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第41話 最後の一滴

 「臭い」


そう言われた瞬間、エリー・フォレストは何が起きたのか分からなかった。

何やらちょっといい雰囲気でイケメンが私を王子様のように抱きかかえてくれて、「あら、ここは天国かしら」なんて思っていた気分は、一瞬で吹き飛んだ。


ああ、吹き飛んだよ、もう一つ目の大巨人(サイクロプス)にぶん殴られたくらいの勢いでな!!

この男、こんな絶好の機会に、ヒロインの大ピンチに颯爽と現れて、何を言うかと思ったらよりによって「臭い」とは!!

そりゃ何日も風呂に入ってないし、体は穴だらけで血生臭くなってますけども!

見ろよ、あの人馬獣(ケンタウロス)とか「Oh....」みたいなジェスチャーしてるぞ!

知能があるか微妙な凶暴熊でさえ、「お前……苦労……してんだな」みたいな澄んだ目で見てきやがる。

やめろ!! 私をそんな目で見ないで!!

君たちのさっきまでの凶暴性はどこに行ったの!?


 「あ、ええと、………エリー、探したぜ。

  お前が生きてくれて、本当によかった」


遅い、遅すぎる。

取ってつけたような台詞は、さっきの言葉を聞いた後だと、「俺様にゴミ探しさせんじゃねぇよ、この汚物」と言っているようにしか聞こえない。 不思議!!


 「俺が来たからには、もう安心しろ」


 「………………」


 「必ず、俺が地上まで運んでやる」


 「…………………………………………」


 「えーと、うーん………。

  あ~~、………エリー、もう離さないぞ……?」


 「疑問形はやめろ!!」


我慢できずにツッコんでしまった。

全然、本心じゃねぇだろ、それよぉ!


 「なんだよ、せっかく助けに来てやったのに」


 「……まぁ、いいですよ。

  先輩に情緒的な台詞なんて、端っから期待していませんから」


そういうとアーノルドさんは傷ついたような顔をした。

こいつ、今の一連のやりとりのどこに傷つく要素があるんだ。

傷ついたのは私の純情だよ! 不覚にもときめいて、涙までしてしまった私の心を返して欲しい。


 「背中に掴まれ……ってのは、この体じゃ無理だな」


アーノルドさんは今の私の有様を見て、すぐに言い切った。

確かに今の私は、背中に背負われたとしても赤ちゃんより弱々しくくっつく事しかできない。

戦闘どころか、走り出された時点で簡単に振り落とされてしまうだろう。


 「魔獣がまだ遠巻きにしているうちに、この縄でお前を背中に固定する。急げ」


 「はい」


下手な情緒的な台詞はまだしも、事務的な指示は的確なので素直に返事をする。

背中におぶさると、アーノルドさんがてきぱきと私を縄で固定していく。


 「手慣れたもんですね」

 

 「ああ。救護想定の訓練もしているからな」


 「なるほどー」


………ん、待てよ。何かひっかかるな。

あれは確か………


 「あの、アーノルドさん。

  以前私を馬車で縛り上げた時、捕縛術しか知らないって言ってませんでした?」


 「あれは嘘だ」


最悪だ、こいつ。 堂々と開き直りやがった。

さすがは「背徳的な騎士(インモラル・ナイト)」の称号を持つだけの事はある。


 「これでいいか」


 「ちょっと待ってください。もう少し上の方に……」


なるべく早くしたいのだが、結構痛いし、でも態勢の事を考えると……と、ああでもないこうでもないと頑張っていたら、アーノルドさんが注意してきた。


 「もういいだろ?」


 「待ってくださいよ。もっとちゃんとしないと、振り落とされたら困りますし」


 「いや、そうは言っても……」


痛いのを我慢して、どうにか安定した態勢を求めている私に注文とは良い度胸だ。

何を言いたいのですかね? 喧嘩?


