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27/202

閑話 新たなる二つ名

 「んあっ、あっ、あっ、あうんっ……」


学校への通学途上、あるまじき声が馬車から響いている。

それを溜息と軽蔑、そして少々の羞恥を交えた視線で見下ろす美男子がいた。


彼の名はアーノルド・ウィッシャート。

目の前で悶えているのは、後輩のエリー・フォレスト。

なぜか彼女は目隠しをして、さらには手足を縛られながら悶えていた。


どうしてこのような状況に陥ったのかは、今から1時間前に遡る……




ガタゴトと進む馬車。

そこにいるのは二人の男女。

ですが、まぁ、友誼や愛情とは程遠い視線でにらみ合っていまして……


 「おい」


 「なんスか、先輩」


 「こっち見んな」


 「はあああああああああああ?

  馬車の中で見る所なんて、限られてるでしょうが!

  そんなに嫌ならご自分の目を潰してくださいよ」


 「恐ろしいことをさらりと言うな!」


おはようございます、皆様。

これが私、エリー・フォレストの登校風景にございます。


何のご縁か下宿先から学校まで、ウィッシャート家のご厚情もあって馬車通学が可能になったわけですが、いらん事にノエリア様の義弟、アーノルドさんが毎日登下校の護衛として付き添うことになりましてね。


この先輩と私、基本的に仲が悪いんですよねー。

あ、私ではないですよ。

私は上を立て、下を慈しむ博愛精神の持ち主なのですが、目の前にいる先輩は陰湿陰険の権化のような男でございまして。

ああ、どうしてこいつが護衛なんだろう。

義姉のノエリア様か、その婚約者である皇太子クリフォード様なら、きっと楽しい通学になったでしょうに。


 「義姉さんは護衛される側で、間違えても護衛にならん。

  ましてや皇太子が護衛になるなど聞いたこともない」


こ、こいつ、読心術でも心得てやがるのか。

私の脳内を見透かしたように!

驚く私に、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべるアーノルドさん。


 「お前の考えている事などお見通しだ。

  全部、顔に出ているからな」


むかつく!

そのドヤ顔に靴を投げつけたくなる気持ちをぐっと堪えて、澄まし顔で挑発してやった。


 「そうですか。

  こっち見るなと言った割には、私の事はよく見ていらっしゃるのですね」


ぬぅ、とアーノルドさんの顔が歪む。

はっはっは、お前の言葉が特大ブーメランとなって跳ね返ってきたぞ。


 「ふん、そんな事を言って、お前も俺を見ていただろ」


 「は? 見てませんって」


 「誤魔化すなよ。 俺の美貌に見惚れちまったんだろ?」


髪をかき上げ、流し目に私を見つめる。

うおおお、反則だ、反則だろ、その色気…って、何か顔が赤くなってません?


 「……………あんま、見んなよ」


自分で言っておいて、照れて赤くなるなら、最初からやらないでいただきたい。

こっちも何と続けて良いか分からなくなるからさ。


その時だった。


 ガタンっ!!


と、馬車が揺れて、思わず私は前につんのめってしまう。


 「きゃっ!」

 「おおっと!」


倒れる私と、それを反射的に抱き留めてしまうアーノルドさん。

しまった、余計な所で相手に借りを作ってしまうとは、不覚なり!


でも、アーノルドさん、いくら嫌な相手でも、しっかり守ってくれるんだよな。


しかし……


近くで見ると、本当に美形だな。

睫毛も女の子みたいに長いし、受け止めた手は、顔に似合わずがっちりして男らしいし。

思わず、その胸元を触って感触を確かめてしまう。

これで性格が良ければ完璧なのに。


その美貌が、再び勝ち誇ったように笑顔になる。


 「ほら、やっぱり見惚れてるじゃねぇか。

  思わず手を出したくなるくらいにな」


本当に性格が良ければなぁ!!

