第26話 魔獣討伐(6)
「今、奥から戻って来ているのが最後ですね。
あとは前線で頑張っている騎士たちの気配しかありません」
ケイジくんの言葉に、一同、安堵の色が広がる。
生徒や新人騎士を収容すれば、後は被害が出ないよう、前線から逐次撤退をすれば良いのだ。
「油断するなよ。
そうやって前も騎士団がやられたんだからな」
「前も、って、去年の事ですか?」
確か去年の魔獣討伐では予期せぬ襲撃に遭ったんだっけ。
そこで大活躍をしたのがアーノルドさんで、それからはあれよあれよと出世街道に……
………なんかムカつくな。
今度会ったらまた、シスコンと罵ってやろう。
「いや違う。 4年前だっけな。
洞窟内の魔獣の動きがおかしくなった頃だ」
あれ、違うの?
フランクさんが苦い顔をしてるところを見ると、かなりの痛恨事だったっぽい。
「侮っていたわけではないのだが、皆、いつもの魔獣討伐と思い込んでいた。
初めて受けた奇襲に、騎士団のが1名死亡、1名が行方不明の損害を受けた。
その時の悲劇を教訓に、クリフォード様やノエリア様が尽力して討伐軍を強化したのさ」
「でも、今回、規模は縮小されたんでしょう?」
「そうなんだよ。
これでも随分と掛け合ったんだぜ。
まったくお上は何を考えてんだかな」
まぁ、おそらくは前回、ド派手にやっちまったもんだから、お上も油断したんだろうね。
もしくは注目浴び過ぎて警戒されたか。
昨年の大活躍は名門であるウィッシャート家が中心になったから良かったようなものの、貴族たちの間には平民出身者の多い騎士団が力を持ちすぎるのを嫌う雰囲気が未だに根強く残っているからねぇ。
その時だった。
前方から悲鳴が聞こえて来たのは。
「!!!」
前に出るグレンくんをフランクさんが制する。
「学生諸君はそこで待機!!
下手に動くと撤退してくる味方を攻撃するぞ!」
そういうと自ら前に出て様子をうかがう。
すると前方から、まだ残っていた生徒たちが恐怖にかられて、這うように逃げ込んできた。
「た、た、助けて……!」
ありゃ、この子たち、洞窟に来る前に私に絡んできた貴族様たちじゃないの。
あれだけプライドの高い子たちが、恐慌状態で戻って来るって相当だね。
いや、プライドが高い分、それが破られると恐慌状態になっちゃうのか。
いずれにせよ尋常じゃない怖がり方だ。
「何があった!?」
「た、大量の……魔獣が……!
あんな大群、見た事が、ない……っ」
「まだ、みんなが……取り残されて……騎士さまも……!」
それを聞くが早いか、フランクさんとグレンくんが飛び出した!
さすが男の子、格好いい!!
「行くのかい、お嬢様方?」
一方でケイジくんは飛び出さずに手を広げて聞いて来た。
こんな状況でも余裕しゃくしゃくだなぁ。
「もちろん」
「誰に物を言っていますの?」
「お嬢さんが向かうのでしたら」
「イヴェットの分まで」
誰一人として撤退しやがらねぇ。
モニカ様なんて、真っ先に泣いて撤退するかと思ったのに、存外肝が据わったお嬢様のようだ。
うーむ、ポンコツ評価は覆さないといけませんな。
私?
…………ここで撤退できると思う?
すげー、盛り上がっちゃってるからね、今!
ここで
「へっへっへ、あっしはここらで…」
なーんて逃げ出そうものなら、明日以降、私の学園カーストは海の底まで沈むわ!
何せ暗がりでも目の利く洞窟の魔獣の群れがいると分かっているんだもん。
普段は役に立たない大道芸魔法を使えば、少しは不利を覆せるだろう。
あら、私、就職先は洞窟かしら。
ジメジメと陰鬱とした将来像が見えて来たわ。
「あーあ、まったくうちのクラスの女性陣は度胸があるなぁ。
帰るって言ってくれたら楽だったのに」
憎まれ口を叩きながらも、女子たちより前に立って進み始める。
きっと誰かが帰りたいと言い出したら、護衛をするつもりだったんだろうな。
ああ見えて、なかなか紳士的だ。
「い、行くのか!?」
逃げ帰ってきた生徒たちが、息も絶え絶えに聞いて来る。
やめてよ、せっかく人が覚悟を決めたのに。
覆っちゃいそうだろ。
「騎士たちだって、総崩れになったんだぞ!
今にここに奴らが押し寄せて来る……!!」
「逃げるなら、今のうちだ!!」
騒ぎ出す生徒たち。
確かに言っている事は正しいよ?
私たちが行った所で、魔獣たちには勝てないと思うし。
………でもさ、
「まだ残ってるんでしょ?」
「え?」
「取り残されたって言ってたじゃん。
まだ仲間が残ってるんだよね?」
きょとん、として私の顔を見る貴族様たち。
おかしいな、変な事を言ったつもりはないんだが。
「それじゃ、助けないと。 ね?」
それだけ言うと、一通りの救護アイテムを手渡す。
「これで手当てをして、先に逃げていて。
みんなを助けたら、すぐに戻って来るから」
私の分がなくなりそうだが、まぁ、この人たちの方がやべーからなぁ。
どうせ、騎士団支給の物だし!
余ったら金策で売ろうとしていたのだけど、仕方ない。
泣く泣く手放すことにしよう……
「……………いいのか?」
「へ?」
「俺たちは、お前を馬鹿にして、罵ったんだぞ。
……立ち去れ、とも言った」
「あーーー…」
言わなきゃ忘れていたのに、思い出したぞ。
そうか、そんな事も言われてたよねぇ。
「俺たちは……お前をドブネズミ以下の、肥溜めを煮込んだカビたパンとまで罵った」
「そこまで言ってねぇよ! ドブネズミで止まってたよ!!
何でそこから先に進んだのかなあ!!」
いつの間にか、私の評価、さらに下がってるじゃねぇか!!
「よく聞け、貴族共!!」
「何で偉そうなんですかね…」
ケイジくんが面白そうにツッコミを入れてくるが、ここは無視する。
「私は当たり前の事をするだけなの!
だから、驚いてもらう必要もなければ、感謝される必要もないの。
みんなだって、そうでしょ?」
あまりに不思議そうな顔をするから、私の方がおかしな事を言っているような気がする。
でも私が言っている事は、間違いじゃない。
誰だって、どんな人だって、心のどこかで思っている事のはずだ。
「困っている人を見捨てられないよ」
きっぱりと言ってやった。
すっきりして踵を返すと、なぜかみんなが生暖かい顔をして見てくるので、顔が赤くなってしまう。
「へ……、変な事、言ったかな?」
それに対して、みんなは口々に私に向かって、ありがたいお言葉を投げかけてくれた。
「……らしくない」
「陳腐すぎますわね」
「テンション高」
「やっぱり無理かも。距離感、つかめない」
「あっはっは、サイコーに面白い」
うがーー、またこいつら、馬鹿にしやがって!!
でもどうしてか、さっきよりも心地よい気分だし、みんなの口調もちょっと柔らかかった。
……ああ、何て良いパーティーだろう。
この人たちと、今は待機しているイヴェットさん。
全員合わせれば、たいていの事はどうにかなるんじゃないかな。
もしかしたら、ぼっちじゃなくても良いのかな。
なーんて、柄にもない事を考えたりする私だった。