが知っての通り、彼は一度決めたら、なかなか意思を曲げないだろう?」


こんな時に頼りたい智者ノエリアは、高熱を出して倒れていた。

エリーを救助するために各所に掛け合い続けた事や、エリーの安否、そして救助隊に義弟が志願するなど、様々な要因の心労。

事件が想定しうる最高のケースで、しかも弟の活躍で解決したのだから、姉のノエリアが安堵して力が抜けてしまっても誰が責められようか。

一報が入ってきた時など、拍手喝采の中でノエリアはへたり込んでしまった。

皆はその姿を見ているから、あまり無理はさせられない。

先もエリーのお見舞いに同行すると言って聞かなかったところを、無理矢理、ベッドに寝かしつけてきたのだ。


 「ただアーノルドについては、あまり心配はしていない。

  彼の周囲には、心強い人たちが揃っているからね。

  いつまでも、しゃがんでいたままじゃ困る」


 「しゃがんだからには、次は飛び上がってもらわないとな」


二人はくすぶり続ける男の顔を想起して、そう語った。

ちょっとダメな感じではあるが、彼の剣の腕前はもとより、その愚直さは伸ばすべきものであって、折ってしまうべきものではないという認識である(常識の範囲内で最低限度の矯正は必要だと思われるのだが)。


 「それにしてもエリー・フォレストは驚いた。

  あの状況で生き残った事もそうだが、あの日記は万金の価値がある。

  表現としてはいささか非科学的だが「もっている」女性だな」


 「それなのに、まだ警戒しているのかな?」


 「それが俺の役目だ。

  彼女が真に聖女であり、この後も何も起こらなければそれでいい。

  だが、もし彼女を中心に何事かが画策された時、それを察知し備える人間が必要だ」


別に本人の意思がなくても、担がれる可能性もあるしな、と付け加えた。

ラルス当人も、エリーに対する警戒は緩み、むしろ今回エリーが成した事に刺激を受けた連中の蠢動の方に警戒の度合いを強めている様子だ。

むしろ「もっている」奴が他人に利用された場合、とんでもない事態を引き起こしかねない。

特に彼女は敵味方問わず、巻き込んでいく傾向があるようだ。


 「……それより調査していた件、成果はあったのかい?」


クリフォードは声を一層低くして聞いてきた。


 「思ったよりも厄介だぞ。

  それでも聞くのか?」


 「もちろんだ」


 「………結論から言う。

  エリー・フォレストの救助見送りの件、裏で動いている者がいる」


 「裏で?」


 「今回の捜索隊派遣について反対したのは財務省だが、決定的な後押しをした者がある。

  この決断で、派遣は見送り、何とか二番隊の単独活動のみが認められた」


 「…………そのような動きがあったのか」


 「二番隊の捜索成功も、奇跡に奇跡が重なったようなものだ。

  よもや女学生が深層に落ちて助かるとは思うまい。

  大方、失敗を見越して、二番隊には許可を出したのだろう」


学園からの要請も援助を拒み、二番隊以外の隊の干渉を許さず、二番隊自体の活動ですら無支援のボランティア限定と動きを規制された。まるで捜索の失敗を望んでいるかのように。

二番隊の自発的で熱意ある行動、D組に通う子女に有力貴族ホールズワース家の者がおり個別に援助が得られた幸運、捜索部隊に向いた精鋭が揃っていた事、なによりエリー自身が足掻きに足掻いて救出までの時間を生き延びた事。

