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第44話 広いなぁ

アーノルド・ウィッシャートは、二番隊の訓練所で黙々と剣を振っていた。

雑念を振り払うように、何かを吹っ切るように、ただ黙々と。

あまりに鬼気迫る様子に、同僚たちも心配になって声をかけるも、あまり効果はないようで、とうとう隊長であるマックスが駆り出される羽目になった。

そのマックスは、まだ若き騎士を前にして苦笑する他ない。


 (心の迷いが、そのまま剣に出るとは若いねぇ)


年寄臭い事を思いながらも、まぁ、迷える子羊を導くのも隊長の役目だし、と声をかける。


 「いよう、精が出るな、若者」


マックスから声をかけられて、ようやく素振りを止めるアーノルド。


 「何か用です?」


汗びっしょりになった体をタオルで拭いながら、肩で息をしている。

今はもう昼だが、この調子では朝からずっと振り続けていたのだろう。


 「迷いがある時に素振りをしても、あまり意味はないぞ。

  雑念を払いたいなら、教会にでも行って祈りを捧げて来い」


 「俺は何も迷ってませんよ」


 「学園、辞めるそうだな」


ぴたり、とアーノルドの動きが止まる。


 「辞めてどうする? 騎士団への正式入団を早めるのか?」


 「………騎士団も辞めようと思ってます」


これはこれは、とマックスは少し驚いた。

迷っているとは思ったが、これはまた極端な結論を出したものだ。


 「理由は………まぁ、聞くまでもないな。

  エリー嬢ちゃんの事か?」


 「何で分かるんですか!?」


ふむ、こいつ、隠しているつもりだったのか。

最近のアーノルドの不可解(かつ破廉恥)な言動は、ほぼ例外なくエリーが絡んでいる。

いきなり学園を辞めるだの、入団を辞めるだの、エリーが絡んでいないわけがない。


 「原因が分かるだけで、そこに至る過程は知らんよ。

  もしエリー嬢ちゃんを大怪我させたのが理由だとするなら、その責任は俺にも……」


 「違います。理由は他にあります」


 「ほう、違ったか」


 「…………聞いていますか?

  俺は学園の新学期が始まってすぐ、エリーと会い………剣を向けました」


 「あー、何か聞いたな。

  お前さんらしくねぇ言動だと思っていたが、あれ、マジだったのか」


 「あの頃の俺は、ちょっとおかしかった」


 「なるほど、ね」


マックスはアーノルドの心理をだいたい理解した。


 「人を護るべき剣を人に向けた俺に、騎士になる資格はないです」


アーノルドが新学期早々に義姉ノエリアを護るために、接近して来たエリーに剣を向けた。

もし事前に共有して来た「予知夢」が的中するのであれば、この後、敬愛する義姉は婚約者も地位も名誉もすべてエリーに奪われ、断罪され、絞首台の上で命を散らす。

ならば自分が出来る事はただひとつ、ノエリアとエリーを接触させない事だ。

……その信念は暴走し、注意するにとどまらず、ノエリアになおも接近しようとするエリーの首筋に剣を突き付けるという暴挙に及んでしまった。

当のエリーがまったく気にしていないのと、その後の連日に及ぶ不純異性交遊のせいでうやむやになってしまったが、生徒会で厳重注意を受けるだけで済んで幸いだったくらいの行為であろう。


 「あの時は思い込んでいました。

  エリーはやがて、義姉さんを陥れる存在になると」


エリーから「シスコン」と罵られるほどの、義姉ノエリアへの圧倒的な信頼。

それが逆に、あの時は裏目に出ていた感はある。

「予知夢」に囚われ過ぎ、最初からエリーを危険因子として警戒し過ぎていた。

これはアーノルドだけを責めるわけにはいくまい。 ノエリアの近くにいたクリフォードやラルスもまた、彼女を色眼鏡で見ていたのだから。


その強い結束は、まだ見ず知らずの少女に対しての偏見に繋がり、元々、快く思われていなかったエリーへの差別は、学生たちの間にまで伝播してしまった。

義姉至上主義のアーノルドにしてみれば、それが事実であれば、ここまで煩悶としなかっただろう。

だが実際、接してみたエリーは、狡猾で打算的な、傾国の悪女ではなかった。

呑気で、底抜けにお人好しで、口が悪くて、間も悪くて、でも頑張り屋で、笑いもすれば、泣きもする、キャンプファイヤーに便利そうな小柄な女の子だった。


洞窟での一件を通じて、エリーはアーノルドが当初思っていたような悪人でないと分かった。

いや、薄々思っていた事が確信になったという方が正確かも知れない。


 (……だとすると、俺がやった事はなんだったんだ)


