第42話 千客万来
忙しくて昨日は投稿できなかったよ…
(眩しい)
エリーは白い天井を眺めながら、そう思った。
続いて身体を動かそうとして悲鳴を上げる。
そして自分が包帯で、全身をぐるぐる巻きにされているのを知った。
(戻ってきた)
全身を貫いた痛みが、ここがあの世ではない事を告げてくれる。
左腕を挙げようとすると鈍痛が肩に走り、右足を動かせば膝だけでなく足全体に苦痛が広がっていく。
同時に左脇腹がひっきりなしに「もう動くな」と警告のように激痛を響かせる。
(うああああ、いっってぇぇぇ……!)
頭が痛い、背中も痛い、痛い痛い痛い痛い、痛いところばっかりだ。
でもそれが、エリーに生きている事を知らせてくれる。
「痛ぇ……いってぇええええぇ……ぐふふふ、ふふふ……」
嬉しくてベッドの中で痛みにのた打ち回りながら笑っている私は気が付かなかった。
いつの間にか入室していた看護婦さんが、真っ青な顔をして怯えた瞳で、この不気味な少女を見つめていた事に。
◇◇◇
「絶・対・安・静!!」
看護婦さんに鬼の形相で命じられた後、私はてへへ~、とごまかしながら横になる。
ここは中心部から離れた閑静な場所に建つ病院で、どうやら私は丸々半月ほど寝込んでいたみたい。
ちなみに洞窟内の時間の感覚はなかったんだけど、1週間近くの間、8階層で彷徨っていたようだ。
それ自体がもはや奇跡の所業であるとか。
ぼんやりと話を聞きながら、私は窓の外を見る。
サァ……っと気持ちいい風が吹き、頬を撫でていく。
(そっか……)
まだ体調が万全でない私は、すぐに睡魔に襲われた。
(帰って来たんだ)
万感の想いを噛みしめながら、瞼を閉じていく。
その後、主治医の先生やら何やらが駆けつけて大騒ぎだったらしいけれど、それでも目を覚まさず、昏々と眠り続けた私が起きたのは、次の日の昼過ぎであった。
「…………で、なんですか、この騒ぎは」
病室に詰めかけた人々を見て、呆れ返る。
そこそこ広い病室とは言え、すでに満員御礼、廊下にまで人で溢れかえっていた。
「いやな、嬢ちゃんの意識が戻ったって聞いたら、みんな会いたいって聞かねぇもんでよ」
騎士団二番隊隊長のマックス・ランプリングが笑って答える。
私を珍獣か何かと勘違いしちゃいませんかね。
騎士たちの中にはお世話になったフランクさんと、救助したピエールさんなど、見知った顔がいた。
「あの時は、本当にすまなかった」
申し訳なさそうに謝罪するフランクさんとピエールさんを前に、私はとんでもないと驚いた。
二人ともあんなに必死で戦い続けてくれたのに、頭を下げられる理由がない。
こちらこそ礼を言わないといけない立場だと思う。
その事を伝えると、騎士たち全員が神妙な顔になって直立不動となった。
どうした、いきなり真面目な顔をして。
「命を賭して魔獣たちの進撃を食い止めた勇気と献身。
二番隊一同、この恩は決して忘れん。
何かあれば必ずや俺たちはエリー嬢の元に馳せ参じよう」
マックスさんがそう宣言すると、全員が片膝をついた。
ずらりと私の目の前で騎士たちが首を垂れる。
その光景を見た時、危うく悲鳴をあげそうになってしまった。
「やめて! 今まで通りでいいから!
これまで通り、アホな事や、興味本位の野次を飛ばしてくれていいから!」
もうちっとで失神しかけたわ。
こんなところで騎士団の忠誠を得てしまったら、いずれ国を割って内乱を引き起こす最悪聖女が出来上がらないとも限らんぞ。
みんな忘れてるかもしれないが、地味で慎ましやかな生活を送るのが望みなのよ、私は。
適当にこれまで同様に接してちょうだいな。
「そうか、安心した」
「ノエリア様は凛としてお美しい高嶺の花だが、エリーちゃんは妹的存在だよな」
「いつまでも、こんな感じでいて欲しいぜ」
そうそう、そういうノリでお願いします。
「いつも元気なエリーちゃんが包帯に巻かれてるのも良いな」
「それな」
「儚げな感じがして、良い」
「それな」
「隙だらけなのも、良い」
「それな」
「手が届きそうな所が、ちょっとエロスを感じる」
「それな」
「それ、セクハラ案件!!!」
どうなってんだ、この国の騎士団は!