どれが欠けていても今回の救出劇は成功しなかったはずだ。


関係各位、その救出劇を喜んでいるが、その裏で舌打ちをしている連中がいる…。

それはすべてが円満解決したからと、放置しておいてよい類のものではない。

彼らは一度、画策すれば、二度、三度と繰り返すからだ。


 「………誰だ、その人物は?」


 「にわかに信じ難いが………」


ラルスがその人物の名前を口にした時、クリフォードは少なからず……いや、相当に衝撃を受けた。

この件に黒幕がいるのならば……王宮にいる保守派層といわれる有力貴族や、皇太子である自分を排除しようとする連中の顔がいくつか浮かんでいた。

しかしその人物は、クリフォードの中ではほぼノーマークだった。

そもそも、「彼」が黒幕だとしたならば、ここまで聞いていた報告とあまりに乖離した行動ではないか。


この事を誰にまで伝えるか。 自分でさえ衝撃を受けたのだ。

選択を誤れば国を分断しかねない。


二人が煩悶とする中、生徒会室の扉がノックされた。


 「誰か呼んだか?」

 「いや。 ラルスが呼んだのではないのか?」


顔を見合わせ首を捻るが、両者ともに心当たりはなかった。

話の腰が折られてしまった感はあるが、返事をしないわけにはいくまい。


 「………入りたまえ」


クリフォードの返事に応じて、扉が開く。

そこに立っていた者の姿を見てクリフォードは驚き、ラルスは虚を突かれたように目を見張る。


 「こんにちは! 報酬をもらいに来ました!」


そこにはエリー・フォレストが満身創痍の格好をしながら、満面の笑みを浮かべて立っていた。



◇◇◇


学園に行かなくなってから数日。

まだ陽も出たばかりの早朝、アーノルドは騎士団の宿舎で荷物をまとめていた。


ウィッシャート家から持ち込んできた物は送り届け、部屋の中は支給されていたベッドや机などの家具のみ。

彼自身、最小限度の荷物と剣を携行した、旅人の装い。

自らの身を何度も守ってくれた騎士団の鎧も、然るべき場所に返却して今はもう、ない。


 「こう見ると、意外と広かったんだな」


すっかり整理された部屋を見て、アーノルドは感慨深げに呟いた。

数日もかかったのは、次から次に来る同僚たちの「辞めるな」攻勢に対処していたためだ。

怒りながら、理を説きながら、しんみりとしながら、大声で泣きながら、あらゆる方法で騎士たちがアーノルドの翻意を促してきたのである。

その熱意に心が何度も何度も揺れたが、それでも初心貫徹でここまでたどり着いた。

この決意が鈍らないうちに、すぐにここを出なければなるまい。


 「おーい、アーノルド」


……と、言っている側からこれである。

散々、語り尽くしたと思うのだが、まだ俺を引き留めようとするつもりだろうか。

そうアーノルドは思いつつも、うんざりという気持ちはない。

一学生である自分をここまで引き留めてくれる事に対し、申し訳ない気持ちと同時に嬉しさの成分がまったくないと言えば嘘になるだろう。

だからこそ、どんな時間に誰が訪ねて来ても、嫌な顔をせず対応し、話をきちんと聞いた。

相手もそこまで誠実な対応をされると、アーノルドの性格をよく知っているという事もあって、最終的には説得を断念せざるを得なかった。


この時もアーノルドは先輩騎士からの声掛けに嫌な顔一つ見せずに応じた。


 「なんですか?」


 「ちょっと面貸せよ」


数人の騎士がアーノルドを誘う。

しかも全員、訓練用とはいえ剣を帯びている。

アーノルドはそれを見て、すっ、と目を細めたが、何も言わずに黙ってうなずく。


……やがて通されたのは騎士団の訓練場だった。


 「おめぇが去るのはもう止めねぇよ。

  だったら俺ら流の餞別を受け取ってくんねぇかい?」


男の一人が訓練剣を2本、携えてアーノルドと対峙し、そのうちの1本を放り投げて寄越す。


 「二番隊の不文律、何かあったら剣を振れ、だ。

  忘れちゃいないだろうな?」


気が付けば、次から次に騎士たちが訓練場へ現れてはアーノルドを囲んでいく。

全員、訓練剣を持参していた。

アーノルドは周囲を見渡すと、にやりと笑った。


 「まさか。

  二番隊に入って、真っ先に教わりましたよ」


 「それなら話は早ぇ。乱取り稽古だ。

  時間はたっぷりあるんだろう?」


 「いいですよ」


すらり、と剣を構えるアーノルド。やはり様になる。

剣先にまで気合の入った良い構えに、口笛やら不敵な笑みやらを浮かべる騎士団の面々。

魔獣に巣食っていた野獣と違い、ここにいる連中は例えば格上が相手だろうと怯む事はない。

新卒同然の新米騎士たちにはご遠慮願い、強者たちばかりがアーノルドに対峙しているのだ。


 「いくぜ」

 「どこからでも」


互いに小細工なし、真っ向から打ち合いが始まる。

アーノルドの剣は唸りを上げ、足は地面を激しく蹴り懐まで一気に突き進む。


 「こいつ………!」


ベテラン騎士ですら冷や汗をかく機動を見せつけながら、アーノルドは踊るように、笑みすら見せながら剣を振り続けた。



――― 2時間後。


 「いいんですかね」


騎士団第二隊訓練場では、未だに激しい戦闘訓練が行われていた。

その様子を見たフランクが呆れたように隊長のマックスへ話しかける。


 「いいんじゃねーの。若くて結構」


 「いや、そういうんじゃなくて。

  アーノルドの奴を、このまま行かせて良いんですか?

