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第33話 会談

 「こんな事をしている場合じゃないんですが」


アーノルド・ウィッシャートは甚だ不機嫌であった。

彼は洞窟でエリーたちを見送った後、その足でマックスと共に騎士団兵舎へと向かったのだ。

現在、洞窟で起きている事態への報告と今後の対策を協議するためなのだが、どうして現戦力中最高の戦闘能力を誇るマックスと、いざという時に真っ先に駆けつける役割を帯びていた自分が呼び出されたのが不満でならない。


現場の責任者も兼ねているマックスはしょうがないとしても、自分が行く必要はないだろう。

それがアーノルドの言い分であった。


もしこの会合に呼び出されていなかったら、自分がD組班と共に洞窟へ向かっていたはずだ。

聞けば洞窟の奥から湧き出す敵は、まだ底が見えず、警戒を要するらしい。

久しく強敵と相対していなかったアーノルドにとって、その場にいられないという事実は、誰かに愚痴でもぶつけたくなるというものだ。


 「いらつくなよ。 お前、すぐに顔に出んだからよ」


マックスは呆れ気味に言う。


 「お前の代わりにフランクが付いただろ。

  あいつの腕は確かだし、責任感もある事は、お前だってよく知っているはずだ」

 「まぁ、そうですけどね。

  フランクさんなら、たいていの苦境でもどうにかしてくれると思いますが…」


それでも納得できない様子で、ぶんむくれている。


 (不貞腐れてやがる。こういう所は、まだまだ餓鬼だなァ。

  理由は戦えないからか、はたまた例の嬢ちゃんを護衛できなかったか…)


当初、アーノルドは第4班、つまりD組警護に編成されており、任命された時は


 「は? あいつのいる班ですか?

  冗談じゃないですよ、本当に、まぁ、仕事ならやりますけどね。

  いやー、まじないっすわー、仕事だからやりますけど。

  でも、いやー、まじないっすわー」


とかなんとか言いながらも、元気いっぱいに素振りをしたりしていたのだが、任務から外されると死んだ魚のように動かなくなった。

出撃前の挨拶だって、半ば強引に参加したのである。

そこでもエリーとひと悶着を起こしたのは……まぁ、死んだままよりはマシというか、ご愛嬌だ。


それに、

 「やっぱりあいつ、まじないっすわー」

とか言いながらもスッキリした顔をしていたし。

そのガス抜きがなければ、アーノルドの機嫌はさらに悪いものとなっていただろう。


アーノルドがひとしきり文句を言い終えた後、来訪者を告げる伝令が来た。


 「やっと来たか」


訪問者はイシュメリア王国騎士団一番隊隊長イザーク・バッハシュタイン。

副隊長のハーマン・タルコット。

そして財務省長官セヴラン・ルアールの3名だった。


イザークは白髪白髭の老年とも言うべき年齢であったが、その覇気は健在の偉丈夫で国家を支える騎士団団長としての威厳をたたえている。

短髪を逆立て、顔に傷が走った容貌、骨格たくましい体躯は、まさに歴戦の雄と言った佇まいだ。


反対に副隊長のハーマンは剣の腕よりも実務能力に長けていると評判で、王国随一の規模を管理・統率している知恵者である。

やや神経質そうな雰囲気と、人を見下すような眼光のため、人望はあまりない。

かくいうアーノルドもマックスも、この男が苦手である……というか、ぶっちゃけ個人的に嫌いだった。


だが二人のハーマンに対する嫌悪感は、セヴランの登場で上書きされた。

禿げ頭にちょび髭、恰幅の良い身体と短腕短足で、まるでダルマのような姿。

おとぎ話に悪い大臣が出て来るとすれば、まさにセヴランはぴったりの配役だろう。

さらにいうと……


 「まったくこのような場所に呼びつけるとは、甚だ不快である」


と貴族特有の特権意識の権化のような人物で、なんでまぁ、こいつが財務長官なんぞやっているのか、アーノルドは本気で理解できなかった。


 「すいませんね。

  王宮にまで参上すると、現場と連絡が取れなくなっちまうんですよ」


マックスがざっくばらんに説明をすると、セヴランも嫌な顔をした。

表情に「なんて口の利き方をしやがる」と思っているのが、もうありありと書かれている。

このままでは議論が進まないと、ハーマンが口を挟み、強引に本題を切り出した。


 「さて現在、由々しき報告が上がってきている。

  魔獣の洞窟へと向かった学生たちと騎士団二番隊についてだ。

  手元に配った資料を見てもらいたい」


そこには洞窟でのイレギュラーな敵の出現と、すでに新兵と学生は潰走して戦力としてカウントできず、他の騎士団がどうにか防いでいる事。

戦局を打開する為には兵力不足のため、援軍を要請する旨が切実に訴えかけられていた。


 「馬鹿な。 洞窟の雑魚を狩るために、国庫からさらに資金を巻き上げると?」


セヴランが提案を一蹴した。


 「二番隊も落ちたものですな。

  まさか犬や蜥蜴の類に後れを取るとは」


嫌味臭い台詞にアーノルドは一瞬、かっとなるが、マックスは手で軽く制して


 「そうは言われましても、なにせ新人ばかりをあてがわれたもので。

  その上、隊の柱であるわたくしめと、ここに控えるアーノルド・ウィッシャートは、どういう訳か現場から遠く離れた兵舎まで赴いています。

  本当に困ったものです」


鼻白むセヴランに対し、さらに畳みかけるように


 「もし貴族の子弟に被害者が出るようでしたら、この事で我々はもちろん、召喚した者まで責任を追及されるでしょうなぁ。

  それに派遣隊の増強具申を却下し、それならばと提案された派遣中断の意見も握りつぶしてしまった方も」


お前だよ、お前、と言外に含ませてマックスが問い詰める。

セヴランは「そ、それは予想できるものではなく…」などとモゴモゴして要領を得ない返事に終始する。

その様子を見かねて老将イザークが嘆息をついて会話を繋ぐ。


 「その責はさておき、これからどうする?

