第43話 突かれる核心
「えーと、「平民風情が」とか言っちゃってる、あの先生で合ってるよね?」
私の捜索活動に多大なる貢献をしてくれたのが担任の先生であるという事実に、未だ想像が出来ない……というか、信じられない気持ちでいるエリー。
てっきり目の仇にくらいされているのかと思っていたのだが。
「あの先生の授業を受けていたら、すごい人だって分かると思うけど…。
エリーだって、魔法操作がずいぶんと上達したでしょ?」
キャロルに言われて、確かにそうだと思った。
魔法の基礎の「き」の字も知らなかった私が、あれだけ自由自在に魔力を操れるようになったのは、先生に指導されてからだ。
「なるほどね、エリーが言っていたなら間違いないわ。
やっぱりあの先生、異常だもの」
「7層到達者の3人って、マックスさんとアーノルドさんは分かっていたけど…
最後の1人がまさか先生だったとはな」
7層到達とか考えただけでも死ねる。
ん……そういえば3人しかいないって、この時、魔導士は【転移陣】を張れる「影」属性の人間1名……つまりフィリベール先生しかしかいなかったのか。
身体能力的に劣るだろうから、てっきり「風」系統の魔法で速力アップしながらみんなで一緒に移動したのかと思っていたが、存外先生って身体能力高い?
「え?」
ん? 何かまた、私おかしな事を言ったかしら?
「先生、両方使えるぞ」
…………何を言っているんだ、こいつは。
「いや、エリーも何かぶつぶつ言っていただろ。
てっきり知っていると思ったけどな」
なに!?
そんな馬鹿な、私が先生に言及した事なんて一度も………
いや、待てよ……あれは確か、洞窟へ向かう直前に私たちの所に来て、イヴェトさんを招集して行った時……
『ふぅ、いきなり背後に現れるとは…
先生は隠密系の影魔法の使い手…それとも風のように去っていった所を見ると風魔法…』
いや、言ってたわ!! あれかよ、あんな戯言かよ!
まさかそんな所に伏線張っていたとか、普通思わないべ!
つまりあれかね、先生は風魔法でみんなに速度付与しながら探知魔法で洞窟内を案内し、そのついでに3層から7層まで転移陣構築してたの!? ヤバくない? 私なんかより全然、チートじゃない?
「ちっ………」
あれ? どこかで聞き覚えのある舌打ちが? 出入り口の方から聞こえてきたけど……
「先生、いたみたいだね。今、立ち去っちゃったけど」
ケイジがやれやれと肩をすくめる。
「気づいていたの?」
「本当にさっき、気が付いたよ。
これでも常日頃から警戒をしているつもりなんだけどねぇ。
こんな近くに来られるまで気が付かないなんて、隠密だったら失格だ」
怖い。先生まじパねぇわ。
ケイジくんの探知に引っかからないで、扉の外にまで接近したのも怖いけど、部屋に入って来ないところとか、何かもうストーカーっぽくって怖い。
「あまり失礼な事を言わないでちょうだい。
この後、来る方に同じ態度を取ったら大事になるかも知れないわよ」
「そうですわね。
思ったよりも気さくな方でしたけど、それでも礼儀正しくあるべきですわ」
キャロルさんとモニカ様に諭されてしまった。
それより、この後、誰か来んのか?
ずいぶんと身分が高い方が来られるようだけど。
「そうだ、俺、お前にひとつ聞きたかった事があんだけどよ」
私の疑問をぶっちして、グレンくんが前のめりで聞いてくる。
何か私の疑問だけでなく、いっそお見舞いすらどうでもいい的な感じがしてムカつくな。
ちなみにお前の手にしている焼き菓子、最後のひとつだから私に寄越せや。
何で人の土産、普通に食ってんだよ。
「アーノルドさんが学園辞めるって、本当か?」
はえ?