  説得できなかった我々が言うのもなんですが」


 「しょうがねぇだろ。

  去る者は追わず来る者は拒まず、ってやつだ」


 「時と場合によるんじゃないかなぁ」


フランクは明らかに不平顔だ。

一方でアーノルドは思いっきり笑顔で剣を振っている。

乱取り稽古も騎士たちは代わる代わるだが、アーノルドは2時間ぶっ続けである。

若干、剣の振りが鈍くなってきたような気もするが、まだまだ元気、底知れぬ体力に呆れ果てるばかりだ。


 「洞窟から戻ってきて、ずっと鍛錬を続けていたからな」


マックスもアーノルドの動きに内心、驚きを隠せない。

よほど真摯に鍛錬し、己と向かい合ったのだろう。

だからこそ、仲間の騎士たちとも正面から向かい合って退団の件を語らっても、何ら恥じる事なく己を貫けた。

………だがそれが惜しい。

惜しいというより、何がどうなっているんだというか……


 「何であの嬢ちゃんが絡むと、あんなにダメなんだ、あいつは」


エリーと会う時だけ、正面から向かい合わないし、悪口は言うし、素直にならないし、言わなくても良い事ばかり言うし、向こうの挑発にまんまと乗っかるし、挙句の果てに何故か風紀を乱すような状況になるし、まるで別人である。


そのくせ責任は人一倍感じているせいで、この退団騒動である。

奇しくもエリーが言い放ったように、根本的にアホなのだろうとマックスは思った。

やれやれ、とマックスは剣を取りアーノルドの方へ歩き出す。


 「次はマックスさんですか?」


額に汗を浮かべながら、まだまだ気力旺盛なアーノルドが笑顔で剣を構え直す。

その様子に、こいつ、今から退団して旅に出ようとするのを忘れているんじゃなかろうか、と苦笑してしまう。


 「手加減は無用ですよ」


 「言うねぇ。んじゃ、どんな手を使っても構わないかい?」


 「どうぞ、ご自由に」


言うが早いかお互いに剣を繰り出すと、激しい音が打ち鳴らされる。

そのまま剣が折れてしまうんじゃなかろうかというくらい、ギリギリと鍔迫り合いの音が響き、団員たちも固唾を飲んで見守っていた。

しかしその均衡は、至極あっさりと、マックスの言葉で破られた。


 「あ、エリー嬢ちゃんじゃねぇか」


え? とマックスが視線を動かした方に、思わずアーノルドが視線を動かすと


 「はい、一本」


と、ぽかん、と頭を剣で叩かれた。

最初、それを訳が分からない風に呆然としていたが、すぐにマックスにしてやられた事を知ると顔を紅潮させて抗議する。


 「それはずるい! 汚いですよ!」


 「どんな手を使っても良いと言っただろ?」


 「そりゃ、言いましたけど!」


 「まさかアーノルドが、女の子の名前で集中力を切らす日が来るとはな。

  おじさん、感慨深くて涙が出て来るよ」


 「ごまかさないでください!

  もう一本、よろしくお願いします!」


納得のいかないアーノルドは再戦を要求した。

尊敬する団長との最後の手合わせが、こんな形で終わるだなんて納得できようはずもない。

強く迫るアーノルドの追及をマックスは手をひらひらさせて断る。


 「本当なら相手をしてやりたいんだが……」


 「だが!?」


 「当初の目的は達成したからな」


 「は?」


 「別に俺は嘘を付いてお前から一本取ったわけじゃないぜ」


くいくいと親指で、方向を指し示す。

訓練所の入口付近を見ると、そこには見知った顔が、そしてあまり顔を合わせたくない人物が立っていた。


 「……エリー!?」


アーノルドが驚愕した顔をすると、してやったりというドヤ顔をして、彼女はこう言った。


 「ちょっと面、貸しな。一緒に学校行こうぜ」


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