 「あんまり、こう、動かれると」


 「動かれると?」


 「胸が背中に押し付けられて、変な気分になる」


 「セクハラ案件!!」


 「セク………?」


 「くっそう、この世界にその概念はないのか!」


ありがとう、元いた世界の女性先駆者たち!

貴女たちのおかげで女性の地位は中世に比べてずいぶんと改善していたんだね!

こっちの世界でもセクハラっていう概念を広めていきたいと思います!


私は「おっぱいを背中に押し付ける痴女」という、いわれなき扱いを受けながら、どうにかして要救護者っぽい感じで、がっつり括り付けられた。

ここまで待っていてくれた魔獣たち、ありがとう。 もういいよ!


 「良くねぇよ………っと!」


アーノルドさんは隙を突いて噛みついて来た凶狼の牙を剣で叩き落す。


 「うぎっ!」


やっぱ、きつい!

動かれるたびにミシミシと音を立てるようだ。

これを皮切りに、次から次へと魔獣たちが襲い掛かって来る。

そのたびに私が悲鳴を上げるので、アーノルドさんがすごくやりにくそうにしている。


 「やっぱ痛ぇか」


 「ぜ、善処しやす!」


なるべく背中に抱き着いて、声を殺して耐える。

動かない左腕は使い物にならないけれど、せめて右手だけでもしっかりと首に巻き付けて、振り落とされないようにする。唇を噛みしめて、声を極力抑えて、それでもたまに漏れちゃうけれど邪魔にならないように……


 「んっ、んっ、あんっ、あんっ、んんんっ… あんっ!!」


 「やめろおおおおーーーーっ!」


何だよ、こいつ。

人がせっかく邪魔にならないように頑張っているのに。


 「耳元で喘ぐな! 気が散る!!」


 「しょうがないじゃないですか。

  声は……我慢できなくて…出ちゃうんんっ……ですも……んんんぁっっ!!」


 「セクハラ案件!!」


この野郎、しっかりとその言葉を覚えやがった。

使い方もあながち間違えていないじゃないか。


 「先輩こそ、来た道、ちゃんと覚えてますか?」


 「覚えているけど、使えない」

 

 「は?」


くいっ、と首を向けると高さは20mくらいの、ほぼ絶壁が立ち塞がっている。

え? ここを駆け降りて来たの?


 「無茶しますねぇ……」


 「お前が死にそうだったのを見て、我を忘れて飛び降りちまったんだよ」


 「……………………」


 「無事で良かった」


…そういう台詞をさっき言ってよー。

さらりと言われると、こう、調子が狂って照れるじゃないか。


 「はぁ………使いたくなかったんですが」


そう言ってから、私はアーノルドさんに、ぎゅううっと体を密着させる。


 「お、おい」


 「ちょっと黙っててください。集中しますんで」


そういうと心を落ち着かせて、アーノルドさんの体や剣に意識を集中させる。

ふわり、と小さな風が起きると、しばらくして光が瞬き始める。

それが静かにアーノルドさんと持っていた剣を包み込んでいく。


 「聞いているかもしれませんが、これがあれば楽になると思いますよ。

  一見、光っているだけで、力が湧いてくるでもないので分かりにくいですけど」


 「…………これが」


その様子だと、どうやら知っているみたいですな。

我が聖なる力のご加護を!

本当なら手をかざすのが一番、イメージが湧きやすいんですけど、とても無理そうなので密着大サービスで、かけて差し上げましたよ。

さぁ、バッサバッサとやっちゃってください………って、うおおお、いきなり一つ目の大巨人(サイクロプス)を目指すとはお目が高いな!

ここはひとまず、狼あたりから行かないのか!