性的嗜好に偏りがあるんじゃないの?
いや、変質者のアーノルドさんが所属する隊だから、当然と言えば当然なのか?
「「「「「「セク……?」」」」」
こいつら、あやつ同様に一斉に首を傾げやがった。
覚えていやがれよ、お前ら。
体調が戻ったら二番隊を皮切りに、この世界にセクハラと言う概念を植え付けてやるからな。
それよりどうやって救助されたのかに興味があったので聞いてみた所、かなーり強引な形で8層まで突っ込んだらしい事が分かった。
騎士団と、外部の協力者合わせて精鋭10名くらいが、「影」魔法の探知と「風」魔法の速度増強を使いながら、それはもう最短距離で、脇目も振らずに先頭に立った人が突っ走っては脱落した奴を置いて行くのを繰り返したそうで。
すごい切り離し型ロケット戦法。
あとはフォローするために3層目から「影」魔法の【転移陣】張って、救助したら一気に戻れるように細工もしたみたいだった。
4層、5層の時点で半分が脱落し、7層目段階ではもう、アーノルドさんとマックスさん、あとは【転移陣】張ってくれた術者の3名になってしまい、最後は三人のうちアーノルドさんが単騎突入したのだとか。
すげーな、アーノルドさん。
騎士団の面々を差し置いて、トリを務めたのかよ。
「最大火力は一番だからな。
あとは……本当ならあっちゃならねぇんだが、状況次第で強さが全然、違う」
「燃えるシチュエーションの方が、力を発揮するってわけですか。
うーん、さすがは目立ちたがり屋ですね。
人の生き死にがかかってるってのにいい気なもんです」
私がぷんぷん怒ってみせたら、マックスさんら一同全員から、ため息をつかれた。
むぅ、鈍感系主人公な言動とは無縁のつもりだったのだが、私は何か理解していないらしい。
しかし転移陣とは驚いた。
アーノルドさんが、えっせほいせと、私を担いで駆け上がらなくて済んだんだ。
さすがに途中で私の魔法も切れるだろうし、その後はどうちゃうんだろうと危ぶみながら気を失ったんだけど、杞憂で済んだみたいですな。
それより転移陣張った人がすごい。便利。
最初から、それを使えばもっと楽なんじゃないかしら。
「そんな便利な魔法を使える奴なんざ、そうホイホイいねぇからな。
使えるって言っても、不慣れな奴なら100mがせいぜい、手練れでも1kmあれば十分だ。
そもそも展開している間、ずっと魔力使うんだぞ」
マックスさんの説明に納得する。
私の魔法と同じく、継続させ続ければ続けるだけ魔力が削られて行くみたいだ。
だとすれば、大人数でぞろぞろ移動するのには向いていないよね。
「途中で転移陣消えたら、大騒ぎだしな。
あとは、展開している陣は誰でも使えちまう。
逃げる為のルートが、逆に向こうからの進撃・援軍ルートになる可能性もある」
使いこなせれば便利だけど、運用が難しいのと、大規模展開できる術者がいないという点で、お気軽なものではないらしい。
いや、ちょっと待て。
そうなると3層から7層の間、転移陣を展開していた人、すごすぎませんか!?
「フィリベール・ドゥメルグだろ?
ああ、すげーっちゃ、すげぇよ。稀代の賢人だ」
「その割に複雑そうな顔をしていますね?」
「元々、そいつは宮廷魔術師だったのに、偏屈過ぎて在野に下った変わり者なんだよな。
今回の事だって、よく協力してくれたと思ったぜ。
まぁ、学園絡みだってのもあるんだろうけど」
そんなすげー人まで動いてくれたのか…申し訳ない。
フィリなんとかさんに会ったら、お礼を言っておかなくては。
しかしまぁ、かくいうマックスさんもなかなか偏屈ですからね?
それにしても………
「それで、アーノルドさんはどちらに?」
…………あれ?
