表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/201

第37話 出撃

首なしの騎士(デュラハン)


死を告げる首のない騎士。

その存在はおとぎ話や伝承にも登場し、伝説上の存在に近い怪異。


そんな奴とは一生出会わないと思っていた。

知識としては知っていたが、そんな輩が出る場所に行くなんて自殺行為をするつもりはなかったし、そもそも存在がレア過ぎて、むしろ会えるものなら会ってみたいとさえ思っていた。


 (でも本当に会うだなんて聞いてないから!)


ガチャン、ガチャンと音を立てて接近してくる騎士。

甲冑は鈍い色を放ち、あちこち傷だらけになっている。

普段見慣れているイシュメイル王国の甲冑とはデザインが違うだけではなく、色合いも違っている……と思ったのだが、よく見たら返り血だった。

手にしている剣にも同じような赤やら黒やら、いつ付着したのか分からない血痕が付着しており、この首なしさんが、どれだけの手練れなのかを誇示しているようにも見える。


おーい、こんな奴が洞窟にいるだなんて、危険極まるだろー。

何か、あれだ、死が形になって接近してくるって、まさにこの事だ。

顔があればまだ、相手の感情を認識できるのに。

でもなぜか、あの首なしの騎士(デュラハン)は、私の方を見ていると分かった。

睨む目もないのに、睨まれていると、心が理解してしまった。


もう逃げられない。

逃げた所で逃げ切れるはずもないのだが、今はもう、絶望的に体が動かない。


アーノルドさん、アーノルドさん、アーノルドさん、アーノルドさん、アーノルドさん、アーノルドさん。


いつの間にか、私は祈り、すがっていた。

早く来てよ、来るなら今じゃん。

何度も何度も何度も来て欲しいって思ったけど今こそ、その時じゃんかよ。


ねぇ、首なしの騎士(デュラハン)だよ?

ほら、騎士道物語とかで、主人公の騎士が格好良く退治したりしてんじゃん。

目立ちたがり屋のアーノルドさんにぴったりの相手だよ!?


あれ、そうか、意外と目立つの嫌いなんだっけ?

じゃあ来てくんないか。

……って、いやいやいや、そんな事を言ってる場合じゃないってば!

ほら、ピンチだよ~~、ヒロインが一刀両断されちゃうよ~~?


この間、わずか数秒。 エリーの脳裏には走馬灯やらボケやらツッコミやらが渦巻いていた。

そうしているうちにも死の足音が一歩、また一歩と近付いて来て、すぐ手の届く所まで接近する。


そして……… すれ違った。


 (あれ?)


エリーの横をすり抜けて、首なしの騎士(デュラハン)が立ち去っていく。

まるでエリーなど、いなかったみたいに。


 (助……かっ…た………?)


へなへなと腰が抜けて座り込む。

はぁ~~~~~、と深い深い息を吐くと、緊張が一気に解けてしまう。

こんな場所で解けてはいけないのにと思ったところでしょうがない。

あんなに絶望的な気分になったのは……嘆きの乙女(バンシー)以来かも知れない。


(死を司ると言われた怪異に二度も遭遇して生き延びる事が出来た…

 もしかして私ってラッキー?)