私の思考はここで停止した。
◇◇◇
みんなが帰った後、何だかぼーっとしている。
「そんな気落ちすんなよ」
「気落ちさせるような事を言ったの、あなたでしょう」
委員長と副委員長で夫婦漫才をしながら帰って行くグレンくんとキャロルさん。
さっきの騎士団の方々もそうだが、そんな変な顔をしてんのか、私。
いかんいかん、しっかりしろ。
これからお出迎えする方は、やんごとなき御方なのだぞ。
襟を正し、ピンと背筋を伸ばして、粗相のないように身を整える。
しゃなり、と貴族風の擬音が聞こえてくるようだ。
「どうぞ」
格調高い貴婦人のような口調で、扉の外に向かい声をかける。
扉が開き、現れたのは………クリフォード・オデュッセイア。
学園の生徒会長にして、この国の皇太子殿下。
そして私の知っている限りでは、もう一つの世界の私のプレイしていたゲームに出てくる攻略対象。
さらに言うと、そのゲームのヒロインであるノエリア・ウィッシャートと結ばれ将来を誓い合った仲だ。
さらにさらに言うと、イケメン。 もう「ごちになります!」って言いたくなるほどの美貌。
「ごちになります!」
「え?」
おっと、失敬。
思わず考えている事が口に出ちまったよ。
拝み倒すのは心の中だけにとどめておかなくては。
「なんでもありませんわ、殿下」
「そうかい? それならば良いのだが……」
危ない、危ない。 もうちょっとで貴婦人・淑女の仮面が剥がれる所だったが、どうにか誤魔化せたようだな。
「何度か学園内で貴女の顔を見かけたが、こうして言葉を交わすのは初めてだったかな?」
「ええ、そうですわね」
「君の噂はかねがね聞いているよ。【性女】エリー」
「性女じゃねええええええええええええええ!!」
淑女の仮面は激しいツッコミのため一瞬で砕け散った。
短かったな、私の貴婦人生活。 だいたい3分くらいだったと思う。
そのツッコミに皇太子殿下はくっくっくと、愉快そうに笑い。
「失礼した、聖女エリー。
私はクリフォード・オデュッセイア。
殿下ではなく、クリフォードと気軽に呼んでくれて構わない」
気軽にとか、気軽に言っちゃいますけどね。
あなたが良くても従者とかに殺されますからね。
王族の気まぐれな寛容さは、下々の人間にとっちゃ迷惑な事を自覚してもらいたい。
「それはそうと、私は貴女にしなければならない事がある」
ほう、それはなんであろうか。 金一封か?
洞窟での奮闘を称賛してくれるのかね? ふふ、大盛りで良いからね!
クリフォードさんはゆっくりと立ち上がり、そして豪奢で華麗な金髪の頭を下げた。
あまりに美しい所作に言葉も継げない。
「え? あ? は?」
下げられた頭に困惑する。
ちょっと待ってくださいよ、皇太子が平民に頭を下げるなんて、見る人が見たら卒倒しますよ!?
「まぁ、幸い私と君しかいないから、良いんじゃないかな」
ははは、とか笑ってるけど、そういう問題ですかね。
結構、国家の根幹にかかわるような問題だと思うのですが。
でも何に対しての謝罪ですか? 洞窟の失敗は学園サイド、無関係じゃなかろうか。
「過去と、現在と、未来に対してだよ。
我々は君に対して、負い目を背負っている。
ひとつひとつ、説明をさせてもらおう」
そういうとクリフォードさんが説明を始める。
「現在については言うまでもないだろう。
洞窟で君が行方不明になり、重篤な状態で救助された。
過程がどうあろうと、学生を危険な目に遭わせた咎は免れない」
真面目だ、真面目すぎる。
マックスさんはいわくつきの途中経過をかいつまんで教えてくれたけど、クリフォードさん以下生徒会の面々はずいぶんと掛け合ってくれたらしいじゃないの。
それでもクリフォードさんの性格上、謝罪しないわけにはいかないのかな。
「未来については……これから君に対する処遇だ」
「処遇?」
「君は聖女としての力を発揮したと報告にある。
本来ならば君は聖女としての資質を認められた後、国家より厚く待遇される資格がある。
しかし今はその希望は叶えられない」
あ、いいです。
聖女とか面倒なだけなので、こちらからお断りしたいです。
ただ後学の為に、どうして認定されないかどうかだけ、教えてもらえますか?