  凶狼が低階層にまで出て来るというのは、昨年もあった事だ。

  だが凶暴熊や人馬獣(ケンタウロス)となると、話は違う。

  すぐにでも撤退の準備を進めるべきだろうて」

 「撤退ねぇ……。

  それは良いとして、その後、改めて騎士団を派遣するんですかい?」


マックスの問いに対し、副隊長のハーマンが答える。


 「状況次第ですね。

  できれば二番隊に最後まで責任を取ってもらいたい。

  すでに現時点で、責任を追及されるべきだとは思いますがね」

 「責任? 何の責任だ?

 「魔獣討伐における、数々の失態について、どう申し開きをするおつもりか。

  騎士団が潰走するなど、許されるものではない」

 「なるほど、隊長が「話が違う」と仰られているのに、副隊長様は依然として情報が更新されていないようだ」

 「私を侮るおつもりか」

 「最初に侮ったのは、そちらではないかな」

 「もういい、よさぬか」


二番隊隊長と、一番隊副長の言い争いにうんざりしたイザークが両者を諫める。

財務長官や副隊長のフォローをするのも大変だな、と後ろで見ていたアーノルドは本気で同情した。


 「責任問題については後回しで良い。

  今は犠牲者……特に前途ある学生らの被害を0で食い止める事が肝心であろう」


その言葉に、セヴランは異議を唱える。


 「それは違いますぞ、イザーク殿。

  もっとも肝心な事は、これ以上の援軍に頼る事なく、魔獣を外に出さぬ事でしょう。

  魔獣が外に出れば、商人たちが王都に来るのを躊躇する。

  さすれば流通に影響が出てしまう……それは何としても避けたい」


アーノルドなどは、「こんな時にも金の話か」と吐き捨てたい気分だが、その実、セヴランの発言は正しい。

洞窟内の魔獣が想定よりも強い、弱いの問題はさておき、そもそも魔獣討伐の始まりは治安の維持。

王都近辺の治安が悪化すれば、当然だが商人は寄り付かなくなり物価は高騰する。


問題は「これ以上、援軍を出したくない」「商人が寄り付かなくなる」という発言の裏に、セヴラン自身の利権があまりにもあけすけに見え隠れしている事だが。

さすがにそれでは無理筋過ぎると抗議の声を上げようとした時だった。


兵舎の外で、にわかに騒ぎが起き始めたのである。


 「止まれ! この先には進めないぞ!」

 「どうしてこんなに、ボロボロなんだ、君は!」


窓の外で衛兵や騎士たちが侵入者を相手に押し問答をしているのが見える。


 「まったく、これだから兵舎など野蛮な所には来たくなかったのだよ。

  礼儀も知らない粗暴な連中どもめ」


忌々し気に外を見るセヴラン。

だがアーノルドは侵入者の姿を見て、軽く驚いた。

そして、その必死の形相を見て胸騒ぎを覚え、窓を開いて大声で叫ぶ。


 「君! 君は確か、魔獣討伐の第4班にいたんじゃないのか?」


侵入者はアーノルドの顔を見ると、へなへなと膝を付き、そして消え入りそうな声で

 「遠いんですよ、まったく……」

と呟く。


 「確か……名前は、ケイジだったかな」


そうだ、ケイジ・ウィンドヒル。

第一印象はもっと冷静で、賢そうで、立ち回りの上手そうな印象だったが。

今の彼を見ると明らかに切羽詰まっていて、あの時の面影はすっかり消え去っていた。


…………何かおかしい。 嫌な予感がする。


ケイジを囲む警備兵たちを立ち去らせ、呼び寄せる。


 「何があった?」


ただならぬ様子にマックスたちも駆けつけ、肩で息をするケイジに問いかける。


 「エリーが…………」


エリー?

あの破廉恥娘の名前がどうして今、ここで出て来るんだ?


 「皆を庇って、魔獣の群れと一緒に」


おいおい、待て待て。

あいつがそんな殊勝な性格か?

誰か別の人間と、間違えてはいないか?

いや、もしかしたら、想定外の言葉が出て来るかも知れないだろう。

「魔獣の群れと一緒に、ダンスをし始めました」とか言い出しても、驚くに値しない女だ。


 「……一緒に、落ちました……! 自分から吊り橋を落として!」


やりやがったな、あの野郎!


アーノルドは自分でも驚くくらい、衝撃を受けた。

これまであの女には、散々苦い思いをさせられ、くだらなすぎる報告を受けて来たが、今回は最悪だ。

想定外にも程がある。

フランクさんはどうした? 吊り橋まで撤退したなら、一緒に落ちる事なんてないはずだ。

一体、俺たちがいなくなってからの間、何が起きたんだ?


 「アーノルド、そんな怖い顔をしたら話ができないだろ」


マックスが肩を叩いた時、ようやく自分が眉を吊り上げ、歯ぎしりをしていたのに気が付く。

はぁ、と大きく息を吐いて、気を落ち着かせると、ケイジに向かって説明を求めた。


 「教えてくれ、何が起きたのかを」


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