 「【Burn, O Swrod】、燃えよ、我が剣」


ド派手に燃え上がった剣が、一つ目の大巨人(サイクロプス)を斬りつけると、そのまま袈裟懸けに両断した。


 「「えぐい」」


私たちは同時に同じ言葉を発した。

私は単純にアーノルドさんの容赦ない一撃に。

アーノルドさんは、先ほどまで苦戦していた相手を一刀両断できた魔法効果に。

それぞれが驚嘆して同じ言葉を発してしまう。


まぁ、それくらいやってもらわないと困りますけどね。

だって相手はまだまだ山のようにいますから。


そんな事を言うまでもなく、アーノルドさんは走り出して、相手を斬り伏せていく。

私が出入口付近まで吹っ飛んでいたおかげで、すぐに広場を脱出して洞窟の中を走り出し、邪魔する魔獣を容赦なく蹴散らす。

圧倒的過ぎて、ここが8階層だなんて忘れてしまいそうだ。

つか、私の魔法なくても余裕だったんじゃないの、これ。


………いや、そんな事はないな。

じっと私は背中を見た。


傷一つない背中。

でもアーノルドさんの前面は傷だらけで、致命傷こそないが、そこそこの手傷は負っている。

振り返らず、ただ前だけを向いて戦いながら、ここまで来てくれたのだろう。

おそらく暗闇で泣いているであろう、私の為に。


ぐったりと体重を預けた背中。

軽装の防具は革製で、体温が伝わってくる。

それは炎よりも、ずっとずっと熱くて。


あー、やっぱりな。

背中で揺られながら、私は思わずつぶやいた。


 「………カッコいいなぁ」


そう、かっこいいのだ。アーノルドさんは。

馬鹿だし、ムカつくし、アホだし、シスコンだし、とんでもねぇ野郎だけど、かっこいいのだ。


 「なんだ、藪から棒に」


おおっと、聞こえてしまったか。

びっくりしたアーノルドさんが振り返ったので、私はにんまりと笑ってみせた。


 「別に。 思っていた事を言っただけですよ」


私はそう言っただけ。

だけどアーノルドさんは驚いて、声を上げて尋ねてきた。


 「お前…………! 魔力をどうした!?」


ちっ、目ざといなぁ。

額に汗がどっと湧き、ぶるるっ、と悪寒が走る。

意識が遠のき、痙攣が始まる。


魔力枯渇。


残る全部の魔力をアーノルドさんに投入した私の体は、生涯で2回目の魔力枯渇を起こしていた。

這いずりながら、やっとの想いで溜めた魔力だけど、ここで使わずして、いつ使うのか。

やれやれ、感情に任せて嘆きの乙女(バンシー)のところで使わなくて良かった。


 「どうしたって……い、ま…使っちゃい、ましたよ…」


 「自分に使えよ! 何で俺に使うんだ!?」


 「だって、ずっと……こうしようって、決めていたんですもん」


もしも、もしも私を助けに来てくれる人がいたなら、きっと大変な状態だと思う。

何せ私というお荷物を背負って帰らなくてはならないのだ。

もしかしたら往路だけで体力を使い果たしているかも知れない。

その時、私が魔法をかける事が出来たら。

「魔」属性に圧倒的な相性を誇る魔法をかける事が出来たら。

その人だけは生きて戻れるかも知れない。

少なくとも可能性は上がるはずだ。


だから1回分。

何日も這い回って、ようやく1回分が溜まった。

何の事はない、その1回をようやく使う時が来ただけの事だ。


 「もん、じゃねぇよ! 死ぬぞ!」


 「もう、遅いっスねぇ……」


ふへへ、と笑ってみせたが、本当に笑えていたかは不安だ。

もう意識が保てない。


 「私が……邪魔になったら、適当に…捨ててってください。

  ………割と、本気で」


きっとこのお願い、聞いてくれないんだろうなぁ。

こっちは本気なのに。

アーノルドさんは何も返事してくれない。 怒ったのかも知れない。

そりゃまぁ、そうだろう。

決死の覚悟で助けに来たってのに、当の本人が助かる気がないみたいな行動をして、何じゃそりゃって感じだよね。