「情けない事に、貴族たちの間から、洞窟の件について疑義を呈する者が後を絶たない。
簡単に言うと平民出身の聖女などあり得ないという事だ」
ああ、そういう事ですか。 私にとっては渡りに船なんですけどね。
「しかも今回の件を外に出す事で、悪戯に国民を怖がらせる可能性がある。
深層の魔獣が、いつ地上に現れるか分からない……という噂が広まれば損失は甚大だ」
と言いながらも、クリフォードさんは苦笑いして
「…というのは名目で。
学園からの、再三にわたる派遣隊増強の要請を無視した挙句、失敗してしまった事実が明らかになると困る連中もいるだろうな」
まー、そういう人たちにとっては私は聖女ではなく、あの洞窟では何も起きなかった、とするのが一番なんでしょうね。
「そう簡単に言うけど、それを受け入れたら、君の名誉は回復しない。
もし君が貴族たちの不当な抵抗に対して思うところがあれば、私は協力を惜しまない。
今すぐには叶えられないが常に働きかけるつもりだ」
クリフォードさんは提案をしてくれたが、私はそれを望まない。
最初、私が聖女かも知れないと話を振られた時、まず思ったのは皆と離れ離れになっちゃうのかなという事だった。聖女として遇されるという事は、そういう事だ。
尊敬され、敬われる代わりに、それ相応の言動が求められ、気軽に人と接する事もできなくなるだろう。
私はそういうのは望んでいない。
幸いにして、近年聖女は現れておらず、何を持って聖女とするか、聖女の可能性のある者が現れたらどうするのか等々、あらゆる面で決まり事が曖昧らしく、このまま隠匿しようが、どのように遇しようが、お好きにどうぞというのが現実らしい。
おお、素晴らしくありがたい状況じゃありませんか。
「私は名誉回復される必要はありません。
見ず知らずの人たちに悪口を言われても、軽蔑されても、痛くもかゆくもありませんし」
「………君の友人たちと同じことを言うのだね」
「友人たち?」
「1年D組の、討伐班の子たちだよ。
ここで君と会う前に、話す機会があったのさ」
さて、これを本気にして良いものやら。
口では偶然を装っているが、たぶん、クリフォードさんは自分から会いに行ったんだと思う。
頭が良いからな、殿下。
何の策もなく、最大脅威となる可能性を持つ私とサシで会うはずがないよね。
「まさか聖テルフォード山で彼らと会うとは思わなかったよ」
「キャンプファイアアアアアアアアアア!!もしくはBBQゥゥゥゥゥッゥ!!」
こ、こいつら、楽しい休校期間を送りやがって!!
まさか同級生たちにそれとなく自慢された校外活動に、クリフォードさんまで合流していたとは!
「祈祷のために行ったのだ。
決して遊びじゃない」
ほえー、さっきの学友たちも同じ事を言っていたけどね。
楽しそうに猪鍋を食べていたようですが、ご一緒しなかったんですか?
「はは、私は皇太子と言う身分なのでね。
狩猟した獣の肉を食べるにも許可がいるのだよ。
美味しそうな猪を目の前にして、我慢するのはつらかったな」
あ、そうだったんですか。 王族も大変ですねぇ。
「その代わりに運んできた最高級肉を寄贈して、みんなで食べたから良しとしよう」
ざっけんな、この野郎おおお!
何が良しとしようだ! 食のグレードが爆上げしてんじゃねぇか!
「その夜、君について色々な話をした」
「そらようござんしたね。
美味い飯の後は、さぞかし楽しかったでしょうねぇ」
「ああ。
私がリュートを弾き、グレンくんが陽気に手を叩き、ケイジくんが鼓を打つ。
それに合わせて女性陣は歌を歌い……それは楽しかったよ」
その楽しそうな絵に私がいなああああああい!!!
ずるいよ、ずるぅぅぃいい!!! 青春の1ページがごっそり欠落してる!!
そんなに楽しければ、そりゃ即肯定するくらい楽しかっただろうなあ!
「その時、きっと君は聖女であることを断るだろうと話し合った。
だがそれに伴い、洞窟での出来事を、どう報告すべきかが問題になった。
……そこで彼らが提案して来たシナリオが、これだ」
クリフォードさんが紙を何枚か取り出した。
シナリオ?