みんな一斉に苦い顔になったぞ?何か悪いことを聞いてしまったのかな。
「まぁ、あいつも色々と思うところがあってな。
ほとぼりが冷めたら来るんじゃないか」
マックスさんがそれとなくぼかしながら言うが、何だか、雰囲気からして来なさそうだ。
いかん、もしかして怒らせてしまっただろうか。
心当たりがありすぎて、見当もつかない。
「んまぁよ、そんな顔しねぇでくれや。
いつまでも顔見せねぇようなら、縄でくくって連れてくるからな」
慌ててフォローするマックスさんだが、まるで扱いにくい犬を相手にするような口振りだ。
まぁ、忠犬だしな、アーノルドさん。
それにしても私、そんな変な顔をしていたのかな?
いかんいかん、どんな顔をしていたんだ、私。 失礼のないように顔を整えておかなくては。
騎士団の皆様が退場した後にやってきたのは愛しき学友たちだった。
「やあ、みん………ぐぼぁ!」
挨拶もそこそこにモニカ様にぶん殴られた。
「貴女と言う人は、まったく勝手な事ばかりして!!
そのアホ面を引っぱたきたくなりますわ!!」
いやいやいや、ひっぱたいたよ、思いっきり!
まさかグーパンチだから違うとでも言うのか!? すげぇいいやつが右頬に炸裂したんだけど!
「さすがナイスパンチです」
「モニカ様、キレッキレですわ」
「背中に鬼人が宿ってますわよ!」
取り巻き三人組も良い感じで掛け声を挟んでくる。少々、ご令嬢とはかけ離れた声援だが、当のモニカ様自身が「ふふん」と気持ちよさそうに髪をかきあげてドヤ顔をしているのだから、まぁ、よしとしよう。
「病み上がりなんだから優しくしてあげようよ」
ニコニコと笑顔を振りまいているのはケイジくんだ。
良かった、いつもの彼に戻っている。 胡散臭くて信用ならねぇ最高にビジネスライクな微笑みだ。
「あなたがいなくて、寂しかったわ」
委員長のキャロルさんも知的な笑みを浮かべて、私を慰めてくれる。
あの時、あのキャロルさんが必死だった顔を知っているから、喜びもひとしおだ。
「これ、みんなで行った旅先のお土産な。 美味いぜ」
ほう、これはお菓子じゃありませんか、グレンくん。
保存のきく焼き菓子を土産にするとは分かっているな、諸君。
そうそう、お菓子作りは修道院が主体になってんだよねー、この時代。
街中でスイーツを気軽に食べられるのは、もうちょっと先になるのか………ん?
ちょっと待て、お土産?
「ああ、みんなで聖テルフォード山に行ってきた」
こ、こいつら、私がいなくて寂しいとか言ってたくせに、仲良くキャンプ……だと?
私が生死の境を彷徨っている間に、陽キャたちが集う魅惑のイベントにうつつを抜かしていただなんて!
酷いわ、この悪魔ども!!
「ちょっと待って。
何か勘違いしているようだけど、祈りを捧げに行ったのよ」
へ?
「聖テルフォードは生命を司る神。テルフォード山はその象徴でしょ?
あなたが無事に戻ってくるように麓の寺院へ参拝に行こうって事になったの」
「祈ったからって何があるわけじゃないけど、何かしていないと落ち着かないからね。
あいにく、あの事件で学園も休校になっていたし…」
なんだ、そうだったのか。
てっきり私抜きでバカンスを楽しんでいたのかと思ったぜ。
お菓子は教会の人たちが作るケースが多いって、今、私が言ったばかりじゃないの、てへ。
「でも笑えましたね。
山へ向かう途中、みんなで食事を作ろうとしたらお肉がなくて…」
「グレンさんがそそっかしいから…。
その後、任せろって言って、山中に入っていくし…」
「でも猪を獲ったから良いだろ?
あの鍋は絶品だったじゃないか」
「何て呑気な…火を起こす方がいなくて、こっちは大変でしたのよ」
あれ?
「それより山の上から見た景色は、まさに絶景だったわね」
「まるで雲の絨毯でしたわよ」
んんん?
「山登りの何が楽しいのかしら……。
私は麓の湖畔で優雅な時間を送っていた時が最高でしたわ……」
「おう! 魚も美味かったしな!」
「グレンさんがばしゃばしゃ騒ぐから、台無しでしたけどね!」
「ふふ……湖畔………か………。
何を食べたらモニカさんたちは、あんなに大きくなるのかしら…」
「しかし聖テルフォード寺院は立派でしたね。
あの装飾の数々……ひとつ売ったらいくらになるのかな…」
ちょっとまったあああああああああああ!!!
