第34話 会談(2)
「―― 以上が報告です。
至急、救援を……要請………いた……しま……」
ケイジは報告を終えるか終えないかのタイミングで床に突っ伏してしまった。
「とっくに限界は越えていたのだろう。 たいした奴だ。
……………救護兵!!」
マックスは部下にケイジを救護室で寝かせるように指示をする。
担がれて運ばれて行くのを横目で見ながら、場違いな愉悦の表情を浮かべたのは財務省長官のセヴラン・ルアールであった。
「運が良いな、ああ、本当に運がいい!」
「運?」
「そう、運だよ! これを強運と言わずして何と言う!?」
セヴランは得意げに、声高らかに演説を始める。
「魔獣の侵攻は阻止された!
近隣の治安も、商人の通商ルートも何ひとつ傷がつかないままに!
これで救援の話もなしで良かろう!?」
「前半には同意しますが、最後のはどういう意味ですかね?
不見識な小官には真意を測りかねますが」
マックスの言葉を受けたセヴランは、ふん、と鼻息荒く断言して放言した。
「当たり前だろう!?
平民が自分から魔獣を道連れに死んでくれたのだぞ?
これこそが強運、天は我に味方せり、だ!
ゴミがゴミを巻き添えに大掃除をしていってくれたのだからな」
こいつ、とうとう言い切りやがった、とマックスは舌打ちをする。
「これが貴族の子弟であれば、形だけでも捜索をするふりをしなければならなかった。
いや、騎士だとしてもそうであっただろう。
だが平民の学生であれば捜索など不要でしょう。
ははは、いやいやいや、これでこたびの話は解決ですな」
「セヴラン卿」
マックスが口を開くより早く、重々しく口を開いたのは一番隊隊長イザーク・バッハシュタインだった。
「命を賭して仲間を守った勇敢な若人に対して、その物言い。
いささか不適切ではなかろうか」
だが上機嫌のセヴランは、イザークの視線にも気が付かず、鈍感にも説教を始めてしまう。
「何をおっしゃられるか、イザーク殿。
あなたは年こそ取っているようだが、この世の真理を知らないようですな。
我ら貴族は、平民を調教する立場なのですぞ。
あなたの物言いこそ、まるで同士に対するもののように聞こえますが」
冷たい視線などどこ吹く風、ごほん、と咳払いをして
「死んだ平民はよく調教された平民だったという事ですよ。
どうせくだらぬ人生を送るのです。
ならば我らの為に死ぬ方が、はるかに有意義だと思いませんか?」
そう言ってのけてしまった瞬間、マックスとイザークが、同時に剣の柄に手をかけた。
「ひええっ!?」
ようやく二人の騎士の圧力に気が付いたセヴランは、その気迫に情けない声を出してしまう。
だが彼らはセヴランに背を向けると、その正面にいる青年騎士に相対する。
セヴランは視線を前に向け、そして腰を抜かした。
彼の眼の中に飛び込んできたのは、殺意そのものだったから。
「言いたい事はそれだけか?」
アーノルド・ウィッシャートもまた柄に手をかけ、抜刀寸前の態勢になっている。
だが前の二人に比べての殺気が桁違いであった。
形容するならば、純然たる怒りそのもの。
噴火寸前の活火山が人の形をとり、セヴランに爆発せんとしていた。
たらればだが、マックスとイザークがセヴランを庇って前に立たなかったら、間違いなく悲劇が訪れていただろう。
「どいてください」
「どけるわけ、ねぇだろうが。 落ち着け」
「こいつは………」
こいつは侮辱した。
あの女を侮辱した。
あいつは、どうしようもない奴だが、少なくともこいつに、ゴミ呼ばわりされたり、死んだ方がマシだとか言われるような奴じゃない。
ああ、吐き気がする。 こいつは生きるべきではない。
ずいっ、と足を前に一歩踏み出すと、目の前の肉達磨がひぃひぃ言いながら後ずさる。
こいつが俺たちを現場から召喚なんかしなければ。
目を血走らせ、瞳孔が開いたまま、凄まじい形相で剣を鞘走らせ………
「お前が捕まったら、誰が嬢ちゃんを助けに行く!?」
マックスが鋭く指摘すると、アーノルドの手が一瞬、止まる。
それを見逃さずに懐に入ると、柄の部分を抑えて抜刀を阻止した。
「まだ死んだと決まったわけじゃねぇ。
見た感じ、ずいぶんとしぶとそうな子だったからな。
もしかしたら、生きているかも知れん。
……それならすぐにでも、救助に向かう必要がある」
そう言うと顔をぐいっと引き寄せて、アーノルドにだけ聞こえる声で囁く。
「……それに何かおかしい。
どうもこの話には裏がありそうだ」
「裏?」
「俺もそれが何か分からんが、こういう勘は外れた事がねぇ。
お前も何か知りたくないか?
だったら自重するこった」
そう言い終えると、どんっ、とアーノルドを突き飛ばして、他の3名の方を振り返る。
「それじゃ二番隊はおさらばしますよ。
責任っつーなら、こいつにも取ってもらわねぇとな。
ほら、一緒に来い」
マックスは豪快に笑い飛ばすと、アーノルドの行為に対する処分を曖昧なままに無視して、二人仲良く扉を蹴破るように出て行く。
遺されたセヴランは、何かを言いたげに口をぱくぱくとさせるが、結局は何も言えずに口をつぐんでしまい、イザークもまた、何かを言いかけたが結局は「若いのう」くらいに留めて剣を収めた。
……そうした三者三様の姿を、副隊長のハーマンが冷たい視線で眺めやっていた。
その瞳は、まるで蛇のように熱がなかった。