けど困るんだよ、アーノルドさんに死んでもらったら。

未来の騎士団のエース様だぞ、まだまだ生きて頑張ってもらわないと。

エース……助けに行く……うっ、なぜか頭が………

まぁ、そんな事はどうでもいいんで、とにかくですね………


 「……………………」


その時、振り向いたアーノルドさんは怒ってなんかいなくて。

むしろ、その逆で、すごく悲しそうな顔をしていた。


ああ、やっぱりずるい。

そんな顔をされたら、もう言葉が繋げない。

なんだかんだ言って優し………くはねぇな。

いきなり「臭い」って言われた恨みは、そう簡単に忘れねぇんだよ。


 「……しょうがないですね。

  じゃあ、頑張ってくださいよ」


つらくなってきた。

今度、私が起きる時は、どんな視界が広がっているだろう。

全部夢だったとかはナシでお願いします。

そんな事をされたら、絶対に耐えられないからな。私が嘆きの乙女(バンシー)になるわ。


 「んんぐっ………」


思考も、体も、停止していく。

痛みが鐘のように打ち鳴らされて、全身を蝕んでいく。


 「エリー!?」


 「あ………」


事切れるように、私はアーノルドさんの背中にぐったりと体を預けて、一言だけ呟いた。


 「あったかい」


四肢の力が抜けて、ほっぺを背中にむにゅーっと押し付けながら、私はアーノルドさんの体温を感じながら、本当に、本当に久しぶりに、安堵の中で気を失った。


◇◇◇


 「エリー!! おい、エリー!?」


俺は焦った。

まるで遺言のような台詞を言いながら、背中に背負った少女から全身の力が抜けていく。

だがすぐに、すーすーと寝息を立て始めて、今度は安堵した。


 (驚かせやがって)


柄にもなく我を失ってしまい大声を出した自分を恥じる。

戦場では冷静さを失ってはならないと、マックスさんから嫌と言うほど教わったはずなのに。


 「はぁ………」


そんな事が思えるのも、ギリギリ間に合ったからだ。

もし間に合わなければ、もし目の前で潰されていたら、こんな贅沢な思いなどできなかっただろう。

後悔して、己を責めて、どの面を下げて皆の前に帰れるかと絶望していたに違いない。


 「ありがとうな」


そう言うのは、おこがましいだろう。

別にエリーはアーノルドの為に頑張っていたわけではないし、生きる為に足掻き続けたエリーに失礼な言葉だと思う。でもアーノルドは、感謝した。まさか数ヶ月前の、あの最悪の出会いから、こんな気持ちになるとは思ってもみなかった。


剣を握る腕に力が宿り、体が温かくなる。

おかしいな、あいつは魔法にそこまでの効果はないと言っていたのに。


………ああ、そうか。これはエリーの体温だ。

背中ですやすやと寝ている少女の温もりが、薄い防具を通じて伝わってきているんだ。

それは、エリーが生きてる証でもあった。

彼女は、最後の最後まで頑張り続けて、ボロボロになっても諦めず力を振り絞り、しかも最後の一滴は惜しげもなくアーノルドに差し出して倒れた。

彼女から、最期の力を託された自分が成すべき事は、もうただひとつだろう。


 「この嘘つきが」


魔獣の群れに対して、アーノルドは獰猛とすら思える笑みを浮かべて対峙した。


 「どこが効果なしなんだよ。

  どんどん力が漲ってくるじゃねぇか」


炎の風が巻き起こる。

暗闇が掻き消え、魔獣たちはそれだけでたじろき、退く種もいた。

8階層の魔獣が、だ。


 「立ち去るのなら見逃してやる」


炎を纏いながらアーノルドは歩みを進める。

なおもその場で囲み続ける魔獣に対し、彼は臆する事もなく言い放った。


 「今の俺は、ちょっと強いぜ」


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