第27話 魔獣討伐(7)
(これはきついな)
騎士フランクは素直に思った。
駆けつけた時、すでに大量の魔獣が3層目から溢れ出ようとしていた。
かろうじて間に合ったものの、すでに重傷者を出している騎士を援護しつつの相手となると、かなり厳しい。
幸い、ここに到着するまでの間、何度か戦闘を行ったものの、ほぼ無傷である。
(だが……それにしても敵が強い…!)
これが2層と3層の魔獣の違いか、と思わず呻く。
一緒に駆けつけた生徒のグレンもまた同様で、先ほどまで順調に切り伏せていた魔獣にも苦戦を強いられている。
「……と、なれば、やる事はひとつだな」
「ですね」
どうやら二人の思惑は一致したようだ。
「倒す事に拘泥せずに、逃げる」
適当に攻撃をあしらうと、対峙していた敵の横をすり抜けて奥へと向かう。
「フランク!!」
その先には肩で息をして剣を振るう騎士たちの他、その場にへたり込んだ生徒たち数人がいた。
「ピーター、これで全員か?」
「ああ、どうにかな。
だが連れて帰るとなると……」
「マックス隊長かアーノルドの奴がいないと、無理だな」
とにかく今は目の前にいる救護者を助け出さなくてはならない。
だが、魔獣の群れが襲ってくる中、突破できるかどうか……
その時、グレンの声が響く。
「サーセン、ちっと伏せてください!」
次の瞬間、振りかぶった剣が唸りをあげて薙ぎ払われると……
「【炎虎】!!!」
たちまち剣に炎が乗り、周辺の魔獣を撃ち払う。
「火」属性持ちで剣才のあるグレンの剛剣が暗闇を切り裂き、包囲網の一角を崩す。
「今だ!!」
その隙を逃さず包囲網を脱する一同。
だが振り返ったグレンは舌打ちをする。
「ちっ、あの程度じゃ、足止め程度にしかなんねぇか」
魔獣たちは怯んだものの、まだまだ追い払うには程遠い状態であった。
知性を失い獣同然に堕ちた人馬「人馬獣」。
素早い動きと、強力な牙と噛力を持つ「凶狼」。
強力無比な力と体躯で襲い掛かってくる「凶暴熊」。
それらが次から次と襲い掛かってくるのだ。
犬や蜥蜴を相手にしていた時とは訳が違う。
どうにか斬り伏せながら血路を切り開くが、多勢に無勢の劣勢は覆せない。
グレンが「凶暴熊」の一撃を剣で受け止めた瞬間を狙い、「凶狼」が喉笛目がけて突進してくる。
「やっべ……!」
だがその牙はグレンに届かなかった。
横からフランクが剣を突き出して、狼の顔を思いっきり貫いてやったのだ。
「生徒に殿軍を任せるわけにはいかないなぁ」
軽口を叩くフランクだが、その顔に台詞ほどの余裕はない。
同僚のピーターはもう限界だ。
むしろここまでよく持った方だろう。
若干、死んだかなとフランクは思う。
だが少なくとも生徒たちは帰還させなくてはなるまい。
「さて、どうするか……」
改めて身構えた時、横にいるグレンがにぃ、と笑った。
「フランクさん」
「なんだ?」
「こんな時は味方に頼るとしましょうか」
「味方?」
振り返ると、遠くからではあるが明かりが見える。
それは遠目からでもよく見える、まさに希望の光。
―― 我らが大道芸魔法の光だった!
「はは、いやぁ、遠くからでもよく見えるな。
やっぱり上に具申をしてみるとしよう。
今後の討伐隊には、発光する人材が必要だって」
「探しても、そんなにいないと思いますけどね」
ぶはは、と笑い合う。
だが確かに、暗闇の中で眩いばかりに差し込んできた光は、二人を勇気づけた。
それに、どこへ撤退したものかと迷っていたピーターと救護者たちもまた、明かりの方へ逃げていく。
少なくともこの場所、この状況においては間違いなくエリーの魔法は『迷い子への灯』だった。
そこに続けて……
「【水の壁】!」
キャロルが遠隔から水の壁を創り出す。
グレンたちと魔獣らとの間に突如として出現した壁。
魔獣たちが思わず退いた隙に、グレンとフランクは一気に離脱する。
それを見た「凶暴熊」が、貧弱な壁を乗り越えて追撃しようとしたその時……
「グアオオオオ!?」
バシンっ!と爆ぜるような音と共に「凶暴熊」が大地に伏せる。
「ほほほほ、どうですの?
雷を付与された壁に突っ込んでしまわれた気分は?