誤った先入観で暴走し、意味もなく無実の少女を傷つけた。

控えめに言って、最悪である。

何度か謝罪の機会はあったのだが、悪女と信じていた時は素直になれず、悪女ではなさそうだと判明した時には遅きに失していた。

今さらどの面下げて、会えば良いのか分からない。


 「いや、普通に会えよ」


マックスが呆れて突っ込んだ。

何の事はない、普通に会って謝ればいいのである。


 「会えるならとっくにそうしていますよ!」


アーノルドは声を荒げた。


 「会えない理由でもあるのか?」


 「……………はい」


悄然としてアーノルドは項垂れた。


 「おそらく、あいつは俺を簡単に許すと思うんです。

  むしろそんな事は忘れていたとか、言い出すかも知れません。

  ………俺はそんな簡単に許されて良い人間じゃない」


 「難しく考えすぎだろ。

  俺の見たところ、会わない方が嬢ちゃんは気を落とすと思うぞ」


 「ははは、下手な気休めはよしてください。

  俺は嫌われてますからね」


ああ、こいつダメだ、ぽんこつだ……と、マックスは天を仰いだ。

そして後日、エリーと会った際にアーノルドが来ないと告げた時に見せた、彼女の反応。

あの表情を見て、アーノルドの言葉が絶対的に間違っている事を確信した。


 「今、彼女が誰よりも会いたいのは、お前だろうにな」


どうにも難しいすれ違いを目の当たりにしたマックスは、「まぁ、若いうちは苦労しとけ」と放置する事に決めた。

だがこの決断が正しかったかどうか、マックスは後に何度も後悔する。

こいつらのポンコツ具合は想像を超えてすれ違い続け、周囲はそのたびに呆れ果て振り回されるのだから。


◇◇◇


 「君は私たちの過去と未来を知っているね?」


クリフォードがそう告げた後、沈黙が病室を包んでいた。


エリー・フォレストには別人の記憶がある。

そして、その記憶の中に、エリー・フォレストと、ノエリア・ウィッシャートそれぞれを主人公としたゲームをプレイしていた記憶があった。

この世界は悪役令嬢を脱し、皇太子と結ばれた才媛ノエリアを中心として回り、エリーはその行く手を阻み、ノエリアに好意を寄せる男たちを籠絡しては弄んでいく悪女。

やがてノエリアがエリーの悪行をことごとく跳ね除けるや、彼女は「災厄」を降臨させて世界の破滅を目論む……というゲームを経験した私は、車に轢かれて死んだ。



うん、頭おかしいと思われるな。

何で最後に死んでんだ。

洞窟で瀕死の状態になった事と混同して、説明された方は頭の理解が追いつかなくなるだろ。

はてさて、どうしたものかと悩んでいる時に、クリフォードさんが口を開いた。


 「君はノエリアに言ったそうだね。

   『私はすぐに消えます。

    貴女からは何も奪いません』

  ………と」


言ったな。 ああ、言ったな、確かに。

おお、昔の私よ、それは未来人の物言いだな。 迂闊にもほどがあるぞ。


 「君も予知夢を見たのかい?」


 「へ?」


 「ノエリアも予知夢を見て、これから起きるであろう事に対処をしていた。

  もしかして君にも同じような力が発現したのではないか?」


おお、予知夢!! 不思議な事も、話にくい事も、全部予知夢って事で話してしまえば良いのか!

ありがとう、クリフォードさん!

ありがとう、予知夢とか言う都合のいい物を考え付いてくれた、どこかの誰か!

全力でこの流れに乗らせていただきます!


 「予知夢……というものかは私にはわかりませんが…(白々しいな)

  あの、ノエリア様はある日、人が変わったようになったりしませんでしたか?」


 「………知っているのか?」


お、意外といけそうだぞ。

ではこの流れに乗って、都合の悪い事は隠匿しながら説明をしよう。


私が入学した後、クリフォードさんをはじめとした男性陣に気に入られる予知夢を見た事。

夢の果ては、ノエリア様が断罪されてしまうという結末だったこと。

同じ予知夢をノエリア様も見て、それ以降、必死に努力をして皆の信頼を勝ち取った…のを予知夢で見た事。

その夢の続きは逆に私が断罪され、挙句に「災厄」を呼び覚ましてしまった事。

……だから自分は極力、ノエリア様たちと接触せずに、ひっそりと学園生活を送ろうとしていた事。


ついでにいうと、その夢は儚く破れ、学園でも有数の有名人になってしまった。

世の中、上手くいかないものだ。


 「それは申し訳なかった。

  ますます、私たちの行動は裏目だったわけか」


クリフォードさんは、自分たちの行動原理が「予知夢」前提に寄り過ぎていた事に謝罪をした。

もし私を一人の女子生徒として最初から接していれば、何かが変わっていたかもしれない、と。

いや、そんな事はなかったんじゃないかな。

どっちにしても、私は攻略対象の面々から逃げ回っていただろうし。

むしろもう、この件は触れないでいきましょう。


 「そう言われるとこちらが恐縮してしまうな。

  エリーは次々と成果を上げているのに、こちらは何も報いていない。

  何か報酬を与えたいのだが……」


何かまた軋轢を呼びそうなんで辞退したいです……。

それより次々と成果なんて上げてたっけ?