この野郎、マジで顔面を殴りつけて、ご自慢の美貌とやらを粉砕してやろうか。

あまりに屈辱に、私は勝負を吹っ掛けた。


 「いいでしょう」


 「なにがだ?」


 「私が先輩の顔になど、一切合切の興味もない淑女である事を証明してみせます。

  もちろん、手も足も出さない事を」


 「ほう、どうやって」


私は持っていたスカーフを細く折りたたむと、ぐるりと目隠しのように顔に巻いた。


 「ふふふ、これだけではありませんよ。

  さぁ、御者がお使いになる手綱で私の手足を縛ってください!」


アーノルドさんに命令する。

彼の姿は見えないが、きっと仰天しているだろう。


 「な、何がしたい!?」


 「手も足も出さないことを証明するんですよ。

  私では、私を縛れないでしょう?

  さぁ、遠慮なく思いっきりやっちゃってください!」


手を後ろに回し、背中を見せて命令を……ぎゃああああ、痛い痛い!もっと優しく!


 「お前がやれと言ったんだろ?

  賊討伐用の縛り方しか知らないんでな。

  加減が出来ていなかったら、すまん」


わざとだ! わざとだな、こいつ!!

あっという間に手首足首を縛り上げられた私は、惨めに馬車の中で転がされる。


 「ああ、いい気分だ! 最高だ!!

  空気が美味いなあ。

  あ、外に珍しい鳥がいるぞ、見てみろよ……

  ………って、お前、目隠しして見れないのか、あははははは!!」


今、心の中の絶対殺すリストにはっきりとアーノルド・ウィッシャートの名を刻んだ。




―― そして、今の状況である。

この声に、とうとう業を煮やしたアーノルドは怒鳴るように叫んだ。


 「その声をやめろ!!

  こっちまで変な気分になるだろう!」


 「しょうがないでしょう!

  こっちはおしっこ、我慢してんですよ!」


 「淑女が大声でおしっことか言ってんじゃねぇ!!」


そう、エリー・フォレストは、アーノルドに縛り上げられてから数分後、尿意をもよおしてしまったのである。


とはいえ、通学途中に立ち寄れるような場所もない。

馬車にそのような機能はないし、貴族たちが携帯するような簡易おまるもないし、

あったとしてもアーノルドの前で用を足すなど、エリーは承服しなかっただろう。


 「もう少しで学校だ。 そこまで我慢しろ」


 「ううう、先輩」


 「どうした?」


 「………万が一の時は、頼みます」


 「何を!?」


 「頼まれてくれたら、雌犬とでもお好きに呼んでくれて良いですよ!」


 「やめろ! 俺に変な事を託すんじゃない!」


 「じゃあ頑張ったらご褒美ください」


 「調子に乗るなよ、おまえ」


 「いやっ、あっ、ううんんっ!」


 「だから、その声はやめてくれ!

