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第40話 騎士の想い

アーノルド・ウィッシャートは猛っていた。


 (間に合った……!)


8階層を全速力で駆け抜けて来たアーノルドは、ここにたどり着く直前に相当、焦っていた。

マックスら手練れの騎士団員や協力者の援護によって8階層まで最短距離でたどり着いた後、他の捜索メンバーと別れて単独で8階層を踏破していた。


 「脱出経路は俺たちが確保する。

  おめぇは死んでも嬢ちゃんを探して連れて来い!!」


マックスの叱咤を受けたアーノルドは魔獣には目もくれず単独で駆け回り、そして眼下に広がっている広場で魔獣の群れを目撃する。

そして群れに囲まれた人影を認めた。


 「…………………!」


アーノルドは声をかける間も惜しんで、身体が勝手に反応し駆け出す。

だが高い段差は、飛び降りるには高すぎるが周囲に降りるような道もない。

わずかに坂になっているような場所も……坂というよりは絶壁であった。

目の前にゴールが見えているというのに、そのゴールが消えてしまいそうなのに、迂回を余儀なくされてしまう。

あまりにも到達するまでの距離は遠く、その人影は一つ目の大巨人(サイクロプス)によって右膝を粉砕された後、今まさに潰されようとしていた。


間に合わない。


アーノルドは自分の経験から察した。

遠い、遠すぎる。

万が一の奇跡を信じたい、だが絶望が心に降りて来るのもまた、止める事はできなかった。

目の前で一つ目の大巨人(サイクロプス)の足が踏み下ろされる。

絶望がさらに色濃く胸を去来し、疲労と相まって足が止まってしまう。


だが踏み潰されたと思われた瞬間、人影は咄嗟に身を反転させてギリギリ、死を逃れたのである。

それだけではなく、態勢を微妙に調整し、人馬獣(ケンタウロス)の突進を受けながらも、広場の入口方向へと身体が吹き飛ぶように仕向けた。

意図通りではあるが、もちろんそれはダメージの減少を意味しない。

無残に飛ばされ、叩きつけられ、転がり、倒れ伏す。

だが、倒れながらも、すぐに這うようにして進みはじめる。

最後の最後まで足掻いて、足掻いて、前に進んでいる。


 (馬鹿か、俺は!!)


その姿を見て、思わず歯ぎしりをした。

最後まで足掻けって、俺が言ったんだろうが!!

その俺が、何で足を止めているんだ。

とっくに限界を超えて、足を止めてしまいたいのは、あそこで足掻いている奴だろ!


遠回りなど出来ないと判断して、最短距離であるほぼ直角の壁を滑り落ちる。

転倒寸前のところを、人間離れしたバランス感覚で無理矢理維持して、坂を転がるように降りきる。

それを見た凶狼たちが吠え掛かって来るが無視をして突進する。

少々のダメージなど気にする状況ではない。


間に合え、間に合え、間に合え!


その時、人影がもがくように、すがるようにか弱く、だが叫ぶ声が、はっきりと耳に届いた。


 「アーノルドさん!!」


あの人影は俺の方を見ていない。

つまり俺の姿が見えたから叫んだのではない。

それでも俺の名前を呼んだのだ。 それが最期の言葉かも知れないのに。


ったく、嫌な奴だよ、本当に。

そんな事をされたら………


 「助けねぇわけには、いかねぇだろうがよ!」


こんな事はこれまでになかった。

ウェアウルフを討伐した時も、国境に集結した敵兵を前にしても、これまでどんな剣豪や暗殺者と対峙した時だって、こんな高揚はなかった。

疲労して、止まりそうだった足が動く。

これまでで、一番、早く、速く、疾く。


そして、剣を一閃すると斬撃が炎を纏って暗闇を切り裂く。

突然の闖入者に、魔獣たちは不意を突かれて一斉に回避行動に移り間合いを取る。


間に合った。

安堵するアーノルドの腕の中には、小さくて今にも壊れそうな、それでも最後まで足掻き、抗い続けた少女が一人。

彼の顔を見て、ボロボロと涙を流し始めた少女に対し、アーノルドはもっと違う言葉を、気の利いた言葉を、慰める言葉を、労りの言葉をかけてやりたかった。

きっと騎士道物語の主人公ならば歯の浮くような台詞を紡ぐのだろうし、賢者ならもっと含蓄のある言葉を発するに違いない。ここにいたのがマックスなら、軽妙な言葉で安心させたのではないだろうか。


しかしアーノルドの口から出て来たのは、平々凡々な言葉だけだった。


 「よくやった」


……ああ、まったく嫌になる。

昔から口下手な事は自覚してきたが、「分かる奴には分かるだろ」と放置してきた。

それがまさか、こんな時にツケを払うとは。

そんなつまらん台詞しか出てこない俺に、さぞや失望しているだろうと、腕の中の少女を見る。


するとどうだろう。

俺の言葉を受け止めた彼女は、身動きすらできないほどに満身創痍であるにも関わらず、大輪のような微笑みを浮かべていた。

しっかりと俺との視線を逸らす事なく、その言葉を噛みしめるように見つめながら。


……ああ、そうか、やっぱりそうなんだ。

言葉を尽くさなくても、分かる奴には分かるんだな。


そう考えると何だか可笑しくなって、ここまでの疲労が全部、嘘のように消えて行く。

今なら何でも出来そうな……こいつを背負って、空でも飛べるんじゃないかと思うほどに力が湧いて来る。


 「あう………」


激痛を思い出したかのように顔を歪める少女。

俺はこんな時……何を言えば良いのだろうか。

きっとこいつなら、俺がいくら言葉足らずだろうと、意思を汲み取ってくれるだろう。

だが、できれば格好いい事を言ってやりたい。

今後百年、騎士たちの間で語り継がれるような、

定番は愛の囁きだが、それは違う。 それにあとで何を言われるか分かったもんじゃない。

軽口は……は、マックスさんが言うから格好つくけど、俺が言ったんじゃな……。


いや、待て待て。

ありのまま、感じたままを口にすれば良いと、今、学んだばかりだろ。

今、俺がこいつに抱いている感情は………


……………………。


いかん、違う、何かの間違いだ。

こいつを見ていたら、普段は絶対に思わないような言葉が口を突きそうになった。

俺がこいつに、そんな感情を抱くはずがない。

そんな俺をじっと見つめているのを、また見ていたら……………


違う、断じて違うぞ!!

でも小首をかしげる仕草とか、ちょっと、なかなか悪くないと思う……


……って、おいおいおい、ダメだ、己を保つんだ、アーノルドよ。

ここで失敗するんじゃないぞ。だが男として、紳士として、言葉を間違えるな。


………俺は咳払いをし、万感の想いを言葉に乗せて、こう囁いた。



 「臭いな、お前」


エリー・フォレストの潤んだ瞳から生気が消え、表情までも「すん……」と消えた。

なぜか目の前に立ち塞がる魔獣たちですら、「あちゃー」「なんだよ、こいつ、せっかく待ってやったのに」みたいな顔をしているように……見える。


それを見た俺は、言葉選びに失敗した事を嫌でも悟ったのだった。


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