まぁ、辻褄を合わせる必要はあるけど。
もし私が聖女でないとするならば、報告は大きく変更しなければならないはずだもんね。
それに……このシナリオとやらで、みんなが私の事をどう思っていて、どう見えているのかも分かるというものだ。 そう考えたらちょっと楽しくなってきたぞ。
気分はちょっとした審査委員長だね。 まずは……モニカ様からか。
「橋の下を覗き込んでいたエリー・フォレストは大道芸魔法を発動した途端、自分の光に目がくらんで落下して行った」
私は紙を叩きつけた。
ちょっとぉぉぉ、モニカ様ぁ!?
これ、私が完全にアホな子のシナリオになってますよ!?
モニカ様から見た私って、そんなにアホですか?
「ダメか。 いいシナリオだと思ったのだが」
やばい。 クリフォードさんに任せると、とんでもない事なりそうだ。
次は……キャロルさんだ。
彼女の知力を持ってすれば、きっと素晴らしい改竄が………
「エリーは考えた。ここで橋が崩落したらどうなるだろう。彼女は心に強く念じた。【爆破】。橋と共に彼女は落ちた」
私は紙を破り捨てた。
リズミカルに落ちてんじゃねぇぞ、このエリーとかいう女! 私か!
ちょっと文学調っぽくなっているけど、知能はモニカ様に出てくるエリーとどっこいどっこいだな!
どうなるだろう、とか言って橋を落とすんじゃねぇぞ、こいつ。
もしかして試しに口走った事をまだ根に持ってましたか?
「猪追いかけて落ちた」
野人!! もう野人の蛮行だよ!
それはそれで、大問題になる案件じゃない!?
グレンくんの中の私は、旧石器時代の人間か何かなのかな!?
「振り返るとそこに彼女はいなかった。
ただ生温かい風が下から吹き上げ、皆の頬を不気味に撫でていくのであった…」
ホラー!? ホラーテイストだな、ケイジくんのシナリオ!
私はどこに行っちゃったの!? 続きが気になります!
「モニカ様のシナリオが最高」
「クリフォード様のお肉が美味しかったです」
「星が綺麗だった」
三人娘に至っては、私への興味ゼロだな! ひと夏の思い出の感想だな!
どいつもこいつもろくなもんじゃねぇよ!
どうすんだよ、このシナリオ!!
「どれもこれも捨てがたいが……」
捨てがたくねぇよ。
「大道芸魔法で発光していたエリーは、猪を追いかけながら思った。
この橋が落ちたらどうなるのだろうか、と。
【爆破】。
振り返るとそこに彼女はいなかった。
綺麗な星空の下、肉が美味しかった……で、行こうと思う」
最悪だよ。
各シナリオのダメな所を濃縮したようなシナリオだよ。
「ダメか……」
当たり前です。
「やはりブリアナさんの「モニカ様のシナリオが最高」が抜けているからな」
何がやはりだよ。 違ぇよ。 全然違ぇから。
根本的にダメっつってんだよ、皇太子。
「そうか、ならばこれは持ち帰って検討するとしよう」
やめろおおおおおおおおおおおおお!!
王族の感覚は信用ならねぇと、今、確信した!!
最終稿は私にも見せてぇぇ!!
「………それと、最後に過去の謝罪についてだ」
あ、そういえば、残っていましたね。
過去に対する謝罪って、何の事を指すんですか?
「我々が君に対して行ったすべてのアプローチだ。
………私たちは、あるひとつの考えに拘泥し過ぎて、君への接し方を誤り、つらい思いをさせた。
それをお詫びしたい」
そういうと、クリフォードさんは、先ほどのシナリオについて語っている時の生き生きとした楽しそうな顔から一転し、思案気な顔になって。
「エリー」
「はい?」
「君は私たちの過去と未来を知っているね?」
クリフォードさんに突然、斬りこまれた私は絶句してしまい、それが逆に彼の言葉を肯定してしまった。
しょーがないでしょ、突然に核心に迫られたら!!
私は次に続ける言葉をすっかり失い、気まずい沈黙だけが病室を包んでいた。