所詮、お熊さん……人間様の知恵には叶わないのかしらん」
勝ち誇ったように言うのはモニカだった。
キャロルの【水の壁】にはモニカの「雷」がこれでもかと付与されていたのだ。
『痺れ』状態になって倒れた熊を前に、魔獣たちが乗り越えるのを躊躇する。
かろうじて素早い「凶狼」だけが迂回して飛びかかってきたが、
「まぁ、これは僕の役目か」
ここにいる誰よりも素早いケイジがダガーで阻止をした。
「あんまり期待しないでよ。足止めが精一杯だから」
「まったくだらしのない……
ブリアナ! ミーア!!」
「はい」
「かしこまりました」
モニカの呼びかけに取り巻き三人衆のうちの二人、ブリアナとミーアが応じる。
「眠りなさい」
「運びなさい」
ブリアナが唱えたのは「幻」魔法である誘眠の魔法。
ミーアが唱えたのは「風」魔法である、そよ風を起こす魔法。
この二つが重なると、眠気を誘う空気が魔獣の方へと流れていく。
全魔獣とはいかないが、その場にいた何体かは倒れ、何体かはふらつき始める。
なかなか見事な連携にフランクは口笛を鳴らした。
「今年の生徒はなかなか優秀だねぇ」
そう言いながら、フランクはまた別の事を思った。
(しかし、ちょっとばかりまだ厳しい)
これだけやっても、ジワジワと追い込まれてきている。
ピーターも動けない。
おそらく学生たちはここが限界だろう。
救護された学生たちに至っては、恐怖で足がすくみ、歩く事もままならないときている。
「もう少し耐えれば状況を把握した本部が増援を出してくれるはずだ。
それまで持ちこたえられるかどうか、だな。
しかし……」
その目は洞窟の奥……3層から登ってくる圧力を捉えていた。
奥からゆっくりと現れた影。
その体躯は「凶暴熊」をはるかに凌いでいて……
どうにか学生たちだけでも、と剣を構え直すフランクの顔は疲労で歪んでいた。
その時、我らがエリー・フォレストは焦っていた。
(やべぇ、私だけ何もしてねぇ)
戦闘馬鹿のグレンはもとより、完全にモニカの取り巻きだと認識していたブリアナとミーアまでも活躍しているではないか。
いや、もう一人のイヴェットも、ここに来る前に名指しで協力要請が来ていた。
つまりこの場で何もしていないD組メンバーは、エリーだけなのだ!
(そこに転がってる貴族と変わらないじゃないか!)
一応、エリーの灯にグレンやフランクが大いに勇気づけられ、「生ける提灯」として騎士団から有望視される事になったのだが、当の本人はそれを知らない。
「何か……何かないかな………うぇ?」
あちこちに目をやっている時に、エリーは見つけてしまった。
洞窟の奥から来る巨大な「ナニカ」を。
目の前の敵に必死になっているので、フランク以外はまだ気が付いていないモノを。
「なに………あれ………?」
恐怖で身がすくむ。
『アレハ対峙シテハイケナイモノダ』
全身が警告を鳴らし、震えが止まらない。
どうやら転がっていた貴族子弟たちも気が付いたらしく奥を凝視して声を失っていた。
「ああ、もう、私に何ができるっつーんだよぉ」
勇気を振り起し、どうにか立ち上がるエリー。
それを見た貴族子弟の一人が、震えながら声を張り上げた。
「ど、ど、どこへ行くんだい!?」
「決まってるでしょ。 助けに行くの」
「ばっ、馬鹿じゃないのか!」
信じられない物を見たかのように、思わず怒鳴りつける貴族。
おそらくは自信満々だったのだろう、自慢の剣は折れ、全身泥まみれになっている。
他の2名も同じようなものだ。
戦い、傷つき、心が折れてしまっている。
「お前なんかに何ができるんだ、平民!!」
「あいつらみたいに、戦えないんだろ!?」
「ただ光るだけの貴女に、何ができるって言うのよ!」
それはまるで、自分たちに叫んでいるような声色。
口々に紡がれる罵声は、エリーがこれまで散々に聞かされた事でもあった。
しかし逆に、そう罵られる事で不思議と気持ちが落ち着いて来る。
(落ち着け、エリー。 私は何もできない。
私なんかが、みんなと同じようにできるはずないじゃない)
パンパン、と頬を何度も平手で打って気合を入れる。
「うっし、行くか」
「聞いてなかったのか!?」
貴族子弟たちが、悲鳴のように声を上げる。
「いや、聞いていたけれど」
「だったら身の程をわきまえて……」
「そうしたら、助かるならそうするけど…死んじゃわない?」
事もなげに言い放つと、3人の前に座って視線を合わせる。
「私たちね、ここに来る前に、みんなのクラスメイトと会ったよ」
「あいつら………無事に……戻れたのか……」
「だったら、もう一度、会いたいじゃない?」
エリーはにんまりと笑って
「あの人たちが先に逃げたって事は、みんなが頑張ったんだよね?
すごいよー、あんな強い魔獣を相手に!
せっかく頑張ったんなら、それを分かち合いたいじゃん。
それに、死んじゃったら遺された方はたまったもんじゃないし」
逃がされた仲間は罪悪感を覚えるだろう。
遺族は嘆き、恨み、絶望するかも知れない。
もしかして貴族社会なら許嫁とかもいたりするんだろうか。
ああ、その点、私はしがらみがなくて楽だな。
ん、待てよ。
そうなると学園だって、今回の失敗を訴えられる可能性がゼロではない。
やばい、ノエリア様が責任追及されたら、私にもとばっちりくる?
せっかく穏便に平穏に過ごしてるってのにー!
エリーが突然「うがー」とか「うおおお」とか呻き出し、貴族子弟らが顔を見合わせている時だった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
凄まじい鬨の声が洞窟に響き渡る。
とうとう奥から、凄まじい圧力が出現してしまった。
見上げるばかりの体躯は、洞窟には相応しくなく。
その眼光は見る者を射殺さんばかりに鋭いが、一つしかない。
「化け物………」
誰かの呟きが、その場にいた全員の気持ちを代弁していた。
「一つ目の大巨人」
こんな低階層に存在してはいけないモノの登場に、全員が硬直する。
いや、全員ではなかった。
「行ってくるね」
ただ一人、エリーだけが。
単眼の巨人が動き出すよりも、その場にいた誰よりも早く動いた。
その場にいた、誰よりも弱くて。
誰よりも役に立たないと思われていた子が。