  そうやって俺たちの関係に対する誤解が深まっていくんだからな!」


はぁはぁと息を切らせて喘ぐエリーに、とうとうアーノルドは強硬手段に出た。


 「ちょっとだけ辛抱してくれ。

  学校に着いたら、すぐに外してやるから」


 「ふぁ? なにを……んぐうっ!」


ついにアーノルドは、いけないお口を、目同様にスカーフで塞いでしまう。


 「ひふぉい!(ひどい)」


 「ちょっとの辛抱だ、我慢しろ」


 「むううううう………」


これで少しは収まるかと思ったが、数分後………


 「ふーっ、ふうううっ………ふーっ…ううん……」


目と口を縛られ、身動きが出来なくなった上、呼吸が制限されてしまったので、当然、顔を紅潮させながら鼻息が荒くなってしまう。

くぐもった声を鳴らす口元からは涎が流れて……なんか、こう、もっとやばい感じになった。

馬車が振動するのに合わせて尿意に耐えるべく


 「んっ、ふっ、んっ、んふっ、んっ、んんっ…!」


といかがわしい声が漏れてくるので、仮にも健全男子なアーノルドにしてみれば目の毒である。

普段は憎まれ口を叩きあっているので気にもしないが、エリー嬢はさすがヒロインに抜擢されるだけあって黙っていれば実は美少女なのだ。

そんな同年代の子が、こんなビジュアルで悶えているのを見て、何も思わないでいられるほどアーノルドもまた聖人君子ではない。


 「何でそんな声を出す!?」


 「せんふぁいふぁ、ふぁるふぃんふぇほう!」


 「は? 俺が悪いだと!?」


 「ふょく、ふぁふぁりまふぃふぁね!」


早くこの時間が過ぎ去ってくれ。

アーノルドは切実にそう思った。




―― 聖トラヴィス魔法学園正門前。


この日はなぜか、人が多く集まっていた。

生徒会会長と副会長と監査役、校内きっての人気者が勢ぞろいをしていたのだ。


 「我々が出ていくほどの事かい?」

と苦笑いするの会長のクリフォード・オデュッセイア。


 「はい。私の愚弟は最近、著しく風紀を乱す行動を取っているとか。

  皆の目で確かめる必要があります」

そう断言するのは副会長でクリフォードの婚約者、アーノルドの義姉でもあるノエリア。


 「馬鹿馬鹿しい……」

眼鏡を軽く上げて、溜息をつくのは監査役の「銀の貴公子」ラルス・ハーゲンベック。


まるで絵画のような美形3名がそろえば、思わず遠巻きに生徒たちが集まるのも無理はない。

そして間もなく到着するのが、これまた美形として名高いアーノルド・ウィッシャートと、良くも悪くも学園内で話題に事欠かないエリー・フォレストとあれば野次馬たちも集まろうというものだ。


 「来たぞ」


誰かの声に、遠方から現れた馬車に注目が集まる。

かっぽかっぽと近づいてくる、この馬車からは……


 「もう少し、我慢しろ! この雌犬!」


 「んっ、んふぅぅぅっ……んんっ!」


漏れ聞こえる犯罪臭に、その場にいた全員が固まる。

校門前に到着したものの、降りてきた御者は冷静に尋ねた。


 「開けてよろしいでしょうか」


クリフォードは迷った。

これは地獄への扉になるのではないだろうか。

生徒会への信頼も、学園の名誉も失墜し、取り返しのつかない事になるのではないだろうか。


しかし自分は近い将来、この国の王として、為政者として立つ者である。

都合が悪いからと言って、臭い物に蓋をするだけでは、決してこの国は良くならない。

むしろそういうものを直視してこそ、正しい政治は行われるのではないか。


 「開けてくれ」


私は信じるよ、アーノルド。

君は騎士として、いやその騎士を率いる騎士団の団長として、軍のトップとして近い未来、私の片腕となってもらわなくてはならないのだからね。

きっと、この声も、何かの誤解なのだろう。

まったく君たちは周囲にあらぬ誤解を与えすぎる。

まぁ、そのたびに笑わせてもらっているがね。


ガチャ……と、客車の扉が開かれる。

そこには………


 「ほら、ご褒美が欲しくないのか!?」


 「んんんんっ……んふうううっ……!」


目枷、口枷に加え手足までも縛られ、汗と涎にまみれながら、顔を紅潮させて喘ぐ少女と、その少女に乱暴な言葉を浴びせ、おねだりをちらつかせている青年の姿があった。


 「あうぅん………」


しかも少女の方ときたら、体をくねらせながら、両足をモジモジさせて擦り合わせているので

スカートが捲れて健康的な白い太腿が露わになっている。


 「アーノルド…あなた……」


この刺激的な光景にノエリアが絶句する。

そこでようやく今の状況に気が付いたアーノルドは、目を見開いで仰天し、そして今、自分たちが置かれている状況を正確に把握する。


 「ち、違う、違うのです、義姉さん…!」


という言葉が、まったく説得力を持っていないことを本人が一番、理解をしていた。

状況証拠的には、完全な黒。真っ黒もいいとこである。


 「お、おい、お前も何か言え!