 「君が持ち帰った日記。

  あれは行方不明だったアデリナ・パラッシュの物だと判明した。

  しかも深い階層までの情報がたくさん記載されてた。

  あれは今後の洞窟探索において、指針となるだろう」


未知の世界だった深層。

今回だって調査無視、ただひたすら最適解を求めて突っ走って、それでも奇跡が重なって成功した救助活動。

私に至っては崩落に巻き込まれて一気に深層に落ちてしまい、途中の道など知る由もない。

だがこの手記は、各階層についてすべてではないが情報が詰まっている。

むしろ役立つ情報だけが厳選されているので、有用性という意味では申し分ない。


………まぁ、発見したのは偶然だし、日記を書いたのはアデリナさんなので、実質私は何もしてないのではなかろうか。

何かもうちょっと発見した気がするけど、やっぱり一番重要だったのは日記だよね。

将来は「アデリナの日記」みたいな感じで教科書に掲載される代物だろう。

発見者としてエリー・フォレストの名前が片隅に載ったりしないかな。


……だが、今は、そんな事よりもクリフォードさんに聞かなければならない事があった。


 「それより良いですか?」


 「なんだい?」


 「アーノルドさんが学園を辞めるって、本当ですか?」


私はこの時まで楽観していた。

きっとクリフォードさんが笑いながら否定してくれるって。

アホのアーノルドさんが、何かまた誤解を招くような事をやらかしただけだって。


だからクリフォードさんが首を縦に振った時、私は自分が思ったよりも、すごくショックを受けた。


◇◇◇


―― 数日後、私は久々に学園に登校するため、馬車に揺られていた。


 (広い)


この日、乗車した馬車はいつもより広かった……じゃないな。

いつも一緒にいるアーノルドさんがいなかった。

普段ならどうしょうもない口論を繰り広げているのだが、一人だと何もする事がないので、窓の外をぼんやりと眺めては

 「ああ、空がきれいだな」

 「鳥が飛んでいくな」

とか、もっとどうしょうもない事を考えていた。

もちろん洞窟での地獄の日々を思えば、すごくすごく幸せな時間だとは分かっている。

でも、そんな事実とは別に、私の心は何となく晴れないままだった。


 『学校だけじゃない、騎士団も辞めるそうだ。

  退学届も受け取っている。

  きっと第二番隊にも所属辞退届が出ているだろう』


それを聞いた時、私は愕然とした。


 『残念だが決意は固いようだ。

  私の見解では…

  君に初めて会った時の事を気に病み、責任を取るつもりだ』


クリフォードさんは、おそらく私が問いただしても、素直に言う事はないと思うよ、とまで忠告してくれた。

うん、私もそう思う。


……多分、アーノルドさんはアホなんだと思う。

アホだとは思っていたが、これはもう極め付けのアホなんだろう。

そもそもアホだからあんな振る舞いをしたので、もうアホの何乗だか分からない。

責任の取り方を間違えている。

本当、馬鹿。 バカバカしい。


ああ、そっか、アホだけじゃなく馬鹿だったんだ。

きっと周囲に、私と会うように勧められたところで


 『下手な気休めはよしてください。

  俺は嫌われてますからね』


とか言っちゃうんだろう。


うん、簡単に想像できるぞ。 あいつ、本当にぽんこつ野郎だな。

あーー、もう考えるだけで損した気分になってきた。

違う事を考えたい。


アーノルドさんの馬鹿、馬鹿、馬鹿、アホ、アホ、アホ、ぽんこつ、ぽんこつ。


………ダメだな、今はもう、他の事が手につかない。

こういう時は体を動かしたいのだが、肩と背中と膝が痛くて動けない。

っていうか、まだ包帯ぐるぐる巻きだからね。

改めてため息をつきながら、私は一人、呟いた。


 「嫌な女だな」


謝罪ひとつ、責任の取り方ひとつ、まともにできないアーノルドさんに憤慨している私も、実はお礼ひとつ、まともにできていないのだ。

自分の事を棚に上げて、偉そうに憤慨する資格はないんじゃなかろうか。

そりゃまぁ、色々と生徒会の皆さんとかに言いたい事はありますけどね。

ただ毎日、毎日、登校するたびに騒ぎを起こしている私が退学にならないで済んでいるのも、彼らの尽力のおかげなわけで………いや、騒ぎの片棒、生徒会役員書記が担ってるな。

本当にあいつ、どうしょうもねぇ。

擁護しようとするたびに、あのアホの名前がちらついてダメだ。


……ああ、もし目の前に、あのアホがいたら、思わずくすりと笑い出した私を咎めたんだろうな。

そしてきっと、賑やかに言い争いを始めていたんだろう。

まったく実りのない、生産性のかけらもない、どうしょうもない日常。


でも私は、そんな日常が、たまらなく好きだった。


 (………広いなぁ)


ゴトゴトと揺れる馬車の中、今日何度目かの同じことを思いつつ、広い客車を持て余す。

いつもはあっという間に感じていた登校時間。


でも今日の登校は、いつもよりもずっと長くなりそうだった。


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