元気ならスキップでも踏みたい気分だが、血みどろの暗黒舞踏になりそうなので控える。

いや、その前に、おそらく衝撃で死んじゃうだろうし。

貧弱な洞窟探検家という意味では、今の私はスペランカーよりも貧弱だろうなぁ。

比喩じゃなくて、膝くらいの段差で死ねるからね。

本当に洞窟って身体に悪いわ。 バリアフリー万歳。


……そんな馬鹿みたいな事を考えながら、涙が止まらなくなっている。

上げて下げて上げて下げて、また上げて、もう私の情緒をどこまで弄んだら気が済むんだよ。

あー、気が狂う、狂いそう。

日記を書いたアデリナさんも、こんな神経を削り取るような日々を送って、とうとう壊れたのかな。

あの几帳面な字が、どんどんと乱れて、最後は書きなぐるようになって。

生き延びても、私もいずれ、ああなってしまうのだろうか。


洞窟の中を、よろよろと歩く私に、明日は見えなかった。


◇◇◇


 「そろそろ出るぞ」


魔獣の洞窟2層広場。

ここにはかつて、吊り橋があった場所だ。

その橋は、たくさんの魔獣と、一人の少女を飲みこみ崩落した。

今、眼前にかけられつつあるのは、新しく架けられた橋である。

それを見てマックスは満足そうに笑って言った。


 「よくこの短時間で架けられたな」


あの日、橋が落ちた後。

討伐隊は学生たち含めて行方不明者1名を出して撤収した。

そして翌日から、二番隊は再び洞窟に潜って橋を架ける作業を開始していた。


 「寝ずに作業してますからね。

  普段からこれくらい、やる気を出してくれりゃ良いんですが」


応じたのはフランクだ。

かくいう彼もまた、あの日から連日現場に立っている。


マックスたちが啖呵を切って飛び出した後、現場に急行するとそこは混乱を極めていた。

救護する人、編成する人、退却する人、それぞれが必死に頑張っているが、それが効率よく行われていなかったのだ。

それをマックスとアーノルドが収拾し、1層から2層までの魔獣をほぼ二人で掃討して撤退を完了させた。

ほぼ半日で目的を達成できたが、彼らが急行しなかったら、あと数日は事後処理で追われていただろう。

もちろん橋の再建にはさらに日を要していたはずだ。


そして今、架かろうとしている橋は、二番隊が「無償」で建築していた。

あの後、今回の魔獣討伐の後始末について出された二つの方針は「箝口令」と「捜索隊の派遣見送り」というものだった。

箝口令はまだ納得できる。

上位魔獣が洞窟の浅い階層に出現し、討伐に失敗したとあれば不安が広がるのは間違いない。

幸いエリーの献身により魔獣たちは分断されたので、すぐに来ることはないのだから、悪戯に不安を煽っても意味がないだろう。

しかし捜索隊の派遣見送りは、現場を知っている者たちからすれば到底、受け入れられるものではなかった。

色々と理由は述べられたが、端的に言うと

 「生存確率が極めて低い平民一人を捜索するのは、割に合わない」

という事である。

さらにいうとエリーは孤児であり、親族たちから文句が出る事もない。

極めて切り捨てられやすい立場だった事もあり、捜索隊の話は即日、打ち切られたのである。


だが、当事者であった二番隊は「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかない。

救助活動において、彼女がいなければ被害はこんなものではな済まなかったはずだ。

むしろ最終局面では、ほぼ単独で撤退戦を支えてくれたと言って過言ではない。


その力について、もちろん上奏したのだが

 「そんな馬鹿な話があるか」

と一蹴されてしまった。

上位魔獣を蹴散らすような強大な魔法を学生が使えるはずがない。

ましてやその力を付与できるなど、聞いたこともないのだから。


しかしその決定は、エリーの捜索作業に何ら支障を来す事はなかった。

なぜなら決定よりも前、その日のうちに二番隊が、捜索活動を開始していたからである。


 「二番隊が責任を取れっつーんだろ?

  だったら取ってやろうじゃねぇか。

  別に国からの金なんてアテにしちゃいねぇ」


ほぼ全員が無償で、中でも現場にいた騎士たちほど積極的に参加した。

本来ならば、彼らがすべきであった行動をエリーは率先して実行した。

騎士団に入る際の、最初の誓い

 「己が身をもって弱き者を護る剣となれ」


……それを嫌と言うほど見せつけられた。

戻れないと悟った橋の上で、微笑みながら闇に落ちていった少女。

それをただ見守る事しかできなかった無力感。

あの場にいた騎士たちは、あの光景が瞼に焼き付いて離れなかった。

フランクなど同班にいたのだから、なおさらだった。


 「俺が出来るのは、ここまでです。

  3層までなら行けますし、4層なら何とか。

  でもそれ以上になると、俺じゃついていけません」


フランクは隊長であるマックスに素直に話した。

本当なら、付いて行きたいのだろうが、自分の力量を正確に把握し、そう判断したのだろう。

その冷静さと実直さはマックスも好感をもっていたし、頼りにもしていた。

ただただ突っ走る事だけが騎士の役目ではない。

それはただの蛮勇だ。

そもそもこのアタックには数名の人間しか参加できない……そんなレベルの戦いだ。


 「任せておけ。

  それに、フランクと同じくらいうずうずしている奴が同行する。

  あいつがお前の想いも一緒に背負ってくれるだろうよ」


少し離れた所で剣を前に掲げ、精神を統一している青年の姿が目に入る。

アーノルド・ウィッシャート。

すぅ、と息を吐く姿は落ち着いているというよりも、逸る気持ちを抑え付けているのに近い。


 (慌てるな、落ち着け)