  この状況が誤解だという事を説明しろ!」


慌てて口に巻き付けたスカーフを外し、皆への説明を求めるアーノルド。

ただ唾液が布地との間でねっとりと糸を引いてしまったので、もっとやばい絵になった。


しかも目隠しをしたままのエリーは、現状をまったく理解していなかったので、口にしたのはアーノルドへの抗議と己の欲求だった。


 「あぅぅ、先輩、もっと優しくしてって………」


 「待て、その台詞は誤解を深める」


 「わ、私、限界……なんです……

  ……もう我慢できません……って、先輩も知ってますよね…?

  これ以上は、本当に、もう、もう、下半身が……んんんっ…!!」


最悪である。

考える限り、最悪の回答が導き出されてしまった。


 「エリーさあああん!?」


普段、呼び捨てにするエリーに思わず「さん」付けしてしまい、危機を知らせるアーノルドだったが必死なエリーには、まったく伝わらない。


 「まずは立とう! ほら、頑張れ!」


 「無理ぃ……  もう…ちょっとでも刺激されたら……

  スカートも、下着も、ぐちょぐちょに…濡れちゃう……」


 「やめろ! 嘘……じゃないかも知れないけど!」

  嘘じゃないかも知れないけど!!」


結構、大事な事なので二回言った。

残念ながら事実であり、否定できないのがつらい所である。

だが、この状況での肯定は犯罪者一直線の道に他ならない。


そしてとどめとばかりに


 「ぅうん…先輩、責任を取ってく……ださい………よぉ……。

  私を…ああん……こんなに、弄んでおい…て…はああんっ……。

  ああ、ダメ、もう限界……お願い……見ない…で……?」


白昼に響き渡るエリーの嬌声(のような何か)。

蠱惑的な甘い声と、体をよじらせ、太腿をすりすりと擦らせて内股で喘ぐ痴態。


どんな大軍を相手にしても、魔物と対峙しても退く事などないであろう騎士が、

あまりにも覆せない圧倒的に不利な状況を前に、後退する。

だが、騎士の後退を許さぬ者からの声が彼をかろうじて戦場に押しとどめる。


 「アーノルド、くん?」


クリフォードの声は低くて冷たい。

顔は満面の笑みをたたえているのだが、普段呼び捨ての皇太子さまが「くん」を付けて呼ぶ恐ろしさよ。


 「どういう事か、教えてもらえるかな?」


 「こ、これは……ですね……ね、義姉さん!」


殺意さえ込められたクリフォードの視線から逃れるべく、助けを求めて視線が宙をさまよう。

そしてクリフォードの隣に控えるノエリアを探し出した。

よかった、まだ義姉さんが笑顔のままじゃないか。

誤解を解こうと語りかけようとしたのだが……


 ぐらり


笑顔を顔面に張り付けたまま、ノエルアの体がゆっくりと横に倒れる。


 「ノエリア様!」

 「ノエリアさん!」


慌てて周囲の人間が彼女の体を支える。

クリフォード同様、顔に微笑をたたえたまま、ノエリアはとっくの昔に失神していた。

そして同時にラルスの鋭い声が飛ぶ。


 「衛兵!!」


その声に、衛兵たちが我に返って馬車へ殺到する。


 「やめろおおおお! 俺は無実だぁ!!」


まるで小悪党が捕縛される時のような台詞を吐きながら泣き叫ぶアーノルド。


 「ふぇっ!?」


頭からタオルをかけられ、目隠しのまま保護されるエリー。

衛兵たちは集まる群衆たちをかき分けながら、


 「こら、集まるんじゃない! 見るな!」

 「見世物じゃないんだぞ!」


性犯罪の被害者を保護するような形だが、一方で猥褻物を隠すかのような扱い。

まぁ、共犯みたいなもんだし。


 (そ、そんな事より……うおいいい、揺らすな!揺らすなぁああ!)

 

衛兵に保護されながら、その場を後にするエリーと、衛兵にきつく拘束されながら連行されるアーノルド。


その後、エリーの方は事情を説明してトイレに直行したため、かろうじて最後の誇りは守られたが、ほどなくして二人に新たな二つ名がついた。



「性女」と「インモラル騎士(ナイト)」という称号を得た二人は、揃いも揃って、下校中の馬車の中で頭を抱えたのである。


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