「ん? どうした、エリー」
「びっくりしましたわ」
「どこか痛いの?」
ちげぇよ!!
全然、参拝した話、出て来なくね!?
BBQとか、ハイキングとか、挙句に湖畔でキャッキャしながら水着イベまで発生してない!?
「僕は寺院の話をしましたよ」
いや、あんた、装飾品かっぱらう話しかしてねーわ。
お祈りの話をしろ、お祈りの。
「落ち着け、エリー」
グレンくんはグレンくんで、むしゃむしゃお菓子食いながらしゃべるな。
つかよぉ、それ、私への土産だろ。
送られた人より先に手を付けるって、ありえないだろ。
「ああ、せめてエリーがいてくれたら……」
さすがはキャロルさん、貴女は私の事を思って……
「湖であんな公開処刑みたいなことにはならなかったのに……」
ジト目で私の胸を見る。 うーん、委員長、病んでるな。
なるほど、モニカ様とその一派はどういうわけか皆、巨乳さんである。
一方でキャロルさんはスレンダーなので………まぁ、水着になったら仕方ないか。
……いや、私、モニカ様サイドだよ? どうして仲間みたいな感じで括るのかな!?
それよりやっぱり委員長も私の事、心配してねぇな!!
「わたくしは心配してまふぃたわよ」
とうとう紅茶飲みながら、私宛の菓子食い始めたな、モニカ様とご一同め!
ちょっと待て、どんどんなくなってるよ! グレン君、それ3つ目だよね!?
くそ、せめてひとつ………
……いったああい!! 痛い、痛いよ、身体が伸ばせないよう。
「あははははは」
「おほほほほほ」
笑ってんじゃねええええええ!!
こっちは本気なんだぞ! さっきまで可憐な感じで佇んでたんだからな、マジで!
今は怒れる包帯女みたいになってっけど!!
こうして、めそめそ泣きだした私だったが、結局お土産はもうワンセットあるって事で一件落着した。
…いや、してねーわ。
祈祷の話はどうなったんだ、マジで。
休校中に遊びに行った自慢話をしただけじゃんか、くそ。
修学旅行に病欠しちまって、学校再開後、話題についていけなくなったボッチみたいな気分だ。
しょうがないから、私も私で、洞窟の中で起きた様々な出来事を話した。
リアル志向で話したら、取り巻きちゃんの一人であるミーアちゃんが倒れたので、マイルド路線に変更した。
さすがに膝が砕けた情景を詳しく話過ぎたか。
あまり悲壮感を出さないようにしよう。
「それでさー、嘆きの乙女が何か知らないけどキレてさー。
背中滅多打ちにされて、皮が割けて肉が飛び散って、辺り一面が血の海になっちゃって…」
次はイヴェットさんが倒れた。
おかしいな、軽いノリで話してみたんだけど。
「軽いノリで話す事じゃねぇな、それ」
グレンくんにマジ顔で言われた。
何だよ、空気読まない系戦闘マシーンキャラで通してきたくせに急に常識人ぶりやがって。
私だけサイコパスみたいになったじゃないか。
しょうがないから、私はちょっと強引に話題を変えた。
いや、元々、この話題はみんなと共有したかったのだ。
「どんな人なんだろうね、フィリベール・ドゥメルグって人」
救助活動の際に大きな役割を果たしてくれたフィリベール氏。
宮廷から下野しながらもいまだに絶大な力を持つ魔導士。
正体を隠してはいないんだろうけど、興味をそそる題材じゃありませんか。
きっとこの伏線はやがて回収され、大いなる……「あのさ、エリー」なんだよ、もう、人が話してるのに。
「会ってる」
「は?」
「会ってますわよ」「会ってるぞ」「え?」「なにこわい」「無知って恐怖」
次々に何か言われた。 え? ちょっと待って。
みんな知ってるの? しかも私も会っているだなんて……!
「担任だよ」
え?
「私たちの担任じゃないの。フィリベール・ドゥメルグ」
………………………。
………………………………は?
「担任の先生の名前くらい、憶えておこうよ…」
ケイジくんに呆れられるのは、自分の組を覚えていなかった時以来だな…。
フィリベール・ドゥメルグ。
「平民風情が」
と舌打ちするのが得意な私の担任は、すんごい人だったらしい……
知らねぇよ、伏線もう回収してんじゃねーぞ。