アーノルドはもう何度もそう呟いていた。

橋はもう架かる寸前。 そうすれば、洞窟の奥へと進める。

だから落ち着くんだ……ここで焦っても体力を失うだけじゃないか。


 「アーノルドさん!」


不意に声がかけられる。

騎士団の人間ではなく、もっと若い声だ。


 「君たちは………?」


そこにいたのは、エリーの学友たちであった。

グレン、キャロル、ケイジ、モニカとその側にブリアナ、イヴェット、ミーアの三人。

それと引率の教師であった。

救護で残ったイヴェット以外は、第4班として洞窟に向かった面々だった。


 「あの子の事、お願いします……頑張ってください」


委員長であるキャロルが代表として頭を下げると、続けて他の生徒たちも頭を下げた。

誰もかれも、顔には疲労と後悔の色が落ちている。

あの時、全員が必死に手を伸ばして届かなかった。

本当ならば、誰よりも自分たちがエリーを助けに行きたいのだろう。

しかし……それはできない。 だから託すしかなかった。

無力な自分の代わりに、力のある人に。 選ばれた人に。

その人が、自分たちの願いを届けてくれると信じて。


その目を見てアーノルドは心が落ち着いて行くのを自覚した。

自分だけじゃない。

自分と、それ以外の人の想いも背負って、俺は行かなくちゃいけないのだ。

気負いすぎるな、気負いは剣を鈍くする。


 「ありがとな」


当たり前の事を思い出し、アーノルドは笑顔で全員に感謝の言葉を述べた。

それは社交辞令のように聞こえたかも知れない。

だが確かにアーノルドの心は、彼らの言葉で軽くなっていた。


 「任せとけ、学生はおとなしく勉強してな」


ああ、もしここにエリーがいたのなら、きっと


 『え? 先輩も学生ですよね?

  何ですか、上級学生気取りですか? 良いご身分ですねぇ。

  そういう所が嫌われる要因ですから気を付けてくださいね』


などと憎まれ口を叩いたんだろう。

そう言われたら、一発ひっぱたいてやろうか……いや、余計な事を最後に付け加えたから二発かな。


そんな夢想をしていたら、モニカがおずおずと

 「あの、アーノルド様?

  あんまり叩くと悪者に見えてしまいますわよ?」

と忠言してきたので、驚きのあまり「そうか、やはり一発か」と答えてしまう。

それを聞いたキャロルが苦笑し、グレンやケイジは笑い出した。


 「そうか、みんな考える事は同じだな」

 「エリーさんは口が悪いですからねぇ」

 「その後のアーノルドさんの反応まで想像できてしまいました」


そんなに俺の行動は見え見えだったか。

もし無事にエリーを助ける事が出来たら自重……出来る気がしないな。

やっぱり2~3発、叩いてしまっただろう。

だが……何となく、エリーの事を分かってくれる人と、話題を共有するのは嫌な気持ではなかった。

むしろ心が奮い立つような、そんな気持ちが湧いてくる。


その時、遠くから声が響く。


 「橋が架かりました! いつでも行けます!!」


それを聞き、アーノルドが、マックスが、荷物を持って橋の方へ向かう。

重い甲冑ではなく、ギリギリまでの軽装。

余計な戦闘は避け、最速で洞窟を踏破していく速攻戦。

攻撃に特化した二番隊らしい、覚悟の装備である。


マックスはアーノルドと合流すると、声をかけた。


 「気負っているかと思ったが、良い顔になってるじゃねぇか」


それに対し、アーノルドは笑顔で応じた。


 「そうですか? 俺はいつでも良い顔ですけどね」


 「それだけ軽口が叩ければ上等だ」


話しかけるのも躊躇するほど、自らを追い込んでいたアーノルドの姿はそこにはなく、固い決意を誓った男の顔がそこにはあった。

橋を渡ると、深い暗闇が前に広がっている。

この向こうのどこかに、エリーはいるはずだった。

アーノルドは強い口調で宣言する。


 「二番隊アーノルド・ウィッシャート、行きます」


―― 洞窟への挑戦が、今、始まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